ようこそ享楽至上主義の教室へ 作:アネモネ
一応本編とリンクはしてますが、すごくおまけです。そして2つのお話で時系列がかなり飛んでます。
特殊タグにより表示と同時くらいに駒が動くところがあります。動き終わったのをもう一回動かしたい場合はお手数ですがページを再読み込みしてください。
「将棋。一緒に始めてみませんか?」
がらんとした空き教室にて、いきなり切り出された話題にククリは少し戸惑う。
「何かと思えばキャロルさんやい。チェスのルールもまだおぼつかないんだけど私」
「駒の動きなどが似ていますから覚えやすいかと。それに、体育祭が近いですよね。戦術面についての思考力も鍛えられるかもしれませんよ」
「む、むむ……」
悩む様子を見せる彼女に対し有栖は勢いで押し切ることにした。
「今なら洗剤と映画のチケットもおつけしましょう」
「いや新聞の契約じゃないよね!?」
洗剤はいらないけど映画のチケットは普通に欲しいと呟いたククリは、うむむと軽く唸ってから頷く。
「……よし、キャロルの熱意には負けたよ。でも私、将棋全然わかんないけど大丈夫?」
「ええ、対戦経験はなくともルール程度は把握していますので」
同級生に説明するくらい造作もないことだ。有栖は簡易な将棋盤を手に取った。
「将棋盤は9×9の81マス、ここに8種類計40枚の駒を並べるわけですね」
「ふむ。チェスと同じで交互に駒を動かしていって、相手の王様を詰ませたほうが勝ち、で合ってるかな」
「はい。チェスと大きく異なる点は、『取った駒を使える』点でしょうか。無論他にも多々ありますが」
相手の駒を取った時、チェスはそれで終わりだが将棋だと自分の駒として利用できる。この点、有栖は駒の再利用がないチェスのほうが好みだ。
「駒の動きも似てるけど違いがあるよね」
「一つ一つ見ていきましょう」
まずは王将、と有栖はささやく。
有栖は上下の3列を指で示した。
「敵陣に入ると、それぞれの駒を裏返せるようになります。これを『成る』と言って、王将と玉将、金将以外には駒の裏にも別の文字があるのです」
敵陣から敵陣の移動、敵陣から出る時のタイミングでも成ることはできるし、『
「なるほど。でも金との関係は何ぞな?」
「歩兵はと金、香車は成香、桂馬は成桂、銀将は成銀と呼ぶようになるのですが、どれも金将と同じ動きができるんです」
ただし成った後、元の動きは不可能。金将と同様の機能しか有していない。だからあえて不成を選択するケースも少なくないのだ。
ちなみに成香は杏、成桂は圭、成銀は全と表記されることもあるものの、実際の駒の裏に書かれている字はどれも『金』を崩したものらしい。
「んーと、じゃあ飛車と角行はどういう感じなの?」
「元々飛車は縦横にどこまでも動けるのですが、これが成って龍王に変わると斜めにも1マスだけ移動が可能になります。角行はその反対ですね。斜めにどこまでも動け、龍馬になると加えて縦横に1マスの移動も可能です」
大駒と呼称されるこの2枚をどのように指していくかが特に重要になってくる。
「他の駒の元々の動きですと、香車は真っ直ぐ前進。飛車から横方向と後ろへの移動機能を引いた感じですね。あとは────」
「こんなものでしょうか。また、反則の話もしておきましょう。自陣の歩兵がある筋に歩兵を打つ『二歩』。この場合、と金でしたら何枚縦に並んでも問題ないのですが。そして歩兵を打っての王手で相手の玉将を詰ませる『打ち歩詰め』。ただの王手や、持ち駒でなく盤上の歩兵を動かしての『突き歩詰め』は大丈夫です。他にも『王手放置』や動けないところへ駒を動かす、成れない時に成るなどの行為も禁止ですね」
「いっぱいあるなあ」
「ククリさんもきっと遊べばすぐに覚えられますよ」
できるかなと不安げな表情になるククリに有栖は微笑みかけた。
「んー、でも最初の駒の動かし方とかどうすりゃいいのかわかんなくない?」
「そうですね……将棋の戦法は大きく2つ、居飛車と振り飛車に分かれるそうなので、どちらを選ぶかというところでしょうか」
「飛車を横に動かすか、動かさないかってこと?」
「大まかに言えば。振り飛車は5筋から左、つまり縦側5列目から左に飛車を動かすとそう呼ばれるらしいです。一般的に居飛車は攻撃重視、振り飛車は守備重視とされています」
「じゃあキャロルは居飛車だね」
ノータイムで攻撃的と断じられた有栖だったが、異論はない。本人にも十分にその自覚はあった。「それでいくとククリさんも居飛車なのでは?」という疑問も生じたが。
ひとまず軽く首肯し、駒を動かしていく。
