神喚ぶ鈴に慈しみの雨を   作:夢臥水

6 / 21
 救い、守るということ。

【※設定の濃いオリキャラが登場します。お手数ですが、ご覧頂く前にシリーズ全体の概要をご確認下さい。】


左腕

 左手に握り飯の包みを下げた義勇は、足早に、すずなの元へ急いでいた。

 何故、自分はこんなに懸命になっているのだろうか。あの猫達が気になったのもあるが、何より、あの心が温まるような綺麗な笑顔が、もう一度見たかった。

 彼女にもっと喜んで欲しい、芯から笑って欲しい。ただそれだけの思いが、今の義勇の原動力であり、体の奥底で沸々と湧き始めている、未知の躍動感を助長させていた。

 

 店が混んでいた為、予想以上に遅くなってしまった。彼女と野良猫達が、どうして居るかが気になる。その時、向かい側から、艶やかな黒毛に蒼い目の猫が、義勇の元へ駆けてきた。すずなと戯れていた、あの黒猫だ。自分に対面するなり、にゃあ…にゃあ…と必死に鳴いている。

「どうした。」

 少々たじろぎながら、義勇は尋ねた。さっきまで、あんなに自分を警戒していたのに、何故こんな急に……

「…………!!」

 何かを察知した。俊敏に駆け出し、元居た方へ走る、黒猫の後を追った。

 

 

 猫が連れて行った先は、先程まで居た広場だった。視線の先には、胸元を押さえながら、崩れ落ちるようにしゃがみ込んでいる、すずながいた。彼女の周りを、先程の野良猫達が、次々に鳴き声をあげながら、心配そうに取り囲んでいる。

「…久世!!」

 思わず鋭い声をあげ、義勇は、強く呼び掛けるように叫んだ。側に駆けつけ、しゃがみ込んで彼女を覗き見ると、首と胸元を押さえながら、カッ、と眼を見開き、必死に呼吸しようとしている。

 

 …ハアッハッ…グクッ…ハアッ……!!

 

「どうした?! 何があった?!」

 返事は無い。息の切れる苦しい音と、消え入りそうな吐息が止まらない。呼吸をするので精一杯な様子だ。

 尋常ではない状態なのは明らかだった。しかし、どこかに傷や怪我があるようには見えない為、手練れた応急処置が出来ない。何かの持病か? しかし、医術の心得の無い義勇には、どこの診療所に連れて行けば良いかわからない。内臓や呼吸器官の病か? こんな時、あの胡蝶がいれば……

 

 顔をしかめて困惑する義勇を、よほど苦しいのか涙の滲む目で見つめ、左手で胸元を押さえながらも、震える右手を義勇に差し出し、ゆっくりと指を動かした。鬼殺隊士の間で、暗号のように使っていた、あの指文字だ。

 『ち、よ、う』──── 蝶?

「蝶屋敷か?」

 こくん、と頷くすずなに、カナヲかアオイなら対処法がわかるのだろう、と思った義勇は、

「わかった。待っていろ。」

と、左手をすずなの肩を置き、足早に通りに向かった。

 

 とは言うものの、馬車では、元蝶屋敷まで随分と時間がかかる。鉄道は、あの状態のすずなを乗せて行くには、いつ状態が急変するか分からず危険だ。

 少し迷い、考えた後、近くの馬車まで走り、義勇は急患だ、と呼び止めた。広場まで急ぎ足で戻り、まだ苦しみながらしゃがみ込んでいる、小柄な彼女の体を、左腕を駆使して慎重に背中に乗せる。両腕を自身の首に巻きつけ、待たせていた馬車の元へ走った。騎手に頼み、扉を開けてもらった後、自分の屋敷までの住所を告げる。

 ここからなら、竹林の自分の屋敷の方が近い。直ぐに寛三郎に頼み、鎹鴉を通じて、カナヲ達の居る元蝶屋敷まで文を届け、屋敷にいる者を急患で呼び寄せる算段だった。状況的に、絶対安静が最優先だと考えた義勇は、一先ず、病体の彼女を屋敷で休ませようと考えたのだった。

 

 

 ガタン、ガタン、という、馬車の揺れが病体に障らないよう、自分の膝にすずなの頭を乗せ、着ていた水色の羽織を布団代わりに、義勇は彼女の体にくるませた。

「…み…か様…すみ…せ…ん……」

 激しくも消え入りそうな息づかいの中、掠れた声を振り絞りながらも、心底すまなそうに、すずなは詫びた。

「喋るな。もうしばらくかかるが、何とか堪えろ。」

 こくん、と額に汗の滲む顔で頷き、口元に少し笑みを作った後、また咳き込み始める。目が虚ろだ。意識も朦朧としているのだろう。

 

