「満場一致試験?」
「そうだ。この特別試験はとてもシンプルかつ事前準備も必要ないと学校側は考えている。ゆえにこの試験は明日決行されることになる」
「明日ァ?ずいぶんと急だなァ、オイ」
この試験がオレが受けた試験と同一のものなら、確かに準備は最低限ですむ。むしろ余計な準備期間を設ければ、他クラスからの干渉など、それだけ不正等を行われるリスクも上がる。
「ねぇ、どんな試験だと思う?」
「さぁ、名前だけじゃなんとも言えないな」
ここでオレが試験についての情報を少しでも漏らせば、厄介なことになるのは目に見えている。ここは惚けておくのが正解だろう。
そして荒木から試験についての具体的な説明がなされた。
当日学校側からオレ達に5つの『課題』が出題されること。
その課題に対し、完全な匿名で35名が賛成か反対に投票すること。
それら全てを5時間以内に満場一致にさせ、クリア出来なければ-クラスpt300になること。
具体例や実際に投票を行う予行演習を挟みつつ、途中で細かな説明をしていく。また、ほかの生徒への投票の束縛や、契約等も禁止された。一通り説明を聞き終わったが、オレが既に聞いたものとほぼ同等のルールだった。
「昼休みの前に少しいいか。俺は一度みんなの意見を聞いておきたい」
昼休みになってすぐに四葉は席を立ち、壇上へあがった。すぐに察したのか、西園寺がそれに答える。
「今回の試験について、だろう?」
「その通り。この試験では必ずどこかで揉めることになるし、それは避けられないことだ。だから、今回の試験の進行役を俺に勤めさせて欲しい」
最初の投票の段階で満場一致になることは少ない。余計な時間ロスをなくし、試験を円滑に進めるにはその場を仕切るリーダーの存在が重要となってくる。
「カッカッカ、ちゃんとオメェにしきれるんだろうなァ?四葉」
ボサボサの金髪に制服を気崩し、いかにも不良といった格好の男子生徒が不満を漏らす。体格だけでいえば宝泉と同様、いやそれ以上か。
「へぇ、なんか文句でもあるのか?獅子神」
「いやなに、別にオメェが仕切ることに文句はねェさ。ただな、俺は心配なんだよ」
何かを確信しているかのように頷きながら獅子神は不敵に、笑う。
「なにがだ」
「オメェは身内のことになるとどーも甘くなる。この前の特別試験の時だってそうだ。他クラスと戦う時と比べて、ここぞと言う時の判断力が鈍るのさ」
身内に甘いことは別に悪いことではない。人間は他人よりも自分と関係の深いものを優先するものだ。しかしそこがお前の弱点だ、と獅子神は言う。
「なんなら今回は俺が大将をやってもいいんだぜ?」
「ほざけ。少なくともお前がリーダーになることなど有り得ない」
「…あぁ?」
1人の女子生徒が獅子神の発言に反発する。それは、オレが立ち止まった席に座っている人物だった。
「何度もしつこくシュウに勝負を挑み、そしてついには公の舞台で堂々とシュウに打ち負かされたお前にはな」
「んだと茶柱?今リーダーになる気がない人間に発言する権利はねェ。オメェみたいにちょこまかと四葉についてまわるばかりの雑魚にはよォ」
まさに一色触発、激しい衝突にピリつくクラス内。しかし、両者共に決して譲らない。
「───そこまでだ二人とも」
重く、圧のある低い声。たった一声でその場の主導権を一人の男が握った。
なるほど。これが、四葉という男のリーダーとしての一面か。
「サエ、必要以上に相手を煽るのは止めろ」
「私は事実を言ったまでだ」
「今は俺と獅子神が話をしていたんだ。その点に関しては獅子神が正しい」
何も言い返せなくったのか、押し黙る茶柱。
「そして獅子神、お前は俺とあの時約束したはずだ。この勝負に負けたら今後一切リーダー争いには関与しないと。まさか、忘れたとは言わせないぞ?必要なら契約書も出してやろう」
「ハッ、わかってらァ」
興が冷めたと、獅子神は教室を出て行く。
「獅子神の発言を支持するわけではないが、本音をいえば俺も少しその点が気がかりだ」
獅子神が出ていったのを確認して、西園寺が再びその場で発言する。
「四葉、お前は1年の時から俺たちを引っ張ってきた実績があるし、俺もお前を認めている。だが、お前は何かを切り捨てるということが大の苦手だ。その辺はちゃんとわかっているのか?」
「もちろんわかってるさ西園寺。だからこそ、俺は今回をみんなを引っ張っていかなくちゃならない。この学校に入ってもう3年近くだ、覚悟はできている」
「…そうか。それなら何も文句はない」
「よし、それじゃあもうひとつ言わせてくれ。5つの課題がどんなものだろうと、選択肢がなんだろうと第一回目の投票は任意になる。だからその時は素直に自分の入れたい方に投票してくれ」
「深く考えずに投票した方が、クラスとしての意向が分かるという事だな」
「そういうこと、それじゃ解散!」
