掛かってしまっているかもしれません!《完結》   作:室賀小史郎

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自分のトレーナーのことが大好きなダイワスカーレットのお話。


一番を譲る気なんてないんだから!

 

 この日、ダイワスカーレットは超絶ご機嫌であった。

 何故なら自身が愛して止まぬトレーナーが、家に招いてくれたから。

 

 URAファイナルズで優勝し、ミスパーフェクトとまで評価されたことで、その担当であるトレーナーにも多額の給料が支払われた。

 そこでトレーナーはこれまでお世話になったトレーナー寮を出て、駅前に建てられた新築のマンションに移り住むことに。

 最近やっと荷解きが終わり、部屋に人を呼べる状態になったので、その記念すべき第一客人としてトレーナーは愛バであるダイワスカーレットを招待したのだ。

 

(新居にアタシを一番に招待するだなんて、トレーナーも分かってるじゃない……ふふん♪)

 

 一番という響きに、それも大好きなトレーナーの一番ということで、ダイワスカーレットはウキウキのルンルンで自然と鼻歌も交じり、尻尾も揺れる。

 特別に駅前の人気が高いケーキ屋でトレーナーへのお土産も買った。特別に予約してその店で一番人気のニューヨークチーズケーキだ。

 そしてあわよくば『あーん』したり、『あーん』してもらったり出来たらいいな、と乙女な思惑もあったりする。

 

 しかし―――

 

 

 

 

 

「……で、これは何?」

 

 

 

 

 

 ―――トレーナーの新居でダイワスカーレットはそんな甘酸っぱいこととは掛け離れた状態になっていた。

 

 彼女は居間にあるソファーに腰を下ろし、足を組む。

 対してトレーナーはテーブルを挟んで向かい側にある一人用ソファーに座ってポカン顔だ。

 

「? 何って……何が?」

 

 今ある状況が理解出来ずにいるトレーナーを前に、ダイワスカーレットは思わず大きくため息を吐く。

 

「だ・か・ら! コ・レ・は・ナ・ニ!? って訊いてるのよ!」

 

 なので分かりやすいように、テーブルに並べたブツを指差して言った。

 何故彼女がここまで機嫌を損ねているのか。

 それは―――

 

「え? 元カノから貰ったやつだけど?」

 

 ―――トレーナーの元恋人が交際期間中に贈った品々であるから。

 

 トレーナーとその恋人は当然今は付き合っていない。

 付き合っていたのはトレーナーがダイワスカーレットと担当契約を結ぶより前の頃。

 別れたのは彼が本気でトレーナー業に専念する上、恋人の方もまた仕事でもうワンランクアップするための勉強で忙しくなっていた。

 なので今後のお互いのことを考えて話し合ってそうなった。

 どちらかに何かしらの問題があったわけではなく、今もたまに互いに仕事の愚痴を言い合う仲だったりするのだが、今の今までトレーナーに恋人がいたことも知らなかったダイワスカーレットにとってはもやもや感が募る。

 

(そもそもアタシとトレーナーはつ、付き合ってないけど、なんで別れた恋人から貰ったものを今でも後生大事に持ってるワケ!?)

 

 悶々としつつ、足を組み直すダイワスカーレット。

 

「……アンタの一番って誰?」

「? 勿論、スカーレットだよ。俺は君に出会わなかったら、チームまで任されるトレーナーになれなかった。だからスカーレットが俺の一番のウマ娘だ」

「っ……そ、そう! そうよね!」

 

 当然のように一番欲しい言葉を返してくれたことで、ダイワスカーレットは思わず耳がピコピコと揺れる。

 しかし彼女はトレーナーの中で『一番の異性』でありたいのだ。

 

 トレーナーが元カノから貰ったと言って置いてあるものは、案外多い。

 トレーナー好みのマグカップや湯呑茶碗はまだいい。しかし中には明らかにトレーナーでは選ばない色のペンやらネクタイピンやらカフスボタンがあるところを見ると、ダイワスカーレットは緩んだ口元をまた引き締め直す。何より彼に似合っていたのが更に不満感を掻き立てるのだ。

 そもそもトレーナー自身も気兼ねなく『そういやこれ、元カノから貰ったやつなんだよな』なんて言い出さなければ、こんなことにはならなかった。

 

