(※R-15程度の性的な単語が出ますので、苦手な方はご注意下さい。)
【※設定の濃いオリキャラが登場します。お手数ですが、作品をご覧頂く前に、シリーズ全体のあらすじ概要をご確認下さい。】
夜伽噺
白金色の陽の光が、小窓からほのかに差し込む。朧気な意識の中、すずなは目を覚ました。
何時も迎えている朝だと思ったが、隣に敷いた布団の中で、静かな寝息をたてている男性を見て、頭が一気に冴えて動揺する。安心しきった顔で眠っている義勇がいたからだ。
昨日の一連の出来事は、一夜明けたら醒めてしまう夢ではなかった。自身の現実に起きた幸福であることを、ようやく実感し始める。
しかし、よほど疲れ切っていたのだろう。深い呼吸を繰り返し、微動だにしない彼を起こさないよう、かつてない躍動感を抱えながら、朝餉の支度を始めた。
家中に味噌の香りが漂い始め、義勇は目を覚ました。一瞬、自分がどこにいるのか判らず動揺し、辺りを見回した。
「お早うございます。気分はどうですか?」
起き上がった義勇に気づき、はにかみながら朝の挨拶をする割烹着姿のすずなに、懐かしい疑似感が過った。
「……以前と、逆だな。」
不思議そうにする彼女を眺めつつ、義勇は、ふっ、と安堵に満ちた笑みを浮かべた。
朝餉の後、二人ですずなの荷造りを始めた。一先ず、身の回りの物をまとめ、家具や生活用品の運搬、大家への手配は、輝利哉の使いに頼むことにした。
今日が祝言ではないと言うもの、初日から飯炊きをさせるのは気が引ける、と義勇が言って、行き付けの食事処で夕餉を採る事になった。
「高級料亭でなくて申し訳ない。」
と、義勇は詫びたが、彼の普段の生活に溶け混めることが、すずなは嬉しかった。
「貴方の暮らしが知りたいので良いです。」
そう言ってあどけなく笑う、相変わらず真っ直ぐな彼女に、義勇は何と応えれば良いか判らず、
「……そうか。」
と、薄紅に染まる顔を反らして口ごもる。こんな時くらい、気の利いた言葉を掛けてやりたいのに、何も浮かばない。今日程、自分の口下手さを恨んだことはなかった。
夕餉を済ませ、宵に落ちた頃、二人は懐かしくも新鮮な思いで竹林を抜け、ようやく屋敷に辿り着いた。
玄関に入るなり
「義勇? スズナモ、帰ッタノカ?」
「はい。戻って来ました。」
嬉しそうに挨拶するすずなを見遣った後、照れ臭そうに、義勇は改まった口調で言う。
「寛三郎。今日から俺の……妻になる。宜しく頼む。」
「……妻、ジャト? ソウカ…… 義勇、良カッタノウ……」
ぽろぽろ、と涙を溢す寛三郎に、二人は驚き、狼狽える。
「おい。寛三郎? 泣くな。」
「本当二、辛ソウデ心配ジャッタ……」
「……!! すまなかった。もう大丈夫だ。」
自身の恥態を彼女に暴露されることを危惧し、義勇は慌てて、すっかり老いた相棒を宥め始める。また、尊い光景に出逢えた、とすずなは思った。
彼を囲む人々は、皆こんなにも優しく、温かい。その中に、これから自分も入れるのだろうか。入って良いのだろうか、と改めて憚られた。
夜更けになり、義勇が先に湯浴みをし、寝室に向かった。温かい湯に浸かりながら、すずなは自分の体を両手で抱く。以前とは違い、今夜こそが、“その”時だろう。
怖くないと言えば嘘になる。
しかし、女としてその日を迎えるのなら、処女を捧げるのなら、彼しか考えられない。そう決意したすずなは、覚悟を決め、念入りに体を洗った。
仄かに照らされた
暫し後、すっ、と襖が開き、白い襦袢姿のすずなが、寝室に現れた。
「お待たせ致しました。義勇さん…… いえ、旦那様。」
