京浜第3シェルターのアイツ 作:FD一枚ケルベロス
おまたせしました
今回は三次特有の用語などが多くあります
【アメノトリフネ:SIDE】
空が赤く染まっていた。
「魔界の空みたいだ」
「まるで魔界に行ったことがあるみたいな言い方だな、それ」
アメノトリフネの甲板。
そこから見えるエジプトの空を見ながら、
「魔界に行ったことがあるぞ?」
「え、あー……そんなこと言ってたか」
レイジは思い返す。
(そういえば旧約2だったか? 真2みたいに魔界で探索してたんだっけ、メガテン主人公)
「そちらは行ったことはないのか?」
「流石に行ったら死ぬと思う。連合の修羅勢ならまあそういうところに潜ったことがあるとはたまに聞くが、あいつらは外に出てこないからなあ」
「修羅勢?」
「ガイア連合の中でも強さにだけ取り憑かれて、外に出てこない連中がいてね。それの通称が修羅勢、素材が取れる地下深くに潜っては湧いてくる悪魔を倒し続けているらしい」
「求道者ということか」
「ああ。貴重な素材類も採取してきてくれるから助かるんだが、俺みたいな外部をメインで活動しているのはどうも……反りが合わなくてな」
「合わない?」
「ああ」
「
「ふむ……レベル上げに勤しんでて、サブクエストやクエストは進めないタイプということか」
「ああ。カヲルニキとか、霊視ニキとか才能と初期から活動していて修羅勢からも一目置かれている人はいるが……」
まあそれも例外だな。
自分たちは違うとレイジは首を横に振る。
日本から出て、アメノトリフネでの国外の戦いは日本にいた時よりも一味も二味も違う強敵ばかりだった。
日本での戦いがアトラスバランスのチュートリアルだったと思えるほど、レベルが高い悪魔に、難易度間違えているだろとしか言えない魔人のラッシュ。
何度死んで、蘇生して、死ぬほうがマシだったけど死ぬと全滅すると思える地獄を見たことか……
相棒の
今はもう慣れてしまってガツガツ肉を食いながら「もっと御霊合体して~~」と普通に言っている。
式神用のスキルカードも日本じゃないから簡単に補充できないもんだから、悪魔合体を駆使して造ったレベルとステータスとスキルの揃った悪魔を、造魔合体で食わせて強化したアルトアイゼン・ナハトもスキル構築が別物になってしまった。連合の式神仕様じゃないスキルでも色々便利なのがあって欲しかったし、汎用的なシナジーが利くし。
とか考える辺り、これが修羅勢の心地なのだろうか。
(思えば遠くに来てしまったなぁ)
レベルも上がったし、色々と濃厚な経験は出来て、生きた充実を文字通り死にそうになりながら味わっているが、日本にいた頃が遠い昔のように思えた。
日本にいた頃よりも多くの人間と出会った。
媚びて、恐れて、崇めるような人間として扱ってくれない人たちじゃない、人間と出会った。
弱くても、まだ強くなれなくても、懸命に生きて、失ったものに嘆いて、過去に囚われながらも、誰かが支えてくれて前を向ける人を見た。
文化の違いがあるし、人種の違いはあるけれど、どこにいっても知らない人ばかりで、それを知っていく喜びがあった。
ここまでこれた旅路には意味があった。
「……感謝しかないな」
「うん? いつもレイジたちには世話になっているが」
「そう言ってもらえると光栄だな」
びっくりするぐらい強い主人公だというのに、どこか抜けたところのある天然気味のヒデト。
これを支えたり、ツッコミをいれながら手を引っ張っているロザンナは大変だといつも微笑ましく感じている。
「天使は飛んでいないな」
「ああ。勢力圏から叩き出されたという話は本当のようだな」
魔人トランペッターが敗れて、メシア教団が戦力の再編のために大きく戦線を後退したという情報が、イギリスのアーサーたちから入っている。
ガイア連合のネットワークを用いて、神聖ローマ支部からも同じ情報が寄せられているから間違いはない。
これから立ち寄る予定のエジプトの港は、そうやってメシアが放棄した港の街の一つだ。
「撃墜されたトランペッターだが、死亡したという確定情報はない。以前多神連合と戦った時にも追い詰めたが、笛の一吹きで蘇ったという情報もある」
「完全に倒し切るまでは襲ってくる警戒もしたほうがいいな」
「ああ。あとは例のセトというやつだが……」
