意見が合うとは限らない。
時にはぶつかり合って。
それでも。
それでも愛は、終わらない。

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巡り合わせはアオく交わり

 黙って引き下がれるほど、俺は利口でも物分かりが良くも無い。

 千夏先輩が、距離を置こうと言ったからって。いきなり、気持ちは変わらない。

 俺は、千夏先輩が好きだ。千夏先輩の全てが、好きだ。

 一方的に俺を振り回すところも含めて、好きだ。

 今まで壁も線も山ほどあって、でも挫けなかった。俺はバカだから。

 先輩に嫌われるかもしれない。それでも、止まるわけにはいかない。家族みたいな関係でいたいんじゃない、俺は先輩と――恋人同士に、なりたいんだ。だから、進まないといけないんだ。

 

「先輩、好きです」

 朝もなく昼もなく夜もなく、言い続ける。言わないことは、伝わらないから。

 先輩の配慮が足りなかったんじゃない、俺がバカだからだ。バカだから、先輩を傷付けたんだ。

 あの夜、先輩の手は俺の頬へと伸びていて。俺は、そこで――決心するべきだった。

 でも、なにもしなかった。だから先輩は、「よくないこと」なんて言ったんだ。

 もう遅いかもしれないけど、それでも。あの日言うべきだった事を、言い続ける。

 誰がそばにいようとも。どんな状況であろうとも。

 思ったことを全て、言う。声の大きな正直者でいたいから。

 最初先輩は、聞かないふりをして脇を通りすぎていった。何日か経っても、聞こえないように振る舞っていた。

 そんなことが、一週間続いて。

「大喜くん、良いかな」

 俺は先輩にそう言われ、部屋に引っ張りこまれて――

「いい加減に、してくれないかな……!」

 握り拳を、腹に叩き込まれた。激痛で意識が薄れ、倒れそうになる。でも、俺は堪える。いい加減になんか、しないから。

「先輩、好き」

「止めろって言っているでしょう?」

 言いかけた所で、顎を捕まれる。先輩の瞳は冷たい輝きを湛えて、俺を見据えていた。

「あのね、私にも立場があるの。日本に残るために、色んな物を犠牲にしてきたの。それを、勝手な理屈で台無しにしないで」

 溜め息を吐きながら先輩は俺から手を離し、そして。

「……こういうことでしょう? 」

 冷たい目のまま、そう言い捨てて。……服を、脱ぎ始めた。

「一回だけさせてあげるから、それで話は御仕舞い。これからは蝶野さんにでもして貰いなさい」

 先輩が何を考えているのか、俺の頭でも分かることだ。

 それは間違っている、事だ。

 先輩は俺が、身体だけを好きだと思ってるのか。ただヤりたいだけだと思っているのか。

 そんなの、それこそ。それこそ――

「そういう所ですよ、先輩の悪いところは」

 先輩は俺と違って、頭も良いし気もつく人だ。だからなんでも先回りしようとする。人がなにか言う前に、結論を出しておく。気配りと言えば気配りだろう。

 でも、それが正しいかどうかは考えてない。肝心な所で、間違えているんだ。

「俺は、先輩が好きです。スゴい美人な所も、頭良いのにどっか抜けてる所も、三日に一度は寝惚けて部屋間違える所も、人の分まで食べちゃう食いしん坊な所も、負けて悔し泣きするほどバスケが好きな所も!」

 好きな所なんて、何百時間あったって言いきれない。全部、全部、何もかも好きだ。死に水とって欲しいし同じ墓に入りたい。ずっとずっと、離れたくない。一時の感情と人は言うかもしれない。でも俺にとって、先輩は全てなんだ。

