掛かってしまっているかもしれません!《完結》 作:室賀小史郎
「タ"イ"シ"ン"タ"イ"シ"ン"タ"イ"シ"ン"ーーーーーーーッ!!!!!!!」
とある日の夕暮れ時。
多くのウマ娘たちがこの日のトレーニングを終え、ここ練習コース場を去っていく。
そんな中、コースの使用時間ギリギリまでトレーニングを行うのはナリタタイシン。
今日は自身のトレーナーが出張で傍を離れているため、彼女はトレーナーに渡されたトレーニングメニューをこなした。
トゥインクルシリーズを終えてからは『走ること=自分の存在意義』と思わなくなり、もともと走ることが好きなのもあって、加えて今日は過保護なくらい煩いトレーナーがいないこともあって、外出届けを寮長へ提出し、軽く流す程度に自由に走るつもりで残っていた。
そこに普段から良く行動を共にするウイニングチケットが、既にギャン泣きした状態で突撃してきたのだ。
「うっさ……重いんだけど……てか離れろ」
ウイニングチケットに飛びつかれ、尻もちをついたナリタタイシン。
しかし飛びついてきた側は、ぐしゃぐしゃになった泣き顔のまま、
「うぇっ……えぐっ……ごめ……うわぁぁぁぁぁんっ!!!!!」
更に泣き出してしまう。
こうなると走っている場合ではない。
ナリタタイシンは「めんどくさ……」と愚痴を零しながらも、なんだかんだ友達を放って置けないので、落ち着くまでその背中を擦ってあげるのだった。
◇
「ちょっとは落ち着いた?」
「うん……ありがとう……」
少ししてウイニングチケットがちゃんと会話出来るまでに回復したところで、ナリタタイシンは彼女の右隣に移って「で、何があったの? 別に興味ないけど」と訊ねる。
彼女のことだから何か彼女的に感動の場面でも見てしまって泣いてたんだろう、とナリタタイシンは考えていたが、
「トレーナーさんに浮気された……」
「…………は?」
天地がひっくり返っても起こり得ないことを言われて素っ頓狂な声が出てしまった。
それもそのはず、ウイニングチケットと彼女の担当トレーナーは付き合っていて、学園の誰もが認めるバカップルだ。
昼は常に互いにトレーナーお手製弁当を食べさせ合い、トレーニングでいいタイムが出ればハグしてグルグル回るし、毎回寮まで送ってはまたねのキスをして、朝のお迎えの際にはおはようのキスをする。
なのにそんなトレーナーが浮気をしたとウイニングチケットは泣いて訴えてきた。
ナリタタイシンとしてはこういった男女の話は御免蒙りたい所存であるが、聞いてしまった以上……何より友達である以上は聞いてあげないと自分の良心が許さない。
「浮気って……その現場を見たの?」
「うん……トレーナーさんってば、アタシがいるのにその黒鹿毛の子ばっか撫でて、「ん〜、かわいいなぁ♪ お耳も尻尾もふわふわで美人だなぁ♪」って言って頬擦りしてたんだよ!」
「え、目の前でってこと?」
「そうだよ」
「何それ、最低じゃんっ! そんなヤツだって知ってれば、アタシはチケットの背中押さなかったのにっ! あのトレーナーならチケットを幸せにしてくれるって信じたからなのにっ!」
その場から立ち上がり、実際に浮気をされたウイニングチケットよりも怒りをあらわにするナリタタイシン。
ナリタタイシンはウイニングチケットがどれだけ日本ダービーにそのバ生を懸けてきたかを知っている。
そんな彼女の夢を実現させたトレーナーに惚れてしまうのも仕方ない、と思っていた。
だからこそもう一人の友達ビワハヤヒデやその妹のナリタブライアンともグルになって、水族館に誘って二人きりにさせたり、カップルに大人気のカフェに誘っては自然な流れで二人を別のテーブルにつかせたり、トレーナーにそれとなくウイニングチケットの趣味や好きなことをみんなして教えてきた。
二人が付き合うことになったのは自分のことのように嬉しかったし、そうなってくれて本当に、安心していたのだ。
なのに、そのトレーナーが浮気した。
これは由々しきことだ。
なにより安心して委ねた友達を泣かせた罪は大きい。
「チケットの相手だけど、もうそんなヤツ庇う必要もないよね?」
「え?」
「アタシが蹴っ飛ばしてやる!」
「だ、ダメだよ!」
「浮気するような男はウマ娘に蹴飛ばされて〇ねばいいんだよ!」
「でも……」
「デモもストもない! アイツはアタシの友達を悲しませた! 蹴飛ばす理由はそれで十分過ぎるんだよ!」
そもそもチケットは浮気されたのに優し過ぎる、とナリタタイシンが強い口調で責めていると、
「ここにいたのか、チケット。タイシンも一緒だったんだな」
二人の友達ビワハヤヒデがいつものようにやってきた。
「ハヤヒデ! 聞いてよ、チケットのトレーナーが屑野郎だったんだ!」
「…………チケットからなんて聞いたんだ?」
「チケットと同じ黒鹿毛のウマ娘と浮気してたんだよ!? しかも目の前で! 最低じゃん!」
「…………浮気相手はウマ娘ではないし、そもそも浮気をしていないんだ」
「…………は?」
ビワハヤヒデの言葉にナリタタイシンは本日二度目となる素っ頓狂な声が出る。
どういうことなの、と一人困惑しているナリタタイシンにビワハヤヒデは「やれやれ……」と肩を竦め、
「相手は黒猫だ。しかも学園に迷い込んできた野良猫。野良猫に嫉妬したチケットは君に慰めてほしくて黒鹿毛なんて言ったんだろう」