「ねぇ、本当にその人と円満に別れたのよね? アンタがそう思ってるだけで、向こうにアンタへの未練があったりとかないわよね?」

「ええ? いやいやないよ。この前も一緒に食事行ったけど、お互いの近況を報告し合ったくらいで……あ、そういえばスカーレットが俺に絶対気があるから、早くその気持ちに応えてあげたらって言われたな」

「ブーーーーーッ!!!!?」

 

 思いもよらぬ言葉にダイワスカーレットは飲んでいた紅茶を思い切り噴き出した。

 

「うわっ、おい、新居なのに! なんだ? ウマ娘界隈では新居祝いでお茶を思い切り噴き掛けるのが習わしなのか!?」

「ゴホッゴホッ……ご、ごめんなさい。変なこと言われたから、つい……」

 

 幸い口に含んでいたのは少量だったので、台布巾で軽く拭き取る程度で済んだ。

 しかしダイワスカーレットはそれ以上に動揺している。

 

(なんで!? なんで会ったこともない人にアタシがトレーナーのこと好きなのバレてるの!? しかもアタシのアプローチも分かってるだなんて!)

 

 まさか会ったこともない人間からそう取られているとは思いもしなかったダイワスカーレット。

 しかし彼女のトレーナーがにぶにぶトレーナーというだけで、実はトレセン学園中のウマ娘たちが彼女の恋を応援している。それはチームメイトのウマ娘たちもだ。

 ダイワスカーレットは無意識だったが、URAファイナルズ優勝後の密着取材時に何度もトレーナーの左腕に抱きついていたし、恋人繋ぎもしていたし、尻尾も常にトレーナーの体のどこかに当てていた。

 この様子はしっかりと取材記事の写真に載っている。

 ただどうしてトレーナーもダイワスカーレットも騒がなかったのかというと、トレーナーはダイワスカーレットからのスキンシップは元から強めだと思っていたので『ああ、この子もやっぱまだまだ大人に甘えたい年頃なんだ』と考え、ダイワスカーレットの方は『これくらい仲良い友達と良くするし』程度の感覚なのだ。

 

 なので周りから見ればこれで付き合っていないのが理解出来ないレベル。

 同室のウオッカなんかはダイワスカーレットがトレーナーのことでやきもきしていると、『なんだコイツ……』と思いつつ適当に相槌を打つのみだ。

 

(元カノがトレーナーをまだ狙ってるとか勝手に決めつけて勝手にヤキモチ焼いて付き合ってもいないのに問い詰めてたのアタシは!?)

 

 そう思い至り、今度はなんとも言えない恥ずかしさに顔や首を真っ赤にして身悶えるダイワスカーレット。

 

「だよなぁ。スカーレットが俺のこと好きとかないよな。好きは好きでもライクだってのにさ」

「…………そうね」

「?」

 

 真っ赤にしていたかと思えば、今度はスンッと表情に影を落としたダイワスカーレットにトレーナーは首を傾げる。

 確かにトゥインクルシリーズを終えてからも、彼女は何かと自分と行動を共にしたがった。

 お昼休みは自分やトレーナーに用事がない限りほぼトレーナー室へ二人分の弁当を持ってやって来るし、休日も基本はどちらかの予定に合わせて行動する。

 しかしトレーナーとしては、それは彼女と担当契約を結んでから続けている習慣みたいなものになっているので、彼女からの好意だとは全く思っていない。

 これにはダイワスカーレットがなかなか素直に言葉に出来ていないのも原因の一つだが、トレーナーの鈍感力も大きく関わっている。

 

 だからこそ、ダイワスカーレットは未だ自分の好意が伝わっていないことにショックを受けた。

 

(なんで……どうしてよ……アンタはずっとアタシの一番なのに……なんでアンタはそうも無自覚でいられるの?)

 

 素直に言葉に出来なくても自分はこれまでトレーナーにあらゆる行動で、自分の気持ちを伝えてきた。

 お弁当もそうだし、互いの予定を確認し合ってお出掛けという体でデートにも誘っている。お弁当に至っては料理の練習という体で毎回彼が喜んでくれる顔を想像しながら作り、それだけで幸せな気持ちになる。

 それにダイワスカーレットにとっては心を許した相手にのみ許している髪の手入れも尻尾のケアも任せ、更には耳掃除も任せているのだ。

 