「不束者でございますが、どうか末永く、宜しくお願い致します。」
少し離れた所に正座し、両手をついて丁寧な口調で挨拶した後、礼儀正しく頭を下げる彼女に、義勇は、妙な居心地の悪さを感じた。
「いや、此方こそ……宜しく頼む。」
厳かでありながら、艶っぽい密やかな空気が辺りに漂い、暗がりの二人を、蜜夜に誘う。
「だが、暫くは、義勇で良い。どうも落ち着かない。」
「……解りました。」
沈黙が続き、張り詰めた気まずい空気が満ちる。互いに緊張しているので、約束していた大切な行いを、義勇は始めることにした。
「すずな。これを……」
昨夜の指輪の箱を手にし、側に来るよう義勇は目配せした。すずなの
高鳴る鼓動を抑えながら近寄り、真向かいに正座すると、義勇は彼女の左手を膝に乗せ、紅珊瑚と
薬指の華奢な付け根に、誂えたようにすんなりと吸い付く。すずなの表情が、魔術でも見たかのように、ぽかん、と変わる。
「私の寸法、どうして……」
「手の大きさは覚えていたから、宇髄の奥方に頼んで参考にした。」
「有難うございます。宇髄さんと奥様方に、今度お礼をしたいです。」
高揚した顔で微笑む彼女に、義勇の胸奥に焼けるような痛みが走った。只、感謝の意を表しているだけであろうに、ちりつくような嫉妬を感じたのだ。自分はこんなに独占欲の強い男だったのかと、内心動揺する。
そんな彼の側で、薄紅の花が綻ぶような蕩けた面持ちで、すずなは薬指の指輪を眺めていた。
「嬉しいです…… 義勇さん、あの……」
何とか喜びを伝えようと、義勇に眼差しを向けた。ずっと彼女を見ていた彼と視線がぶつかる。途端に居たたまれなくなり、今度は恥じらって俯く。挙動が落ち着かない様子に、義勇は、少し心配になった。
「大丈夫か。」
「は、はい……」
怯えているのか、すずなは、明らかに体が震えている。
「俺も初めてだ…… そんなに気負うな。」
「すみません……」
「未知の事柄なら、無理も無いが。」
また少し、体が強張ったすずなに、義勇は穏やかな口調で続けた。
「俺に慣れてからで構わない。」
「一つの床で共に過ごす…… 暫くはそれで良い。」
正座したまま、照れを含みながら微笑み、『来い。』と、柔らかに口を動かし、微かに泳ぐ眼差しを向ける。
そんな優しい誘惑に、「はい。」と応えて勇気を振り絞り、すずなは、更に寄り添うように足を崩して座り込む。横になるには、まだ時間が必要だった。躊躇いながら、救いを求めるような眼差しで、自分の夫になる人を見上げている。
そんな
ようやく身体を少し傾けた瞬間、ふわっ、と掛け布団で包み隠し、彼女をそのまま引き寄せた。
突然、温かく柔らかい感触に包まれたと思った瞬間、眼前に広い胸板が迫り、布団越しに腕らしき硬いもので巻かれているのが判った。覚えのある石鹸混じりの 、懐かしい“彼”の香りが、鼻腔を擽る。
座り込んだまま、布団ごと抱え込まれた状況が判った瞬間、すずなは、頬を真っ赤に染めて狼狽えた。
そんな彼女が
「まだ、俺が怖いか……?」
はっ、と見遣ると、義勇は紺碧の瞳に陰りを落とし、少し寂しそうな気を醸していた。掠れた声で、ぼそぼそと続ける。
「何もしないと言っただろう。」
「違、います…… 緊張して……」
眉を八の字に曲げ、上擦った声で詫びながら、申し訳なさそうに俯くすずなに、少し我に返り、義勇は内省した。
「すまない。性急だったな。」
「……白状すると、俺も、この手で事を成して、本当に良いか憚れている。」
彼女を前にすると、妙な本音が零れる事に改めて戸惑いつつ、自身の左手を見つめる。