真相を話し、ウイニングチケットへ視線をやった。
そうすれば、ウイニングチケットは頬を微かに膨らませて「だってあの猫メス猫だもん。メス猫なら浮気だもん」と不貞腐れ気味に体育座りして返す。
「あのな、チケット。猫にヤキモチを焼くなとは言わない。しかし自分の愛する者が猫を可愛がっていただけで浮気だと叫び、首筋や頬、しまいには額にくっきりとキスマークを付けた上で泣きながら立ち去るのはどうかと思うんだ」
ビワハヤヒデの軽くも細かい経緯説明にナリタタイシンは思考が停止。
そして徐々に冷静さを取り戻してくると、ウイニングチケットがそういうバカだったという事実を思い出す。
「チケット。君のトレーナー君は君への愛を叫びながら、今も君を探している。早く戻って安心させてやれ。そしてちゃんと謝るんだ」
「…………浮気したのに?」
「だからそれは浮気ではないと説明したろう?」
だって、可愛がってたのはメス猫だもん……とまた頬を膨らませるウイニングチケットに、ビワハヤヒデは小さくため息を吐いた。
しかしそうなってしまうのは理解はするので、ビワハヤヒデはもうそれ以上は何も言わないことにする。
すると、
「バッッッッッッッッカじゃないのっ!?」
今まで黙っていたナリタタイシンが爆発した。
「アンタ、コッチがめちゃくちゃ心配したのに、蓋を開けてみたらそんなちっぽけなことであんだけ泣いてたワケ!? 信じらんない! 心配した時間を返せ! 危うく冤罪のトレーナーを蹴飛ばすとこだったじゃん! メス猫に嫉妬して泣いてたとかふざけんな! アタシは今日アタシのトレーナーが出張でいなくてキスすら出来ないでいるのに! なのにアンタは嫉妬してキスマーク付けた!? だったらアタシは毎日毎日嫉妬してるよ! だってアイツ誰にでも優しいんだもん! アタシがチケットみたいにしてたらアタシ以外のヤツと話してる度に嫉妬してアイツ今頃皮膚病を疑われるレベルでアタシのキスマークだらけになってるからね!? 会いたいよ! アタシだってトレーナーに会ってキスしたいよ! イチャイチャしたいよ! アンタそう出来るのに心配かけて大バカ娘だよ!」
ふー、ふー、ふー……と一気にまくし立てたナリタタイシンはまるで菊花賞を走り終えた時みたいに両肩で息をする。
その小さな体からは想像も出来ない大声に、ビワハヤヒデもウイニングチケットも思わず耳を手で塞いだほど。
「…………ごめ、ごめんな、さい……タイシンがタイシンのトレーナーさんと離れ離れで辛いのに、アタシ……アタシ……うぉぉぉぉぉんっ、こ"へ"ん"な"さ"ーーーーーい"っ」
ようやく反省してまた泣き出すウイニングチケット。
するとナリタタイシンは「あ、アタシ何言ってんだろ……」と赤面し出す。
ビワハヤヒデは『ああ、もうめちゃくちゃだ』と天を仰いだと同時に―――
(私、まだ自分のトレーナー君とキスすらしたことがない……)
―――と好敵手二人が自分より遥か先のステージに進んでいることに敗北感を与えられた。
(しかし仕方ないじゃないか。いざ愛するトレーナー君と二人きりになると幸せ過ぎて、ただ彼の肩に頭を乗せているだけで満足してしまうんだ! それにトレーナー君は相当なテクニシャンだからな。何せあの魔性のナデナデは私を蕩けさせる!)
そう頭の中で言い訳するビワハヤヒデ。
こうなってしまっては、誰が先に冷静さを取り戻せるかが鍵となる。
「チケゾー!」
そこへナリタタイシンの魂の惚気叫びを頼りにウイニングチケットのトレーナーが馳せ参じた。
「ト"レ"ーナ"ーさ"ーーーん"っ!」
ウイニングチケットもトレーナーに駆け寄り、その胸に飛び込む。
全身全霊のダイブではないので、トレーナーも難なく彼女をその胸に受け止めた。
「チケゾー、探したんだぞ?」
「……う、うん……♡」
バツが悪そうにウイニングチケットは返しながらも、耳はピコピコ尻尾はふわりふわりとトレーナーが探しに来てくれた喜びを表している。
そもそもウマ娘特有の甘えたい時の仕草である、「頭を擦り寄せる」を無意識にしているのだから。
「俺は浮気なんてしてない。チケゾー一筋だ」
「……でも、アタシ……メス猫でも嫉妬しちゃう……」
「嫉妬してくれるくらい、俺を想ってくれてて嬉しい」
「いいの? あんなことしちゃったのに……」
「俺、好きな子なら大抵のことは許せるんだ」
「トレーナーさん……♡」
「まあ流石に浮気されたら悲しいけど……」
「しない! アタシがトレーナーさん以外に尻尾を振るなんて有り得ないから! 一生、ずっと、トレーナーさんだけだから!」
いつもの彼女らしい熱い気持ちに、トレーナーは思わず目を細める。
「ありがとう、嬉しいよ。じゃあ、改めて……仲直りしてくれるか?」
「うん♡ 勿論!♡ ごめんなさい!♡ 大好きだよ!♡」
晴れて仲直りし、熱い抱擁を交わすバカップル。
ビワハヤヒデは「良かった」と満足げだが、
「なんかアタシだけ損した気分なんだけど……」
ナリタタイシンに至っては何かを失ったような損失感に苛まれるのだった。
後日、ウイニングチケットと担当トレーナーが相変わらずイチャイチャしている影で、ナリタタイシンが自分の担当トレーナーに昼休み中引っついていたという。
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