韋駄天は投射呪法に似ていると、禪院直哉は思った。 作:恒例行事
迅悠一は悩んでいた。
未来視という
他の誰にも替えられない貴重な能力を保有するため、フラフラと日中から街を練り歩き異常が起きないかどうかを調べ尽くしている暗躍が趣味の変人である。
そんな変人は、トレードマークのサングラスを額に上げて悩んでいた。
──どうしよっか、直哉のポジション。
悩みの種は禪院直哉。
万年B級隊員でありながら個人ではトップクラスの実力を持つ曲者。
暗躍が趣味と公言する程にフワフワしていて昼行燈のような空気感を周囲に漂わせている迅からしても強者だと思える程で、彼が手にした改造トリガー【韋駄天・炳】の性能と相まって今は手が付けられない程。
初見で対応するのはほぼ不可能だと、迅を持って言わしめたのだ。
なお初見でほぼほぼ引き分けに持ち込んだ総合一位の餅は考慮しない事とする。
アイツおかしいよ……
そしてなぜそんな実力者の扱いで悩んでいるか。
それは近々起きると予知している大規模侵攻で、彼がどう作用するかを測りあぐねているからだ。
直哉単騎の参戦で大筋は変わらないが、迅の後輩でもあるメガネくんという愛称を持つ人物の生存確率が大幅に上がることは既に見えている。
だが。
だが、それでもどこに配置するべきか結論がでない。
どこの未来も不確定。
どこを選んでも可能性は変わらない。
参ったなと、迅は内心愚痴を吐く。
妙に鋭いところのある直哉の事だ、どこに配置しようが文句を付けてくるだろう。それ自体は別に構わないが、その果てに独断行動をされてはたまったものではない。
迅が手を回した結果ではあるが、今彼はかつての相棒に似た武器を手にしたことによって若干自惚れている節がある。
たしかに強い。
たしかに禪院直哉を止められる人間はボーダーでも片手で足りるほどしかいないだろう。
だが、敵は遠征を目的にしたエリート部隊である。
こちらで言う『止められる側』の人間がいることは間違いない。
……まあ、どこに配置しても良さそうだけど。
迅が絶対に成し遂げたいことは複数ある。
一つ、後輩であり莫大なトリオンを持つC級隊員を五体満足で救うこと。
一つ、後輩であり自分の手で策謀に巻き込むことを選択したメガネくんを生かすこと。
そしてもう一つ──誰一人として死なさず、犠牲者を絶対に出さないこと。
実の所、既に迅悠一は上層部にすら伝えてない未来が視えている。
そしてそれを伝えることはない。
なぜならば、伝えてしまえば余計に未来が変化する可能性があるからだ。
彼は文字通り
他人の命に価値を付け、出来る限り自分も協力するとはいえ、全員が平等に助かる可能性を選ぶ。
以前直哉に言われた人の心があるのかという問いに対し、迅は苦笑いを浮かべた。
──人の心、ね。
嫌な所を突いてくる。
本人は人間性を悪に振り切ってる事を理解しているからダブルスタンダードも厭わないが、迅悠一にとってその在り方は目に毒だった。
そこまで振り切れるくらい、自分の人格が歪んでいれば良かったのに。
そう思わずにいられない事もあった。
未来視というサイドエフェクトは、誰にも共有できない悩みを多く抱えさせた。
どれだけ苦しくても、どれだけ目を閉じたくても、直視し続けなければならない現実がそこには存在して。
「……あるのかな」
人の心がない。
そう言われても仕方ない。
だって、自分が見たい未来の為に──他人をいいように動かそうと裏で動いているんだから。
迅悠一には未来が視える。
だがそれは決して、人間一人を超越者に仕立て上げるような好都合な力では無かった。
☆
「知らんけどそんなん。好きにやればええんちゃう?」
直哉は頬杖を付きながら適当に言った。
実家が太いこともあり普通に小金持ちの直哉は舌が肥えている。
そのため三門市でも高級店に分類される店にしか行こうとしないし、そもそも行かない。ジャンクフードは不味くはないが食べる理由がないと掲げているため一部の人間から敵対視されている。いつもの事だ。
「そもそも俺は他の連中がどうなろうがどうでもええねん。それでも何とかして欲しいってんなら、礼儀を尽くすのが筋やろな」
その通りだな、と迅は首肯する。
禪院直哉は常識はある。
常識を持ったうえで偏向思考を全く気にも留めていないだけだ。
「ホレ、頭下げて請いてみいや。『助けてください』って」
「お願いします。助けてください」
舌打ち一つ。
直哉は言った通りに頭を下げられたのにも関わらず不快感を露わにした。
「意地の一つもないんか?」
「あるよ。あるからやってるんだ」
散々悩んだ末に、迅は直談判する事に決めた。
直談判と言うのもおかしいかもしれないが、昔からの付き合いがある城戸や忍田と会話するときよりも緊張感を持っていた。
禪院直哉は人でなしだ。
一歩間違えば未来が揺れ動き、最悪の場合
「キショい奴やな」
「なんだっていいさ。おれの頭は重くないからね」
「命には変わらんて? 反吐が出る信条掲げてキモイねん」
大切な人なんて誰も居ない。
禪院直哉にとって大切な人間なんて者は誰一人として存在しない。
唯一その域にいるのは憧れそのものであり、他の追随を許す事は決してない。ボーダーでトップクラスの実力者であっても、あの領域に手が届くことは無いのだ。
「まあ聞いてよ。多分今度の戦いでかなりヤバい相手が来るんだ」
「
「たぶん、ボーダーで一対一で勝てるのは0だと思う」
ピクリと眉を動かした直哉を見て、迅は釣れたと確信した。
