掛かってしまっているかもしれません!《完結》 作:室賀小史郎
「う〜〜〜〜ん」
中庭内にあるベンチで、バレーボールサイズのおにぎりを持ちながら唸るのは、日本総大将ことスペシャルウィーク。
彼女は今、悩んでいる。とてもとても悩んでいるのだ。
「う〜〜〜〜ん!」
「スペ先輩、そんなに悩んでどうしたんですか?」
「う〜〜……あ、スカーレットさん!」
そこへ声をかけてきたのは、後輩であるダイワスカーレット。
彼女の手にもお弁当箱の包みがあり、これからお昼。
「スカーレットさんもお昼ですか?」
「はい。天気も良かったので、せっかくだからこっちに来たんです」
「今日はいい天気ですもんね! 私もそんな感じです!」
「それで、何か悩み事ですか? 食べながらで良かったら聞きますよ?」
「え、でも……」
ダイワスカーレットの心遣いにスペシャルウィークは申し訳なさそうにするが、後輩から「ただのお節介ですから、気にしないでください♪」とまで言われてしまえば、頷く他ない。
なので隣に座ったダイワスカーレットに自分の今抱えている悩みを素直に話すのだった。
◇
「なるほど……つまり、同級生が自分の担当トレーナーと上手くいってるのに、自分はこのままでいいのかってことですね?」
「そう! そうなんです! みんなあの手この手で担当のトレーナーさんと仲良くなってるのに、私は特にこれといって何も出来てなくて……」
「えっと、参考になんですけど……スペ先輩って担当トレーナーとどういう関係なんです?」
「え!? えっとぉ……そのぉ……お付き合いしてます……えへへ」
(可愛いなこの先輩……)
はにかみながらも幸せそうに言うスペシャルウィークを見て、ダイワスカーレットは思わず胸がキュンとする。
普段は明るく礼儀正しい彼女が今はただただ恋する乙女なのだから、それも当然だ。
「えっと、じゃあ、付き合ってどれくらいなんです?」
「今月で2ヶ月です!」
「うわぁ、じゃあまだまだラブラブですね♪」
「そうですかねぇ……確かに頭を撫でてもらったり、指を絡めるように手を繋いで寮まで送ってもらったりしてますけどぉ」
「いい感じじゃないですか♪ ならそんなに焦る必要ないんじゃないですか?」
「そう言われればそうなんですけどね。でも……」
「でも?」
「私ね、重いかもしれないですけど、自分のトレーナーさんと結婚したいんです。だからもっともっと仲良くなりたいし、トレーナーさんのことなら全部知りたいんです」
スペシャルウィークの気持ちにダイワスカーレットは「なるほど」と頷く。
スペシャルウィークだけでなく、自分の担当トレーナーとバ生のゴールインを夢見るウマ娘は多い。
自分の夢を共に背負い、その夢を実現させる手助け、または実現させてくれた相手となれば担当云々を抜きにしても女の子なら惚れてしまう。
ダイワスカーレットに至っても全く同じ気持ちなので、特に共感出来るのだ。
「重くなんてないですよ! 寧ろ惚れるなって言う方が無理ですし、結婚したくなって当然ですよ!」
「で、ですよね!」
「はい! トレーナーがいなかったら、トレーナーが支えてくれたから、自分のトレーナーがあの人だったから、今の自分があるんですから! 自分のプライベートの時間とか全部アタシに捧げてくれるんだもの!」
「え、スカーレットさんも、自分の担当トレーナーさんのことが?」
「あ……えっと、まあ……はい……」
つい勢いでスペシャルウィークのことではなく、自分のこととして力説してしまったダイワスカーレット。
頬を赤く染めて恥じらう乙女を目の当たりにし、スペシャルウィークは「おぉ〜」と感動してしまう。
まさか同級生だけでなく、後輩にも自分と同じような気持ちを持っているウマ娘がいると知ったからだ。
「スカーレットさんは担当トレーナーさんとお付き合いしてどれくらいなんですか?」
「アタシですか? 付き合ってませんけど?」
「え?」
当然付き合っているとばかり思っていたのに、まさかの返答でスペシャルウィークは思わずポカン顔を晒してしまう。
