切り結ぶ相手にこそ絆を感じて。
ただ、真っ直ぐに。
命の限り、好き勝手に。
なにか切っ掛けがあれば、とは思っていた。
でも、それがどうにも上手くいかなくて。何処かで背中を押されるような事さえあってくれれば、思いを打ち明けられたのに。
私たちは、仲良くなりすぎてしまったから。
もし私が猪股家へ行って、「息子さんを私にください」と言ったら。本人はスゴく嫌な顔をするだろうけど、ご両親は快諾してくれるだろう。
それくらい私たちは近くて、同居している千夏先輩と同じくらいに親くて。
問題は、たった一つだ。大喜は、千夏先輩しか見ていないということ。下手をしたら、私が女子だとすら認識してないかもしれないくらいに。
千夏先輩がもし大喜を手に入れようとしたなら、私はどうにもならない。勝ち目は寸毫も無いし、そして更に。私は千夏先輩が、嫌いではない。尊敬できる先輩だし、大切な友人でもある。だから二人が結ばれたなら、私はきっと心の底から祝福するだろう。してしまうだろう。
だから、私は。大喜の言葉を聞いて、どう反応していいかわからなかった。
「俺と距離が縮まるのは、よくないことらしいから。そう言われたら、どうしていいかわからなくて」
――千夏先輩は、そんな事を大喜に言ったのか。
大喜との間に、線を引いた。そこを越えない、越えさせないと言った。
ならば。私は喜ぶべきだ。ライバルが勝手に退いたのだから、隙を突くべきだ。
そう、思うのに。私は、動けなくなった。二人が険悪になって欲しくない、大切な友人同士は仲良くあって欲しい。それもまた、本心だから。
私は、どうすればいいんだろう。それこそ、どうしていいかわからない。
心が、また澱んでいく。
身体を解せば多少はマシになるから、今日も整体院へと向かう。身体のメンテナンスをしておけば、心も回復してくるから不思議だ。
……千夏先輩もよく来るから、必然的に顔を合わせることになるけど。
「蝶野さん、今日もオーバーホール?」
「あ、千夏先輩。そうなんですよ、暑くなると頻繁にメンテしないと」
この時期大変ですよねー、と千夏先輩に冗談を返しつつ。ふと、思ってしまう。
この人の真意を、知りたい。
「……千夏先輩。大喜、なにかあったんですか?」
空気を読めないウザ後輩モードで、一歩踏み込む。
そしてかわせないように、もう一歩。
「なんか夏休みなのに、テンション低いって言うか。あのバカ毎年受かれてるのに、今年に限ってああなんですよねー」
何も知らない風に、あくまで好奇心を装って。
さて、どう返ってくるか。と思う暇も、無かった。
「私が色々、振り回しちゃったから……ね」
少しだけ、哀しそうな声で。千夏先輩は、短くそう言った。
「私はもっと居候として、ちゃんと線引きするべきだったんだよ。大喜くんに勘違いさせて、さ。これからは、気を付けるから」
――それは、違わないか。大喜が千夏先輩に向けた感情は、只の勘違いだったというのか。
じゃあ私は、何と戦っていたんだ。
大喜が千夏先輩を好きじゃないとしたら、私は何に負けていたんだ。
「大丈夫、大喜くんと蝶野さんはお似合いだから。これからは、ちゃんと応援するよ」
……何を言っているんだ。
この私を、誰だと思っているんだ。
無敵の蝶野雛を、舐めるな。
勝手に退いて、勝手にそんな事を言い出して。
不戦勝を喜ぶほど、小物に見えるのか。
この、私が。
「じゃあ先輩は、大喜を嫌いになってくれますか。大喜に嫌いだと、そう言ってくれますか」
口から憎しみが溢れ、刺を纏う。
相手が誰であろうと、知ったことか。私を怒らせたんだ。
「嫌いでは、ないよ。ただ私の立場だとね……」
「立場があるから譲ってあげる、あとは宜しく、って? いい加減にしてくださいよ、馬鹿馬鹿しい」
人目もある、声を上げたくはない。
でも、耐えられない。
この女の言い分は、許さない。
「大喜を弄んで、私を憐れんで。さぞ気分が良いでしょうね、悲劇のヒロインぶるのは」
「あの、違う……よ。私は居候で、義理もあってね……」
それは、口実じゃないか。居候だから、好きだけど身を引くなんて。
「じゃあ、大喜の気持ちはどうなるんですか。あのバカ、中学の頃からずっと、……千夏先輩が好きですよ。バカで単純でバカでヘタレな大バカ野郎だけど、必死で千夏先輩と釣り合うようになろうとしているんですよ」
私はそれを、側で見てきた。私の事を思って欲しい、と悔しい気持ちを圧し殺して。
大喜が努力し、挫折し、立ち直ってまた努力して。その姿が、私を支えてくれた。
それもこれも何もかも、只の錯覚だと言うのか。家に知らない女子が住むようになって、それで興奮していただけだと言うのか。
私を、そして大喜を。舐めるな。
「勝手に引かないでくださいよ。私は、貴女に正面から勝たないといけないんです。不戦勝なんて、死んでも認めません」
そうだ、私は大喜が好きだし千夏先輩も好きだ。ベクトルが違うだけ。
大喜が欲しい。千夏先輩に勝ちたい。それが私の、両輪だから。ようやく、そこに気が付いた。
「……そもそも、千夏先輩は鈍すぎるんですよ。私じゃなくて、大喜の気持ちに気付いてあげてくださいよ」
もし本当に気づいていたら、私はとっくに負けているけど。
「先輩は、もっと他人に期待してください。我儘言ったって、大体は赦されますよ。だって私たちは、子供なんですから」
私だって、もっと我儘をぶつけたい。こんな風に千夏先輩を焚き付けるより、大喜を手に入れたい。それも私の気持ちだ、矛盾はあっても嘘じゃない。
子供の我儘を、ぶつけ合えばいい。私たちなんて、そんなもんだ。
「先輩が大喜を好きなら、それで良いじゃないですか。私も大喜が好きです。誰に何を言われようと、曲げる気も引く気もありません。千夏先輩だって、そうじゃないんですか」
ああ、バカだな私は。千夏先輩が本気を出してきたら、その日の内に決着が付きかねないのに。
でも、だ。
敵は強ければ強いほど良い。戦って戦って、真っ白な灰も残らないほど戦って。そして――。
「私は、必ず勝ちます」
大喜に先輩じゃなく、私を好きにさせてみせる。この私に、敗北はない。
千夏先輩に、宣戦を布告して。夏の風が吹き抜けていく街を、一人で歩く帰り道。
夏休みに入って、まだ日は浅い。でもこの夏は、忙しくなるだろう。
これから千夏先輩は、私の敵だ。だから敬意を払って、正々堂々と戦おう。
私は、負けない。
私は、無敵だ。
蝶野雛を、舐めるな。
また雛ちゃん、マゼンダさまみたいな事言ってますね