「…………?!」
「だから、少しずつ来てもらえば……良い。」
「……はい。」
昨夜の話を思い出し、この優しい人は、そんな風に思っていたのかと驚く。恐々と両手を伸ばし、彼の襟元を掴み、ゆっくりと額を擦り寄せた。
そんなすずなに、義勇は薄紅の頬を少し緩ませ、彼女から見えないよう、至極嬉しそうに微笑んだ。
ふと、首元の締め痕の事を、すずなは思い出す。
「……あの、以前は、お見苦しいモノをお見せしてすみませんでした。」
「大丈夫だ。俺が悪かった。」
彼女の痣の辺りに、義勇は、そっ、と親指で触れ、優しく撫でた。動揺と甘い刺激に、ぴくり、とすずなは反応する。虚しさしかなかった首元を、こんな風に意識するのは初めてだった。
「でも、折角、助けて頂いたのに、無下にするような事……」
「気にしなくていい。君の事情だ。」
「……一族の中で、大して役立たなさそうな私を可愛がってくれた祖父に、報いたかったんですけど……」
自身も右手で首に触れ、少し自嘲気味に言うすずなが、義勇は、ただ、ただ悲しかった。苦味のある擬似感に襲われる。
「やめろ。」
「後ろめたくなる思いは、わかる。だが、もう自分を責めるな。」
ぴしゃりと制しながら、妙な矛盾を奥底に感じたが、彼女の憂いた朱の瞳に向け、必死に説き放つ。
「君は、悪くない。」
すずなは、喜びと疑心の混じった、至極切ない複雑な表情をした。彼女の心に刻み込まれた傷は、首の痣よりも濃く、深いのだろうと痛感する。
「役目など…… ただ、居ればいい。」
今度は訝しげな表情を浮かべた彼女に、義勇は慌てた。変に誤解されたか? やはり、言葉が足りないか。急いで付け加える。
「存在するだけで安らぎを与え、和ませる…… 容易く出来る事ではない。」
「誰も、気付かなくとも、直向きで…… そう、野に咲く、花だ。」
淀みながらも言い放った後、すずなを見遣ると、彼女は俯き、一輪挿しの桃の花のようになっていた。自ら両手を伸ばし、義勇の背中に細い腕を回し抱きつく。
「……すみません。ご免なさい。もう、もう十分です。有難うございます……」
少し涙声だった。寡黙で口下手な義勇が、ここまで言ってくれたことが、堪らなく嬉しくもあり、申し訳なさで溢れていたのだ。
いくら自分が情けなくて惨めでも、もう、むやみに言ってはいけない気がした。後ろ暗い痛みが、別の類いの罪悪に変化した瞬間だった。
「貴方は…… あなたの瞳は……紺碧の、澄んだ海のようですね。」
「……以前は、暗い海底に沈んだような色をされていました。」
少し我を取り戻したすずなは、義勇の頬を両手で包み、想いを込めて、囁く。
「鬼舞辻の所になど行かないで欲しいと、本当は、恥も
「生きていて下さって、良かった……」
思いもよらなかった彼女の本音に、義勇は涼やかな碧眼を見開き、呼吸が止まった。
与えられた余生を、あと僅かの命と思うか、まだ続く生の義務と捉えるか。この一年、その狭間で生きていた。先に逝った戦友を思えば、贅沢な苦しみだとは思う。
姉と親友への贖罪は果たしたが、利き腕を失い、痣者の寿命という代償を背負った。後遺症に耐えながら、刻一刻と近づく、死と向き合う日々。
逝く事に迷いはなかった。だが、どうしようもない虚無感に苛まれても、自ら絶つことは決して出来ない。共に闘い、召された仲間と、命懸けで助けてくれた人への冒涜に思えた。
とは言うもの、自分だけ幸せな思いをして良いのか憚れてもいた。何故、また自分が生き残ったのか、自身の役目とは何かと、何度も繰り返し、内心問い続けていた。
