掛かってしまっているかもしれません!《完結》   作:室賀小史郎

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自分のトレーナーのことが大好きなグラスワンダーのお話。


不覚です……!

 

 本日は晴天なり。

 そんな空の下を、グラスワンダーは足取り軽く歩く。

 隣にはいつも仲良くしているスペシャルウィークとエルコンドルパサーの二人。

 

 今日は三人でそれぞれが愛するトレーナーのために明日ご馳走する予定のお弁当の材料を買うため、学園の最寄り駅にある駅地下のスーパーへやって来たのだ。

 

「まさかスペちゃんがお弁当を用意するなんて思わなかったデース! てっきりスペちゃんは食べる専門だと思ってたのに!」

「エルちゃんひどーい! 私だってちょっとはお料理出来るんだよ!? それに普段用意しないのは、トレーナーさんに私の負担になるからしないでって言われたからなんだから!」

「でもエルやキングさんたちのように用意したくなったんですよね?」

 

 グラスワンダーの指摘にスペシャルウィークは頬を赤く染めて「だってぇ……」と俯く。

 

「なんかみんな担当トレーナーさんたちとお弁当交換とかしてていいなぁって思って……」

「元はと言えば、キングが発端デスけどね……。グラスはお弁当よりも直接作りに行ってるんデシタっけ?」

「はい。いつものメンバーの中では、私が一番最初に担当のトレーナーさんと恋仲になりましたからね♪」

 

 珍しく得意げに微笑み、胸を張るグラスワンダー。

 彼女が言うように、いつもの仲良しメンバーの中でグラスワンダーは一番早く自身のトレーナーとそういう仲になった。

 頑固な自分ととことん向き合う男らしさや、何事にも一途なところ。そういったところがどストライクだったグラスワンダーは、トゥインクルシリーズを終えたあとの慰安温泉旅行でその気持ちを伝えたのだ。

 それからのグラスワンダーは通い妻状態である。

 故に何度もトレーナー宅にお邪魔して手料理を振る舞ったりして、彼の胃袋はガッチリ捕まえているのだ。

 

「グラスちゃんはいつもは作ってないのに、どうして明日は自分のトレーナーさんにお弁当作るの?」

「スペちゃんの言う通りデス! グラスもお弁当作戦に便乗……痛タタタッ!?」

「私はそんなこと考えてません」

 

 にっこり笑顔でエルコンドルパサーの耳を引っ掴むグラスワンダー。

 スペシャルウィークが「まあまあ」と止めると、グラスワンダーは手を離して先程の質問の答えを述べる。

 

「明日はお付き合いして200日目の記念日なんです。ですから朝食は勿論、お昼もお夕飯も全て私の手作りを食べさせたいんです♡」

 

 そうすればいつもより長くトレーナーさんと共にいられる時間も増やせますし……と彼女が付け加えれば、スペシャルウィークもエルコンドルパサーも『おぉー!』と感心した。

 

「流石はグラァス! エルたちよりも先に進んでいるだけのことはありマス!」

「そういうことも大切だよね! 流石グラスちゃんだね!」

「それ程でも……♪」

 

 そんな和気あいあいと話している最中、グラスワンダーの足が止まる。

 スペシャルウィークたちがその様子に首を傾げると、グラスワンダーは一点を見つめ始めた。

 そこには―――

 

 

 

 

 

 グラスワンダーのトレーナーと彼の左腕に両手を絡める大人な女性

 

 

 

 

 

 ―――がいた。

 

 これには流石のエルコンドルパサーも固まるし、スペシャルウィークも唖然と口を開けてしまう。

 浮気をされた張本人のグラスワンダーはと言えば、

 

「…………ふふっ」

 

 絶対零度の眼差しで、ただただ微笑むだけ。

 その笑顔は控えめに言って般若面よりも恐ろしく、橋姫よりもドス黒いオーラを放っていた。

 スペシャルウィークもエルコンドルパサーも腹の底から震えがくる。

 

「み、見間違いじゃ……ないよね?」

「私が見間違えるとでも?」

「トレーナーさんのシスターとかデスかね?」

「唇同士でキスしてますけど?」

 

 スペシャルウィークたちもまさかグラスワンダーのトレーナーが浮気する人間だとは思わなかった。

 あれだけグラスワンダーに愛情を注ぎ、彼女にだけ愛を囁いているのを何度か耳にしたことがあるから尚更。

 しかし浮気する人間に限って、相手に愛の言葉を絶やさなかったりする。

 

「グラス……」

「グラスちゃん……」

「二人共、ごめんなさい。でも私は大丈夫です。浮気しても最後は私の隣にいてくれれば私は構いませんから」

 

 ただ、明日の記念日はどうしましょうか……とつぶやくグラスワンダーの眼差しは、レースで差し込むそれとはまた別次元の鋭さを見せていた。

 

