少し整理をしよう。
ひとつ確かなことは、今オレがいるここは茶柱達が高校生、つまり約11年前の高度育成高等学校だということ。イタズラやドッキリかとも疑ったが、オレ一人を騙すにしては規模が大きすぎる。何より、それをする意味がない。
信じられない話だがつまり、過去にタイムスリップをしたということだ。
正直未だあまり実感が湧かないが、そのことはひとまずおいて置くとしよう。それよりも今のオレには1番気になることがある。
それは『ホワイトルーム』の存在。
あの男がそう易々とオレを手放すとは考えにくい。その権力と立場を使って、あの手この手でオレを退学させようとするはずだ。元の時間軸では、2年生になると同時に同じWRからの『刺客』を送りこんできた。
今現在もある程度校舎中を歩き回ってみたが、監視や尾行の気配はない。とすれば、既に撃退することに成功したのか。まぁまだ潜んでいるならば、そう簡単にボロを出すこともないだろうが。
さらに気になることがある。ここが11年前の世界ならば確かにあの部屋は存在しており、そして稼働しているはずだ。しかし、当時のオレはまだ6歳のはず。
───では『今のオレ』は一体何者なのだろうか。
今朝の軽い運動や授業を受けてみた感想としては、何も違和感は感じなかった。つまり元の時間軸とこの時間軸とで、オレの能力に差はないことになる。自慢ではないが、オレの能力は一生のうちに独学で身につけることの出来るレベルを軽く超えている。ならば、一体どこでこの力を身につけた。
『清隆!?珍しいなお前が遅刻するなんて』
『フフッ、綾小路君もしかしてまだ寝ぼけてる?いつもみたいにチエって呼んでいいんだよ?』
さらに言えば彼らのオレに対する態度は、まるで長年親しい友人に喋りかけるそれであった。ここでのオレは一体どのような人間関係を築いたのか。それはどんな理由で、どのような行動理念によるものなのか。
考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだ。
そして重要なことがもう一つ。
果たしてオレは『元の時間軸の世界』に帰ることができるのか。
ふと、ひとつの部屋の前で足が止まった。
理由は分からない。分からないが、中に入りたいと何故かオレは思っている。
なにか少しでも情報が掴めるならば、そんな淡い期待も込めつつ、本能に身を任せ扉を開いた。
何の変哲もない部屋の中に男が一人立っている。扉が開いたことに気づき、こちらを振り返った。
「綾小路?なぜお前がここにいる」
職員室で確認した際に、Aクラスのある写真に目が止まった。『真嶋智也』、元の時間軸ではAクラスの担任をしていた人物。
それが目の前にいる男の正体だった。
「あー…そうだな。冒険?といったところだ」
「相変わらず何を考えているのかわからんなお前は」
少し呆れ気味にそう答える。
「真嶋こそここで何をしてたんだ?」
「生徒会役員の仕事のひとつに部活の見回りというのがあったんだが、その癖が抜けなくてな。こうしてたまに来てしまう」
どうやら真嶋先生は元『生徒会役員』だったらしい。確かにその堅物なところは学と似通ったものがある。
「特にここ、ボードゲーム部は俺のお気に入りのひとつでな」
「ボードゲーム?」
「なんだ?知らないで入ってきたのか」
よく見ると、陳列棚にはオセロやチェス、将棋や囲碁などのありとあらゆるテーブルゲームが整然と並んでいる。
部屋の真ん中にある机に広げて、いつもは遊んでいるようだ。
「どうだ綾小路、せっかくだから俺と一局戦ってみないか?ゲームはお前が選んでいい」
時計を見れば、まだ次の授業まで40分以上も余裕がある。それなら少し付き合って見るか。
「本当になんでもいいのか?随分と自信があるようだが」
「確かに俺はどちらかと言うと体育会系だが、ゲームも趣味でな。役員の仕事が終わったついでに、何度か遊んだこともある」
それは生徒会役員としてどうなんだ。仕事を全てを終わらせたのならいいのか。しかし、それはそれでバレたら大変そうだな。まあそんな初歩的なミスを目の前の男がやるとは思わないが。
