響け!ユーフォニアム〜北宇治のスーパー自由人〜   作:キングコングマン

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年明け

 

 クリスマスにあれだけ熱せられた宇治の街は、年が明けるとそれが嘘の様に落ち着きを見せる。普段多数の観光客で賑わう宇治橋の上は、朝凍(あさじみ)の冷たい空気と共に違和感を感じる程の静けさを見せていた。

 世間はまだ正月休み。そんな中を、トランペットケースを担いだ男子が一人、自転車を走らせる。いつもより人通りの少ない川沿いを進むと、見えて来たのは河川敷のベンチに座る一人の少女。

 

 「遅いわよ」

 

 「ごめんごめん。駅伝見てた」

 

 「適当言うんじゃないわよ。箱根は昨日で終わってるわよ」

 

 いつも通り、軽口を叩き合う忍と優子。部活動では無いのか、今日は二人とも私服だ。

 しかし、クリスマスにあれ程の事をしそうになったと言うのに、二人の様子はいつものそれだ。

 

 「今日は、初詣の時みたいに緊張しないんだ」

 

 すると、忍が揶揄う様にそう言う。

 

 「うっさいわねぇ。……まあ、あんだけ土下座されちゃったら、緊張も何も無くなっちゃうわよ」

 

 対して優子の方は苦笑いになってそう返す。

 実はこの2日前、年が明けた1月2日にこの二人は一緒に初詣に行こうと言う事で会っていた。その時まではまだクリスマスの出来事が優子の頭に残っており、忍に会うなりぎこちない態度を取って居たのだが、すぐさまそんな気持ちは一人の少女の土下座によって掻き消された。

 

 

 『クリスマスの時は本当に申し訳ありませんでした。どうかこのどうしようもないクズめな私を許してください……』

 

 

 会うなり開口一番。弱々しい声と共に優子に美しすぎる土下座をキメた凛花。

 あのクリスマスでの一件の後、もうこのままやってもと言う事でその場はお開きになった。しかし自分の妹に全てを台無しにされた忍の怒りは相当だった様で、優子を帰した後、凛花のトラウマに成りかねない程に怒ったそうな。結果、わざわざ初詣の日に会いに来てまで謝ってくれたのだ。

 

 「……てかアンタ、あの後どんだけ凛花ちゃんに怒ったのよ?」

 

 その時の凛花の顔は優子も覚えており、土下座までしてきたのだ。忍が只事では無い怒り方をしたのは容易に推測出来た。

 

 「……今、ここでやってみようか?」

 

 「やっぱ聞かないことにしておくわ」

 

 気にはなったがなんだか忍から闇のオーラを感じ、優子はすぐさまキャンセルする。自分もあの凛花の様な死にかけの顔になるのはごめん被りたい。

 

 「まあ凛花だって反省してるみたいだし、今回はもう許してるよ。……次は無いけどね」

 

 釘を刺す様な忍の言葉に、他人事の優子ですら軽く鳥肌が立つ。どうやら本気で怒った忍の姿は相当なものらしい。

 

 

 「それで?今日はどうすんの?」

 

 

 もうこれ以上は踏み込まない方が良いと考え、優子は話題を今に変える。

 

 「もちろん、ここで吹く」

 

 対する忍はいつも通り楽しげに、トランペットケースを見せてそう返す。年明けでまだ部活も再開してないと言うのに、彼の意識はもう次を見据えていた。

 

 「まあ、明日からまた部活始まるしね。“いつも通り”に戻るって意味合いも込めて、河川敷(ここ)に呼んだ訳」

 

 いつも通りに戻る為。即ち明日から、また音楽と向き合う日々が始まる。クリスマス、元旦と緩んだ気持ちをリセットする意味合いで、忍はこの河川敷で吹く事を選んだ。

 丁寧にケースからトランペットを取り出し、ホコリのチェック。ピストンのチェック。マウスピースのチェックをする。

 そして、姿勢を正す。正しい演奏は、正しい姿勢から。そして凍てついた朝の街を溶かしていく様に、忍は演奏を始めた。

 

 柔らかくて、あったかい演奏。

 

 優子も、聴き惚れる様に耳を傾ける。

 ここ最近は音のバリエーションが増えたが、それでも忍の音の本質は変わらない。聞き手を導く様な、優しい演奏。そして今は、その優しさに“深さ”が加わっている。正当に進化したとでも言えば良いだろうか。

