ようこそ享楽至上主義の教室へ 作:アネモネ
8月25日くらいの出来事。
「……何これ」
夏休みも終わりが近づいてきた、ある日。部屋にこもっているのも、と考えた伊吹が部屋を出ると、扉には奇妙な紙が貼り付いていた。
二つ折りにされていたそれを開くと、文字を切り貼りして出来た古典的な脅迫状らしきものなことが分かる。
ククリの仕業か、と伊吹はなんとはなしに理解した。こういう手の込んだおふざけをするのは彼女だと思ってまず間違いない。
場所とか時間も載せないとどうしようもないでしょ、とツッコミつつ伊吹は玄関へ戻り端末を手に取った。
「もしもし、ククリ?」
「あー、澪さんか。ハロハロ」
何事もなく電話は即座につながり、彼女の元気な声が届く。どことなくがっかりしたような響きも含まれているのはひどくあっさりとバレてしまったからなのか。特に他の理由も思いつかないし、きっとそうに違いないと伊吹は結論づけた。
「わかっちゃったかな?」
「そりゃあね、こんなことするのはあんたくらいなものだし」
「んー。それは残念」
しょんぼりした様子でククリは呟いていた。少しばかり伊吹の罪悪感が刺激される。
「で、遊びたいってことでいいの?」
文面にある菓子や飲み物、遊び道具を用意しろという指示からの伊吹の推測は的中していたらしい。明るく肯定された後に、「じゃあロビーで」と告げられプツリと通話が切れた。
「遊べる品……」
少し、ほんの少しゴチャついている自らの部屋を見渡しながら伊吹は悩んだ。ククリが求めるようなもので、かつ彼女が持ってこないであろうものというとわりかし選ぶのが難しい。
「これ、とか?」
綺麗な装飾の施された箱を引っ張り出す。それを開いた伊吹はパラパラと慣れた手つきで中身を確認した。大アルカナと小アルカナ、あわせて78枚のタロットカード。きちんと入っているのを目視してから、また元に戻す。
遊びと言えるかはさておき彼女も占いへの興味はあるはずだ。前にケヤキモールへ行った時はククリだけ占ってもらえなかったし、ちょうどいいだろう。適当な飲食物も持った伊吹は急ぎ気味で靴紐を結んだ。
自分の好きなものを紹介するというのはちょっと胸が躍って、自然とロビーへ向かう足取りも軽くなる。
人と話すのが苦手にもかかわらず占いは好きなのは、猫アレルギーなのに猫が好きみたいな、そんな感じだと伊吹は思っている。無条件に占いを信じているわけではないが、
たとえば。龍園の統治にいやいやながらも従うと決めたのも、占いに後押しされた部分があるのは否めない。
認めるのは
もうすぐ自分たちがBクラスになる、という何だか慣れない事実を心のなかで唱えていると、いつのまにか目的地にたどり着いたらしい。
「やあや澪、来てくれてありがとう」
ふわふわと雲のように掴みどころがない笑みに、綿菓子みたいに甘い声。いつも通りのククリの姿がそこにはあったが、異なる点も見受けられた。
「久しぶりだね、伊吹さん」
一之瀬帆波たち現Bクラスの女子──名前はたしか白波千尋、網倉
「ククリちゃんが待ってたのって伊吹さんだったんだ〜」
「どこか遊びに行くの?」
「時間あるなら伊吹さんもちょっと一緒にお喋りとかどうかな?」
特別試験では敵だったわけだが、伊吹たちに悪感情を抱いている様子はない。一之瀬の人柄のおかげ、というより彼女に合わせることそれ自体がクラスの方針なのだろう。平和ボケしてると評価するべきか、むしろ自分たちのクラスこそが異常だと思うべきなのか。「あ、タロットカード!」とブンブン揺れるケモ耳と尻尾が幻視できそうなレベルに全身で喜びを表現しているククリは、色々と例外に違いないけれども。
「……よければ、占い。やる? 大アルカナだけの簡単なのでいいなら」
ほだされた、なんかじゃなくて。自分とか
「じゃあじゃあ、どうやったら坂上先生にお願いが通るか、とか占ってほしいかも」
「お願いって……何かCクラス独自のやつがあるの?」
網倉の問いかけにククリは首を左右に振る。
「いや、私個人のものだね。新鮮な牛乳を飲むためにケヤキモールに牧場を作ったりできないかとか、馬や馬車、タンデム自転車での登下校をしてみたいとか──」
「潔く諦めなさい」
寮と学校とはわずか数百メートル程度の距離なのだ。普通に歩け、と伊吹は一刀両断した。あと牛乳も搾りたてじゃなくてもいいだろうと。
こんな相談を持ちかけられたり、龍園という問題児を任されている坂上の心労は
「恋愛占い、とかどうだろ。定番だよね?」
確かに、ククリの話とは違ってよくある質問だ。伊吹としては興味もないが、断る理由もない。