「なら、チェスで頼む」
「ほぉ、奇遇だな。俺も今チェスをしたいと思っていたところだ」
そして、校舎の片隅で人知れずその勝負は始まった。
オレがその一手を指したところで、真嶋は手を止めた。両手の肘をついて指を組み、熟考する。
途中まで戦ってみた感想としては、確かに強い。基本の戦術や基盤をもとに徹底した実直な戦い方。それから派生したいくつもの戦術パターンもしっかり熟知している。あれだけ自信を持って豪語していたのも腑に落ちる。
少し熟考したあと、真嶋は次の一手を指した。
「余談だが綾小路、お前は占いを信じるタイプか?」
本当に余談だな。生死やptを賭けている訳でもないし、何より真嶋は話術で人を誘導するような性格の人間ではないだろう。ここは素直に答えるか。
「そう見えるか」
「俺は人を外見や見た目では判断しない」
占いといえば、ケヤキモールでの一連の出来事を思い出す。当初の予定とは違い、流れで伊吹と行くことになった期間限定の占い。
「信じているといえば嘘になるが、ある種の娯楽のひとつとして楽しんではいるな」
「そうか」
俺の指した一手に、今度は迷うことなく次の一手を刺す。
「これは俺の経験則だが、ボードゲームにもその人物の性格がよく出る。チェスはまさにそうだ」
それにはオレも同意する。
チェスにはその人の性格がよく反映される。例えば坂柳。その攻撃的な性格は、これまでの特別試験にも、一対一での俺とのチェスにもよく表れていた。
「話は変わるが『ライアー・ゲーム』、今年の特別試験を覚えているか」
もちろんその名前には心当たりがないし、それについての記憶もない。
「さぁ、朧げな記憶だけであまり覚えていないな」
「当初俺達は順調に行けば、そのまま試験を1位で終えることができたはずだった。それを阻止したのは他でもない、お前たちのクラスだ」
今度はオレの手が止まった。
次の一手を考えるためではない。ただ純粋に、目の前の男の話に興味が湧いた。
「見事その試験に勝ったお前たちは四葉を褒めたたえた。だが俺達のリーダーは、あの結末は四葉の仕業ではないと言っている。四葉の性格から判断して、あの芸当は不可能だとな。かく言う俺も、それに同意見だ」
落ち着いて次の一手を指す。
気のせいだろうか。ここに来て、真嶋の次の一手を刺すまでの速度が上がっている。
「俺達は自分たちで出した答えに自信を持っていた、だからこそ驚いたぞ。『四葉秀は嘘つきではありません』と表示されたときにはな」
Aクラスである自分たちの力を奢っていたわけでは無さそうだ。何かそれを確信するような証拠や根拠があった。にもかかわらず、その回答は外れ、試験に負けた。
「そこでやっと何人かは気づいた。俺達はまんまとしてやられたんだという事実にな」
コンコン、と持っている駒を机に打ち付ける真嶋。
「その人物は気付かれぬように罠を仕掛け、俺達を誘い込み、そしてそれは成功した。俺達がそれに気づいたときにはもう全てが終わっていて、どうあがいても勝ち筋は見当たらなかった」
そして、その一手を指した。
「───似ている。その人物と今のお前の戦略は瓜二つだ。この盤上は、まるであのときの試験をなぞっているかのようだ」
真嶋のキングはオレの駒に完全に囲まれており、逃げ場はどこにもない。これ以上駒をどこに動かそうとも、オレの勝ちは揺るがない。
「考えすぎだろ、それにチェスもただ得意なだけだ」
「お前が否定してくることは既に知っている。だが、これで確信した。四葉だけじゃない、茶柱や星乃宮を変えたのもお前だな」
オレからしてみれば本当に心当たりがない。無いものを証明することは難しい。オレが言い返す暇もなく、真嶋は既に結論を出している。
「降参だ、片付けは俺がやっておく。お前は先に教室に戻るといい」
確かに今二人で教室から出るのを見られれば、怪しまれることは避けられない。それを気遣ってか先にオレを返そうとする。
ありがたくその気遣いを受け取ると、「綾小路」と名前を呼ばれた。振り返ると、片付ける手を止め、真嶋はまっすぐこちらを見据えている。
「次は負けんぞ」