戦いに向いていないと、振り分けられた。
戦場に適していないと、弾き出された。
後方支援に徹するようにと、転属を命じられた。
それでもいい。自分にできる事ならなんだってやってやる。
ここが俺の最前線(フロントライン)だ。

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古賀(こが) (けい)

「ありゃりゃ。これは太刀川さんあたりか? 派手にやってくれちゃって。こんなにバラバラだと解析も大変なのに。こっち(エンジニア)の身にもなってくれよ」

 

 基地に回収された、無惨な残骸と化したトリオン兵の欠片を見て少年が愚痴をこぼした。

 鈴鳴支部エンジニア、古賀(こが) (けい)

 技術部の中では珍しく当時中学生でエンジニア職についた高校生である。

 

「口を動かすヒマあったら手を動かして。徹夜になるよ」

「うげ。それは勘弁。了解です、寺島さん。じゃ、俺は先にコアの方を見ますので末端はお願いします」

「おっけー」

 

 上司に促され、古賀は手際よくトリオン兵の解析作業に取り掛かった。

 今日は支部の皆とご飯を食べに行く予定があるのだ。

 ささっと終わらせてしまおう。支部で待っている仲間の顔を思い浮かべ、古賀が近界民のデータをパソコンへと打ち出していく。

 

 

 

 

 太刀川隊オペレーターである国近柚宇にとって古賀佳という男は幼馴染のような存在だった。

 小学校に入学した時に知り合い、家が近いという事か親を通じて交流が始まった。

 

「佳くーん。ここ教えてー」

「はいはい」

「佳くーん。ここやってー」

「はいはい」

 

当時から勉強が苦手であった国近が助けを求め、古賀が彼女の要望に応えることが多かった。

 

「佳くん、わたしにはもう佳くんしかいないの。お願い、助けて」

「はいはい。今度はどこで行き詰まったの?」

「4章のダンジョン!」

「あーそこか。難易度が上がるところだな」

 

 当時からゲームが好きだった国近が援軍を要請すれば、その助けとなる事も多かった。

 ゆるい性格の国近と一緒にいる機会が多かったためか、困った事があればすぐ助けるような面倒見のよい性格で、最後まで助けてくれるような優しく真面目な人物像だ。

 どれだけ厄介事を抱え込もうとも、どれだけ迷惑をかけようとも怒った姿を見たことがない、心穏やかな人物。

 そんな彼が、国近に怒った事は、ただ一度だけ。

 

「佳くーん。今から遺書書くから一緒に見てて」

「…………はっ?」

 

 いつもなら二つ返事ですぐに頷く少年が、この時ばかりはピクリとも動かず、完全に硬直する。

 

「遺書? 遺書って言ったのか!? 柚宇、お前、一体何を考えている!? ふざけるなよ!」

「あっ、違う違う。今度仕事で遠出する事になってね。もしもの時の為に、って上の人から言われたんだー」

 

 彼らしくない強張った表情。声を荒げ、国近に迫る幼馴染を、国近は必死に説得を試みる。

 近界民の世界への遠征、とは正規隊員でもない彼にいう訳にはいかない。そのため曖昧に言葉を濁すのだが、当然ながら納得してもらえるはずもなかった。

 ただ、彼が考えた最悪の想定ではないとわかったためか、古賀が表情筋を引き締めたまま深く席に腰かける。

 

「……そんなに危ない任務なのか?」

「少なくともわたしはそんなに危なくなんてないよー? オペレーターって、サポートする側だしね」

「そっか。……見てても良い、けど。でも、絶対に帰って来いよ。それと、書いたやつは、俺が預かっておく。それでいいなら、見てる」

「おー。ありがとー」

 

 申し訳ないと思いながら、手伝ってほしいという自己勝手な思いを無視できず、国近はそのまま古賀が見ている中で遺書をしたためた。

 そしてその数週間後、国近は部隊の仲間たちと共に近界へと旅立った。

 彼女がこの世界を旅立っている間に古賀もボーダー入りを果たしていたと知ったのは、帰ってきてしばらくが経過してからの事だった。

 

 

 

 

 

 

 国近から話を聞き、ボーダーという組織についてあまりにも知らなすぎたと、古賀は反省した。

 よく考えればわかっていたはずだ。異世界からの侵略者という得体の知れない怪物を相手取る組織。そんな組織が何も危険がない、安全な場所であると確信をもっていえるはずがなかった。

 国近が、彼女のような穏やかで、平和慣れしたような少女が上手くやっている。それどころか優秀な部隊に属していると聞いて感覚がおかしくなっていたのかもしれない。

 そもそも、考えようともしなかった。

 自分たちが如何に安全な場所で、彼ら彼女らに守られていたのかという事実を。

 その考えに至らなかった自分が悔しくて、国近が危険な場所に赴いているかもしれない中平穏を甘受している自分が恥ずかしくて。

 気づいたら、ボーダーの入隊試験を受けていた。

 試験は無事に通過した。

 入隊式を経て、訓練生として何度か訓練に励んで、そして。

 

