界境防衛機関ボーダーに所属している戦闘員は約500人と言われている。
あくまでも戦闘員で500人もいるのなら、それを支える職員はもっといるはず。
これからお話しするのは、そんな職員の一人が退職する前のちょっとしたお話。


具体的に言うと私服のセンスが壊滅疑惑があってニセ乳疑惑があるツンデレに絡まれる話。
なお、本人は否定している模様。

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ああいうきつい性格の女の子の面倒を見てる職員が一人くらいいてもいいじゃない。
時系列は原作一巻よりも少し前くらいかな?


退職直前

 ボーダーという組織をあなたは知っているだろうか。これを読んでいるあなたのことだ、当然知っているとは思うが、念のために説明させてほしい。

 

 ボーダーとは、数年前に突如開いた異世界と繋がる門ゲートから出現する侵略者――正式名称近界民(ネイバー)――から世界を守るために備えてきた組織であり、今となってはこの世界で唯一近界民への対抗手段を持っている組織としてその名をとどろかせている界境防衛機関である。

 

 そして、ボーダーに所属している戦闘員はおよそ500人以上と言われておりその内訳は……なんだって?精鋭のA級部隊が約30人、主力のB級部隊が約100人、訓練生のC級部隊が400人以上で合ってるだろうって?よく知ってるね、大体その通りだよ。あなた、実は元ボーダー関係者?だったら記憶処理されてるはずなんだけど……もしかしてボーダーファンの一人?

 

 そんなところ、かな。それならいいか、話を続けよう。

 

 先ほどの発言で戦闘員はおよそ500人以上と言った。そう、戦闘員は500人以上。ならそれ以外のスタッフや関係者を含めればどれだけの構成人数になるのかというと――残念ながらここからは機密事項。詳細を述べることは許されてはいないが、本部長をはじめとした指揮系統や外務・営業部や開発部と言った戦闘以外の面で働いている人間だけでも100人はくだらないと考えてくれ。

 

 私はそんな裏側で働いているボーダースタッフの一人。ボーダー本部開発室所属のとある研究開発班で働いていた。そう、働いていた。もう今はただの一般人だ。

 

 これから話すのは30手前独身技術者のちょっとした退職直前の話。

 

 そんなくだらない話でもよければ、酒の……いや、ボーダーのファンだったね。

 

 ぼんち揚のつまみにでも聞いてよ。多分意味は通じるんでしょ?

 

 


 

 

 見慣れたオフィス、勤務時間終了後で帰って何するかをボヤボヤ騒いでいる連中の喧騒を片耳で聞きながら、もう片方の耳に装着した小型インカムから聞こえる声に耳を澄ませる。

 

『で?おまえさんは本当にそれでいいのか?』

 

「ええ。こっちの事情もありますけども……今期の実績はイマイチですし。その責任も取る感じです」

 

『それは……そうだが。基本的に戦闘後のトリガー整備や訓練後の後始末といった実働面の作業を中心にやってもらったとはいえ、本来の業務である新規トリガーの開発並びに既存トリガーの開発で目新しい成果はないのは事実だ』

 

「そんな職員がいつまでも残ってちゃ開発室のお荷物ですって、ね?」

 

『だがなぁ……』

 

 デスクの上はあらかた片づけた。数か月前までは世話した隊員から送られた御守りや、引退した同期からの差し入れの缶コーヒー等が転がっていたが、そういった私物はすっかり姿を消して後任への引継ぎ関連の書類がいくらか残っているだけだった。

 

『――おい!聞いているのか!』

 

「えっ、ああ、すみません。最近年のせいか少しぼんやりすることが多くて……」

 

『まだギリギリ20代だろうに。わしより年下なのだからもっとしゃきっとせんか』

 

「はははっ、そうですね……それにしても随分このデスクも広くなったもんだ」

 

『元々の備品デスクが小さいから大きいものにしてほしい、と嘆願書をまとめてこっちに持ってきたのはどこのどいつだと思っている』

 

「私ですね」

 

『覚えているのならいい。ボケているのなら馴染みの医療機関を紹介したところだ』

 

 下手な冗談はあの人らしいと内心笑った。それを知ればどやされるのだろうが。

 

 通話している相手は鬼怒田本吉室長。私が所属している本部開発室のトップでもある彼とはある程度話題も合う方で、数えるほどだが飲みに行ったこともある。

 若い技術者をしかりつける室長との間に入って仲介役を務めつつ、その後の若い技術者の勤務状況についての報告書を何度か提出したのも懐かしい思い出である。「まるでおまえは潤滑油だな。その役割には感謝しているが無茶はするなよ、替えはおらんのだ」と言われたのはいつだったか。

 

「それで、私の後任はどうなりそうですか?」

 

