なろうでも
俺と幼なじみは今空腹だ。
野を越え山を越え山を越え谷を越え……山を越え、腹がグーグーなってるから空腹を満たそうとしたんだが、何時もの通りに陰険そうな顔をした痩せっぽちで長髪の男達が立ちふさがっていた。
「キヒヒヒヒヒヒ。此処から先は行かせないぜぇ。さっさと戻りなぁ」
俺達を見下ろしながらにやにや笑い、俺達が食い物を手に入れるのを邪魔するのがこの男の日課。
ああ、男達って言った通り、もう一人居るんだ。
「オ、オデもお前達が通るのを許さないんだなあ。ねえ、兄ちゃん」
「キヒヒヒヒヒヒ。そうだなあ、弟よ」
もう一人はハゲでマッチョの大男。
ちょっと頭が足りない感じで、五割り増し位に大きいけれども長髪男の弟だ。
「通してくれよ。俺達は腹ペコなんだ!」
「キヒッ! 駄目だ駄目だ。お部屋に戻りなぁ」
「そうなんだなあ」
デッカいのが俺達の襟首を掴み、どれだけ暴れても離しはしない。
「離してくれよ! は~な~せ~!」
「そうよ! お腹減っているからキッチンに行きたいの! 離してよ……オーデル兄ちゃん、マーデル兄ちゃん!」
「だ、駄目なんだな。うちではオヤツの時間以外での間食は禁止なんだな」
そんな風に俺以上に暴れて逃れようとしている幼なじみの名前はエーデル。
ガリのオーデル、マッチョのマーデルの妹だ。
……いや、生活環境が同じ兄弟なのに此処まで体型が違うのって変じゃね?
それに前々から思っているけれど全然似てねぇよ、この三人。
両親は同じなのにな。
「キヒッ! 後三十分でオヤツの時間なんだ、我慢しろ」
「え~! 私もアデルも沢山しゅぎょーしてお腹減ってるんだもん! 私は勇者だから頑張ってるの!」
あっ、俺の名前はアデルな。
因みにエーデルが言った勇者って言葉だが、今から軽く説明するよ。
この世界にはスキルって呼ばれる特殊能力があって、大体一つ、偶に二つ持っている。
オーデルなんかがこのケースで物や生き物の情報を得る”鑑定”と異空間に物を収納する”アイテムボックス”って便利なのを持っていて、マーデルは”賢者”っていう見た目に反して魔法の威力を底上げするっての持っている。
それで初級魔法を上級魔法並の威力で使える程度だ。
上級魔法に必要な長い詠唱も膨大な魔力消費も必要無く、バンバン飛んでくる魔法の威力は肉弾戦なんか不要になる位。
つまりあの筋肉は戦闘において全くの無駄なんだ。
だってそんなのを抜けて接近する相手に鍛えた体程度じゃ太刀打ち出来ないからな。
……そして最後がエーデルの持つ”勇者”ってスキル。
馬鹿みたいな身体能力強化に専用魔法の習得、そして魔族って呼ばれる化け物を率いる魔王の魂を滅する事で不死を無効化可能な唯一の存在……何だけれどもその魔族が歴史書に乗るくらい昔にしか出現してないし、魔族が居ないと殆どの能力が制限されて身体能力しか強化されない残念なスキルだ。
まあ、父さんが行方不明で母さんが死んでエーデル達の家に世話になってるけれど平和に暮らしているし、残念なままが一番なんだけれどな。
……俺のスキル? 専門家に鑑定して貰っても名称も効果も発動条件も不明な死にスキルだよ。
こんなスキルじゃ差別されるから山の中の村から都会に出る気はないし、頭も残念なエーデルの制御役扱いで振り回されてる方が楽……なのか?