「君は戦闘員には向いていない。オペレーターかエンジニアへ転属した方が良い」

 

 あっさりとふるいにかけられた。

 告げられた時、やはりかという思いがあった。

 入隊式直後の戦闘訓練。多くの同期の者達が次々と敵を制圧する中、自分だけが制限時間内にクリアできずにタイムアップ。こんなふがいない成績、後に先にも自分だけだろう。

 その後の戦闘訓練でもろくな成績が残せずじまいだった。

 相手が敵だとしても、機械だとしても、人でないとしても、武器を振るうという行為に抵抗があった。腕を振りきり機械を壊すだけだとしても、その腕が途中で止まってしまう。指先が硬直してしまう。

 最後までその苦手意識を脱却できず、古賀は戦闘員としての道を諦めた。

 

 

 

 

「佳君、あまり柚宇を甘やかしちゃだめよ?」

「えー。そんなー」

「んー。今ちゃん、そうは言っても、柚宇とは昔からの付き合いだし、その時からこんな感じだったからね。もう慣れちゃってるんだよ」

 

 あっさりと国近に宿題を見せようとした古賀を今がたしなめる。

 3人は高校のクラスメイトだった。

 出席番号順に国近、古賀、今と並んでおり、国近が後ろを振り返って二人に助けを求め、今が叱り、古賀がたしなめる。それが日常だった。

 

 

「……はい。というわけで今ちゃん。彼が今日から一緒にこの支部で働くことになった古賀君です」

「古賀佳です。今さんですね。同い年と聞きました。どうぞよろしく」

「こちらこそ」

 

 来馬の紹介を受けて軽く会釈する古賀に倣い、今もペコリと頭を下げた。

 二人が初めて出会ったのは、まだ鈴鳴支部に村上や別役が入隊しておらず、来馬と今、二人しか隊員がいない時だった。

 当時はクラスが異なるために面識もなく、同じ年齢のエンジニアとは珍しいなと今は人ごとのように思っていた。

 

「ごめん、古賀君。トリガーの調整をお願いしても良いかな?」

「わかりました。少し待っていてください」

 

 そう言うと、古賀は電動工具を取り出して慣れた手つきでトリガーを解体し、チューニングを行う。

 トリガーには細かい部品が数多くあり、設計もかなり精密にできているため組み立てるのも分解するのも一苦労なはずなのだが、その動きに迷いはなかった。

 

「早いわね。こういう細かい作業、前から得意だったの?」

「んー、確かに昔から幼馴染とパズルゲームとかもやってたし、時にはコントローラーの調整とかもやっていたから組み立てとかは得意だったかな? でも、やっぱり本部の先輩に鍛えられたのが一番かも。時には一日中ラボに籠っていたからね」

「そ、そうなんだ」

 

 まだ学生なのに。とは口にしなかった。

 そんな会話をしている間にも作業が滞りなく進んでおり、ほどなくしてトリガーは元の形状へと収まっていく。

 

「できました。来馬さん、確認お願いします。以前仰っていた新しい銃手用のトリガーもついでに入れてみたので試してみてください」

「ありがとう! 早速やってみるよ」

「では、訓練用のトリオン兵を出しますね」

 

 善は急げ。来馬は笑顔を浮かべ、訓練室へとかけていく。

 来馬の周りに仮想フィールドが広がり、敵トリオン兵が一体出現する。来馬は右手のアサルトライフルを上空へ掲げ、一斉射。一通り打ち終えた後、弾を入れ替えて今度は真正面へと銃弾を撃ち続けた。

 真正面からの銃弾、さらに打ち上げた弾も途中で向きを変え、上空からトリオン兵へと時間差で襲い掛かる。二方向から装甲を削られたトリオン兵はあっという間にその活動を停止した。

 

「どうですか?」

「ハウンドの方も問題なかったよ。それに、トリガーの切り替えも幾分か早くなったように感じるな」

「なら良かったです。調整して悪くなるようでは意味がないですからね。ハウンドの方は追尾機能などの調整もさらに細かくできますけど、何か気になる事とか、他に変えたい事などはありますか?」

「そうだね……」

 

 自分の託された仕事を終えた後も、よりよい性能を引き出そうと来馬と共に協議する。年上が相手であろうと臆することなく真っ向からこうして意見を交換できるのは来馬の人柄もだが、彼の性格も反映されているのだろう。

 

「古賀君は、どうしてエンジニアに?」

「ん?」

「いえ、こうしてみてると戦闘にも詳しそうだったから、ちょっと気になって」

 

 一緒に来馬の訓練の様子を眺めている途中で今がふとした疑問を古賀に投げる。

 あまり若い人が多いとは思えない職。気になるのは当然の問いを受け、古賀は苦笑いを浮かべる。

 

「俺は本当は、元戦闘員だったんだけどね。不適切の烙印を押されて転属を命じられたんだ」

「えっ。……ごめんなさい」

「いや、良いよ別に。気にしてない。どうも、皆みたいに戦うって事に集中できなかったみたいだ」

 

 「恥ずかしい話だけど」古賀が自虐気味に笑う。

 