対してダイワスカーレットの方はスンッと表情が抜け落ちており、瞳の奥はそれを物語るように混沌としていた。
「アタシ、自分のトレーナーと付き合ってませんよ? 付き合ってるように見えました?」
「えっと……その……」
「いいんです。良くクラスの子たちからも訊かれますから。でもアタシ、素直じゃないから……」
「スカーレットさん……」
「でも、いつかは付き合う気満々ですから! ですから、既に付き合ってるスペ先輩は周りなんか気にせずにどっしり構えていればいいと思います!」
ダイワスカーレットらしい激励にスペシャルウィークは強く頷いた。
こんなに相手のことが好きでも付き合えていない子もいる。ならば自分はとても進んでいるんだし、焦る必要もないのだと。
「ありがとう、スカーレットさん! 私、トレーナーさんと結婚出来るようにけっぱるね!」
「はい、応援してます♪」
スペシャルウィークはダイワスカーレットのお陰で元気を取り戻し、おにぎりを満面の笑みで頬張るのだった。
◇
放課後になり、担当トレーナーを持つウマ娘たちは担当が使うトレーナー室へと向かう。
その頃、スペシャルウィークのトレーナーは同期トレーナーと意見交換のあとで他愛もない雑談をしていた。
「つかお前さ、最近太ってきてない? ワイシャツパツパツじゃん」
「あ〜、スペに付き合って最近は色々と大食いチャレンジ巡りしてたからな〜」
「相変わらずお前は担当バに甘いなぁ」
「いやぁあの幸せそうに食ってるとこ見てるとこっちまで幸せになっちまってなぁ」
「まあそういう子が好きなのはいいけどよ―――」
そんな話をしている間に、スペシャルウィークがトレーナー室の前までやって来る。
(あれ、トレーナーさん以外の人の匂いがする。トレーナーさんのお友達かな?)
もしそうだったら挨拶しなきゃ、と考えていたスペシャルウィークの耳に、
「自分(健康面)のこと考えて、(大食いチャレンジ)付き合うのはやめろよ」
名も知らぬトレーナーの友達(仮)の言葉が聞こえ、彼女の思考は停止した。
更に、
「確かにそうだよな……」
愛するトレーナーの言葉にスペシャルウィークは絶望する。
「………………やだ」
小さくつぶやいたスペシャルウィークは、ジャパンカップを前にしたような迫力を纏った。
そして勢い良く扉を開ける。
「お、噂をすれば……っ!?」
同期トレーナーは殺意が込められた鋭利な眼差しに圧倒され、腰を抜かした。
当然、彼女の異様さに驚いたトレーナーは即座に「どうした、何があった?」と声をかける。
「……答える前に、ソレ、潰してもいいですか?」
絶対零度の眼差しで人をソレ呼ばわりするスペシャルウィーク。
「何バカなこと言ってるんだよ。ダメに決まってるだろ。ホントどうしたんだよ」
「……トレーナーさんが私と付き合うのやめるって……ソレが付き合うのやめろって……」
「え、ああ、聞いてたのか。それでそんなに怒ってるんだな」
「……トレーナーさんは落ち着いてますね。トレーナーさんにとって、私はその程度のウマ娘だったんですね。トレーナーさんのことは大好きですけど、流石にショックです」
「スペは俺の愛バで、大切な恋人だ。一度たりともスペのことを軽く考えたりしたことは三女神に誓ってないぞ」
「嘘です!!!!!」
物凄い声量にトレーナーは尻もちをついた。
そんなことお構いなしに、スペシャルウィークはトレーナーの方へズンズンと迫っていく。
「や、止めろ、スペシャルウィーク! トレーナーへの暴行は重罪だぞ!」
同期トレーナーが己を奮い立たせてスペシャルウィークを注意すると、彼女は壊れたブリキ人形のようにぐぎぎぎと同期トレーナーの方へ首を回した。
そして目だけで『お前が原因なんだぞ』と更に殺意を強める。
「わ、分かった! スペ! お前との大食いチャレンジ巡りはこれからも続けるよ! でも俺は普通のメニューにするのだけは分かってほしい!」
トレーナーがスペシャルウィークの腰に縋るように抱きついて叫ぶと、