「……そんな事考えてるから、インターハイ逃すんだよ。大喜くんは、もっと集中しなきゃ」

「脚引っ張ったとか思ってるならお門違いですよ、俺は単に弱かっただけです」

 そもそも先輩を好きにならなかったら、インターハイなんか目指してない。

 先輩を好きになって、一つのマイナスも無い。

「うちの家族だってそうですよ、先輩を負担になんかこれっぽっちも思いません。思ったとしても、俺が必ずなんとかします」

 先輩を悩ませる全てを、俺が蹴り飛ばす。

 先輩には、笑っていて欲しいから。

「俺は、先輩が好きです。先輩に、俺を好きになって欲しいです」

 振り絞った言葉は、でも。

「勝手な事ばかり、知ったように言わないでくれるかな」

 ……先輩を、更に怒らせてしまった。

 それでも、俺は止めない。突っ走ることしか出来ないのが、俺だから。

「勝手なのは、どっちですか……。いきなり忘れろとか立場がどうとか、先輩は何もかも突然過ぎます」

 気が付けば俺は、固く拳を握り締めている。

 俺が一方的に悪いみたいに、よくも言えるな。

 誰のせいだと思ってるんだ。

「大喜くん、少しはものを考えなさい。将棋じゃあるまいし、前だけ見てれば良いわけじゃないんだよ」

「周りばかり見てる人に、そんなの言われる筋合い無いです! 先輩は考えすぎなんですよ!!」

 そもそも、先輩が無駄に気配りばかりするから悪いんじゃないか。

 俺だって先輩の事考えてセーブしてるつもりなのに、その言い方は無いだろう。

 こうなったら全力で、ぶつかる。全力で、叩き付ける。

 言いたい放題は、お互い様だ。

 手加減も配慮もしない、何があろうと引き下がらない。

 俺も先輩も、負けず嫌いで頑固で――バカだから。

「大体、好きだって言えば全部済むと思わないでよ! 私が由紀子さんに何回謝ったと思ってるの!?」

「俺だって母さんにブン殴られましたよ!! それに実際俺には先輩が好きな事以外、なにもないんだから仕方ないでしょうが!!」

 そうだ、俺にはそれしかない。

 先輩に憧れ、好きになり、今がある。

 なのに。

 なのに、この人と来たら。

 段々本気で腹が立ってくる。この人は本当に分からず屋だ、なんで話を聞いてくれないんだ。

 売り言葉に買い言葉、舌戦の応酬。

 頭が沸き上がり、目の前しか見えなくなる。ああ、確かに俺は前しか見ないよ。

「大喜くんは本ッ当にバカ過ぎるよね!! 」

「先輩みたいなポンコツ痴女よりマシでしょうが!!」

 一瞬先輩の動きが止まり、顔が真っ赤になる。そして。

「ポンコツはまだしも、誰が痴女だ童貞!!」

 足元にあったスラムダンク完全版第21巻を、俺の顔面に叩き付けてきた。

 何しやがるんだ、殺す気かこの女。

 あんなことを言っておいて、痴女じゃないとかどの口が言うんだ。

「一回だけさせてあげるから、なんて言うような人でしょうがアナタは!」

 それに病人押し倒すし、普段からやたら触るし。あれだけやった癖に「そういうの止めよう」なんて、どこまで人を振り回せば気がすむんだ。

 溢れてくる、悪口雑言の嵐。

 言うことはどんどん汚くなり、単なる罵りあいが始まり。

 そしてどちらが先かわからないが、いつしかお互いに拳を震っていた。

 俺の顔に先輩の拳が飛んできて、それを額で受け止めて。

 衝撃で下がった身体を強引に押し出し、全力で蹴りを振り抜く。

 この魔人を女子だとは思わない、顔だろうが腹だろうが加減はしない。

 と言うか、手加減してたら俺が死ぬ。だって、向こうは殺す気だもの。殺気が溢れているもの。

 殴りあって、取っ組みあって、傷だらけになりながら。

 俺たちは、出会ってから初めて。本気で大喧嘩を繰り広げた。

 

 手も脚も動かなくなって、床にへたりこんで。それでようやく、痛み分けの時が来た。

 お互い壁に背中を預けて、一応は並んだ状態で。そこだけ見れば仲が良さそうにも見えるだろうけど、どちらも全身傷だらけ。俺の服はあちこち裂けたり破れたり。先輩はさっき服を脱いだから半裸のまま。

 これだけボロボロになるまで誰かと喧嘩したのは、いつ以来だろうか。

「先輩、……服を着てください」

「あー……もっと早く言えバカ野郎」

 力無く、ただ口だけはなんとか動かして。

 ズタボロの俺たちは、気まずいまま動けない。

「馬鹿馬鹿しい、めんどくさいなぁ……」

「俺もそう思いますよ、なんでこんな」

 天井を見上げていると、馬鹿馬鹿しくて笑えてくる。

 なにやってるんだろう。本当に。

 俺はたしか、先輩に思いの丈をぶちまけていたのに。何で番長同士の喧嘩みたいになってるんだ。

「他は良いけど、さ。痴女とかそういうのは否定させなさい。私はサラッピンだよバカ童貞」

「そうです、か」

 どうでも良いです、と言いそうになったけど。とりあえず、堪える。

 代わりに口にするのは、一つだ。

「先輩、好きです」

「懲りろバカ」

「嫌です。先輩、好きです」

 千夏先輩は、やっぱり呆れた顔で溜め息を吐いて。

「もういい。勝手にしなさい」

 ズルズルと身体を沈め、床に寝転がった。

 ああ、勝手にするさ。俺は何があろうと、先輩が好きだから。

 

 そして少し経って。俺たちは様子を見に来た母さんに、二人揃って怒鳴られた。

 なにしろ取っ組みあいの大喧嘩で部屋までボッロボロだ、そりゃ怒るさ。

 さすがの母さんも先輩を「お客さん」扱いは出来ず、一発張り倒してから正座させて御説教。まあ、俺も同じように殴られたし御説教された。まるで出来の悪い姉弟のように。

 まあ、俺も先輩も追い出されることはなかったのが救いだ。……ここまでやらかして、体面も立場もあったもんじゃないだろうけど。

 俺たちの間に引かれた線は、結局うやむやになっていった。

 俺は相変わらず先輩にアタックし続け、そしてウザがられて。ウザがられはすれど、完全に拒絶されはしなくて。

 度々激しく喧嘩しながら俺たちは、それでもなんとか一緒にいる。あちこち生傷ばかり増えて、それでも。

 俺は相変わらず、先輩が好きだから。


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