響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜 作:キングコングマン
全てはぽこあポケモンのせいです。
夕暮れの河川敷に、トランペットの音が響き渡る。
忍のルーティーンとも言って良いそれは小気味よく、それでいて伸びやかだ。
オーディエンスもいつもの顔ぶれと変わらない。散歩中の老夫婦や、自転車を走らせる子供達。下校中であろうカップルなど、バリエーション豊か。忍はその全員を振り向かせようと、渾身の演奏を奏でる。
「今日は河川敷なんですね」
そんな忍に声を掛ける少女が一人。演奏を終えたタイミングで、高坂が話しかけてきた。
「おー、高坂さん」
振り返り、忍は嬉しそうに高坂を見やる。
「演奏、聴いてた?」
そしていつものように、感想を求める。思えば、初めて会話を交わした時も、こんな感じだった。呆れるほど変わらないなと思いつつ、高坂は微笑む。
「ええ。ソロコンの曲ですよね?」
「うん。まだまだ完成とは言えないけどね。高坂さんにはどう聴こえた?」
忍の問いかけに、高坂はひとしきり考える。言いたい事は色々あるのだが、取り敢えずはこの言葉は伝えておきたかった。
「良い意味で、アッキー先輩っぽく無いですね」
どこか意地悪そうな笑みを浮かべて、高坂は端的にそう告げる。
「ふぅん、それって褒め言葉?」
「さあ、どうでしょう?」
大分丸くなった彼女だが、こう言う生意気なところは健在らしい。負けず嫌いな高坂の発言に、忍も軽く吹き出す。
「ははっ、まあまだ伴奏も入れてないからねぇ。これからってとこですな」
そう言う忍は本当に楽しそうだ。実際、日を重ねる毎に音のバリエーションが増えている。そんな時が楽器を演奏していて一番楽しいのだ。
「して、高坂さんも河川敷に吹きに来たの?」
そして初対面の時と同じく忍がそう聞くと、高坂は軽く首を振った。
「いえ、アッキー先輩にちょっと聞きたい事があって」
そう言うと、高坂は一枚の紙を忍の目の前に差し出す。
「……これは」
なるほど、わざわざ部活中では無く河川敷で話しかけた理由が分かった。差し出したされた紙を見て、忍は懐かしそうな笑みを浮かべた。
「こんなもの、よく見つけたね」
その紙は、あるコンテストの評価点が書かれた紙だった。紙に記された名前の横に、複数人の審査員の点数が事細かに書かれている。
そしてその一番上に、秋川忍の名前があった。
「見つけたのは偶然だったんです。……去年の豊橋でのソロコンテスト、私の父親が審査員の一人だったので」
「高坂さんの?……あ、この左側に書いてる……確かに苗字が高坂だ……」
驚きも驚き。去年忍が最優秀賞を獲った豊橋でのソロコンテスト、高坂の父親が審査員として来ていたのだ。
「世間ってのは意外と狭いもんだねー。審査員3人ぐらい居たような気がしたけど、高坂さんのお父さんだったんだ」
こんなところで共通点があったのだと、忍もかなり驚いた様子だ。
「……父もアッキー先輩の事は覚えていると言ってました。技術もそうだけど“人の心を掴むのが上手い”って」
「へぇー、光栄な事だねぇ」
そう返す忍は相変わらず飄々としている。そんな彼の様子を見て、高坂は困った様に微笑んだ。
「私は人の心を掴む演奏が何なのか、まだ分からないです。だからそれを聞きに来ようと思ったんですが、アッキー先輩の姿を見て気が変わりました」
「いいの?」
「はい。求めた答えは返ってこなさそうなので」
「はっ、やっぱ生意気ー」
高坂の言葉にケラケラと笑う忍。
そして自身のトランペットを分解して清掃を始める。あの時のと同じ様に、相変わらず丁寧に。
「……少しさ、期待してたんだ」
すると、トランペットの手入れをしながらぽつりと忍はそんな事を呟く。
「……何がです?」
少し胸がざわつく。高坂は忍のその言葉に言いようのない感情を抱いていた。
「今回、高坂さんもソロコン出ないかなって。張り合いじゃないけど、そうなったら面白いなって、どっか期待してた」
心臓が、キュッと締め付けられた様な気分。
正直、考えた。アッキー先輩がソロコンに出ると聞いた時、私も出たらどうなるだろうかなと。
