神喚ぶ鈴に慈しみの雨を   作:夢臥水

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 憂うように、笑う人。


【※設定の濃いオリジナルキャラが登場します。お手数ですが、作品をご覧頂く前に、シリーズ全体の概要をご確認下さい。】


巫女と猪

 突風により、突如飛ばされかけた薄紅の羽衣を、巫女は、華麗に宙返りしながら掴み取り、両腕を広げながら着地し、シャラン…という音と共に、舞は静かに終わりを告げた。

 

 鈴の音が収まると、あちこちで涙をすする音が響いていた。あの凄惨だった闘いの中で、散って逝った者の顔が次々に浮かび、それぞれの想いを馳せながら、心を震わせている。

 善逸に至っては号泣、あの伊之助までが、鼻をグスグスさせている。そして、これからも、また懸命に生きなければという、気が引き締められる衝動に駆られていたのだ。

 義勇も皆と同じ状態だったが、また違った意味で衝撃を受けていた。あの、一瞬の閃光のような出来事。目の前で朱色に揺らいで光った、力強く澄んだ珊瑚色の瞳が、脳裏に焼きついて離れないでいる。

 

 しばらくして後、誰からともなく、パチ…パチ…という音が鳴り始めた。次第に、軽やかな拍手が重なり続け、その場の想いが一つになる。

 巫女はその様子を見届け、静かに一礼をした後、花吹雪を背に、スッ…とその場を去り、

「後は任せるよ。」

と、言い残した輝利哉達と共に、屋敷へ戻って行った。

 

 

 儀式が終わり、感傷的な気持ちが落ち着いてきた頃、誰からかの一声で、夜桜の宴が、徐々に始まり出した。

 皆、とても高揚した良い気分になっていた。宵闇の中、彼方此方に松明の明かりが灯り、薄紅色の花吹雪を浴びながら、陽気な雰囲気に満ちている。

 

 すっかり昂っている伊之助は、両手に串団子を持ち、振り回しながら踊り、浮遊しながら暴れている。どうやら、先程の舞の真似をしているらしかった。

「なぁ、さっきの、あの巫女の人は、花見には来ないのか?」

 先程の鎮魂の舞に、いたく感動した善逸が、鮭の握り飯を頬張りながら、炭治郎の隣にいる栗花落カナヲに問いかけた。その言葉を俊敏に聞きつけた、宇髄天元も加勢する。

「そうだよなぁ! 俺達の仲間の為に、わざわざ来て、あんな派手にスゲェの演ってくれたってのに、ハイさよなら、って訳にはいかねえよ!」

 「天元様。」と、窘める雛鶴をよそに、是非会いたい、と日本酒の瓶を握り締め、息巻きながら詰め寄る。

 二人の剣幕に少々たじろぎながら、カナヲは弁解した。

「あの…あの方…すずな様は来られません。ご遠慮したいそうです。」

「なんでだよ! 巫女さんは、こういう賑やかな席に来たらいけねぇのか?」

「いえ…そういう訳ではないですが、素顔を見せて、先の儀式の印象を壊したくないと仰っていて……それに、穏やかな方ですが、対話があまり得意でないらしいので。」

 口元をまごつかせながら、懸命に説明するカナヲの言葉に、大木の下に一人隠れるように、少し離れた場所に居た義勇が、緑茶を飲みながら、ぴくり、と反応した。

「そんなの気にしねえよ! 俺らは、さっきの舞の礼がしたいだけだ。口数少ないってのも、冨岡で免疫ついてるから安心しろ!」

 前半は同意するも後半の発言に、義勇は名指しされたことに気分を害しながら、宇髄を少し睨んだ。

 そんな兄弟子の様子を見て慌てながらも、炭治郎も同意する。

「大丈夫だよ。カナヲ。皆彼女に感謝してるんだ。おかげで、とても良い式になったんだから。」

 日溜まりのような温かい笑顔で言う、大好きな人の優しい言葉を聞き、カナヲは、

「わかりました。まだ屋敷にいらっしゃると思いますので呼んで来ます。」

と、宇随らに伝え、元蝶屋敷の方へ駆けて行った。

 

 

 暫し後、瞳と同じ朱色の着物姿の女性が、カナヲと連れ立ってやって来た。

 巫女装束から着替え、化粧も落としたのであろう彼女…すずなは、先程の神秘的で華やかな雰囲気は無く、淑やかで楚々とした印象の女性だった。

 腰まである、所々が蜜蝋色に反射し煌めく、亜麻色の長い髪を靡かせ、耳の辺りの髪を後ろにまとめ、深紅の髪紐で一つに結んでいる。目鼻立ちも、目の覚めるような美女というよりは、どちらかといえば線が細く、円らな目に小振りの唇という、儚げな造りをしていた。

 このような素朴で可憐な女性が、あの優麗で見事な舞を披露したのかと、一同は少し驚き、息を飲んだ。

 