『ひとまずはおまえのチームの副班長を繰り上げることになる。明日各部署と支部間での人員整理の会議が行われる予定があるのだが、そこで県外への出張から戻ってくる技術者の調整も行って……そうだな、二日後くらいには一先ず普段の業務には戻れるだろう』

 

「手早いお仕事は流石ですね、室長」

 

『とっくの昔におまえが引継ぎ作業を終わらせたからだ。全く、引き留める暇もなかったぞ』

 

「……その節は本当に申し訳ないです」

 

『おまえはうちがこの体制になる前からボーダーに技術職で入ってきてただろう。その頃からの付き合いだ、考えてることもやることもよくわかる』

 

「良い上司を持てて幸せですね、私は」

 

『惜しい部下に辞められてこっちは……ふんっ、この辺にしておくか。最後に職場の見回りはしておけよ。忘れ物があったら着払いで送ってやる』

 

「おおう、それは手厳しい。ちゃんと見回りしてから帰りますよ」

 

『ならばいい……今まで世話になったな。向こうには母親がいるんだったか?そっちでも家族ともども元気でやれよ』

 

「――はい。お世話になりました、室長」

 

 別れの言葉に何も言うことはなく、室長は電話を切った。本当、あの人は昔から変わらないな、とクスリと笑いながらインカムを外してスマホの電源を落とした。黒い画面が写し出す私の顔はあの頃よりも少し老けたような気がする。30超えたら一気に老けるんじゃないか、私。

 

 将来への不安を感じつつも、私は歩き出す。

 

 今日の予定を記したホワイトボードから名前が書かれた丸磁石を剥がして研究室を出た。もう二度と訪れることはないということを実感すると、残業の思い出ばかりの部屋も恋しかった。

 

 

■   ■   ■   ■   ■   ■

 

 

 ボーダー本部内に開発室が管理している研究室、いわゆるラボはいくつか存在している。研究室間を行き来するのは不便だが、万が一近界民の襲撃で唯一の研究室がやられて今後の開発も修理も何もできなくなりました、という事態になればボーダーだけでなく世界も終わる。

 そのため研究室を本部内に分散させて一つや二つ研究室が潰れても今後の活動を維持できるようにしている、が。当然用途があまりなくて寂れた研究室という物も存在する。

 

「……ケホッ、ケホッ。どこか埃っぽいな」

 

 その中の一室が私がよく使っている職場だった。利用者が少ないその部屋はトリガーの調製用設備と簡単に資料をまとめる為だけの小さなデスクが置かれているだけの小さな部屋。

 

 こういう場所で隠れて馬鹿やってる研究員もいるとか噂になってたなぁ。事実だけど。

 

 生駒旋空を旋空の派生トリガーの一つとして確立して全隊員でも使えるようにできないか研究してたら出来上がったものが超刃がデカイ孤月みたいになってた、とか低燃費で訓練場の端から端まで届くアステロイドを研究してたら最終的にガレキをメテオラで端までふっ飛ばすのが低燃費という役に立たない結論にたどり着いたとか。後者の結果出したやつらは室長にバレて減給されてたっけ。

 

「……うわっ、馬鹿研究やってた当時の資料残ってるじゃん。これ室長にバレたら大目玉だぞ。誰がこの研究やってたかな……」

 

 研究してたやつに連絡して書類こっそり処分するように手を回しとかないと。今の私にはそういう権限はないからやってもらうしかない……にしても、やっぱり埃っぽいなこの部屋。少し掃除するか。

 

 確か近くの廊下に掃除道具を入れたロッカーがあったはずだ。そう思って研究室を出ると。

 

「「あっ」」

 

 箒二本と塵取りを持った女の子が目の前にいた。

 

「はい」

 

「あ、うん」

 

 箒を手渡してきたので受け取る。

 

「アタシ、ここからこっち。あんた、あそこからここまで。OK?」

 

「OK」

 

 若干私の方が掃除する範囲を広く指示されるも、反論することなく従って掃除を始める。この子には正直あまり頭が上がらないところがあるのだ。

 

「……で。なんで箒持ってたの?」

 

「あんたが来るの遅くて暇だから掃除でもしようと思ってた。で、箒持って戻ってきたらあんたがいた。以上」

 

「ふーん。私のこと待っててくれたんだ。ここに来るかもわからないのに」

 

「っ……ニヤニヤしてる暇があったらさっさと掃除しなさいよ、ばーか」

 

「はいはい。香取ちゃんの仰せのままに」

 

 香取葉子。香取ちゃん。それが女の子の名前だった。

 

 彼女はB級上位のチーム、香取隊の隊長を務めていて私がよくトリガーの整備面で面倒を見ていた隊員の一人だ。気分屋な天才という扱いにくい性格と能力をしてる、とかうちの新人が愚痴ってたことがある子だけど、私から見ればそういうところがいいと思ってる。