「………………ふぇ?」
殺意がスッと引っ込んだ。
それだけでトレーナーも同期トレーナーも『助かった……』と安堵し、互いに状況を整理するのだった。
◇
「…………」
スペシャルウィークは羞恥に見悶え、トレーナーは苦笑いする。
「まあ誤解が解けて良かったよ」
「良くありませんよぉ〜」
「アイツも笑ってたしいいじゃないか」
「良くないですぅ〜」
ひぃ〜ん、と声をあげて首まで真っ赤になるスペシャルウィーク。
誤解だったとはいえ、愛するトレーナーと同期トレーナーにとんでもないことをしてしまった。あのまま誤解が解けなければ、自分は確実にトレーナーを担いで北海道の実家へ帰っていたからだ。
「誤解させて悪かったな、スペ。でも安心してくれ。俺はずっとスペの隣にいるから」
「はいぃ……」
「まあ将来的な話として、トレーナー業を辞めるのは確かだしな」
「将来的、ですか?」
スペシャルウィークが小首を傾げながら言うと、トレーナーは照れくさそうに頬を掻く。
「だから、ほら……スペは将来、実家の牧場継ぐんだろ?」
「はい」
「するとだ、中央からまた実家へ戻るんだろ?」
「そうですね」
「……だぁ! もう! そこで天然発揮するなよ! いや、天然だからか!? 天然だからだよな! くっそー!」
「ええ!?」
突然喚き散らすトレーナーにスペシャルウィークが困惑する中、
「だから! その時は俺もスペと一緒に北海道に行くってことだよ! 三十路前の男が女子学生にプロポーズしてるんだよ! 分かってくれ!」
もうどうにでもなれという感じではあるが、彼女の肩をガッチリと掴んで叫ぶようにプロポーズされる。
甘い雰囲気もそれらしい流れもないが、彼女の天然発言や天然行動に翻弄されるのはいつものことだ。
故にプロポーズされているとやっと気付いてあたふたしているスペシャルウィークを見つつ、トレーナーは『これが俺たちらしいよな』と苦笑いしてしまう。
「で、お返事はどうかな。俺の愛バさん?」
「あぅ……えっと……そのぉ……お嫁さんにして、ください♡」
「この場合、俺が婿入りなんだよなぁ」
「ああ、そうでした! じゃあ、えっと……私のお婿さんになってください!♡」
「ああ、一生大切にさせてくれ」
「はい……っ♡」
スペシャルウィークは感極まってトレーナーに抱きつくと、トレーナーも優しく背中に手を回し、彼女は子どものように何度も何度も大好きな彼の胸板に顔を擦り付けた。
◇
次の日のトレセン学園。
スペシャルウィークが通う教室で、
「はわぁは〜〜♡」
彼女はまだ昨日のことで夢見心地だった。
同室のサイレンススズカも困惑するくらいに。
「スペちゃんがいつも以上にポワポワしてマース」
「何かいいことでもあったんじゃないの?」
「いつものことだと思うけれど……?」
「幸せそうなら良いではありませんか♪」
エルコンドルパサーを始め、仲良し組はそんなスペシャルウィークを訝しむ。乙女センサーは実に敏感だ。
「スペちゃん、何かいいことでもあったんデスカ?」
「あ、エルちゃん! えへへぇ、分かっちゃう?♡」
「なんだかいつも以上にウザいデース」
「エルちゃんひどーい♡ 私はトレーナーさんにプロポーズされて幸せなだけなのにぃ♡」
「ケッ!?」
まさかの爆弾投下にクラスは騒然とする。
唯一涼しい顔をしているのは、
「私は結婚を前提にと指輪を頂きましたので、交際をお受けしました♡」
グラスワンダーのみ。
ここで張り合ってくるのは大和撫子らしからぬ行為だが、グラスワンダーにとっては負けられない戦いなのだろう。
当然、グラスワンダーの発言にもクラス中が騒然とし、
「私もトレーナーさんと結婚の約束してくるデース!」
「何とかしてプロポーズしてもらわないと……」
「にぃにには私と結婚する権利をあげてるから、そろそろかしら? ふふふっ♡」
仲良し組は大いに掛かるのだった。
読んで頂き本当にありがとうございました!
残りのネタがなくなってきたので、そろそろこのシリーズもゴールが近いです(^^)