「そんな事はないと思う。誰にでも得意不得意はあるんだから」

「ありがと。でも、ボーダーをやめる気にはなれなかったんだ。向いていないからやめるってのはあまりにも馬鹿らしく思った。また俺だけ蚊帳の外にいるのは耐え切れなくてね」

 

 そう語る古賀は来馬を見ているようで、どこか違う遠くを眺めているようだった。

 「また」と過去の失敗を悔やむような発言。彼は何かを後悔しているのだろう。

 

「だからせめて同じ場所で戦えなくても、同じ場所にいたかった。せめて一緒に戦うつもりでいたら、なんてちょっと恥ずかしいセリフだな」

「……良いんじゃない? 私はそういう考えも立派だと思う」

「ありがとう」

 

 気恥ずかしそうに笑う古賀につられるように今も小さく笑って、彼の意見を肯定した。

 ありきたりな理由ではあったが、なぜか強い説得力が感じられ、今は古賀を応援したい気持ちに駆られていた。

 

 

 

 その後は楽しく、騒がしい日々が続いた。

 

「ああ、もう。イライラする……!」

「まあまあ、今ちゃん落ち着いてー」

「ほら。甘いものでも食べたらどうだ?」

「誰のせいだと……!」

「今ちゃん、抑えて。リラックス、リラックス」

 

 クラス替えにより、クラスメイトとなった国近・当真の成績非優秀組に今・古賀の優秀組が呆れつつもしっかり勉学を教えて。

 

「あれええええ! トリガーがないいいいい!」

「焦るな。太一、こういう時は急いでも見つからない。皆で探そう」

「鋼。大丈夫だ。……太一、こっちだよ。さっきトリガーを変えるからと言って預けただろう」

「あったああ! すみません、佳さん!」

「ははは。佳君、助かるよ」

「いえいえ」

「太一、あんたもう少し思い出そうと努力しなさいよ」

 

 どこか抜けている太一を村上や来馬、古賀、今といったしっかり者でサポートして。

 各々が仕事を果たしつつ、毎日楽しい日常を送っていた。

 

 そんなある日の事。

 

「えっ? オペレーターに?」

「うん」

「えー。佳君も? 男の人のオペレーターって中々いないけど。あっ、でも中央オペレーターには結構いたかなー?」

 

 クラスで国近と今に古賀が相談を打ち明けた。

 内容はエンジニアからオペレーターへの転属を考えているとのことだった。

 

「どうして急に?」

「少しでもできる事を増やしたくてね。もう少しで今の研究も目途がつくし、今ちゃん一人だと忙しい時とか支部の業務が大変だろう? 玉狛支部に手伝ってもらう時もあるけど、向こうも本来は二人いるって話だし、負担を減らせるならばやってみたいって思ったんだ」

「おー。偉いねー。佳くんエンジニアでも頑張ってるのに。なんだっけ、今はトリオンの物質化? とかを研究してるんだっけ? すごいなー」

「でもエンジニアとオペレーターの兼務なんて聞いたことないわ」

 

 技術職に励みながら更なる向上心あふれる意見に国近は呑気に頷くものの、前例のない話だけに今は心配そうに古賀を見つめた。

 自分の事を案じてという事ならば心配は無用だと考えたのだが、古賀の意思は固い。

 

「同じ年齢の荒船だって前代未聞の完璧万能手の量産計画とか目指してるんだ。それと比べたらマシだろう? 負けたくないんだ。あいつらみたいに最前線では戦えないけど。ここが、俺にとっての最前線(フロントライン)だから」

 

 自分はもう戦場には立てないけれど。

 だからこそ、せめて支援する側として最大の働きを示したい。

 それが、古賀の願いだった。

 

 

 

「佳くんやる気だねー。あれは絶対に退かないよー」

「……そうね。無理しなければいいのだけど」

 

 彼はきっと無理をするなと言って止まる人間ではない。そもそもそういう人間は言ったところで意味がないのだ。

 それを痛いほどよく知っているからこそ、今は納得はしたわけではなかったものの、強く反発もしなかった。

 

「中央オペレーターの業務は多岐にわたる。それは私たちがよくわかってる。覚える事も多いから、慣れるまで時間はかかるでしょ。最近は本部に呼ばれる事も多くて支部に来れない日もあったから、疲労はたまっているはずなのに」

 

 つい先日、未知のトリオン兵の出現もあって、古賀も本部に技術者として駆り出された事が何日もあった。しかもその間の休みは殆どなかった。

 ただでさえ責任感を人一倍強く感じている彼だ。さらにオペレーターの業務まで加われば、彼はどちらも気を抜く事無く励み、そして身をすり減らすだろう。

 

「大丈夫なのかしら……」

「……大丈夫じゃない? 私は応援するなー」

「柚宇、あんたそんな軽く言って」

「今ちゃんはさ」

 

 いつもの軽い調子で語る国近に、不安が絶えない今は叱ろうとして、国近の声にかき消される。声の大きさは変わっていないはずなのに、いつもよりもはっきりとその声は耳にスッと響いた気がした。

