神喚ぶ鈴に慈しみの雨を   作:夢臥水

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 散って逝った花、遺され咲き続ける花々へ。


【※設定の濃いオリキャラが登場します。お手数ですが、ご覧頂く前に、シリーズ全体のあらすじをご確認下さい。】


春宵の舞

 そう言えば、この娘も、随分変わったな……と義勇は感心した。

 自分と同じく、他人と積極的に関わろうとしないどころか、意思表示すらまともに出来なかった彼女は、今では、あの蟲柱の胡蝶しのぶに代わり、医師として頑張っていると、炭治郎からの文で誇らしげに聞かされたばかりだ。

 人の心情に鈍いとよく言われる自分でも、カナヲの変化と成長は、はっきりと感じられた。これも、胡蝶の意志が、しっかりと受け継がれているからなのだろう。

 そして、彼女を守るのは自分だとばかりに、太陽のような笑顔の大事な弟弟子が、しっかりと隣に寄り添う姿がある……

 

「輝利哉様が来られましたら、例の儀式が始まりますので、どうぞご観覧下さい。」

 意味深に微笑みながら、カナヲが屋敷の建物の方へちらりと視線を送った。炭治郎の文にもあった、宵の儀式のことかと察する。

「…神事か。慰霊が目的なのか?」

 正直、義勇はそのような神事には、あまり関心がない、というより、むしろ懐疑的だった。仮に、救いをもたらす神が存在するのなら、残虐非道な鬼が蔓延る世界など生まれないし、何の罪もない命が、理不尽に苦しめられる事など起こらないはずだ、と考えていたのだ。

 人の境地を超えた醜い化け物なら、目が腐るほど見てきていて、その度に容赦なく滅した。“冷徹で無情な水柱”と、時に隊員内で揶揄された事もある。鬼と化した人間の懺悔の言葉、身内や友人の助けを乞う声を無視し、刃を振り降ろしたこともあった。

 その度、下手に動じないように、己の心までを殺しながら、鬼と変わらぬ残酷な所業に、自らの手を染めたのだ。

 神は助けるどころか、何もしてくれない。頼れるのは、鍛え上げた自分の技量と頭脳だけ。甘い夢すら、何の意味ももたらさない。そもそも、その大切な夢を守れなかった自分には、見ることすら許されないと考えていた。

 

『振り向くな。迷うな。揺れるな。惑うな。考えるな。』

『走れ。跳べ。振り切れ。斬れ。殺せ。殺せ。滅せ。滅せ。滅、滅、滅!!!』

 

 任務という名の討伐と、無我夢中に鍛練を繰り返していくのに比例して、心が麻痺して壊れていくのは判った。そのうち、鬼を前にしても、憎悪すら沸かなくなっていった。無機質な兵器の如く、ただ鬼という形のモノを殺す。贖罪と自らに課した、そんな日常……

 自分が選んだ道とはいえ、そんな風に辛酸を舐め、泥沼を掻き泳ぐ日々があったからこそ得た、今の平穏な毎日だ。慰霊というのは尊い行いだが、そんなお伽めいた所業は、どのように、どんな人間がやっているのか、義勇は無性に知りたくなったのだ。

「…蝶屋敷をカナエ姉さんが取り仕切っていた頃、家族全員を鬼に殺された、巫女見習いの方が保護されました。」

「体が回復された後、鬼殺に疲れた隊員の心の機能回復や、屋敷の花の世話をして下さっていたそうで……その方が、初代花柱様を偲ぶ舞を、毎年、命日に奉納して下さっているのです。」

 突然、少し冷淡な口調になった義勇に、少し戸惑いながら、カナヲは、師範であり姉である、胡蝶しのぶから聞いていたことを話した。

 

 ──巫女。神々に遣え、個々其々の能力を活かし、村や里に奉仕するため、特別に選ばれた若い未婚の女性。

 懐疑的とは言うものの、そのような者達まで鬼の被害にあっていたのかと、義勇は改めて悲しく思った。討伐のために地方に向かった際、村人からそのような話を聞いた事はあった為、認識はあった。しかし、実際に神事を拝んだことはないし、効力を目の当たりにしたこともない。

「…そうか。」

 やはり、半信半疑のままだ。どのようなものか見当もつかない。他人の心の治癒という大層な芸当が、自らも鬼の犠牲者であるにも拘らず、本当に成せるのだろうか、と思った。

 

 せっかくの機会だ。今宵、その鎮魂の舞とやらを拝見するのも悪くないか……と、感情の起伏があまりない義勇の心に、珍しく好奇の小波が起こっている。

 今日は、妙に心の奥が、様々な方向にざわめくな……と、自身にも理解できない心境に戸惑っていた。

 

 

「輝利哉様!!」

「産屋敷様が来られたぞ!」

 

 煉獄槇寿郎や宇髄の歓喜の声が響き、はっと、義勇は我に返った。少し離れた元蝶屋敷の庭先に、産屋敷家の現当主で輝利哉とその姉妹が、揃って佇んでいる。一斉に一同は駆け寄り、近くにかしずいた。

「そんなにかしこまらなくて良い。皆、久方ぶりですね。」

「今宵は、わざわざご足労頂き、誠に感謝致します。」

「では、早速ではありますが、宵の儀式を始めましょう。」

 

「…すずな殿。」

 