確か原作の女神転生小説とか、古いメガテンだと重要な役どころの悪魔らしく、手強くレベルも高め。
といった情報をメガテニストのアーサーが熱弁していたので、ヒデトに伝える仲介役のレイジたちも油断はしていない。
というよりももっと説得力がある情報がこちらにはあった。
「
という、セトと戦ったことがあるヒデトの証言があった。
無論、シリーズや作品が違うとはいえあのヒデトが強いというのだからやべえという緊張感をアメノトリフネの面々は共有している。
「能力がわからないのがな」
「出てきたら俺とロザンナが出るつもりだが、何人かは手伝ってもらうぞ。俺たちがいない場合は」
「わかってる。足止めと情報を抜くぐらいで、無理はしないつもりだ。出来れば安定したメンツで撃退できればいいんだが……」
「同じ悪魔でも、呼び出したやつや場所によって耐性や能力は違うからな。出たとこ勝負でベストを尽くすしかないだろ」
「そうだな」
上手く噛み合う戦い方が出来るといいんだが……
「まあこんなこといってたらセツニキに、叱られるか」
「……そういえば、ニキってなんだ?」
「うん?」
ヒデトがふと思い出したように首を傾げる。
「ガイア連合のメンツだが、ニキとかネキとかって呼ぶだろ? てっきりそういう名前なのかと思ったんだが、日本にそういう風習があるわけじゃないし、レイジはレイジだ、なのにニキとか、ネキと呼ぶのがよくわからない。階級かなんかなのか?」
「あーえっと……その、ネラーのお約束みたいな?」
「ねらー?」
(わっかんないかー! ないよなー! 2ちゃんとかやってないだろうし、えっ俺メガテン主人公になんJでやきうの原住民のことから説明しないといけないの!?)
「…………………」
「レイジ?」
「ガイア連合では、自分の名前を隠すルールがあるんだ」
レイジはメガテン主人公にネットオタクである文化を説明する罪から逃げた!
ネットミームなどを教えるわけにはいかないという守護の心を持っていたのだ。
「ルール?」
「呪い避けだ。愛称で呼ぶことによって本名を避けて、悪魔とかから呪われることを防ぐ。まあ最初は俺達もそこまでオカルトを信じてたわけじゃないんだが、念の為というノリでやってたらそれが定着してな。男だったらニキ、女性だったらネキと最後に付けて愛称にして呼んでるんだ」
「…………」
「上に立つ修羅勢、幹部級はとくに愛称だけでしか呼ばない。本名のほうが馴染みが薄い奴らも珍しくないな、特に俺に初期指導してくれたセツニキとかは徹底的にそこらへんをやらねえやつは死ぬぞって口酸っぱく言っていた。高位の悪魔は血の一滴、髪の一本から、名前とかで縁を辿って呪ってくることもあるしらしいし」
「…………」
「そういえばヒデトは本名だったか。そろそろ名前も隠したほうがいいかもな、いや、今の知名度だとむしろ手遅れか……」
「
「……忌み名?」
「産まれた時に名付けられる、個人の本当の名前だ。戸籍などで登録されていたりするのとは別の真名だ」
これは俺の生まれが特殊なだけかもしれないが、と前置きをしてヒデトが説明する。
「俺はシェルター生まれだから名字はないし、友人に貰った名前でもうすっかり定着してる。だが、日本や他の、そうだな中国とかなら、戸籍の名前とは別の名前を誕生した時に名付けて、それを隠すように戸籍の名前があると聞いたことがある。特に高位の立場なら必ずある」
「……あー、そう言えば聞いたことがある気がするな」
「名前のない人間はいない。名前を与えるということは、その存在を認めること。名前がないものは逆を言えば認められていない、祝福をされなかったただの記号になってしまう……だから俺はヒデトっていう呼ばれる名前を気に入っているし、ロザンナのことも別の名前で呼ぶ気にはなれない」
愛称とかは思いついたらいいと思うけどなと続けるヒデトに、レイジはこれが天然だからなあと少しだけ困った。
「確かに、まあ名前だけならなあ」
本来、名前一つだけならばそれほど恐れることはない。
諱と呼ばれる真の名前、生誕時に与えられた名前、その存在を定める名ではなく、戸籍に登録されているだけの名前にそこまで力はない。
そもそも名前が同じものなど幾らでもいる。過去を遡れば先祖や、まったく別の他人でいることも珍しくない。
海外であれば子どもなどに天使の名前や聖人などからあやかって名付けることも多い。