 

「佳くんの事、好き?」

「……はぁ?」

 

 突拍子もない質問に、今は話についていけず声が上ずる。

 

「ちょっと、いきなり何の話!? あんたふざけて」

「わたしは、好きだよ。佳くんのこと」

「えっ」

 

 咎めようとした今だったが、真面目な表情で想いを打ち明かした国近の姿に、真っ直ぐな言葉に、声を失った。

 

「前ね。昔から怒られたことがなかった佳くんに、一度だけ怒られたことがあったんだ」

 

 今が黙り込む中、国近が昔を思い返して話を続ける。次々と知らない話が耳を打ち、今はただ彼女の言葉に耳を傾けるしかない。

 

「結構前の遠征の時にね。遺書書くって言ったら怒られたんだよ。あたりまえだけど、許さないって顔して、ちゃんと説明した後でも、それは俺が預かるって言ってきかなくて」

「……」

「本当にわたしの事心配してくれてるってわかったんだよねー。多分、その時かな? 佳くんの事、男の子だなーって思ったんだ」

 

 それまでは仲の良い男友達という認識だったのに。その日から国近の中で古賀は男の子という存在に変わったのだと彼女は語った。

言葉としてはわずかな違いだが、意味合いが全く異なるようになったこの違いは大きなものだろう。

 

「だからね、私は応援するよ。好きな人には、好きなようにやってほしいから。それでたまに一緒に遊んで、たまに一緒に休憩して、たまに一緒にご飯を食べて、ずっと、一緒にいたい」

 

 そう言って国近は満面の笑みを浮かべた。

 いつもと同じ無邪気な、近しい存在を信じた、真っ直ぐな瞳で。

 

「今ちゃんはどう?」

「私は……」

 

 そんな彼女がまぶしく見えて、何も答えを返す事は出来なかった。

 

 

 

 支部で一緒に働くようになって、行動を共にする時間は多くなった。

 国近や当真へ一緒に勉強を教えるようになって、一緒に考える時間は多くなった。

 古賀から話を聞いて、彼の考えを応援して支えたいと思うようにもなった。

 だが、今はそれ以上の事を考えた事はなかった。

 これまでの変わらない日々が当たり前で、ずっと繰り返されるものだと、そう信じていたから。

 

 

 

《警報! 警報! ボーダー本部へ近界民が侵入!》

 

 

 

 あの、運命の日までは。

 

 

 

 オペレーターへ転属した隊員は最初はボーダー本部の中央オペレーターへ配属される。

 ここで様々な機器の運用などを基礎から学び、隊員への支援を施していく。

 オペレーターへの転属届を出した古賀も例外なく。

後に『第二次大規模侵攻』と呼ばれる大量の近界民が押し寄せてきた日も、古賀は通信室へと配備され、前線で戦う隊員たちへの支援を行っていた。

 

「っ、ああー! もう、戦況動き過ぎ! 柚宇や今ちゃんたち、よくこんな仕事一人でやってたな。本当にすげえよ!」

 

 文句を口にしながらもまるでピアノの演奏のように古賀はキーボードを叩き続けた。

 大型トリオン兵、新型トリオン兵、さらには人型の近界民。次から次へと目まぐるしく動く戦況に情報処理も追いつかず、通信室は多忙を極めていた。

これほどの仕事を日ごろからやっていたのかと、クラスメイトの少女たちへの称賛の声は止むことがない。

 

「この忙しさはエンジニアもびっくりだよ。本当に、すごいや。……んっ?」

 

 そうして、身近な少女たちの顔を思い浮かべて頬が緩んだその瞬間。

 古賀は本部基地内の通気口で高速で動くトリオン反応を目にした。

 

「誰だ? ボーダーに該当する信号がない。敵か? ……って、この信号は!」

 

 何者か詳しく調べようとしたその瞬間、古賀は先ほど自分でマーキングした反応と同じ存在だと気づき、勢いよくその場から立ち上がった。

 

「司令本部! こちら通信室! 一大事です!」

「どうした?」

「本部内にトリオン反応あり! これは風間隊長を倒した、人型近界民の」

 

 すぐに司令本部へと通信をつなぎ、異常事態を報告しようとした古賀だったが、わずかに遅かった。

 彼の声を遮って、作戦室の壁が音を立てて崩れ落ちる。

 

「よう猿ども。遊びにきてやったぜ」

 

 人型近界民・エネドラが、通信室へと強襲を仕掛けたのだった。

 

 

 

「通信室……?」

 

 その知らせはたちまち通信がつながる隊員たちへと届けられた。

 本部で後方支援を行っていた国近も、当然その通信を受け取っていた。

 そして国近はその場所がよく知る相手がいるはずの場所であるという事に即座に気づき、思わず味方への支援の手を止めてしまう。それほど彼女にとって受け止めがたい情報だった。

 

「ウソ、そんな、だって……」

「柚宇さん? どうしたんすか?」

「……ごめん。なんでもないよー」

 