 ◇

 

 翌朝。

 グラスワンダーは予定通り、トレーナー宅に合鍵を使って上がり込み、朝食の準備とお昼のお弁当の準備をする。

 どんなに相手が憎くとも、食材に罪はない。なので美味しい物に仕上げた。

 

「おはようございます、グラス」

「……おはようございます、トレーナーさん。昨日は随分と楽しんだようですね?」

「先輩の結婚式はまあ楽しかったですよ。同期トレーナーたちでうまぴょい伝説披露は緊張しましたが……」

 

 グラスワンダーの刺々しい言葉にトレーナーは気にする素振りもなく返す。

 それを見てグラスワンダーの笑みは更に温度が下がるが、トレーナーはそれにも気付かず「今日のお味噌汁も美味しいですね」といつもの柔らかい笑みで彼女へ感謝の言葉を送った。

 いつもならば嬉しいその言葉も、今の状況では薄っぺらく感じてしまい、グラスワンダーは素直に喜べない。

 

「……お食事が済みましたら、先に失礼させて頂いても? 今日はあいにく日直なので、早めに教室へ行かないといけないんです」

「そうですか。それは残念ですね……一緒に登校したかったのに。ですが仕方ないですね。朝食の時間だけでも共に出来て嬉しいと思いましょう」

「……はい」

 

 自分は浮気をしておいて良くもまあ……と内心思ってしまうグラスワンダーだが、ひとつあることに気がついた。

 それは―――

 

 

 

 

 

(ヒトメスの匂いが全くしませんね……)

 

 

 

 

 

 ―――昨日あれだけ密着していたのに、彼からは自分以外の異性の匂いがしなかったのだ。

 ウマ娘の嗅覚は犬程ではないが、人間より敏感。なのにそれを持ってしても、匂いがしないのだ。

 しかし確かに昨日、グラスワンダーはトレーナーの匂いを嗅いだし、見間違っていない。

 トレーナーが自分にバレてはいないと心底思っているのか、はたまた昨日念入りに風呂で洗い流したか。

 

 グラスワンダーは少々困惑しつつ、トレーナーが食べ終えた食器を洗ってから一足先に学園へと向かった。

 

 ◇

 

「グラスちゃん、大丈夫?」

「話ならエルたちが聞きマスヨ?」

「グラスちゃんにはお世話になったし、セイちゃんのことも頼ってくださいな」

「懲らしめるなら私の家の影を動かしてあげるわ」

 

 教室でいつものメンバーから優しく声をかけてもらうグラスワンダー。

 しかしグラスワンダーは今朝のトレーナーの様子と昨日の様子とで頭がこんがらがっていた。

 

「…………」

 

『グラス(ちゃん)(さん)?』

 

「あの、浮気するくらい器用な人が、私と遭遇するかもしれないところで浮気相手とデートなんてするものなのでしょうか?」

 

 グラスワンダーは浮かび上がってきた疑問をそのまま友達たちに投げかける。

 みんなは『うーん』と悩んだ。

 そこへセイウンスカイのウマホにピコンとメッセージが届いたことを知らせる。

 彼女がそれを開くと、

 

「ねぇ、これってグラスちゃんのトレーナーさんだよね?」

 

 セイウンスカイは自身のトレーナーから送られてきた写真を見せた。

 そこにはグラスワンダーのトレーナーを始め、数人のトレーナーがうまぴょい伝説を踊っている場面が写っている。

 

「…………」

「なして?」

「昨日確かにエルたちはグラスのトレーナーさんを見たのに!」

 

 グラスワンダーは当然のこと、浮気現場を目撃した二人も困惑の色が強い。

 

「証拠もあるなら浮気ではないってことじゃない?」

「でも、グラスがトレーナーさんを間違えることなんて有り得マセン!」

「それに私もエルちゃんもちゃんと見たもん!」

「私のトレーナーさんも昨日はグラスちゃんのトレーナーさんと先輩トレーナーさんの結婚式に参加してたのは知ってるし、この写真が送られてきたのも分かるんだけど……ならグラスちゃんたちが見たのはドッペルゲンガーとか?」

 

 ドッペルゲンガーとは、自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、自己像幻視とも呼ばれる現象。 自分とそっくりの姿をした分身。 第二の自我、生霊の類……のことである。

 

「…………もう埒が明ませんね。お昼になったら直接トレーナーさんを問い質します」

 

 グラスワンダーが静かにそう言うと、他の四人は背筋が凍り、それ以上は何も言えなかった。

 しかし皆同じだったのは、グラスワンダーを怒らせてはいけないということ……。

 

 ◇

 

 午前中の授業が終わり、昼休みに入る。

 グラスワンダーは物凄い早歩きで、トレーナーが待つ噴水がある中庭へ急いだ。

 