同じ発音、同じ漢字であっても【親が子に与えた祈りと願いと共に呼ぶ名前は違う】
だから大事なのは、呼ぶもの、それを知るもの。
呪文をただなぞり唱えることと、その呪文を使うものに知識が備わり、背景を知り、理解と共に唱える呪文は天と地ほどに効果が違う。
まあそれでも警戒はしたほうがいい。
「だけど対策としてはわりと俺たちは重視してるんだ」
そういうものかと納得するヒデトには通じないだろうが、レイジを始めとするここではない別の世界、元の前世から転生してきた転生者はプライバシー保護という常識が染み付いている。
ネットリテラシーというかネットマナーもあって、本名で呼び合うのを恐れる。
もはや本能的な拒否感だ。
ついでに名前一つ漏れることで色々と探る情報を絞れるし、容姿などを併用すればオカルトに限らず本人の特定に結びつけられる。
少なくない関わりでも縁を辿ってくるものはいる時があるのだから。
「悪魔以外にも色々としつこいからな」
昔、知名度もない才能があるだけの一般パンピーだっただけの転生者だと、水面下ではびこっていたメシア教の下僕共が名前と顔を知られた翌日には近所に引っ越ししていてこんにちは、神を信じてますか。とガンギマリの目で勧誘されかけたのも珍しくなかった。
さすがに覚醒していて、天使や魔法を駆使してくることが確認出来た手遅れな奴らを後処理前提で始末し続けていたらそういう方法を取る馬鹿は激減したが、全滅したわけではないのだ。
どこにでもアホはいるのだ、悲しいことに。
事務所に力がなく、
「レイジ、そろそろ上陸の準備をしたほうがいいか?」
「あ、ああ」
先程までの会話を何も気にしてないように、いや、実際気にしてないのだろう。
ただの雑談として処理しているヒデトに促されて、懐から連合製の双眼鏡を取り出す。
「んーここからざっとみるかぎり、悪魔の影もないな。警戒は必要だけど、エストマをかけて橋頭堡を確保すれば問題なく上陸出来そうだ」
「まずはボートで上陸、安全を確保しよう」
「ああ。そしたら例のグループの連中へと接触をしよう」
息を吸い、声を潜めるようにレイジは言った。
「レジスタンスがまだ生き残っていればいいんだが」
◆
・数日後
【ガイア連合:SIDE】
赤い空が見えていた。
「羽つき共はいないみたいだな」
(
『セツニキ、どう?』
念話を用いた女の声。
ガイア連合の機動船――デザインは重巡洋艦・愛宕そのものの船体から発せられた声だ。
”真・女王艦隊”
ガイア連合の開発したオカルト船に今現在進行系で使われている術式の名だ。
錬金術や水上航行等の複数の術式を好きなだけ突っ込み、そこから添削していって何とか大規模術式まで落とし込んだ頭の悪い消耗を複数人で負担する事を前提として開発したものの最適化出来ていない、いや、最適化を放り投げた術式である。
仕組みとしてはそこまで難解ではない。
”核”となる人間が保有する
シンクロしたオカルト船が、術者の性能に比例して素体となる船体を展開。
そして、核以外に複数の補助”核”――【レーダー】や各種【武装】に、【燃料】や【機関部】と便宜的に名付けられた術者たちに合わせて、船体機能を発揮、総合的な性能を大幅に引き上げることに成功したものだ。
ガイア連合のロボ部の開発したオカルト混じりの実物船と比べれば浪漫性はないものの、高
ざっくりいえば術者たち依存の人力艦船である。
(ロボ部の浪漫船も良いが、オカルト船は性能を簡単に上げられるのが利点だな)
「難民共のケツに火を着けてる羽根はいるが雑魚だ、問題はない。周辺に”目”もないしな」
などと自分も混じって開発した”真・女王艦隊”の詳細を思い返しながら、セツニキは核になっている術者に返事した。
「手羽先ども、マジで逃げ帰ったのか?」
「そんな頭あったのが驚きだわ」
「んー、難民たちがもう港に押し寄せてますねえ」
腕を組んでゆったりしていた強面の青年――男鹿ニキとサングラスをつけたツンツン頭の男――蛮ニキが小首を傾げて、二人を超える強面の中の強面で人肉食ってそうな恐ろしい顔つきにキリスト教的な天使のような優しさは特にない青年、誠一郎ニキが船路の先を指差した。
もはや人が住める場所とは思えない廃墟の港湾施設。