 我を忘れて呆然とした彼女の意識を呼び起こしたのは、チームメイトである出水の声だった。

 冷静さを取り戻すと、国近は引き続き部隊への支援に戻っていく。

 

「大丈夫。なんでもない。出水くんたちは目の前の戦いに専念して」

 

 国近は最強・太刀川隊のオペレーターなのだ。

 どのような状況であろうとも取り乱してはならない。

 ただひたすら味方の支援に徹し、そして大切な人の無事を案じたのだった。

 

 

 

「通信室に近界民が……?」

「そんな! だって今向こうには佳さんがいるんじゃないすか!?」

「ッ……!」

 

 最悪の知らせに、今が下唇を咬んだ。

 思わず握りこぶしを作った両手を机の上に叩きつけてしまう。

 もしも古賀が来馬たちのような戦闘員であったならば話は違っただろう。だが、エンジニアであり、オペレーターを目指している彼のトリガーには緊急脱出の機能がついていない。もしもトリオン体が一度崩壊すれば、たちまち生身の肉体が近界民の前に無防備な姿をさらす事になるだろう。

 突然の衝撃に緊急脱出をして控えていった太一がひるんでいたが、彼を気遣う余裕すらなかった。

 

「来馬さん! 鋼君! 本部に人型近界民が出現しました! 佳君も危ないかもしれません。誰か、応援には行けませんか!?」

「本部に近界民!?」

「佳が……?」

 

 悲鳴のような声で、願うように来馬と鋼に援軍を乞う。

 二人のとっても寝耳に水の話だ。大切な仲間の危機に、当然駆け付けられるならば駆け付けたいところだが。

 

「でも、こっちはまだ避難が終わっていないんだ!」

「ああ。俺たちが向かっては他の部隊の行動にも支障が出る。それに、もしもその話が本当ならば今から俺たちが向かったところで間に合わないだろう」

 

 現状がそれを許してはくれない。

 二人は今、他のB級隊員たちと合流し、避難民の誘導を行っていた。

 ボーダー本部からも遠いため、村上の言う通り今からでは手遅れだろう。

 

「そんな、でも!」

「今ちゃん……」

「こうしている間にも本部で被害が広がっているかもしれません。ならば!」

「今結花!」

 

 やむを得ない事情がわかっても引き下がれない。なおも二人の説得を試みる今を、突如村上のらしくない怒声がその行動を打ち止めさせた。

 

「今すぐに佳の無事を確認したいのは皆同じだ! だが、その為に俺達の役目を放棄する事はできない! 少しでも早く佳を助けたいのならば、俺達にできることは俺達の役目を全うする事だ! 違うか!?」

 

 滅多に感情を露わにしない村上の力強い叫び。

 通信越しでも村上自身も本当は今すぐにでも本部に向かいたくて、それを必死に理性で抑え込んでいる様子が聞き取れた。

 皆同じなのだ。

同じ思いで、駆け付けたい気持ちにふたをして、歯を食いしばって耐えている。

 

「……わかりました。二人ともごめんなさい。引き続きサポートします」

「了解」

「悪いな。……村上、了解」

 

 その声に諭され、今は姿勢を正した。

 鈴鳴支部の面々は皆仲間の無事を信じ、与えられた命令に従い、敵を排除する。

 それが、きっと仲間の吉報につながると信じて。

 

 

 

「で、た。……近界民!」

「何をしている!」

「ぅわぁっ!?」

「ボケっとするな! 全員逃げろ!」

 

 その頃、通信室。

 突然訪れたエネドラの攻撃。その足元には、すでに三人の仲間だったものが力なく伏している。

予想外の出来事に腰を抜かし、動くことが出来ないオペレーターを、古賀は力で強引に起こして入口へと突き飛ばした。

そして古賀は研究用にと懐に入れていた研究用のトリガーを起動、アサルトライフルを構え、その銃口をエネドラへと向けた。

 

「……ッ」

 

 だが、引き金を引く事ができない。

 目の前にいるのは敵だというのに。

 目の前で仲間を殺したばかりの仇だというのに。

 あと数ミリ、指を曲げる事すらできなかった。

 

「なんだあ? そんなもの構えて戦うフリか? 尻尾を巻いて逃げねえのかよ?」

 

 見え透いた敵の挑発。

よくもそんな煽りを言えたものだなと、古賀が小さく笑う。

 データで見た通りならば、逃げたところで無駄だ。A級の隊長すら蹴散らした黒トリガーに、ただの一隊員が太刀打ちできるはずがない。敵のトリガーは射程が長く、しかも変幻自在の攻撃を繰り出す。逃げる間もなくやられ、しかも緊急脱出の機能すらないトリガーである為にそのまま命を刈り取られる事だろう。

 

「うるせえよ」

 

 いや、そんな言い訳は良い。

 そもそも逃げるなんて選択肢はない。

 

「誰が逃げてなんてやるものか」

 

 幼馴染の少女から死を覚悟したという話を聞いたあの日から、逃げないと誓った。

 自分もみんなと同じ場所にいたいと誓ったあの思いを裏切るわけにはいかない。

 今一度、古賀は引き金にかけた指へと力を籠める。

 