「……お待たせしました」

 

「いえいえ、待ってませんよ」

 

 相変わらずトレーナーは柔らかい笑みを向けてくる。

 グラスワンダーは大きく深呼吸し、

 

「トレーナーさん、昨日駅前にいましたか? 私以外の女性と」

 

 疑念をそのまま口にした。

 

「……駅前? いえ、私は先輩の結婚式に参加してましたよ。セイウンスカイさんのトレーナーさんも一緒でしたから、何か疑っているのでしたら彼に確認して頂ければ―――」

「私がトレーナーさんのことを間違えるはずないんです!」

 

 トレーナーの言葉を遮り、声を荒げるグラスワンダー。困惑するトレーナー。

 しかしトレーナーはハッとして、

 

「無実を証明させてください」

 

 とグラスワンダーに告げてから自分のスマホで電話を掛け始めた。

 

『もしもーし、珍しいな、どしたん?』

「どうしたはこっちの台詞だよ。いつの間にこっちに来たの?」

『え、なんでバレた?』

「昨日、僕の愛バが兄さんのデート風景を目撃したそうでね」

『へぇ、良く分かったな! 声をかけてくれれば良かったのに!』

「兄さんのせいで僕は浮気の疑いをかけられてるんだけどね?」

『え、それマ?』

「本当だよ。だから兄さんから説明してくれないかな?」

『え、それマ? 義妹になる子とのファーストコンタクトが釈明ってマ?』

「いいからしてくれないかな。兄さんのせいで彼女と別れることになったら、一生恨むよ?」

『……分かった』

 

 そしてトレーナーは音声をスピーカーにしてグラスワンダーの方へと向ける。

 

「僕の兄さんだよ、グラス」

「……もしもし? トレーナーさんのお兄様、ですか?」

『はいはい、君のトレーナーの双子のお兄ちゃんだよ。未来の義妹よ』

「双子……?」

『そ、双子。んで、実家の人参農家継いでるんだ。実は今恋人と旅行でウマ娘レースを観に府中まで来ててさ。昨日君が見たのはその時の俺ってこと。アンダスタン?』

「……なるほど……双子だから、匂いも同じだったんですね」

『匂いが同じとか良く分かんねぇけど、似てはいると思うよ。一卵性双生児だから。因みに俺は右利きだけど、弟は左利き。周りが間違えないように一人称とか話し方変えてるよ。ウマ娘ちゃんだと側にいれば匂いも若干違うって分かるんじゃね?』

「……そうですか」

『疑い晴れた感じ?』

「ええ、お手数おかけしました……」

『いやいや、こっちこそなんかごめんね? 弟、バリクソ君のこと好きだからさ。俺のせいで君に振られたら俺の命無くなるんだわwww』

「兄さん、もう切るよ。ありがとう」

『え、ちょwww マ―――』

 

 通話を切ったトレーナーは小さくを息を吐いて、グラスワンダーへ視線を向けた。

 

「分かってもらえました?」

「はい。疑ってしまってすみませんでした」

「頭を上げてください。兄はあの通り、ちょっといい加減な性格をしているので、グラスに紹介するのも躊躇っていたんです」

「面白いお兄様でしたね」

「性格が似なくて良かったと心底思ってますよ」

 

 やっと本来の柔らかい笑みに戻ったグラスワンダー。

 しかしグラスワンダーとしては、トレーナーのことを信じ切れなかったという罪悪感が募ってくる。

 

「私がトレーナーさんを疑ってしまうだなんて……一生の不覚です」

「本気で演技したら両親も私たちを見分けられませんから。そう思い詰めないでください。誤解は晴れた訳ですし」

「でも……」

「では、罪滅ぼしに今日のお昼はグラスが食べさせてくれませんか? せっかくの記念日ですし、グラスは二人きりでないとイチャイチャしてくれませんから」

「もう……ズルいですぅ♡」

 

 そんなことを言われては、いくら大和撫子を志すグラスワンダーでも端なくイチャイチャしたくなってしまう。

 

「元はと言えば、私の責任ですから」

「お兄様に話していたように『僕』でいいですよ?♡」

「では今後はそのようにしますね」

「はい……その方がより親しみ深くなった気がします♡」

「僕はグラス一筋です」

「はぅ……いけません。顔が火照ってしまいます……」

「僕の愛バは世界一かわいいです」

「にゃぅ……♡」

「抱きしめてもいいですか?」

「……はい♡ 私は貴方だけの愛バですから♡」

 

 こうして疑いは晴れ、グラスワンダーはよりトレーナーとの愛を育むのであった。

 当然、彼女を心配していたスペシャルウィークたちにその様子は物陰からバッチリ見られていたという。




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