「太刀川さんでも、二宮さんでも、おれたち玉狛でも無理な相手だ。直哉にはその相手を…………」
ここが分岐点だ。
迅は睨みつけてくる直哉と視線があった。
今の可能性は半々。
交渉次第で未来はどっちにも揺れ動く。
「…………うん、そうだな」
──たぶん、直哉はこっちのほうが
「
たっぷり十秒ほど、直哉は飲み物を口に含んで瞠目した。
未来はまだ決まらない。
体感で一分以上、十分、一時間。
迅はこの時間がどうしようもないくらい長く感じた。
「俺が勝てないって、お前の目には映ったんやろ」
「ああ。今もその結果は変わんないかな」
「クソ生意気やな。普通そこは世辞でも『勝てる』って言う所や」
不機嫌そうに、それでいて僅かに口元を歪めて直哉は言った。
「ええで。お前の誘いに乗ったるわ」
「……そっか。ありがとう」
「別にお前の大事な
ただそれだけや。
直哉は迅の心意気を汲んだから了承したのではない。
ただ一つ、自分にとって気に入らない相手がいる可能性を耳にしたから決めたのだ。
そこに他人の意思を挟み込む気は一切ない。
どれだけ誰に何を言われても、もうここから揺れ動くことはない。
「わかってるよ。取り敢えずホラ、食べようぜ」
「言われんでも食っとるわ。お前の奢りやからな」
腹ごしらえを他人の金で終わらせた直哉は、のんびりと帰路についていた。
迅はまた新たな暗躍をしに行くらしい。
アイツも暇な奴やな、と直哉は内心思った。
もし自分が未来視を持っていればどう行動するか──無意味な仮定ではあるが、直哉は僅かに『特別』を欲しがっている自身の心を押し込むことはしない。
手に入れられる物は何でも手に入れておくべき。
修練は積んで当たり前。
自分の使う得物くらい学んどけ。
トリガーとトリオン体という前世とは違う機器に触れつつ、一瞬で適応できたのには直哉の才能が関係していた。
根本的に禪院直哉は『才能を持っている』側だ。
天与の暴君と無下限の怪物に差をつけられているだけで、常人では踏破できない地点まで足を踏み入れている。
「あら、禪院くんじゃない」
「望さんやん、今日も顔は綺麗やね」
今日は機嫌がいいわねと、加古は思った。
街中で顔を合わせるのは初めてではないが、それでも出会い頭に舌打ちをされなかったのは久しぶりだ。
「禪院先輩、こんにちは」
「双葉ちゃんもおったんか」
ペコリと一礼する。
「これからドライブに行こうと思っていたのだけど、どうかしら。来る?」
「なんで俺が一緒に行くと思ったん? フワフワしとるのはトリガーだけにした方がええよ」
「捉えどころのない女って褒め言葉かしら。禪院くんにしては気が利くわね」
ほんまこのアマ嫌いやわ。
レスバトルで不利に追い込まれると同時に直哉は額に青筋を浮かべた。
一つ上の年齢ではあるが、直哉にとって年功序列という言葉は存在しない。雑魚はいくら歳食っても雑魚、敬う理由なんぞ存在せん。
そもそもなんで俺が他人を敬わなくちゃアカンのや、俺を逆に敬えやカスが。
「そもそも二人乗りやろが。何処に座れっちゅーねん」
「双葉を膝の上に乗せればいいじゃない」
「この女ほんま頭おかしいんとちゃうか?」
黒江はコクコクと頷いた。
直哉は更に苛立ちを加速させた。
「はー…………ま、ええわ。今日はええ気分やから見なかったことにしたる」
「あら、やっぱりそう? 機嫌良さそうだと思ったのよ」
この女に見抜かれるとか末代までの恥やねんけど……
直哉は憤慨した。
加古と直哉、両名とそれなり以上に仲のいい黒江は間に挟まれて何とも言えない感情を抱いた。
「望さん。そろそろ行きましょう」
「今いい所だったのに……」
ペコリと一礼して黒江は加古を連れて離れて行った。
現役女子中学生に気を遣われる19歳大学生と20歳大学生。
情けない事この上ないが、両者ともそんなこと気にしてないので最早無敵だった。
次会ったら殺したるわ、くらいの意気込みで殺意を飲み込んだ直哉は依然として歩みを進める。
──クソが、無駄に遠い場所指定しおって。歩かされんの嫌いやねん。
迅と別れた後、彼は今ので未来が確定したと言いながら地図情報を送った。
場所は市街地。
ボーダー本部からは離れた地点。
そこで待っていて欲しいと告げられた直哉は、命令される事に苛立ちながらも仕方なく向かっていた。
たぶん今日来るから、直哉ここ行ってくれる?
は? もっと早く言えやこのアホグラサン!
直哉にしては珍しく正論が飛んだ。
当日中になるレベルで直哉のポジションに悩みぐねぐね捏ねていたといえばそうなのだが、それはそれとしてもっと早く行動しろと直哉は思った。
もしくは、今日が最も可能性が高かったのかもしれない。
それくらい何でもかんでも計算して動くのが迅悠一という男であるし、直哉もそれを理解している。
ため息一つ吐き出して、更に舌打ちまでした。
──お前やない!
前世で死の原因となった戦いを直哉は想起した。
見下していた女性の覚醒、敗北する
「…………化けて出てくんなや」
禪院真希はこの世界にいない。
禪院甚爾もこの世界にいない。
天与呪縛で
なのに、俺が負ける?
冗談も大概にしろ。
寝言は寝て言え。
負けるわけないやろ。
どいつもこいつもわかってへん。
本物と偽物の差を、わかってへんのや。
だから直哉は迅の掌で踊ることを了承した。
自分の手で偽物を葬り去るために。
──思い上がった宇宙人に目にもの見せたるわ。
次回多分ヴィザ翁戦です、多分。