「ここから、逃げてなんて、やるものか! ここが、俺の最前線(フロントライン)だ!」

「そうかよ。ならせいぜい派手に死んどけ!」

「うおおおおおおおおお!」

 

 部屋のあちこちから無数の黒い刃が生え、古賀へ向かって突き進む。

 一撃が必殺となる攻撃が迫る中。初めて古賀のアサルトライフルの銃口が火を噴いて。

 

 

 

 

 

 

 

 その弾丸がエネドラを撃ち抜くよりも早く、古賀の体は串刺しとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 第二次大規模侵攻は終結した。

 街に被害が及び、訓練生の隊員が連れ去られ、本部内でも犠牲者を出すなど決して無傷とはいかなかったが、ボーダーは近界民の侵攻を凌ぎ切った。

 民間人、死者0名、重症22名、軽傷68名。

 ボーダー、死者5名(すべて通信室オペレーター)、重症5名、行方不明32名(すべてC級隊員)。

 何とか危機を乗り越えた隊員たちは、皆無事を喜び合い、仲間の安否を確認すべく奔走する。

 

「柚宇!」

「あっ、今ちゃん!」

「佳くんは、佳くんを知らない!? 彼、通信室にいて、連絡がつながらなくて……!」

「わかってる。わたしも探しに来たんだけど」

 

 事態が収束し、落ち着きを取り戻した頃、今は村上と来馬、別役と一緒にボーダー本部を訪れた。

 その入り口で国近を発見し、仲間の所在を尋ねるも、彼女もまだ確認が取れていなかった。

 

「でも、今聞いたんだけど、通信室にいた人たちが今ロビーに集まってるって。一緒に行こう!」

「わかった!」

 

 しかし本部にいた為か国近が一足先に情報をつかんでいた。彼女に促されるまま、今たちも国近の後に続いて急ぎロビーへと向かう。

 

「……大丈夫っすよね、佳さん」

「そう、信じよう」

「余計な事は、考えなくて良い」

 

 最悪の未来を想定して別役がつぶやく。

 その声に来馬も村上も強く否定できなかった。

 オペレーター室で死者が出たという話を聞いて、皆気が気でなかった。

 どうか無事でいてくれと、ただひたすらに願うばかりだった。

 

「ここ、だよね?」

 

 ほどなくしてロビーに到着する。

 どうやらオペレーター以外にも人が集まっていたらしい。何人もの人が集まっていた。

 軽く見まわしてみたものの、古賀らしき人影はみつからない。

 

「……いない?」

「聞いてみよう!」

 

 このまま探していてもらちが明かない。

 今が近くにいた一人の男性隊員を見つけ、駆け出した。

 

「あの、すみません。ここに通信室オペレーターの人が集められていると聞いたんですけど、どこですか!?」

「オペレーター? それなら、ここの集団だよ。無事なのはここにいるのが全員だ」

「えっ……?」

「全員? これで?」

 

 どうやら、この男性が探していたオペレーター室にいた人たちだったらしい。

 しかしおかしい。

 近くに視線を右往左往しても古賀の姿が見つからなかった。

 どこを見ても見慣れた顔がなく、国近や今の表情が固まった。

 

「あの、すみません。オペレーター室に古賀佳君という男の子はいませんでしたか? 最近転属した、鈴鳴支部の隊員なんですが」

 

 気が動転している二人に代わって、来馬が前に出る。

 すると、古賀の名前が出た途端男性オペレーターの表情が変わった。

 

「……あいつか。覚えているよ」

「本当ですか!」

「彼は今どこに?」

 

 よかった。消息不明という事ではなかったとわかり、来馬が安堵の息を吐く。

 後は彼の無事を確認するだけだ、村上が続いて問いかける。

 

「あいつは、近界民が侵入してきたとき、いち早く避難の指示を出して。逃げ遅れた俺を引っ張り上げて、殿となった」

「……えっ?」

 

 彼の説明は、その場にいる誰もすぐに事情を呑み込む事は出来なかった。

 

「それで、近界民が仕掛けてきて、そして……」

 

 

 

 

 

 

 

 大規模侵攻から約一週間後。

 ようやく復旧の目途もたったころ、国近と今は二人そろってある場所を訪れていた。

 その手には花が握られている。二人の共通の大切な相手の為に購入したものだ。

 少し前までならば三人一緒に買いに行っていたことだろう。

 だが、二人と時間を共にしていた男の姿はない。

 

そっち(鈴鳴支部)は、落ち着いたかね、今ちゃん?」

「少しずつ、ね。やっぱり佳君がいない分、仕事も少し増えちゃって」

 

 特に太一のせいでね、と付け加えると二人は揃って笑う。

 

「そうだよねー。わたしや当真君も大変だもん。全然宿題が終わらないし、次から次へと事後処理が増えていくし」

「前半は自業自得でしょ……」

 

 やはり人はそう簡単には変わらない。相変わらず困った存在だ。しかしなぜか見捨てようとは思えない自分の世話焼きな性格にも困ったものである。

 