その船が係留する岸壁いっぱいに、薄汚れた難民たちが敷き詰めている。むしろ何人か落ちて、ぎゃーぎゃーと悲鳴を上げている。
遮蔽物もない場所にいるのはどう考えても狙い撃ち仕放題の素人丸出しだが、その列からざっと目で追えば後ろのほうでデジタルサマナーらしき覚醒者数名が天使共と戦闘を行っているようだ。
大したことのない雑魚天使を始末出来てない辺り、エジプト難民のレベルの低さにため息が出てくる。
(わかっていたことだが、残った最後は出がらしだな)
『
「放置だ。統率も守れていない連中の尻拭いをするつもりはない、通信を一言入れろ」
『なんていうの?』
「五分以内に片付けて、邪魔な連中を退かせ。じゃなければ帰るとな」
『了解』
「出来るか? 五分以内になんて」
「三十秒で支度しなと言わないだけ譲歩してるぞ」
懐から取り出した煙草を咥えて火をつけようとすると、側に立つシキガミ・紫が慣れた仕草で火を付ける。
嫁の所作に眉間のシワを少しだけ緩めつつ、セツニキは深々と紫煙を吸った。
「ま、三十分ってところか」
デジタルサマナーが天使を撃退し、難民共を引き下がらせるのにかかったのはそれから二十分強だった。
・
・
・
接岸したガイア連合の船、それを出迎えたのは頭にターバンを巻いた浅黒い肌の男だった。
「救援に……感謝する」
\カカカッ/
| 種族 | 召喚士 | ユダ | LV24/31 | 属性Light-Neutral |
《table:#000000》
まだ止血もし切れていないのだろう包帯を腕に撒いたグルカ人のデジタルサマナーを、”眼”で見た結果だった。
(ユダ、か。メガテンキャラがまだ生きていたとはな)
少しだけ驚くが、騒ぐほどでもない。
所詮カツオ*1の踏み台になった奴だ。
(ここは日本でもアメリカでもないし、レッドマンは確かショタオジが電脳異界辺りでなにか言ってたか)
「なにか?」
「なにもない」
セツニキの見抜く瞳に、何かしらの霊的知覚を働かせたのだろう。
自分ではさりげないと勘違いしている警戒の所作に、無駄だということを教えるためにひらひらと手を横に振って、セツニキは言葉を続けた。
「それよりクレオパトラはどこにいった? あいつが責任者だったはずだが」
「彼女は、エジプト神の……いや、ネフレン=カの追撃を足止めのために別れた。その後、私が責任者として指揮を引き継いだ」
だから、彼女はここにいないと告げようとしたユダは声を止めた。
「
温度を感じないセツニキと呼ばれる男の圧に。
「クレオパトラの転生者がどうしてもと頭を下げるから、わざわざ俺たちが迎えに来てやったというのにお前なんかが代わりを務まると思ってるのか?」
「ッ!」
「はぁ。帰るか」
「なっ、まってくれ!」
ゆっくりと背を向けるセツニキに対して慌てた声を上げるユダに、不快そうにムラサキが眉を顰める。
「話が違う!」
「なにがだ」
「約束をしたはずだ! ここでエジプトの民を、彼らをガイア連合は受け入れてくれると! そういう契約のはずだ! 私は確かに彼女から契約書を預かっている……!」
ユダが懐からスクロールに覆われた金属のケースを取り出す。
その中に収められていたのはガイア連合が作り出した契約書。
そこには確かに岩手支部長の愛宕ネキの名前と、クレオパトラの署名が記されていた。
「イワテ支部は害意のないエジプトの民を受け入れて、日本へと運んでくれる……そういう契約だ!」
「確かに契約の文面にはそんな感じに書いてあるな」
「なら」
何を勘違いしてるのか、威勢よく声を上げるユダに呆れるセツニキ。
「これを署名したのはクレオパトラだ。お前じゃないだろ?」
「……は?」
「聞いてなかったのか? クレオパトラはこれの約定に、自分がどうなってもいい、その身命を捧げるという話で俺達に話を通したんだ」
署名をしたクレオパトラは、ガイア連合に対する攻撃や害意が出来ない他に、
簡単に言えば奴隷契約だ。
そんな彼女の
正確な振り分けの比率は余裕を持たせるために現場判断にしているが、それでも連れてきた難民を受け入れさせるというガイア連合の契約書をクレオパトラは持っていた。
「いや、彼女は……」
「さっき聞いた。ここの連中ごときを守るために、別れたんだろう? 契約違反だ」
契約をした当事者がいない。
その当たり前の問題点に、ユダは苦しそうな顔を浮かべる。
