ね? おおかみさん?
一目ぼれだった。
赤いずきんを被った小さな女の子。自分とはあまりにも不釣り合いな華奢な姿。
魅入られてしまった。
赤いずきんから流れ出る金糸のような髪も、空を映したような瞳も。流れ出る血潮のような紅い唇も。
天上のお姫様と比べても、彼女のほうが可愛いに違いない。
見るだけで、想うだけで、心が温かくなる。
想いが旨から喉へ、喉から口へ。
――告白として、あふれ出た。
「ふーん、そうなんだ」
彼女はそう言うと、淡白な表情が動いていたずらな笑みに変わった。
「でも私、――強い男の人が好きなの」
返事の後、すぐだった。
――衝撃。
白んでいく視界に、体から訴えてくる激痛。
伝えた想いに、偽りない返答。
せり上がるものを必死に堪え、顔を上げると、去っていく彼女の背中が見えた。
伸ばした手は地に落ち、土を掻いた。
※※※
今日の昼下がりのことだった。
前々から赤いずきんの女の子は、薬草や花を採りに林の中のうちの近くまで来ていて、今日もまた、そうだった。
ずっと魅入られていた。
そして。
――今日こそは。
いつものように、そう思った。
ずっと言おうと思っていたけれど、言えなかったこと。
言ってしまえばもう来てくれなくなるんじゃないかという恐怖が、いつも勇気を挫けさせていた。それでも、毎日のように募っていく想いが背中を押し続けている。どうにかして、あいさつくらいは。もしかしたら友達になんて。
想いが、ついに体を動かした。
背を向けてしゃがんでいる彼女に、声をかける。
「……あの、赤いずきんのお嬢さん」
「――ん、なぁに?」
振り向き間際、息が止まった。
その微笑みの愛らしさときたら、まるで天使と悪魔が共存してるかのよう。
一発KOだった。
心臓が撃ち抜かれた。
恋だった。
こんな見ず知らずの狼に話しかけられて、こんなにも可愛らしい笑顔をくれるなんて。もう今日死んでもいいかもしれない。まさしく天の福音。神の祝福。
幸せが全身を駆け巡る。
「ぼ、僕と、お友達――いや、恋人になってはくれませんか!」
もう死んでもいい。
そう思ったせいか、こんながっついたセリフを言ってしまった。そんなモテない狼みたいなことを言うつもりはなかった。丁寧にブラッシングした毛並みにスーツとか着込んで、綺麗な星空の下に薔薇の花束を持って言いたかった。でもこんなに愛くるしい存在を目の前にしたら、そんな取り繕いも吹き飛んでしまった。
急すぎて、嫌われたかもしれない。
でも、諦めない。何度だって、粘ってみせる。
「……えっと、おおかみさん?」
「は、はい!」
心臓が跳ねる。
「今の言葉、――本気?」
「もちろん!」
「本当の本当に?」
「当り前じゃないか! 僕は君の魅力に一発KOされたのさ!」
なんだかふわふわする。幸せと恐怖が同居して、落ち着けない。
「あら、駄目じゃない。男が一発KOだなんて」
「いや、それほどに君が魅力的だってことなのさ」
「おおかみさんは面白いことを言うのね」
「あはは」
滑ってるような気がしなくもない。けれど、感触はなんか悪くない。恋人とまではいかなくても、友達くらいにはなれないだろうか。いやでも、やっぱり恋人に……。
「でもね、私――」
「う、うん」
目が合い、呼吸が止まる。
心臓がつかまれたよう。鼓動すらも止まった気がした。
悪い予感がする。
そうか、考えてみれば当たり前だ。こんなに可愛い女の子に、他の男がアタックしないわけがない。もしや先を越されてしまっていたのだろうか。その時は、この先どうやって生きていったらいいのだろうか。
「……強い男の人が好きなの」
「え?」
頬を赤らめて身をよじる姿は、凄まじく可愛かった。
いますぐ抱きしめたい。そのままくるくる回って一緒に踊りたい。
少し気がかりなことを言っていたけれど、きっと大丈夫。強さなら負けない。なんてたって狼だ。その辺のやつらなんかより、よっぽど強い自信がある。喧嘩なんてしたことはないけれど関係ない。この愛があれば何だって頑張れるはずだ。