「まったく。佳くんが聞いたら呆れるわよ。自分がいない時は自分でしっかりやれって」

「えー。いつものように手伝ってくれると思うけどなー」

 

 二人で他愛のない会話を続けていると、やがて目的の場所へとたどり着く。

 花を持っていない空いた手で、今はゆっくりと部屋の扉を開けた。

 

「失礼しまー」

「佳さああああああああんん! よかっ、俺、佳さ、死ん、思っ、あああああああああああん!!!!!」

「太一、ギブギブ。死ぬマジで死ぬ。本当に死ぬ」

「落ち着いて、太一。佳君は病み上がりなんだから」

「お前の圧が致命傷になるぞ」

 

 扉を開けた途端、別役の溢れんばかりの泣き声が病院中へと響いた。

 涙が枯れ果ててしまいそうな程涙を流して古賀の腹部に力の限り抱き着き、古賀の表情が青ざめている。

 その別役をなんとか来馬や村上が止めようとしているが、二人はどこか嬉しそうでいて、その力は弱い。苦しいはずの古賀も心なしか安堵しているようだった。

 ここは三門市の総合病院。

 大規模侵攻で重傷を負った古賀が入院している施設である。

 

「いい加減にしなさい! 佳君が苦しんでるでしょ!」

「うぶっ!」

「こんにちはー」

「いらっしゃい、国近さん」

「お疲れ様」

 

 泣き止む様子がない太一を今が小突き、強引にその体を古賀から引きはがす。

 ようやく苦しみから解放されて古賀は一息ついた。

 

「はい、これお花。変えておくわね」

「ありがとう。悪いな、皆。この状態じゃまともに動けなくて」

 

 古賀は頭から始まり体のあちこちに包帯がまかれ、固定されている。この処置の跡が彼の重症度を物語っていた。

 

「良いんだよ。佳はゆっくりしてて」

「お前は重症患者だからな。……肋骨5本の亀裂骨折、頸部挫傷、頭部打撲。他にも細かい擦り傷や打撲。動ける方が異常だ」

「こんな大けがしたのは初めてだよ」

 

 知らぬ人ならば交通事故にあったのかと疑う事だろう。絶対安静を命じられている身分である古賀は、村上の口から改めて怪我の詳細を聞かされ、耳が痛くなるばかりだ。

 

「でも、本当によかったよー。佳くんが無事だったからさ」

「……ああ」

 

 国近ののほほんとした声色に、皆揃って頷く。

 

「今回は、本当に自分の研究に助けられたな」

 

 古賀はあの時の様子を振り返ってそうつぶやいた。

 あの時、エネドラの襲撃を受けた時、最初の一撃で古賀のトリオン体はあっという間に崩壊した。

 そして緊急脱出機能がないトリオン体はその場で役目を終え、生身の肉体となった古賀に、エネドラが刃を一本突き立てた。衝撃で古賀の体が吹き飛び、壁に叩きつけられて血を流す。完全に動きがなくなったのを見届けてエネドラは他の隊員たちを追いかけて行った。

 

「やられる寸前、咄嗟に自作の盾を作ってなかったら死んでだな」

 

 生き残れた理由は単純。古賀はトリオン体が崩れる直前でもう一つのトリガーを起動したのである。

 それは彼が研究していたトリオンの物質化の際に作り出した、小型の皿状の盾。

 現在防御用のトリガーは主にシールドとエスクードの二つがある。シールドは形や場所を自由自在に展開できる分物質化できないために特定の攻撃を防げないなどの弱点があり、エスクードは物質化し、シールドよりも強固な分展開位置が限られるなどのデメリットがあった。

 それを解消するため、現在古賀はエスクードの強度を残した小型の盾を物質化し、持ち運びがしやすい盾を開発していた。シールドのような分割は出来ないが、ある程度の大きさならば変形はでき、様々な攻撃を防ぐことができる。レイガストと比べると攻撃性能がないぶん、さらにより防御に特化したトリガーとなっていた。

 物質化してあるためにスパイダーなどと同様にトリオン体が切れた後でもその場に残り続ける。古賀は咄嗟にこの盾で刃を受け止め、死を免れたのだ。

 

「まあトリオン体じゃないから結局衝撃は受け止めきれず、壁に叩きつけられて本当に意識を失っていたわけだけどな」

「あやうく出血多量で死ぬところだったぞ」

「そこは本当に助かったよ。本当に、助かった」

 

 生き残ったからこそ笑い話にできる事だ。

 大けがは負った。だが、こうして生きて、みんなと話している。

 それだけで、皆満足だった。

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ僕たちは先に行くよ」

「支部でも仕事が残っているからな」

「お大事にっす!」

「ああ。ありがとう、皆」

「資料渡したら私も支部に向かいます」

「お疲れ様でーす」

 

 一足先に来馬、村上、別役の3人が仕事の為に病室を後にした。

 個室には古賀と国近、今の3人のみの姿がある。

 