「すずなさん、今日は有難うございました!」

「とても素敵でした!」

 直ぐ様、最初に揃って切り出したのは、炭治郎と禰豆子だった。さすが竈門兄妹…と思いつつ、宇髄や善逸たちも、後に続く。

「いやぁ、見事だったぜ。派手に最高だったわ。」

「俺、あんなに感動したの久しぶりです!」

 次々に浴びる称賛の言葉に、すずなは、少し照れ臭そうにはにかみ、初めて口を開いた。

「いえ、喜んで頂けて良かったです。今年は、例年よりも特別な夜になると、カナヲさんから伺っていたので……」

と、尺八の澄んだ音色のような声を溢し、安堵したような表情を浮かべた。義勇より二つ年下だと、カナヲから聞いていたが、年齢のわりにどこか幼い、あどけない微笑みを浮かべている。

 

 騒ぎを聞きつけ、少し前まで、串団子を手に踊っていた伊之助が、いつの間にか俊足に飛んで来た。

「すずなぁ! お前、スゲェなぁ! やっぱ、山育ちはちげぇな! 俺様や権八郎と、同じ臭いがするだけあるぜ!!」

 猪の被り物の鼻を、フンフン、と鳴らしながら、すずなの顔に近付け彼女の肩をバシバシと叩く。その場にいた全員が青ざめ、白目を剥いた。

「止めろ伊之助!! 失礼だろ!!」

「何言っちゃってんのぉお~?! そんな訳ないでしょぉ!!」

 同時に絶叫しながら、炭治郎と善逸が、伊之助を急いで引き剥がす。

 

 そんな二人と猪姿の少年を、すずなは瞳孔を見開き、ぽかん、とした表情で見ていたが、次第に頬が緩み、ふ、ふっ、と耐えかねたような息遣いを漏らした。

 そして、ふわっとした柔らかな笑みを浮かべ、あははっ…と、笛が明るく高らかに鳴るような、気持ちの良い笑い声を上げた。

「そうです。すごいですね……私の故郷は、山奥にあります。」

「そうか!! そうだろう!! 俺様は、猪に育てられたんだ。お前は、あれか? 狼か何かか? 犬みてえな顔だしな!!」

「ふふ…違います。私の親は、神社の人ですよ。」

「ジンジャ? 何だそれ、どっかの洞穴か?」

「イ~ヤア~アァ~ア~!! もういい加減にしろォ~!! 伊之助ェェ!!」

 この状況に耐えきれず、炭治郎と善逸、禰豆子、カナヲに加え、怒り心頭のアオイまでが飛んで来て、揃って羽交い締めにしながら、伊之助を引きずって行った。

 

 残された宇髄と雛鶴、そして義勇は、其々顔面蒼白の面持ちで、変わらず機嫌良さげに、くすくす、と、まだ可笑しそうに笑っている彼女を、恐る恐る見遣った。

 驚愕したのはこっちだ。初対面で、あの伊之助に動じず、しかも、楽しそうに話す女性を初めて見た。気を遣っているのかもしれないが、元とはいえ、彼女は巫女だ。おそらく神聖な場所で、厳かな教育を受け育ったはずだ。

 対話が苦手とあれば尚更、言っては何だが、ああいう粗野な振る舞いは苦手だろうに、何故か、この娘は、本当に嬉しそうに受け入れている。

 様々な女性を見てきた、経験豊富な宇髄でも、この不可思議なタイプに、何と声をかけて良いのか計りかねていた。

 

 そんな中、意を決したのは、義勇だった。腰を上げ、大木の陰から出て来た。彼らの元上官として、代わりに詫びなければ、と思ったのだ。

「あの……大変失礼をした。申し訳ない。」 

 律儀に頭を下げた彼に、すずなは、少し驚くような表情と仕草を見せた後、

「いえ…! 大丈夫です……なんだか羨ましくて。あんな素敵な関係……」

 そう言って、正座させられ不貞腐れた伊之助を、必死な形相で説教しているアオイ、善逸、炭治郎。そして、彼らを狼狽えながら宥める、禰豆子とカナヲの姿を、まるで、貴重な宝でも眺めるような面持ちで、切なそうに眺めていた。

 

 彼女の瞳からは、先程の舞で放っていた、力強く揺らめく珊瑚色の光は、もう消えていた。代わりに、何かが欠けたような憂いがかかっていたが、邪な仄暗さは感じられない。

 朱の硝子玉のように曇り無く澄んでいるが、きらきらした宝石というよりは、控えめに艶めく天然石のような風合いをしている。

 

 義勇は、本当に不思議な娘だ、改めて思った。今までに会ったことの無い類いの女性だが、どこか懐かしい雰囲気を感じる。

 そんな心許ない様子の、かつての柱仲間を、宇髄天元は雛鶴と共に、意味ありげに静観していた。




【おまけ噺】

 霊魂の供養ではありませんが、疫病退散の願を込めた舞を、巫女さんだけでなく、舞妓さんも京舞として奉納されることもあるらしいです。
 他、疫病退散祈願のやすらい祭り(祈祷師の方が凱旋する)を、京都では春に行うそうです。奈良では鎮花祭と呼ばれています。
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