「私は別に構わないけど」
「それなら私の恋の行方について、カードに教えてもらいたいな」
頷くと、一之瀬から少し焦るような気配がしたような気がしたが……友達の恋路が心配なのかと適当に片付け、タロットカードを箱から取り出す。なお伊吹は知る由もないが、一之瀬の異変の原因は無人島試験の際、白波が「卒業までの間に必ず、帆波ちゃんに振り向いてもらうからっ」と口にしていたのを思い出したからであり、占いの対象も当然白波と一之瀬の間柄に関してである。
22枚の大アルカナを裏にして広げ、ぐちゃぐちゃに交ぜる。カードをまとめてから3つの束に分け、また1つに戻し、直感的に1枚選ぶ。
「ふむ。絵が逆さまだね」
ひょっこりと伊吹の手元を覗き込んだククリが呟く。
「タロットカードでは向きが重要で、正位置と逆位置で内容が違う。これだと……理想が高い、とか」
「うわ、ズバッと言うね伊吹さん。でもそう、すごい当たってる」
しかしその恋を諦める気持ちはさらさらないらしく、白波の目は熱い意思で燃えていた。そんな彼女に伊吹は言葉を付け足す。
「希望が見えるかは自分次第ってとこ」
「ありがとう! それ聞くとますます頑張らなきゃって感じ」
まだ夏なのに寒気がしたのか、一之瀬の身体が一瞬ぶるりと震えていた。
「よかったね、千尋ちゃん」
「うん。麻子ちゃんもどう? 恋愛占い」
「私は別の分野がいいかな。夢ちゃんは?」
「私も後でいいや〜。と、いうことで帆波ちゃんにお任せするね」
回ってきた会話のバトンに、一之瀬は少し考えるような間をおいてから応える。
「それじゃ、私たちのクラスのことを聞いてみたい、かな」
「分かった」
伊吹は先ほどと同じように大アルカナをシャッフル、カットして1枚だけ選出した。
「お、なんかバベルの塔っぽいね」
「それだと悪い意味?」
小首を傾げるククリと一之瀬に伊吹は告げた。
「災難が訪れる」
「「災難…………」」
自クラスのトップであり死ぬほど嫌いな男、龍園翔が頭に浮かんでしまい気分が悪くなる。他の女子たちも同じ人物をイメージしているらしく、眉間にしわを寄せていた。
「龍園君かねえ」
「うん、彼、名前に龍なんて入ってるけど蛇っぽいよね。獲物にどこまでも喰らいつく執念があるもん。それでうちも他のクラスもやられちゃったわけだけど……また何かあるのかな」
「えー、でも帆波ちゃん、男子なんて総じてガキっぽいだけだよ。私は坂柳さんのことな気がする」
「Aクラスのリーダーと囁かれてるのに、何故か影が薄くて全く話題にならない。それだけ情報を漏らさないようにしてるとも捉えられるよね」
龍園は当然として、坂柳有栖のことも彼女たちの警戒対象に含まれているようだ。噂には
「伊吹さんはどう解釈する?」
「ククリと同意見。どうせ龍園でしょ」
「うむうむ、ヤツがやらかすに違いないね」
「2人とも龍園くんにドライっていうか……当たりがきついね」
彼に従うばかりのクラスメイトが多いので物珍しい反応に見えるようだが、伊吹からすればこっちがスタンダードだと思う。あるいはこんな反抗的な態度すらも演技だと疑われているのか。だとしたら心外だと伊吹が考えていると、にこにこといつもの調子でククリが話し始めた。
「むー、裏があるなんてことはないよ」
伊吹と同じ思考に至っていたらしい。ふふんとククリは自信満々に言い放つ。
「なにせこれは占い────『裏ない』だからね!」
占いの語源は全く異なるという事実とは無関係に盛大にスベっていた。本当に盛大に。
あははと生暖かい愛想笑いを贈られしゅんとするククリの頭を、伊吹はポンポンと優しく撫でた。
はり⭔らひ⭓◌
(おまけのおまけ:選択肢とか「ここをクリック」のところをクリックしていってください。パソコンだとちょっと分かりづらいかもしれません)
♈ ♉ ♊ ♋ ♌ ♍ ♎ ♏ ♐♑ ♒ ♓ ⛎
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ククリが伊吹に対して最初しょんぼりしてたのは脅迫状もどきにあるメッセージに気づいてもらえなかったからです。そんな大したものじゃないですが、次話冒頭で触れます。
タロットカードを伊吹は家から持ち込んでたという設定です。占いについてはたくさんのやり方や解釈があるので、ご興味のある方はぜひお調べください。こういうワンオラクルなら簡単にネット上でやったりもできるみたいです。
あとがきの特殊タグについてはID:214127 ウボァー様の「特殊タグ置き場」を参考にさせていただいています。