「これ、学校で配られたプリントね。いつものファイルに挟んでおくから」

「おっ。ありがとう。助かるよ」

「どういたしましてー。ノートも後で一緒に今ちゃんの見せてもらおうねー」

「あんたは授業受けてたでしょ……」

「寝てたー」

「まったく」

「ハハハ。相変わらずのようだな。かえって安心したよ」

 

 変わらぬ他愛ないやり取りが、無事に帰ってこれたことの証明だ。

 またこうして何気ない会話をかわせることが、何よりも嬉しい。

 

「記録、見たよー。人型近界民相手に撃てたんだって?」

「……ああ」

 

 ふと大規模侵攻時のログを思い返して国近が問う。

 古賀がゆっくりと頷いた。

 

「よかった、って言って良いのかしら? 佳君は戦えないから戦闘員から除外されたって言っていたけど、これで戻る事もできるんじゃない?」

 

 戦闘が出来ないからこそ戦闘員として認めてもらえなかった。

 今、その前提が崩れたのならば彼がまた前線に戻る事も一つの手だろう。

 もしも彼がそれを望むのならば、の話ではあるが。

 

「いや、多分無理だ」

 

 しかし古賀はそもそも不可能な話であると、今の提案を切り捨てる。

 

「どうして?」

「あれは多分あの一回だけだよ。あの時は本当に死ぬと思って、何も考えずに気づいたら撃ってた。自分が本当に死にかけた時にしか撃てないようなやつが、戦闘員になれるはずがない」

 

 火事場の馬鹿力と言えば聞こえはいい。

 だがあまりにもこの一件は信憑性に欠けた。普段から常に戦える気構えを持っていない者がまた戦うポジションになれるはずはないと、古賀は考えていた。そもそもそう上が判断したからこそ、彼はエンジニアの道に切り替えたのだから。

 

「それに、大規模侵攻でオペレーターをやってみて、二人はやっぱりすごいなって思ったからさ。あんな情報処理するなんて普通は出来ないよ。……だから俺もそれを目指したい。改めてそう思った」

 

 加えて大規模侵攻での経験が、古賀の仲間を支援したいという思いをより強くした。

 そう語る古賀は再び戦闘員の適正がないものだと自覚したにも関わらず、晴れ晴れとしていた。

 

「……ふふーん。そうだとも、ようやくわたし達の凄さに気づいたかね?」

「柚宇、たしかにあんたは一位部隊のオペレーターだけどさ」

「ああ。本当にすごいよ」

「もう。佳君もおだててないで!」

 

 幼馴染の惜しみない称賛を国近は胸を張って受け止め、自信気に笑みを深めた。

 確かに最強部隊の一員なのだから間違ってはいないのだが、本当に調子のいいものだ。

 それを素直に受け止めている古賀も相当だが。

 

「……佳君」

「うん?」

 

 悪くないと思っている自分も、人の事を言えないだろう。

 今が大きく息を吐き、呼吸を整えて古賀の右手に自分の手を重ねた。

 

「私ね、本部襲撃の知らせを受けた時、後悔した。あなたがオペレーターの仕事も手伝いって話をした時に、やっぱり止めればよかったって」

 

 あの時に抱いた後悔は忘れられない。

 自分が止めておけばそもそもこんな事にはならなかったかもしれないのに。どうして、とめなかったのかと。通信をつなげながらも今は自分を責めていた。

 

「多分、これからもエンジニアとオペレーターの両方をやろうとするなら、負担が増える事はもちろん危険な目に会う可能性が増えるかもしれない。滅多にない事だとしても、今回のように基地内部に敵が侵入するという事態は今後もあり得ない話ではないから。だから、本当は今からでもやめさせてどちらか一方に集中した方が良いと思ったの」

「……ああ、そうだな。だけど俺は続けるよ」

「ええ。そう言うと思った」

 

 知っている。彼が優しくも頑固な性格であるという事は、ずっと前から知っていた。返答も想定通り。

 

「だから、私ももう止めない」

 

 ゆえに、今は説得する事をやめた。

 答えは出た。

 彼が死んでしまったかもしれないと思った時に、嫌だと思った。

 もっとずっと一緒にいたいと思ってしまった。その自分の感情に気づいてしまった。

 だから。

 

「佳君の思うようにやってほしい。その、……私も柚宇と同じで。あなたには、好きな事をやってほしいから。一緒に、いたいから」

 

 照れ隠しをしながら、それでも最後まで視線だけはじっと古賀を捉えて、最後まで言葉をつなぐ。

 彼女と国近しか知らない、親友の言葉を借りて、今は自身の想いを打ち明けた。

 

「あ、ありがとう。……同じ? 柚宇も応援してくれてるって事でいいの?」

「ほほーう。今ちゃん、それはつまり、そういう事なのかな?」

「さあ? わざわざ敵かもしれない柚宇に教える義理はないと思うけど?」

「うわー。そういう事言っちゃう?」

「えっ? 敵? どっちなの? 応援してるの、それとも反対してるの? ねえ!」

 

 水面下で乙女二人が静かに、激しい火花を散らす。

 知らないのは彼女たちの間に挟まれた男一人のみである。


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