癖馬息子畜生ダービー =遥かなるうまぴょいを目指して=   作:ウマヌマ

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有馬記念、一年の終わり

 

 

 

 車に乗せられて気づいたら走るところだった。

 最近、寒くなったと思ったらこれだ。

 

 ヒト畜生供も寒いだろうによくやるよ。

 冬眠とかしないのかね。

 

 私は先程まで安眠していたと言うのに。

 

『大人しいと思ったら、寝てたのか……ほら、行くぞ』

 

 車から降ろされると、隣の車から黒い舎弟も降りてきた。

 

 なんだ今日は舎弟も走るのか。

 そう言えばヒト畜生の集まる場所で一緒に走るのは初めてだな。

 まぁ、ゆっくりしていくといい。

 

『なんで、お前の方が態度でかいんだ……』

 

「ヒィン」

 

 待合室みたいな所に入ると、先の方に歩いていたのは黒鹿毛の彼女だ。

 なんと黒鹿毛の彼女も出るらしい。

 

 今日も尻がマブイ!

 オッス! オラ、ワクワクしてきたぞ!

 

 私の息子につけられた拘束具によって半ダッチになる。

 

『サック付けてもこれか……あ、こら、そっち行こうとするな!』

 

 へい、彼女、一緒にシンクロ率上げて暴走しないかい!

 鼻息荒く近づこうとしたら。

 軽く頬にぶつかってくるやつがいた。

 

 焦げ茶の馬だ。

 殺気にも似た視線を向けて見下していた。敵愾心を露わにして堂々と。

 その姿は以前にもまして迫力がある。これまでで一番の敵になるかもしれない。

 

 ここを生きて逃れられたらだがな。

 

 なんだぁ、テメェ。

 私、キレた。

 

 ツカツカと顔を近づける。

 血管が浮き出るほどにメンチを切り合い、威嚇し合う。

 もはや挨拶染みた行動になってきている。

 

 まあいい。

 殴り合いになれば私と舎弟でフルボッコにできるが、それで勝っても仕方がない。

 こいつにはレースで勝てばいいのだ。

 勝利を続ける私の方が引いてやる。

 私は丸くなったからな。

 

 でも、奴の足元に唾ははいておく。

 ペッ!

 

『柄悪いなぁ。でも、やっぱ、ナリタブライアンには手を出さないんだよな』

 

 おら、いくぞヒト畜生。

 踵を返してレースの待機場所へ向かう。

 

『あ、勝手に行こうとするなよ……場所あってるけど』

 

 引っ張られたヒト畜生が何か言っているが気にしない。

 やはり、私は生まれながらにして、先頭を行くべき名馬なのである。

 

 

 

─────────

 

 

 

─『1994年、今年を締めくくる、最後の大一番。有馬記念、マチカネタンホイザは蕁麻疹にて出走取り消しになります』─

 

─『どうでしょう、今年はやはりクラシック戦線を戦い抜いたこの二頭、ナリタブライアンとブラックロータス。この二頭の出来にレースが大きく左右されるでしょう』─

 

─『安定した速度とパワーを兼ね備えた競馬の理想、王道の強さを持つナリタブライアン。それに匹敵する速度を持ちながら圧倒的な持続力で逃げても追ってもロングスパートをかけ続けるブラックロータス。どちらも少しずれて産まれていれば三冠を取れる実力はあった風に思います』─

 

─『奇しくも前年のトウカイテイオーとビワハヤヒデを思い起こさせる血筋。去年の高鳴りはまだ続いているのか、中山競馬場にはたくさんの観客が詰め寄せています』─

 

─『勝つのはこの二頭か、それとも、古馬達が意地を見せるのか、はたまた、末脚の冴える女傑が届くのか』─

 

─『各馬順調に枠入りして行きます。ブラックロータスが綺麗に入ると拍手が起こりました』─

 

─『さぁ、最後の馬が入り……ゲートが開きました!』─

 

 

 

─────────

 

 

 

 完璧である。

 一度でも学んだ事は十全にできる学習能力、私は賢さの値がカンストしているかもしれない。

 

 最近、気づいたが、なんか高い所にいるヒト畜生、そいつが旗を下ろすとゲートが開く。

 つまり、そこさえ見ていればよーいどんで走れるのだ。

 

 一斉に走る馬。

 初っ端から先頭に立つのは私である。

 