が。
「違反はしていない」
「なんですって?」
無礼にも程がある態度に、ムラサキの目つきが鋭くなっていく。
「……イワテ支部は、エジプトの民を全て受け入れる。その契約をこの通り書いている、約束は守ってもらう。ここに害意のある敵はいないし、メシア教徒もいないのだから」
ユダが掲げる契約書は、ただの書類ではない。ガイア連合の支部が作り上げた契約書だ。
幾重にも施されたオカルト知識の術式を施し、違えれば相応の代償を与える最新鋭の
未覚醒者はもちろんレベル10にも満たない低位の覚醒者では抵抗も出来ず、内容次第では魂すらも束縛することが可能。
この法も守られぬ力のみが押し通る世界では、唯一といってもいい信頼出来る強制力を持つ契約。
「そんな言い分を通すと思っているの?」
それにシキガミのムラサキが口を開けた。
「署名した本人はいない。代わりに持ち込んだのは名前も聞いたことのない代理人」
つらつらと言葉を紡ぐ。
力の差も理解出来ていない、愚か極まる現地人に、わからせるように。
「身の程を弁えろ、
「っ?!」
契約書に火が灯る。
エジプトの如何なる魔術師でも手が出せなかった、強固極まる契約書がただの紙切れのように燃えて灰になる。
名うてのデジタルサマナーだったユダでもまるで認識出来なかった。
何をされたのかもわからないが、ユダはその背筋から汗が吹き出すのを止められなかった。
「その薄っぺらい口一つで、私たちを縛れるなどと思い上がりも甚だしい」
「よせ、ムラサキ」
「自分が虫けらだと理解も出来ていない愚か者です」
「二度も言わないぞ」
「……失礼しました」
はぁとため息を吐くセツニキ。
(少し前にも似たようなことをやった気がするな)*2
遅れて血の気が引いた顔を浮かべるユダに、セツニキは端的に言った。
「契約書は灰になったが、まあお前の言葉にも一部の理はある。今回は引き取ってやる」
「! ……ありがたい!」
なんだってという顔をするムラサキに、正反対に安堵の顔を浮かべるユダ。
だが、そんな甘やかす話ではないのだ。
【ただし、人数には制限がある】
COMPの翻訳機能を一時解除、ネイティブと見間違うほどの発音でセツニキがそう告げた。
「制限?」
【覚醒している奴は優先してやるが、そうだな。千人も乗れれば御の字だろう】
「なっ……!」
【誰を乗せるか、お前たちで選べ。俺たちは関与しない】
絶句するユダ。
覚醒はしているものの、頭は鈍いようだ。
セツニキは到着してからその”目”で周りを観察していた。
ここまで辿り着いた難民共はどいつもこいつも目が死んでいる。
気迫がなく、老いて、薄汚れていて、だらしのない体つきのものばかりだ。
これまで回収した難民たちは女子供が多く、それ以外には若い男や金があり、目端が利くものは自主的にエジプトを捨てて逃げ出していた。
つまるところ残っている連中は殆どが出がらし、自分で逃げる決断も先送りにし、国などにしがみついていた愚か者だ。
(最後の詰めだからといって同行したが、正直ここまで使えないものしか残ってないとはな)
エジプト陥落の前日*3、エジプト在住の”友人”には使えるやつらを集めて日本に来るように伝えてさっさと岩手支部として吸収を抑えている。
秘術の独占や現世に残った神への恩が売れるなどの利益を得たし、そこから後追いでやってきた連中のせいで多少は治安が荒れた。
むろんさっさと現実を分からせてやったし、それも理解できない馬鹿はわかるようにしてやったが、ここにいる連中の殆どが、それ以下という低落っぷりだ。正直全員いらんのだが。
ムラサキが【エジプトの民を全て受け入れる】という契約書を処分してくれたおかげで守る理由もないのだが、それでも形だけでも契約を守らないのは人としての一線を逸するだろう。
せめてクレオパトラの転生者が手に入るというなら悪質な抱き合わせ商品も目を瞑ってやろうと思ったのに、それすらないというのは話にならん。
おまけが目当ての菓子を買ってるようなものなのだ。
それが手に入らないならキャンセルか、そうでなければクーリング・オフしたいのが人情というものだろう。
難民の数にしても
最初からそういう計算はしていたから、準備だって用意はしている。
していたんだが……なぁ。
(マジでいらなくないか?