都会での苦労の方が万倍良い気もして来たけれど……うん、考えるのは止めよう。
まあ、色々あるけれど俺の人生は平和に過ぎていくだろう。
面倒は避けたいからな、実際。
「って思ってたんだけれどなあ……」
「アデル、ボサッとするな! 強化、行くぞ!」
俺の目の前には手下として無数のワイバーンを従えた巨大なドラゴン。
ちょっと昔を思い出して黄昏ていた俺に叱責と共に強化魔法が飛び、仲間達全員が一斉に強化される。
「ま、魔法行きます! ワイバーンは任せて下さい!」
「討ち漏らしはわた……僕が仕留める! 気負わず放て、メリュージュ!」
俺達が居るのは周囲を岩壁で囲まれた洞窟の中で、前方はドラゴンとワイバーンで埋め尽くされている。
気弱そうな魔法使いの女の子が無詠唱で氷の槍を無数に飛ばして一気にワイバーンを減らすけれど中には仕留められなかったのも幾らか居るが、既に高速で壁を走りながら接近する弓の使い手が迫っていた。
「悪いがこれで終わりですわ……終わりだ!」
続けざまに放たれる矢は肉の薄い急所を確実に貫いてワイバーンを殺し、俺も既にドラゴンの真正面まで来ていた。
「グルォオオオオオオオッ!」
「うっせぇ!」
咆哮と同時に炎のブレスが放たれそうになるが顎を蹴り上げて上を向かせる。
ブレスは天井に向かい、ドラゴンの首が俺達に晒される。
「じゃあな。ホーリーセイバー!」
そして最後に俺が放った”勇者専用”魔法でドラゴンは息絶えた。
やれやれ、本当に勘弁して欲しいぜ。
「よーし。はぐれたエーデル達三兄弟と合流する前にちょっと休むぞ」
さて、俺が面倒な真似を何故しているかというと、魔族が新しい魔王と一緒に出現して、それを倒す為の旅に俺まで連れてこられたって訳だ。
そして伝説の剣を封印した洞窟で罠によってはぐれた、説明終了。
「流石だな、アデル。お前は頼りになる」
「イーオスの強化有ってこそだろ」
さっき俺を叱責した強化魔法の使い手の名前はイーオス。
元々は高ランクの冒険者チームの一員として強化魔法を存分に発揮していたんだが、日常的に使っていたせいで貢献度に気が付いて貰えず、本人も承認欲求が低いのか口下手なのか具体的な説明も出来ずに追放されちまったんだ。
尚、元仲間は困ってから同業者によってイーオスの力を知るっていう情報収集不足が露呈したし、今更戻れって言ってきてももう遅い。
「ご、ごめんなさい。私、未だちゃんと出来なくって……」
「いや、ワイバーンって王宮所属の魔法使いでも苦戦する相手だからな? お前は強いって言ってるだろ、メリュージュ」
「そ、そんな風に慰めてくれなくて構いません……」
無茶苦茶強いワイバーンをバッタバッタと倒したのに弱気な態度の女の子はメリュージュ。
幾ら俺が自分の強さを教えてやっても慰めだとか思って話を聞かない困った奴だ。
自信が無いのか判断基準が狂ってるせいで他の奴の実力を把握出来てないのか知らないが、強すぎる奴が自分の強さを低く評価してるってのは危険だってのによ。
「そうだぞ、メリュージュ。僕だって君を評価しているんだ」
「ほれ、お姫様だってこう言ってる」
「なっ!? 僕は男だし、王族でもないぞ!」
そして三人目は第九王女だから重要性は低いとか言って城を飛び出し冒険者になったアリーシャ姫、自称狩人のアーリー。
専用のメイドとか警備兵とか常識教える教育係りは何をやってたんだって話だし、何故か男装を見破られない。
確かに強いから助かるけれど、第九だろうが王族は王族、何かあれば周囲の使用人にも累が及ぶし、王家の名に傷が付けば……はぁ。
ああ、俺がどうして勇者の魔法を使えるかって?
いや、酔っ払ったエーデルと事故でキスをしたらスキルが発動したんだよ。
キスをした異性のスキルと能力を上乗せする”ハーレム王”ってスキルだ。
……言っておくけれど上乗せされているのはエーデルのだけだからな。
そうそうキスなんてする機会があるかよ。
そして、旅はいよいよ終盤、遂に俺とエーデルは魔王の前まで辿り着いた。
それまでの旅の途中で大勢仲間が増え、俺に上乗せされるスキルも増えた。
……メリュージュとか姫さんのも含まれるとは言っておこう。
魔族にも魔神官やら魔将軍やら魔女王とか色々居て、仲間達が俺とエーデルを前に進めてくれた。
勇者パーティーでエーデルと俺が最強の組み合わせ、希望を託され俺達は此処にいるんだ。
さっさとぶっ倒して俺が最強だという仲間の判断が正しいと証明してやる!
……ぶっちゃけスキルの強化で上がった身体能力での遊びに付き合わされていたから素の能力でも最強だと思う。
勇者の幼なじみは最強なんだ。
「さあ! 勝負と行こうぜ、魔王!」
……あっ、それと行方不明の父さんが何故か魔神とか名乗って立ちふさがった。
今までそんな伏線……じゃなくて情報入って来なかったのによ。