「ねぇママ。どうしてママにはあたしみたいにしっぽがないの?」
「あら……どうしたの? 突然急に」
小さいころ、私はママに泣きながらそう質問したことがあった。
ウマ娘はウマ娘からしか生まれない。
だから必然的にウマ娘である自分の母親もウマ娘であることが普通だ。
それこそ……代理母や養子とかでヒトの女性が親にならない限りは。
でも、私のママは普通のようで普通では無かった。
ママにはウマ娘の特徴であるウマ耳はあっても、ヒトとの最大の違いである尻尾が生えていなかった。
「ほらほら、こっちにいらっしゃい。ゆっくりで良いからどうして泣いているのかママに教えて?」
「……きょうね、クラスの子とけんかしちゃったの。そしたらその子‥‥ママのことしっぽなしってばかにしたの。あたしそれが‥‥くやしくて、でも……それよりもこわくなっちゃって……」
この日のことはよく覚えている。
ケンカの切っ掛け自体は些細なことだった。
同じ掃除当番の男子がサボって遊んでいるのを注意したところ口論となり最後にはそう言い返されたのだ。
そのクラスメイトもあまり深い意味でそんなことを言った訳じゃないと思うの。
後日泣きながら謝ってくれたし、多分……オマエの母ちゃん出べそ程度のつもりだったのだと思う。
もちろん、以前からママに尻尾が無いことは気づいてはいたし昨日の今日で取れた訳でもない。
お風呂に入る時とかも尻尾のあるべき場所には髪の毛と同じ栗毛の尾毛がヒト用のズボンをそのまま履ける程度しか生えていないのも見たことがある。
不思議には思ってはいたけど……幼心にそのことを聞くのは何となくダメだと思えた。
その後も街を歩けば見知らぬ人たちから奇異な目で見られているのに気づいてからはより聞くのが怖くなった。
何かの病気なのか、何か悪いことしたから尻尾を取られたのか……本当はウマ娘ではないのではないか……本当は本物の母親ではないのではないか……。
子どもながらにとんでもない想像の飛躍で不安を感じていたことをママの膝の上に載せられ泣きながら思いの丈をぶちまけた。
そんなママは優しく丁寧に私の不安を取り除いてくれたの。
「大丈夫。ママはちゃんとあなたのママでウマ娘よ。確かに尻尾はないけれど、病気でもないし、悪いこともしてないわ。ただ……神様がちょっとママ用の尻尾を付け忘れちゃっただけなの」
「ええ! 神様酷い!?」
なんてひどい神様なんだと、この時は真剣に思った。
もちろん神様のせいなんかではなく、尻尾の骨を作る遺伝子の機能が正常に働かず、その周りを囲む肉も尾毛も形成されなかったという偶然によるものだと、トレセン学園に入学する少し前に改めて教えてくれたわ。
それでもこれが私の立場だったら運命という名の神様を恨んでいる自信がある。
ウマ娘にとって尻尾は命と足の次に大事なモノだ。
私たちは猛スピードで走る時やカーブを曲がる時は尻尾を無意識に使ってバランスを取ると言われている。
それは私も同じで尻尾抜きで走るなんてとても想像がつかない程重要な要素だった。
それでもママは神様を恨んだりはしなかったなぜなら……
「ママは神様を恨んでなんかいないわ。だってそのおかげであなたのお父さんと結婚出来てあなたが生まれたのですもの」
そう言うとママは見たことがない古いアルバムを持ってきてくれた。
そこにファイリングされていたのは体操服姿で一生懸命に走る若いころのママの姿だった。
「ママね、昔トゥインクルシリーズのレースで走っていたのよ」
「え!? ママテレビにでたことあるの!?」
「ふふふ、残念だけどテレビに出られるほど大きなレースには出たことはないわ。それでも、ママなりに一生懸命走ったらね、神様がご褒美としてお父さんをママに会わせてくれたのよ」
愛おしそうに話すママ。
……そういえばこの1年後ぐらいに妹が生まれたからもしかしたらこの思い出話がきっかけになったのかしら?
ごほん。
ともかく、母はPre-Opまでとはいえ尻尾がないというハンデにもかかわらず中央のレースを走り抜き、その姿に感銘を受けたファンからの支援や縁を通じて知り合ったパパと結婚し、私が生まれたのだと教えてくれた。
多くのウマ娘にとってレース、それもトウィンクルシリーズは憧れの舞台だ。
この時はレースのグレードの違いなんて分からなくても中央のレースに参加すること自体がとても大変だということは何となく理解していたからママの凄さをただただ我が事のように喜んでいた。
そうしてページをどんどんめくっていくとアルバムに挟まれていた一枚の折りたたまれた紙が出てくる。
それを開いてみるとそこには色鉛筆で書かれたおしゃれな洋服の絵。
でもただの服じゃなかった。
まるでテレビで見たレースを走るウマ娘たちと同じような特別な服のように……
「あらやだ。こんな所に、残っていたのね、懐かしいわ…」
それを見た母は、口では懐かしいと言いながらもその目は一瞬とはいえどこか悲しいような未練がましいような色に見えた。
「ねぇママ。この絵、あたしが貰ってもいい?」
「ヴィルシーナ?」
思えばこれが始まり……私の原点。
私がレースに掛ける想い、願い。
「あたしね、おっきくなったらレースに出るわ! それでね! このお洋服着てテレビに出られるようなレースで勝つの!」
それは子どもながらのカワイイ復讐。
幸せ一杯の母が唯一取り逃した幸運、叶うことの無かった機会。
絶望的なハンデを抱えてもレースに勝ったこともあるというその資質、果たして母は尻尾さえあればどこまで勝てたのだろうか。
幸い私には尻尾がちゃんと有った。
クラスメイトのウマ娘にも羨ましがられるほどに黒々と艶のある青毛、母が毎日愛情込めてブラッシングしてくれたこの尻尾に掛けて私はそう誓うのであった。
お読み下さりありがとうございます。
いつかヴィルシーナがウマ娘に採用されることを祈っております。
とはいえ、その道のりは厳しいですね。
彼女を語るうえでは1人とんでもないウマ娘が実装されないことには・・・