それでも、この愛しき娘は、生きていて良かった、と言う。にわかには理解し切れないし、弱さなのかもしれない。が、素直に『嬉しい』と、初めて思った。
彼女の言の葉が、心の水面にひらり、と落ち、今までに無い形状の波紋が広がる。至極切なく、優しい波動に、無性に泣きたい衝動に駆られた。私用の布団に包まれているすずなを、更に強く抱き締める。
ようやく落ち着き出すと、其々、すぐ側にいる愛しい人の存在に意識が集中し始めた。湿度のある息づかい、肌に感じる温もりに、心が解れて満たされていく。この世界で確かに生きているのだと、リアルに実感するようだった。
「……もう、休むか?」
そろそろ、理性の限界に近づいていた義勇は、抱き合っていた腕を緩め、少し体を離す。
「義、勇さん…… あの……」
「どうした?」
「いえ。ただ、私、おかしくて……」
上擦った声で呟き、すずなは明らかにまごついていた。微かに身体が震えているのが判る。
「…………?」
「何だかふわふわして…… 苦しくて、どうにかなりそうで……」
はぁ…… と一息ついて、すずなは潤いを含んだ珊瑚色の瞳を、義勇に向けた。見たことの無い位に蕩ける、熱のこもった朱の眼差しに戸惑い、ごくり、と息を呑む。
「すず、な……?」
「義勇さん……」
自分の背中を抱く細い腕に、遠慮がちに力がこもると同時に、しとやかに艶めく音色が響いた。
「……すきです。」
──ぞくり、とした強烈で甘い衝撃が、義勇の全身を駆け抜ける。初めて聞く、すずなの情欲に満ちた言葉だった。
自分の妻になろうとしている人の、女としての変化を察した義勇は、ぐっ、と息を飲み、彼女の肩を掴んで向き合った。再度確かめるように、躊躇いながら問いかける。
「……止まれない、ぞ?」
そんな彼を見つめながら、すずなは、何時になく恍惚とした表情で小さく頷き、緊張もあるのか、きゅ、と口元を結び、微笑みを浮かべた。
刹那、義勇の奥底で何かが弾けた。滞留していた覚えのある熱い渦が、瞬く間に激流と化し、全身に襲いかかる。静かに呼吸していた吐息が、微熱を帯び、深くなり始めた。
「…………っ!!」
きつく目を瞑り、一瞬、迷った後、何時かの
白い浜辺に打ち寄せる小波の如く、少し寄せては、躊躇い退く、という流れを幾度か繰り返す。
彼女の背に直に左手を回し、
ずっと乞い焦がれ、求め止まなかった、柔く耽美な感触と、懐かしく心地好い温度に憑かれ、二人は、初夜の帳に沈んだ。
【おまけ噺】
【登場する花の花言葉】
●桃の花→私はあなたの虜、魅力的、天下無敵
***
今回は、過去最も、心情描写が難しかったように思います。特に、義勇さんは口数が少ないので、状況説明などで補うからか、いい表現が浮かばないわ文字数増えるわで、長々してまとまらない……
そんな状態ですが、ようやくいちゃつき出しています(爆)(焦れったさは変わりませんが)
自分の中でスイッチ入って決断したら、急に動き出すのが冨岡義勇、と解釈してますが、見ている方は驚きそうですね(汗)
双方ともに、自分の傷や望みよりも、相手を思いやり、受け入れて歩み寄る、擦り合わせるのは、とても難しい事だと思います。
自分の傷の深さは自分にしか解らない。相手が根本的に治してくれるのを期待するのは酷なことです。
完全に理解してもらえなくても、相手が側に居てくれるなら、相手から貰える少しのモノがあれば、自分は自分と闘いながら、痛みも甘受して生きてゆける。そんな関係に憧れます。
……なんだか、つらつらと語ってしまいました。すみません。意味不と思ったらスルーして下さい。