「飛車と反対側に玉を囲うのが基本だそうなので、囲いも居飛車と振り飛車で変わってきます。代表的なものとして居飛車だと矢倉囲い、振り飛車では美濃囲いがありますね」
矢倉
本美濃
「わー、すごくわかりやすく右と左に偏ってる。でもあれね、私には組むの難しそうだなあ」
「指していくうちに知識も身についていくでしょう。私もお教えしますからまずは一局、どうですか」
「う、うん、頑張る!」
「チェス?」
「ええ、チェス。それがAクラスの種目だというのが京楽さんの主張よ。どこまで信じていいものか分からないけれどね」
この隣人、堀北とククリの接点はあまりない。とはいえ本人の性格と、単純に龍園に従っている生徒だということから信用度はそう高くないようだ。
ホワイトルームのカリキュラムとして取り組んだ経験のある綾小路としては、ククリの言葉にどこか納得している部分があった。今は停職中の理事長である父から聞きでもしたのか、坂柳はあの施設と綾小路自身についての知識を有しているのだ。そんな彼女ならば選抜種目試験という舞台にチェスでの勝負を用意していてもおかしくはないだろう。ただ、確証があるわけでもない。堀北への説明も困難だった。
「とりあえずクラスに経験者がいるか尋ねてみたらどうだ? 聞くだけならタダだろ」
「ええ、今いる人には話してみたわ。でもルールを知っている人すらいなかった。私も同じよ」
堀北もチェスは未経験らしい。こうなると自分が名乗り出るべきか、と綾小路は思案する。そしてすぐに結論した。
「ルールくらいなら教えられるぞ」
ここで嘘をつくと後で誤魔化す必要が出たとき面倒だし、変に疑われるのも避けたい。
「そう。なら、軽く教えてもらってもいいかしら。司令塔であるあなただけ知っていてもあまり意味がないもの」
「勿論だ」
もしAクラスの提出する10種目の中にチェスが入っていれば、さらにそこにおける司令塔の関与が強ければ。おそらく綾小路は彼女へチェスを練習するよう頼むだろう。序盤で圧倒されてしまえば、司令塔が関与しようと挽回は難しくなる。能力的にも綾小路との関係を考えても、堀北が最適に違いない。
端末を操作して、画像を見せながら話し始める。
「チェスは8×8の盤の上で白黒それぞれ6種類16個ずつの駒を動かしていくゲームだ。最初に片方のプレイヤーが相手に分からないよう白黒の駒を握る。そしてもう片方のプレイヤーは両手のどちらかを選ぶ。これで双方が白黒どちらの駒を使うかが決まる。ちなみに白駒が先手側だ」
「なら白、黒と交互に駒を動かしていって、対戦相手のキングを追い詰めたほうが勝つのよね」
「そこは将棋と一緒だな。あっちと違って取った駒は取り除かれるが」
『チェック』は将棋の『王手』、『チェックメイト』が『詰み』にあたり、この “checkmate” はペルシア語の “
他にも駒の動きが将棋と似ているな、と説明しながら綾小路は端末の画面をスクロールした。
「ナイトはかなりトリッキーに動くな。これだけ他の駒を飛び越えられるのも特徴的だ」
「トリッキーといえばあなたもいい勝負だと思うけれど……ああ、でも
「何故か忍者扱いされたことならあるぞ」
あと本当に何故か幼少期にお姫様の格好をしていたかも問われたな、とこれまたトリッキーなククリの言動を綾小路は思い出した。
「ビショップは角行のように斜めならどこへでも行ける」
「変わった形の駒ね」
「僧侶の帽子の形らしい。斜めの切れ込みが入ってるのは駒側だけだが」
クイーンとキングも王冠の形なので、帽子の一種と考えると実に6種類中3つの駒が帽子ということになる。
「ルークは飛車のように縦横なら好きに移動できる駒だ。よく動く分駒価値も高い」
「駒価値?」
「そのまんま、駒の価値を定めた点数だ。よく言われるのはクイーンが9点、ルークは5点、ビショップとナイトが3点、ポーンが1点というものだな」
局面によって変わるものであるし、あくまでも目安とはいえ駒交換の際など参考になるときも多い。
「随分とクイーンの点数が高いのね」
「見ればその理由も分かるだろ」
「縦横斜め。ルークとビショップを合わせたような機能だわ」
「ああ、ご覧の通り強力な駒だ。それ故、相手に取られれば甚大な影響がある」
「流石女王、と言ったところかしら」
「……堀北って『女王様』とか呼ばれてそうだ──」
「綾小路くん。私の拳の感触が恋しくなった?」
「いや、ずっと忘れていたいです」
ゴホゴホと咳をして誤魔化した綾小路はそのまま話を逸らす。
「キングは玉と同様に全方向へ1マス進める。ただ、例外もある。