手を叩いて解散を促すと、それまでの剣呑の空気は霧散し、賑やかな教室に戻った。それを見計らって、席を立ち教室を出ようとすると四葉に止められる。
「清隆、ちょっと相談いいか?」
「悪いな、少し急用ができたから放課後でもいいか」
「OK、放課後だな。悪いな、引き止めて」
なんとか教室を出れたな。少し校舎を歩き回ることにするか。
すれ違う生徒達の顔はどれもこれも見覚えがない。
唯一の手がかりは、教室で出会った星乃宮という存在と、茶柱と呼ばれていた生徒。すでにオレの中では結論が出ているが、それを断定できる確かな根拠が欲しいところだ。
気づけばオレの足は、自然と職員室へ向かっていた。
「失礼します、荒木先生はいらっしゃいますか」
「おぉ、綾小路か。遅刻したり、職員室に来たり、今日はなんだか珍しいな」
「えぇ、少し先生に頼みがありまして」
ドアをノックしてすぐ近くに、オレたちの担任であるこの荒木という男はいた。
「ほぅ、聞かせてもらおうか」
「オレたちのクラスも含めた、3年生全員分の名前と顔写真付きの名簿を見せて下さい」
とにかく今のオレには情報が足りない。
今現在オレが置かれている状況を正確に把握することが何より先決だ。
自分の足でひとつひとつのクラスを確認してもいいが、それでは時間がかかりすぎる。さらにいえば、今の時間帯は昼休み。クラス全員が教室にいることはほぼないと考えていいだろう。
となれば、手っ取り早いのはこの方法しかない。
「一応確認しておくが、くれぐれも試験に関する他クラスへの干渉などという馬鹿な真似をする訳ではないな?」
「えぇ、もちろん」
「わかった。だが、これは立派な個人情報だ。うちのクラスだけならまだいいが、他クラスの分ともなるとそう簡単に渡す訳にはいかない」
「わかっています。いくら払えばいいですか」
不正行為に繋がる態度や行動への警戒は厳重なようだ。
「話が早くて助かる。そうだな、うちのクラスの分はいいとして1クラスにつき5万の計15万ptで手を打とう」
「分かりました」
オレは職員室に入る前に確認したpt表示画面から操作し、ptを譲渡する。
「確認した。ここには人の目もある、こっちの部屋で少し待っていてくれ」
そう言われて移動させられたのは給湯室。1年の一学期の頃、オレが茶柱に脅されて入った部屋だった。
早速手渡された名簿を開き、中を確認する。当時Dクラス、現Bクラスのそれにはやはり『星乃宮知恵』『茶柱紗枝』そして『四葉秀』という名前がある。
一応念の為にほかのクラスの分も確認すると、Aクラスの名簿のある名前に目が止まった。
「何かわかったか?」
「えぇ、十分な収穫です。ptを払って見るだけの価値がありました」
「それはなによりだ」
見終わった名簿を返すと、荒木はそれを片付け始めた。
「綾小路、お前に四葉秀はどう見える」
唐突に、そんな問いだけを投げかけてくる。
「どう、とは」
「そのままの意味さ。四葉がどんな性格で、どんな人間なのか。あいつは交友関係は広いが、中でもお前と一際親しいように見えるからな」
そんなことを言われても、オレからすれば四葉は初めましての人間、趣味嗜好や部活なども一切知らない。ゆえに下手に答えるわけにも行かない。
「そうですね。色々とありますが、中でも目を引くのはやはり今日見せたリーダー性は頭ひとつ抜けていると思います」
当たり障りのないことをいっても構わないが、今オレが知り得る限りの事実を提示する。あの時の四葉には、有無を言わせない、そんな雰囲気があった。
「そうか、やはりお前にもそう見えるか」
期待していた答えと違っていたのか、ため息を吐き、片付け終えたのかこちらに体を向ける。
「私にはな綾小路、いわば『命綱なしで綱を渡っている』、そんな風に四葉が見えて仕方がないんだ。たしかに、あいつは運動神経、学力共に申し分ない。リーダー性についてはお前の言う通りだ」
それだけを聞けば、一見なんの問題もないように見える。
「どこか危なっかしいのさ、あいつは。今まで落ちなかったのが奇跡のようにな。もう少しで綱をわたり切る、そんなゴール目前でフッといきなり姿を消す。そんな予感がしてならない」
なにひとつ具体的な根拠はない。だが、2年半もその生徒を真摯に見てきた教師の言葉だ、馬鹿にはできない。
「できれば綾小路、お前には四葉の命綱となって欲しい。あいつがバランスを崩さないように、道を踏み外さないようしてやって欲しいんだ」
『命綱』か。それは随分と荷が重いな。
「期待しているところ悪いですが、オレには精々アドバイスくらいしかできませんよ」
「それでいいさ、綾小路。私はお前を買っている」
言いたいことだけいって出ていくとは、随分と自分勝手な身分だな。教師とはみんなそいういうものなのか。
一足先に部屋を出た荒木に続いて、オレも部屋を出ると、職員室を後にした。