 私であるが、すぐ後ろから何かが抜かしていった。

 

 早い。

 あまりにも早いスパート。

 その馬はどんどんと前に行く。

 

『大丈夫だ、追わなくていい』

 

 抑えてください、マジでお願いします。という手綱さばき。

 

 私は学んだのだ、ああ言うのは放っておいてもいい。

 と言うかだ。

 以前の奴より、まさかと言う感じの怖さを感じない。一目見てあの速度では走りきれないとわかってしまう。

 

 まぁ、それはそれとして、よく飛ばすな。

 私もそれなりに先頭の先にいるが、そんなレベルではない。

 

 とはいえ、あまり離されすぎるとそれはそれで腹が立つのでそこそこの気分で追いかける。

 

 先頭を突っ走る馬と後ろを走る馬。

 その間は二十馬身以上離れている。

 

 私はその間を自分のペースで走る。あんまり遅いと最後しんどいねんな。

 

『行こう』

 

 二周目のコーナーを前の直線でお願いされて速度を上げる。

 

 ほどなく前の馬にだんだんと追いついてくる。

 後ろから熱い視線を送ってみる。耳がピクリと反応する。軽く嘶いて存在感を出してみた。

 

 あ、ビビってる、ビビって逃げる速度上げた。

 

 ウマハハ、怖いか!

 怯えろ! 竦め! 足回りを活かせぬまま沈んでいけ!

 

 調子に乗って甲高い嘶きをあげる。

 すると、滅茶苦茶にビビったのか大外へと避けていってしまう。

 

 いや、ちゃうねん。

 なんか、流石に悪いことしたかもしれん。

 

 今度、何処かで会ったらりんご分けてやろう。

 

 まぁ、今は気にしても仕方がない。

 

『来てるよ』

 

 後ろから焦げ茶の馬が走ってくる。

 すでに他の馬は後方にいる。

 

 

 実際、舎弟にも彼女にも悪いが、このレースは私とこいつのマッチレースだ。

 ここからが本番と言ってもいい。

 

 ギアを入れ替える。

 私と焦げ茶の馬が土煙をあげてコーナーを回る。

 ここでは追いつくだけ前に出るつもりはないのだろう。

 

 それでも、油断をすれば食い込もうとしてくる。

 

 直線に入る。

 すぐ隣に並ぼうとしてくる。

 

 ここの直線は短い上に坂になっている。

 高低差200mはある坂だ。いや、たぶんその半分くらいかもしれない。

 

 そこを全速力で駆け抜ける。

 

 だが、速度が違う。

 これまでとは明らかに違う、焦げ茶の馬の速度が一段上にあるのだ。

 その速度で坂を駆け上る。

 

 あぁ、クソ!

 

 そこから先にあるのは死だ。

 動物の限界。

 速度の臨界点。

 それを超えた先に待っているのは遅かれ早かれ自壊しかない。

 

 骨、筋肉、蹄。

 どれかが物理的に逝く。

 

 私も、お前だって。生物としてこれ以上の速度に耐えれるように生まれていないのだ。

 才能がどうだとか、そう言う話ではない。

 本来、かかっているはずのリミッターが壊れている。

 痛みが枷となり、本能で抑えられているはずのリミッター。

 

 それを努力や精神力でこじ開けて無事で済むはずがない。

 

 体が壊れる時には後戻りできない壊れ方をする。

 つまり死だ。

 

 走って、走って、走って、それで死ぬ。

 

 冗談じゃない!

 そうまでして勝ちたいのか!

 

 身体を酷使して。命を削って。魂を焦がして。

 その果てに待つものは死だ。

 懸命な自殺。

 

 私なんかよりお前の方がよほど狂気染みている。

 外で叫ぶヒト畜生供の方がまだ理性的だ。

 

 

 抜かされる。当然だ。

 自分の体の事など歯牙にも掛けず、一心不乱に走ることだけに全てを懸けているのだ。

 

 目の前を走る焦げ茶の馬。半馬身離される。

 破滅に向かい駆けていくその馬。さらに半馬身。

 その姿は力強く、そして儚い。

 

 私は。私は──。

 そんなものに。

 

 負けて、たまるものか!

 

 いいよ! 懸けてやる! 私の命も!

 

 レースは嫌いだ! なんでこんな、疲れる事をしなければならない!