 鬼との闘いの後に、事後処理を担当する隠の一部の者が、あまりに酷い惨状を目にして、彼女と似たような状態になっているのを、何度か見た。中には、激しい吐き気で動けなくなる者、正気を失う者もいたのだ。

 自分が目を離した、あの数十分の間に、一体何があったのか……直前の最上級の笑顔との比が激しく、彼女の事情が気になって仕方なくなると同時に、

『助けなければ、今度こそは。』

という、強く熱い想いが、めらめら、と心の内で静かに燃えていた。

 

 ──姉さん、錆兎……俺に、力を貸してくれ。

 

 ぎりっ、と奥歯を噛みしめ、義勇は、きつく目を瞑った。

 

 

 暫し後、屋敷に到着して直ぐ、また同じように、すずなを背負ったまま走り、義勇は、家の中に駆け込んだ。一先ず、客間にゆっくりと横にならせ、左腕で手早く布団を敷き、また彼女を慎重に抱えて寝かせる。

 そして、『久世すずなが、呼吸困難状態。元水柱邸まで、至急治療に来て欲しい。』と簡潔に書いた文を、突然の義勇の帰宅と、来客に驚いている寛三郎に頼み、元蝶屋敷まで飛ばした。

 カナヲかアオイが来るまでの間にと、湯を沸かして湯たんぽを作り、客間の彼女の布団に入れ、手ぬぐいをぬるま湯に浸し、額の汗を拭いてやる。

 先程よりは、少し息づかいが治まった気はするが、ハアッ…ハアッ…と、まだ苦しそうにしているすずなの横に、義勇は正座して顔を覗き込んだ。

「しっかりしろ。もうすぐ栗花落らが来る。大丈夫だ。」

 額に冷や汗を滲ませながら、すずなは、虚ろな眼で義勇を見上げた。珊瑚色の瞳は、すっかり曇っていて涙で覆われていた。焦点も合っていないのがわかる。

 こんな時、他にどうしたら良いのか、義勇には判らない。身体の傷なら、多少の処置はできる。自分が風邪などで熱が出た時は、ひたすら耐えていた。だが、このように苦しんでいる人間には、何もしてやれない。自分の無力さを呪った。

 

 鬼殺隊に居た頃は、今は無き右腕で刀を持ち、姉と親友の仇である鬼を滅する為、力足らずとも修羅に闘い、少なからず命を救ってきたつもりだった。自分を庇って死んだ、二人への贖罪が一番大きかったが、その為にはそれしか出来なかった、選べなかったからだ。

 鬼のいない世界である今は、多少の不便や後遺症はあっても、右腕にも剣術にも未練はなかったが、刀無しで人を救う方法が判らない。医術も無く、気の利いた慰めの言葉すら、自分には見つからないでいる。

『…俺は、やはり無力だ。何も守れない。』

 久しく自己嫌悪に陥った、その時だった。

「グッ…ハアッ…じい…さ…ま……」

 激しい息づかいに混じり、蚊の鳴くような掠れた声が、義勇の耳に入った。すずなの譫言のようだ。

『じい…さ…ま? おじいさま? 祖父のことか……?』

 よほど心細いのかと、義勇が察した時、まだ幼子だった頃、風邪を引いて高熱を出した時、姉の蔦子が、付きっきりで看病してくれた時のことが甦ってきた。熱にうなされ泣いている自分に、そうだ、あの時、姉は……

 少し躊躇ったが、義勇は左腕を伸ばし、すずなの右手を取り、恐る恐る、小さな掌を優しく握った。瞬間、すずなはひどく驚いた表情で見上げる。が、次第に、口元を嬉しそうに緩ませた。血の気が引いて、青白くなっていた頬が、段々と薄紅色に染まっていく。

 そんな彼女を見ているうちに、自身の頬も赤くなっていくのが分かり、義勇は、思わず目を反らした。

 

 妙な気分だ。居たたまれない思いで一杯で、今すぐ逃げ出したいのに、掌にしっとりと感じる、汗ばんだ柔らかな感触が、至極心地好くて、吸い付いたように離れない。

 少しでも、彼女の救いになりたくてやった行いなのに、自身の方が高揚し、次第に安らいでいくという状態に、この女性と出会ってから、自分が今までの自分でなくなっているという事態に、義勇は気づき始めていた。





【おまけ噺】

 筆者の趣味で、義勇さんのお相手は、彼が苦手という、まさかの犬っぽい風貌の女性にしました。外伝で触ろうとはしていたので、興味はあるけど接し方がわからない人なんだろうな、と思ったので……
 指文字も外伝からヒントを得ました。長く蝶屋敷にいたヒロインなら、胡蝶さんや隊員から教わっていそうだと考えたので、使える設定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。