 輝利哉が振り返った先に、暗がりの中、『すずな』と呼ばれた、一人の女性が頭を垂れ、お辞儀をしながらかしずいていた。

「面を上げて良いぞ。」

 言われるがまま、その女性はゆっくりと 顔を上げ、義勇らの居る方へ向いた。銀細工と紫の生花で出来た、冠のような頭部の装飾と、顔と肩まわりにふわりと纏った、薄紅色の羽衣で面立ちはよく見えないが、いかにも巫女らしい、白装束に紅椿のような色合いの袴を履いている。

 手元には、同じ紫の生花と銀製の鈴が装着された杖と、おそらく羽衣と同じ素材で作られたのであろう、白鶴の羽のような扇子が握られていた。印象的なのは、薄い青紫の三色菫(ビオラ)で二つに分けた髪を、更に深紅の髪紐で纏めて結わえられた、巫女としては異質な、蜂蜜色がかかった亜麻色の長い髪だ。

 顔は判らないが、松明の炎の灯りに照らし出された彼女の出で立ちは、たちまち、その場を凛と研ぎ澄まし、異次元のような神秘性のある空間に変えた。

 女性に目がない善逸や宇髄だけでなく、炭治郎や煉獄親子、禰豆子や、面識のあるカナヲまでが呆気にとられてしまっている。

 一方、義勇はと言うと、女性以前に人に関して疎いため、どちらかと言うと、今までに目にしたことが無い類いの人間に対しての、敬遠と疑念の感情の方が大きく、ひどく冷めた目で静観するように見ていた。

 

「では、始められよ。」

 

 気づくと、おそらく紫宛らしき生花の冠と、薄紅色の羽衣を纏った巫女は、『必勝』の桜の木の、真下に立っていた。

 しん、と静まりかえった空間の中、彼女の右手にある杖に連なった銀製の鈴の音が、シャラン…と響き渡った。直ぐ後に、左手に持つ白鶴の羽根のような扇が、ふわりと宙を仰ぐ。

 頭上から次々に舞い落ちる、桜の花吹雪が周りを取り囲み、緋色の松明の灯火が、彼女の亜麻色の長い髪に反射し、黄金色に揺れながら煌めく。

 シャラ…シャラン…リン……という澄んだ鈴の音色に合わせ、ふわり、ふわり、と扇が宙になびく。しなやかに、ゆるやかに、降り上げる腕に合わせて、純白の振り袖と薄紅の花びらが舞い踊り、この儀式に参加しているかのように見えた。

 体に纏った薄紅色の羽衣を、動きと共に腕に絡ませ、静かな春風のように動き、舞う姿は、まさに優麗という表現がふさわしい、まるで花の精霊、天女のようだと、一同は魂を抜かれたような面持ちで見ていた。

 少しずつ、少しずつ、それぞれの心の奥底にある、ひんやりとした哀しみが、じんわりと緩和され癒えていくような、そんな感覚が涌き出てくる。

 逝ってしまった者、遺された者、全ての魂にそっと寄り添い、温かく包み込まれるような、至極優しく、深い慈しみに溢れた雰囲気が、その場一体に漂い、溢れていた。

 

 炭治郎は、何故か、幼い頃に父が見せてくれた、ヒノカミ神楽を思い出していた。あの雰囲気とは、また違う趣ではあるが、どこか通じるものを感じる。

 もしかしたら、花の呼吸に所縁のある舞なのだろうか……と考えていた。

 一方、生まれて初めて目にする光景に、義勇は釘付けになっていた。神事がどうかという類いの念は、既に消え失せていて、眼前で繰り広げられている、幻想的で不可思議な、至極心地の良い現象に、徐々に心を奪われていく。

 思い出すのは、胡蝶カナエが存命していた時に見た事がある、花の呼吸の技だが、それとはまた違う趣向のものだ。

 

『何だ…これは……』

 

 

 儀式が終盤に差し掛かった時、突如、強烈な突風が彼女を襲い、肩周りと顔を覆っていた、薄紅色の衣が乱れ舞い、宙を飛んだ。

 あっ、と一同が気にかけた瞬間、顔を覆っていた衣が、ふわっ、と浮いた。

 終始、彼女を凝視していた義勇の眼と、顔があらわになった巫女の眼が、一線で繋がった。深い紺碧の瞳が、視線の先にある、珊瑚色に力強く揺らめく瞳を捉える。

 

 一筋の閃光がほとばしったかのような、ほんの僅かな、刹那の出来事だった。が、互いの瞳の鮮烈な光は、其々の心を撃ち抜き、芯の底の最も柔い部分に、その存在が、しかりと刻み込まれた。




【おまけ(登場した花の花言葉)】

●紫苑→あなたを忘れない、追憶、思い出、遠方の人を想う
●三色菫(ビオラ)→(全般)少女の恋、誠実、信頼、物思い、私を想ってください
(青)→誠実な愛、純愛
(紫)→揺るがない魂、思慮深さ、誠実
誠実で一途な片思いを応援する花なのだそうです。
巫女が装着していた三色菫は、薄い青紫のイメージです。

 紫苑は、鎮魂の儀式の花冠ということで装着していますが、三色菫は……誰かさんへの恋心の表れということで、単に巫女さん本人が好きな花という設定で、筆者が着けさせました。
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