「城、ということはルークが関係してくるのかしら」
ああ、と綾小路は肯定した。
「キャスリングするルークとキングが一度も動いていないこと。2つの間のマスに他の駒がないこと、またそれらのマスとキングが攻撃されていないこと。以上の条件を満たしていた場合にのみ、キングとルークを同時に動かす『キャスリング』が可能になる」
ロングキャスリング
あああああああああああショートキャスリング
「一手で2個とも動かせるのね。キングが端に行くことで安全になるし、ルークも真ん中へ進むから戦いやすくなる」
「便利な技だよな。さて、最後はポーンだ」
「ポーンは歩兵と同じで前に1マス進む。初期位置からならば2マス進むことも可能だ。そして、目の前の駒は取れず斜め前の駒のみを取ることが出来るという特徴がある」
「そうすると自分のポーンの前に何らかの駒があって、しかもこのポーンの斜め前に相手の駒がない場合は全く動けなくなるのね」
「その通りだ。ただポーンには他にも特殊なルールが存在する」
「『en passant』という、相手がポーンを2マス進めた直後にのみ適用されるものだ。真横にあるポーンを取って、自分のポーンを斜め前に動かすことが出来る。相手のポーンの残像を取る、という解釈をする人もいるな。これはポーン同士でしか起こらないし、必ずアンパッサンしなければならないわけではない」
「相手がポーンを1マスだけ進めたときと同じ挙動を選べる、ということかしら」
「それで合っている。こっちはすぐにやらなければ出来なくなるけどな」
「……ポーンは色々と複雑ね」
「否定出来ないな。他にもプロモーションがある」
「“promotion”、促進や昇進といった意味があるわね」
「ああ、『ポーンが他の駒に昇格する』ということだ。将棋の『成る』と似ているが、異なる点もいくつかある。8段目つまり敵陣の最も奥側に到達した時だけという点、ポーンしか行えないという点。ほとんどクイーンが選ばれるとはいえキング以外のどの駒にもなれるという点、ポーンのままでいるのは禁止であり必ずプロモーションしなければならないという点」
「一番駒価値の高いクイーンが選択される、ということ?」
「基本的にはな。しかし例えばステイルメイトを防ぐために
ステイルメイトの例
「黒のキングはどこへ進んでも白にチェックされる状態ね」
「ああ、この時点でチェックはかかっていないものの、自らチェックされるマスへ行くことは反則のため黒は何も動かせない。こういった状態になるとステイルメイト、引き分けで終わる。劣勢のプレイヤーがこのステイルメイトに持ち込むケースも少なくないな」
チェックメイトとは
「他にはどんなとき引き分けになるの?」
「
「そう……なるほどね。よく分かったわ」
「流石堀北、理解が早いな」
綾小路の称賛を彼女は軽く受け流した。
「ええ。あなたがチェスだけでなく将棋のルールも把握していることが、よく分かった」
「…………」
説明の際に度々両方のルールを比較していたのだ。これは言い訳の仕様もないだろう。どうやら調子に乗って喋りすぎたらしい。
後日。『チェス』『将棋』『囲碁』『現代文テスト』『社会テスト』『バレーボール』『数学テスト』『英語テスト』『大縄跳び』『ドッジボール』というAクラスの種目が発表され、「ルールを知ってるくらいで強くはないけど、囲碁は家族と少し打ったことがあるぜ」と話すクラスメイトの
「うむむ……」
「どうしたの、スロットのおもちゃの前で」
「いやさ、澪も思ったことない? パチンコとかって何でOKなのかって」
「別に。宝くじとか競馬と一緒じゃないの?」
「ううん、そういう公営ギャンブルとは違うのですよ。えーっとね、賭博についても『一時の娯楽に供する物』は許されてるんだけど。たとえば私と澪がジュース1本賭けて勝負してもOKなのね。ちなみにお金だと一円でもアウト」
「ふーん、それで?」
「パチンコとかは景品がこれに当たるようになってるの。だから問題ないって理屈。この景品をお金に換える施設はご近所さんにあっても、パチンコ屋さんとは関係ないですよーってことになってるの。さっきの話でいくと、私が勝ってジュース1本もらったから、それを他の人に売りつけてお金を手にしたって感じかな」
「……なんか屁理屈っぽい」
「私もこれ知った時は大人ってずるいなあと思ったよ」
「ま、世の中そんなこともあるでしょ」
「うみぃ……」
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