目の前の
しかも才能限界がたったの32、伸びしろもない。
肉体的な素養は傭兵として名高いグルカ兵と同じ民族だから高いのだろうが、それも未覚醒者の愚者共と比べてだ。
覚醒しても拡張されなければ素体がどれだけ優れていても意味がない。セツニキ自身、外見肉体は中学生を上がるかどうか、三歳の頃から覚醒して素手で悪魔を引きちぎっていたし、煙草だって呑めるぐらいには強化されていた。
だというのに、この男はそれにも届いていない。
他の、セツニキの言葉を聞いて慌てているデジタルサマナー共も
覚醒のきっかけは複数ある。
悪魔との対面や接触、死にかけること、襲われる恐怖や、親しい人間の死など、感情の爆発を伴う魂の活性化が理由だ。
そして今世界は完全な終末化ではない、半終末といった段階程度でも、人間は覚醒しやすくなっている。
だというのに誰も彼も覚醒していないというのは、それに立ち向かう気がない。自立して歩く気概もなかった落伍者共ということだ。
クレオパトラはこんな奴らのために死んだのかと思うと、嘆きたくなる。
ああ、確かに先の、エジプトの高位霊能者達は立派な最後を遂げたのだろう。
だが、それは本当に望んだ最後だったのか?
自分の妻や子供を守る。それならまだ分かる。そこへ両親を含める。まぁ、良いとしよう。
だが50や60と言った立派な霊格持ちでありながら、国なんていうこんな〝物〟の為に命を賭ける意味はあったのか?
人間が抱え込める物は両手の範囲内だ。
それを忘れ、それ以上を成そうとしたからこそ、彼らは国と共に死んだ。
チラリとセツニキの目が動く。
どうかお願いします、孫を、親類を船に乗せてくださいと口だけで囀る老婆の両手に握られたひび割れたロザリオを見る。
エジプトの宗教比率はムスリム9に一神教が1だったか。
(何のために祈る。意味などない、お前たちの主神すらもこの国は見捨てている)
対価を求める祈りなど愚かだ。
自らの心の拠り所に、隣人を信じることはいいだろう。
隣の人を愛せよと、一神教は伝えている。その言葉が記されている聖書の内容はセツニキの頭の中に入っている。
だからこそやるせないことこの上ない。
さっさと生きるための努力さえしていればここまで追い込まれることなんてなかったというのに……救えやしない。
「もうマジで帰っていいんじゃないか?」
「だな、多少減ってもこの数乗せるの時間かかるぜ」
「あ、何人か海に落ちた」
難民たちがパニックを起こしかけている。
よく響くセツニキの
「なんというか人間って愚かだなぁ」
「まあ俺達でも同じようにするかも?」
「下層前だったらな。今ならどんとこいって自力で走って、海ぐらい泳ぎ切ってやるぜ」
「普通に死ぬぞ。多分きっとおそらく」
「あ、俺、火を起こす道具もってきてねえから生魚オンリーになるのはきついわ」
「しかし、どうするよ。これ千人で絞りきれるか?」
「まあ乗せていけばいいんじゃない? どうせ後で全員寝かすんだし」
「もっと船を持ってきてもよかったかもな……そういえば、アメノトリフネこっちきてるんじゃなかったか?」
「メガテン主人公だっけ? 続報なんかあったっけ?」
『いえ、こちらには特にはなにも』
「いないやつに頼っても意味はないし――おそらく死んでるな」
目を閉じて、密かに探査結界を展開していたセツニキが目を開いた。
数秒遅れて、ニキたちに、連れているシキガミたちも口を閉じる。
感じたのだ。
「距離68万、54万……遅いな、鼻の鈍い駄犬が」
晴れていた赤い空に雲がかかっていく。
嵐が、地のように赤い砂が舞い上がり、雲を、雷雲を生み出していく。
「アレが来るぞ」
「随分と範囲だけは広くなりましたわね、あの汚物が」
こちらを感知したのだろう、遠くから音が聞こえる。
知性のまるで感じない、獣の、負け犬の簒奪者の咆哮だ。
「
――悪魔・セト。
「お前の素材には飽き飽きした、ここで殺せばもう出てこないか?」
転生者たちは、音速で近づいてくるその脅威に獰猛に嗤った。