 

 正に彼が持つ、“秋川忍だけの音”。

 

 誰しもが聴いてもそう納得が出来るような、唯一無二の音だった。

 

 演奏が終わると、しばらくの余韻が河川敷を包む。

 そして満足そうに頷くと、忍は朗らかに笑って優子を見やる。

 

 「どうだった?」

 

 「うん。良い音」

 

 一言、優子はそれだけ返す。しかしその一言には、様々な意味も込めてある。そして、二人はその視線をジッと川の流れに移す。

 

 

 「………全国、絶対行くわよ」

 

 「! ……とーぜん!」

 

 

 優子の決意の言葉に、忍は満足げにそう返した。

 

 

 

 ________________________

 

 

 

 

 「はい。それでは今日はここまでです。……皆さん、休暇明けか少し音が鈍ってましたよ?次回までに修正をして下さい。いいですね?」

 

 「「「「「はい!!」」」」」

 

 滝先生の締めの言葉と共に、年明け一発目の部活が終了する。やはりと言えばそうなのだが、休暇明けで音の質は少しながら下がっていた。数日サボるだけで下がる演奏のクオリティ。そして元に戻すのがこれまた難しい。楽器を演奏するならば、この理不尽さとも向き合わなければならない。周りを見てみると、心当たりがある者が多いのか、居残りをする部員が多かった。

 

 「秋川くん、少し良いですか?」

 

 そんな中、滝先生は忍のことを呼ぶ。

 

 「? はい。なんです?」

 

 ソロコン期間中は殆ど滝先生から呼び止められる事が無かった為、珍しいと思い滝先生に近づいて行く。

 

 「あ、あと、吉川さんもお願いします」

 

 「分かりました。優子ー!!滝先生が呼んでるー!!」

 

 忍の声掛けに、優子もすぐさま近づいてきた。この二人を呼ぶと言うことは、十中八九ソロコン関係の事だろう。

 

 「はい。なんでしょう?」

 

 優子も珍しいと思っているのか、顔に出ていた。

 

 「いつもソロコンの練習、お疲れ様です。少し、二人にご相談をと思いまして」

 

 「「相談?」」

 

 滝先生の言葉に、二人の声がハモる。相談とは、これまた珍しい。そして、滝先生は一度メガネを直す仕草をしてから言葉を続ける。

 

 「他校の主催ですが、ソロコンテストの関西大会に出る人たちへ向けた、合同練習の話が来ています。良い機会なので、是非いかがかなと」

 

 その内容は、二人としても予想出来ないものだった。ソロコンは基本的にその名の通り個人種目の色合いが強いので、合同練習と言う言葉が出る事自体が意外だったのだ。

 

 「合同練習、ですか。……それって、因みにどんな内容か聞いてます?」

 

 忍の方はすでに興味津々のようで、目を輝かせながら内容を聞く。

 

 「集まるのは先程言った人達です。伴奏者が来られるならその方の参加も構わないとの事で、期間は1月末の土日、淡路島で行う予定です」

 

 「淡路島って、……合宿になるって事ですか?」

 

 優子の質問に、滝先生は頷く。淡路島で2日間の短期合宿。これが合同練習の内容だった。

 

 「おー、いいじゃんいいじゃん。俺、絶対参加します。ここ最近、何か別の刺激が欲しかったすからねー」

 

 忍としては完全に乗り気なようで、滝先生の提案にもうほぼ傾いている。彼の言う通り、ここ最近は自分達の演奏だけじゃなくて、何か別の方向からヒントを得たいと思い始めているところだった。他のソロコン出場者の音を聴けば、新しい発見があるかも知れない。

 

 「……そうですね。私も参加しようかと思います。決めるのは、家族に相談してからですが」

 

 優子の方も合宿に概ね前向きな様だ。彼女とてまだまだ自分の伴奏に満足してる訳ではない。鎧塚の伴奏で気付きがあったように、この合宿でも得られる物があると考えていた。

 二人の回答に、滝先生も満足げに微笑む。

 

 「分かりました、主催者には参加の方向で伝えておきます。引率には松本先生に同行してもらいますので、よろしくお願いします」

 

 「「はい!」」

 

 そしてこの合宿は忍にとっても、そして優子にとっても貴重な経験になって行く事となる。

 

 

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