 ヒト畜生のお遊びに生き死にまで賭けるなんて! 心の底から冗談じゃない!

 

 けれど! それでも! 負けるのはもっと嫌いだ!

 私の前を走り抜ける奴は許せない!

 

 坂を上り切った、最後の直線、ここから追いつけるかはわからなかった。

 そもそもが、平地とはいえこれ以上の速度で走る事すら初めてだ。

 それでも、自らの殻を破り捨てるように。

 歯を食いしばり、深く、深く腰を落とす。

 

 走り方に迷いはない。

 目の前でやられている事をより速く実践する。それだけだ。

 

 地面が抉れるように蹄を掻き切り、足を伸ばせるだけ伸ばし、それを最速で行う。

 全身のバネを弾けさす跳ねるような一歩。

 

『いくのか? ……いけるのかロータス?』

 

 地面を掻き飛ばし、全身を躍動させ。

 今一度、加速する。

 

 うまぁぴょい!

 痛みと共に、脳裏に響くあの言葉。

 今がその時だと細胞が疼く。

 

 世界に映る焦げ茶の馬以外が灰色に染まる。

 不要な音が消え、焦げ茶の血流の音すら聞こえてくる。

 

 荒い息遣い。芝を掻き蹴る土の音。流れる風の音すら手に取るようにわかる。

 

 そんな中、小さく何か変な音が混じった。

 

 瞬間、焦げ茶の馬の速度が僅かに落ちた、限界に近づいているのだろう。

 ジリジリと追い詰める。

 僅かに、ほんの僅かだが、体力が持っているのは私だ。

 

 今、私の方が断然速い。

 

 間に合う。

 いや、間に合わせる!

 

 もう少し、もう少しだけ!

 もう少しだけだ!

 後、少し!

 

 少しの時間!

 

 少しの長さ。

 

 少しの速度。

 

 少しだけあれば。

 

 私が前に立っていたのに━━。

 

 目の前を走る焦げ茶の馬が、最後に全てを振り絞りゴールを駆け抜けていた。

 

 歓声が響き、世界に色がつく。

 

 首を振り空を見上げると光が刺していた。

 けれど、私は照らされない。

 

 

 レースは終わったのだ。

 

 二度目の敗北。

 半馬身の差。それは覚悟の差だった。

 

 全力で走った敗北の味はあまりに苦く。食いしばっても耐えれそうになかった。

 だから、耳を傾ける。

 

─『ナリタブライアン! ナリタブライアンがやりました!』─

 

 ああ、それか。

 ナントカブランアン。

 なんかイントネーションが怪しい感じがするが、そんな感じの名前。

 ヒト畜生がつける名前は連続しててよくわからんが、忘れないように耳から脳に刻みつける。

 

 お前の名前。

 

 顔につけた白いやつ。

 焦げ茶の馬。

 

 私の宿敵の名前と姿。

 

 ナントカブランアン。

 

 一度、こちらを振り向き、どうだと言う風に偉そうに笑っている。

 初めて負けた時の悔しさを思い出し、敗北を噛みしめて、次は私が勝つと睨み返す。

 

 それを受けてまた気分が良さそうに嘶いた。

 

 そして、前を歩こうとした。

 軽やかな足取りで。

 

 だから。

 或いはそれは必然だったのかもしれない。

 精神力で抑え込んでいた死神が、代償を求めるように浮かび上がる。

 

 

 

 目の前で、焦げ茶の馬がゆっくりと後脚の膝をついた。

 

 

 頭が真っ白になる。

 ヒト畜生供の歓声が悲鳴のようなざわめきに変わり、やがて全ての音が遠くなっていった。

 

 

 焦点の合わない瞳に映る、ぼやけた姿。

 

 呼吸を荒くし、必死に立とうとするが失敗する。

 慌ててヒト畜生が下りるが、変わらない。

 

 どれくらいたったのだろう。

 私は、ただ目を離す事すらできず、茫然と見ていた。見てしまった。

 

 意地かプライドか立ち上がり、よろめき歩こうとする馬の姿。

 立って歩く事すら必死になるその姿。

 

 それを勝者というには、あまりにも酷な姿だった。

 

 

 そして。

 

 もう、私は。

 本気のこの馬を倒す機会はこないのだと。

 

 その時、悟ったのだ。

 

 

 

 




第一部終わり

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