「それでなんだけれど、もしおおかみさんが私の思ってるより強かったらお付き合いしてもいいかなーって思うのだけれど、――どう?」
「も、もちろんさ! 君のためならドラゴンにだって戦いを挑んで見せるさ」
「本当!? 凄いわ!」
ぴょんぴょん跳んで喜ぶ赤ずきんちゃん。ひらひらと服が揺れる。
今なら本当にドラゴンにだって勝てるかもしれない。
「じゃあ、今から私が殴りかかるから耐えて見せて?」
「え?」
「言っておくけれど、私けっこう強いから」
そう言うと、赤ずきんちゃんはしゅっしゅと殴る動作をして見せた。ただただ可愛かった。
思ったのだけれど、これはもしかして初めからOKを貰えてたってことなのだろうか。こんな遠回しするなんて恥ずかしいのだろうか。その奥ゆかしさにKOされそうだ。いや、もしかしたら本当にやられてしまうのもいいかもしれない。わざと倒れて見せたら、赤ずきんちゃんは怒るのだろうか? でも、怒った姿も可愛いに違いない。
いや違う。
ここはやっぱり強い男をアピールしよう。
赤ずきんちゃんのパンチを笑顔で受け止めてみせようじゃないか。
その後に笑い合って、明日とかにピクニックに行く約束でもするんだ。きっと楽しいに違いない。……あぁ、赤ずきんちゃんはどんな花が好きなんだろうか。やっぱり赤かな? それとも白かな? うん。きっとどれも似合うに違いない。
「ねぇ、おおかみさん。――準備はいいかしら?」
「ああ、いつでもいいよ」
「――そう」
赤ずきんちゃんが身体をひねった。
なんか、思ったより様になっている気がする。
いや、まさかね。
「せぇぇい!!」
地震?
違う。殴られた。
足が地面に付いていない。
視界がチラつく。
頭がロクに動かない。
そんな中、「私、強い男の人が好き」その言葉が浮かんできた。
拳だった。
心臓を撃ち抜かれた。
一発KOだった。
その微笑みは、天使と悪魔が共生しているかのようだった。
「……残念ね。おおかみさんならって思ったのだけれど」
赤ずきんちゃんが去っていく。
立ち上がることも、すがることも出来ない。
動かない身体に絶望する。
後ろ姿が、背中が、遠のいていく。
「かはっ」
息が、辛い。
心も、辛い。
背中が、見えなくなった。
……ああ、どうして、こんなにも不相応な想いを抱いてしまったのだろうか。
何が、ドラゴンにだって勝てるだ。何が、何度だって粘ってみせるだ。何が、この愛があればなんだって耐えれるだ。
耐えられていないじゃないか。
あの想いは嘘だったのか。
いいや違う、そんなことはない。
そうだ、何度だって思える。あの可愛らしさに一目ぼれしたんだ。そうだ、最初からKOしていたんだ。だったら、関係ない。何度倒れたって関係ない。粘ってみせる。立ってみせる。この愛があれば、耐えれるはずだ。
地に落ちた手で、地面を強く握りしめる。
なってやろうじゃないか。
「――強い、男に」
立ち上がり、空を見上げると曇り空になっていた。
一雨来るかもしれない。
つまり、殴られてフラレて雨に濡れながらトボトボ帰る狼が一匹いることになる。
「ふっ」
そんな自分を想像したら、何だか笑えてきた。
もうここまできたら、這い上がるだけじゃないか。
さぁ、いこう。
「――おや、こんなところでどうしたんだい? もう雨が降るっていうのに」
振り返ると、おばあさんが立っていた。
「いえ、ちょっとした男の門出ってやつですよ」
「そうかい。確かに良い面構えをしているね」
「そうですか?」
「ああ。強い男の笑みだ」
言い終わると、おばあさんがにやりと笑みを浮かべた。その面影が、あの少女と重なる。
「あの子の一発で心が折れなかったのは、お前さんが初めてだよ」
もしかしたら、このおばあさんは――。
「――来な、鍛えちゃる」
毛皮を濡らす水滴は気にならなかった。
昔書いてて放置してたものを書き直したブツ