 

「じろじろ見んな。アタシの若さに嫉妬したの、オバサン?」

 

「うげっ、何時か香取ちゃんにオバサンって言われるかなーって不安だったけどついに言われた!そんなに私は老けてるか!」

 

「口元。怒った時は小皺出来てるわよ」

 

「……マジですか」

 

「嘘。自分の顔くらいしっかり見ときなさいよ」

 

「ハッハッハ。一回どついてやろうか。ん?」

 

「やってみる?生身とはいえB級隊員に勝てると思ってんのかしら」

 

「つ、謹んで遠慮させていただきます……」

 

 ニヤリ、と笑いながら箒を構える香取ちゃん。スコーピオンを腕から生やして構えた姿を思わせるその構えに少しゾクっとした。

 

「……あっそ。つまんないの」

 

「あのねぇ。C級だった頃なら年齢差のパワーで押しきれるけど、今の香取ちゃんは凄く成長してるし、生身で喧嘩してもまず勝ち目はないんだからね?」

 

「どうだか。この前男の研究員と言い争いの果てに取っ組み合いして普通に勝ったって聞いたけど」

 

「あ、あれは……私も若かったんです、はい」

 

「えっ、マジだったんだ」

 

「は?」

 

「そういう変な噂を最近聞いたからカマかけてみたんだけど。流石にあんたのことじゃないな、って思ってたのに当事者だったのね。何やってんの?」

 

「……ノーコメントでお願いします」

 

「あっそ。言いたくないのならいいけど」

 

 香取隊長の胸ってトリオン体の時盛ってね?とか言ってた研究員を絞めてただけです。盛ってるというか、香取ちゃんに頼まれて私が盛ったのは事実だけど香取ちゃんがそれを聞いたらまた面倒なことになるだろうし。

 苦笑いをしている私を一瞥すると香取ちゃんはつまらなさそうに掃除を続ける。無言で掃除をする彼女の姿がどこか苛ついているように見えるな、などと考えていると。

 

「で。あんた、本当にボーダーやめるの?」

 

 例の話題について聞かれた。噂が広まるのは早いものだ。

 

「うん。三門市から出て隣の県に行く予定」

 

 誤魔化すこともない、正直に事実を告げるとため息をつかれた。

 

「……あんた、約束したじゃない。アタシがA級に上がった時もトリガーのカスタマイズを担当する、って。嘘つき」

 

 香取ちゃんが言っているのはA級隊員に与えられる権利のことだ。ボーダー隊員に与えられるトリガーはB級以上になるとある程度カスタムする権利があり、特にA級になると全く別物といっていいレベルまでのカスタマイズが許される。

 彼女がB級に上がれた際にその話をした時「じゃ、A級に上がった時もよろしく。アタシ、結構そういうのうるさい方だから」と言われたのを覚えている。

 その約束も、ボーダーをやめることになれば果たせそうにもない。

 

「先週まではそのつもりだったよ。だけど、こっちの都合が悪くなっちゃってね……」

 

「都合、ねぇ……何があったのよ」

 

「県外に入院してた母が退院するんだけど、容態があまりよくないんだ。それで介護が必要なんだけど、家族は私しかいないから。そばにいてあげたいんだよ」

 

「……そういうこと、ね。全く、そういう理由なら強く言えないんだけど」

 

 程よく掃除を済ませた香取ちゃんはベンチに座ると隣をぺしぺしと叩く。隣に座れというジェスチャー。指示通りに座ると、香取ちゃんが肩へもたれかかってくる。

 

「ちょっと前からあんたがボーダーをやめる噂を聞いてたのよ。そのうち噂を肯定するか否定するかと思いきや、なーんにも言わない。それで悩んでたら華に言われたのよ」

 

「華ちゃんに?ああ、香取ちゃんの親友だもんね」

 

「うじうじ悩んでる暇があるんだったらいっそのこと専属エンジニアとして香取隊に引っ張ってくるくらいのことはしなさい、って。それから慣れない手続きやりまくって後はあんたを説得して了承を得るだけだったのに。家族持ち出されたら強く言えないじゃん。噓つきのくせにずるいよ」

 

「女は嘘とずるを積み重ねて汚れることで大人になるんだよ、香取ちゃん」

 

「どうだか。あんたにそういうことできるんだったら私はとっくの昔に関係を切ってる」

 

「バッサリ言うねぇ」

 

「ふんっ。アタシがポジション変える時にトリガーの整備任せたら、あんたいつも楽しそうにしてたでしょ。あの姿が嘘だったら役者にでも転職すればいいんじゃない?」

 

「……三日でクビになる未来が見えた」

 

「まさか、雇われる前に面接で落ちてるわよ」

 

「香取ちゃん凄く辛辣……」

 

「それくらいあんたは嘘が下手ってことよ。そういうとこがアタシは気に入ってたけど」

 

「……ありがと、香取ちゃん。もっと早くに手を引いてくれたらちょっとは残留考えたかもね」

 

「早く手を引く?こうかしら?」

 

 いたいいたいいたい!物理的に引っ張れって言う事じゃないんだけど!?