でも、エントリーしなかった。
自信が無かった訳ではない。アッキー先輩の才能に劣等感を感じた訳でもない。
「……私は、まだそのレベルに居ません」
このままエントリーしても、得られるものが無いだろうなと直感したから。アッキー先輩は"自分の音"を持っている。私にだって技術には自信がある。自分の音も持っている。
でも、アッキー先輩程、自分の音を曝け出せてない。
つい最近まで強くあろうと仮面を被って演奏していたのだ。詰まるところアッキー先輩の様に、まだ自分は音楽に全てを捧げてないと感じていた。だから、エントリーしなかった。
「……だから、"まだ"アッキー先輩には挑みません」
でも諦めた訳ではない。私がアッキー先輩に挑む時は、もっと成熟をした時。それは“技術面”では無く、“精神面”で。
その時に挑めば、自分の音楽がもっと広いものになると思ったから。
「………そっかそっか」
高坂の言葉に、噛み締める様に忍は頷く。さっきまで残念がっていたその表情は、納得した様に微笑んでいた。
「でも、もたもたしてたら置いてっちゃうよ?」
そして揶揄う様に忍がそう言うと、高坂も自信のある笑みを浮かべる。
「ふっ、それは問題ありません。差は縮まれど、開く事はありませんから」
「うーん、やっぱ生意気ー」
どこまでも真っ直ぐで、向上心の固まりの様な、強い女の子。
「はい、アッキー先輩には負けたくないですから」
でもその中には、少し素直さも芽生えている様だった。
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そして数日後。
今日は金曜日。時刻は放課後。部活も終わり、殆どの部員が帰っている状況。陽も沈んだ音楽室は、どこか幻想的な雰囲気を漂わせている。
「どう?答え決まった?」
「……今から確かめるのよ」
音楽室にはたった二人。ピアノの前で向かい合っている。
その1人、秋川忍はトランペットを。もう1人、吉川優子は楽譜を握りしめていた。
「さっさと始めるわよ。吹く準備しなさい」
そう言って優子はピアノの前に腰掛ける。少し慣れない手つきで鍵盤蓋を開け、楽譜を置く。表情は少し堅かった。
「……緊張、してる?」
「うん、してる」
忍がそう聞くと、優子は素直にそう返す。
「そっか、とりあえず、やってみるべや」
しかし、忍はそれ以上言わなかった。それだけ言って、演奏の準備をする。そんな忍に見せない様に、優子は薄く微笑んだ。
「よし。じゃあ、優子のタイミングで」
再び忍がそう声をかけると、優子は一つ、大きく深呼吸をする。
そして、どこか覚束ない指運びで、伴奏を開始した。
やはり、硬い。技術的な部分を除けば、そんな感想が出てくる。しかし、熱量がある。拙いながらも、必死に、一生懸命に。“支えてあげたい”と伝わる様な、そんな伴奏。
そしてそれに全力で応えようと、忍はマウスピースに口をつける。
一音、音が重なると、指先の力が抜けた。
もう一音、音が重なると、今度は手首の力が抜けた。
更にもう一音、音が重なると、最終的に肩の力が抜けた。
音を重ねる度に、優子の余分な力が抜けていく。ふと余裕ができて忍の方を見る。彼はこちらを見ていない。演奏に集中している。
しかし、音で分かる。優しくて、あったかくて、何より寄り添う様な、そんな音。
この感覚、前も経験した事がある。
そう。あがた祭りで、トランペットの二重奏をした時と感覚が似ている。
それを理解すると、何処か緊張で浮ついていた優子の心が、ストンと落ちた。
そして訪れるのは、あがた祭りの時と同じ。
二人だけの世界観を作りながら、静かに、耽美に演奏は続いていった。
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「………ふぅ」
演奏が終わると、忍は満足そうに溜息をつく。そして演奏中は絶対に見せなかったその顔を、ようやく優子に見せる。
「どうだった?」
「……うん、よかった」
忍の問いかけに、噛み締める様に優子はそう返す。そして彼女も同じく、忍の顔を見やる。
「明日から、毎日やるわよ」
これ以上に無い程の笑顔で、優子はそう言い放った。