 

「ねぇ、まだ時間ある?」

 

「そうだね……後30分くらいかな。古い職場は全部見て回ったし、他に顔を見たい子もいるけどその子の予定が空くのがそれくらいだったと思う」

 

「じゃあ、それまでちょっとトリガーの調子見てくれる?今度個人ランク戦に顔を出すんだけど、整備の方も万全にしておきたいから。今のところアンタにしか頼めないことだし」

 

「オッケー。それくらいの権限ならまだあるし。機材立ち上げるからちょっと待ってよ」

 

 デスクの上にある少し世代が古いコンピューターの電源を入れてトリガーを整備する環境を整える。トリガーを置いた香取ちゃんが横に座ってその様子を眺めるのがいつもの整備風景で。

 

「そういえば。一つ聞きたいことがあるんだけど」

 

「何かな」

 

「アタシがあんたに出会った時って、トリガーのカスタムについて聞きたくて開発室に入るかどうか悩んでた時よね」

 

「そうだったねぇ。開発室前の廊下でスマホを睨みながらポチポチしてたっけ。研究室の誰かが香取ちゃんに告白されたけど振ったから怒ってこっちまで来たんじゃないか、なんて言われてたっけ」

 

「そんなふざけた思い出忘れなさい」

 

「ええー……」

 

「とにかく。そんな私に話しかけたのがあんたで、それから関係が始まったと思うんだけど。なんであんたはアタシに話しかけたの?」

 

「ああ、それね。妹に似てたから、かな。私の妹も香取ちゃんに似てちょっとめんどくさくて手のかかる妹だったから」

 

「は?アタシのどこがめんどくさいのよ。言ってみなさいよ、ねぇ。ねぇ!」

 

 ちょっとしたことで言い争いを始めるまでがワンセット。

 

 

 

「たっく……そんな手のかかる妹っぽいやつを求めてたのはあんたでしょうが、バカ」

 

 

 

 それは、ボーダー勤務最後の日である今日も変わらなかった。

 ありがとう、香取ちゃん。あなたのおかげで私、仕事が楽しかったよ。

 

 




・ヨーコ
 トリガーの整備面でずっと面倒を見てもらっていた。トリオン体の調整だけでなく二度のポジションチェンジで周囲に色々と言われていた時も楽しそうに、そして嬉しそうに「いいね、やってみようよ」と言ってトリガーを調整してくれたその姿を信頼していた。
 その信頼は彼女がボーダーを辞めることになった今でも揺らぐことはない。
「もしいつかボーダーに復職したら、専属エンジニアにしてくれる?」
 そんな約束を信じて、彼女が帰ってきた時にはA級となった自分を見せるために。ほんの少しだけ真面目に訓練に取り組む姿にちょっとだけ部隊員から驚かれたとか驚かれなかったとか。
 なお、妹に似てると言われたことはかなり衝撃だった。
 家族が母親しかいない=妹は何らかの理由で亡くなっている、ということで。
 それをエンジニアは口にしなかったけれど、葉子ちゃんは気づいてしまったのでした。

・エンジニア
 第一次近界民侵攻後、ボーダー本部完成直後に技術職を志望してボーダーへ自らを売り込んだ技術者。侵攻時に勤務先の工場が全壊したことで事実上の無職だったことも理由の一つであるのは誰にも言ってない。
 家族のことがなければボーダーを辞めるつもりはなく、葉子との約束を守れないことをさらっと言っていたが実は少し泣きたいくらいに悔やんでいた。
 でも、その姿を妹に似た女の子に見せることを許せなかったお姉ちゃんでした。
 彼女がボーダーに復職したかどうかは、皆さんのご想像にお任せします。
 彼女の家族は第一次近界民侵攻で他県へ入院中だった母親を除いてほとんど死亡。ボーダーへ入隊したのは家族で唯一行方不明の妹は近界民に連れ去られたのではないかと考えたのが本当の理由。
 それについて相談していたぼんち揚を好む隊員から「そろそろボーダーを離れないと命を落とす……かもしれない」と言われたためボーダーを辞職した。残っていた場合、アフトクラトルの本部襲撃の際に襲われて死亡していた。

 ……ところで、引っ越し祝いに送られた胸元に葉っぱ一枚だけデザインされたダサいTシャツはどうすればいいですか?


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