 故に周りからすればダイワスカーレットが隠しているつもりでも、自身のトレーナーにぞっこんなのはハルウララでも分かる。

 そもそもトレーナーが他のウマ娘を見ていれば、彼女は必ずと言っていいほどに彼の背中に頭や顔を押し付けて構ってアピールをしているし、タイムが良ければ頭や首を撫でるよう言っているのだ。

 

「どうした、スカーレット? 怖い顔になってるぞ? 俺なんかしちまったのか?」

「……別に」

 

 不安そうに訊ねてくるトレーナーに彼女は無愛想に返して、出された紅茶を啜り、乱暴にケーキを口に運ぶ。

 

「スカーレット……」

「? 何よ―――ッ!?」

 

 突然、ダイワスカーレットはトレーナーに顎を軽く持ち上げられた。

 所謂顎クイ。乙女なら一度は夢見るシチュエーションであり、ダイワスカーレットもその一人だった。

 

(え、え? な、何よ……急に。そんな真剣な表情でアタシの顎持って……ま、待って! 嬉しいわ! 嬉しいんだけど、まだ心の準備が! ママには男性の部屋に入ったら油断しないように言われてたけど、まさかトレーナーがこんなに積極的になってくれるなんて! やっぱり、いつものスカートより短いスカートだったのが良かったのかしら? それとも普段の服のサイズをちょっと小さめにして体のラインを強調したのが気に入ってくれたのかしら? 大丈夫。大丈夫よ、アタシ! 今日は可愛い下着だし、何より脱がせやすいのにしてきたもの!)

 

 掛かりに掛かったダイワスカーレットは、これを脳内でたったの一秒という速さで思考する。

 しかし―――

 

 

 

 

 

「クリーム付いちゃってるぞ……ったく。ほい、取れた」

 

 

 

 

 ―――現実は残酷であった。

 

「………………ふぇ?」

「? 取れたぞ? あとケーキはちゃんとフォークで食べること」

「……うん、ごめん」

 

 スンッとまた表情が無になるダイワスカーレットは、先程のときめきを誤魔化すように、トレーナーの鈍感さへの憤りをぶつけるように、ケーキをフォークで串刺しにすると、大きな一口で頬張った。

 ムシャムシャ……ムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャムシャ!

 

 彼女は気が付いたら持ってきたケーキをすべて食べてしまっていた。

 

 ◇

 

「…………」

「大丈夫か?」

 

 ウマ娘でも胸焼けはする。

 ダイワスカーレットも他のウマ娘同様、胃は人間に比べて丈夫ではあるが、流石に8号という大きなワンホールケーキを食べてしまえばこうなるのも仕方がない。一部例外はいるが。

 唯一の救いは上質な物だったので、辛さが少ないことだろう。

 

「…………ッ」

「え?」

 

 トレーナーは次の瞬間目を見開いた。

 何故なら、

 

「うぅっ、グスッ……うわぁぁぁぁぁんっ!」

 

 ダイワスカーレットが大粒の涙を流して泣き始めてしまったからだ。

 彼女のこのような涙は、自分と担当契約をするかしないかの時に見たのみ。

 トレーナーは訳も分からず、彼女を落ち着かせようと手を伸ばすが、

 

「やめてッ!」

 

 その手をダイワスカーレットが拒絶する。

 

「スカーレット……」

「やめてよ! 優しくしないでよ! アンタはいっつもそう! 鈍感で! マヌケで! なのにいつもアタシがその時欲しい言葉をくれる! 格好良くて! 頼りになって! アタシの一番のトレーナーになって! どこまでアタシを勘違いさせたら気が済むのよ! アタシはアンタの……アンタの中で一番の女のコじゃないと嫌なのよ!」

「………………」

「……ゴメン。アタシ帰るから……ゴメン、ナサ―――んんぅっ!?」

 

 立ち上がろうとした瞬間、ダイワスカーレットはトレーナーから強引に引き寄せられた。

 普段ならすぐにその距離を離すことは可能だったが、今は状況が違う。

 何故なら、

 

「んっ……ちゅ、んんぅ、ちゅっ……んぅ」

 

 トレーナーにキスされていたからだ。

 最初は驚いたダイワスカーレットだが、それが一番の男性からのキスだと分かると、瞼を閉じて彼の胸元の服をキュッと掴む。

 

 ドラマや映画で見たことがあるような、唇同士を軽く合わせるだけの優しいキスではない。

 ただただ彼にされるがまま、ダイワスカーレットは彼の舌に口内を蹂躙される。

 彼女はそれが嬉しかった。そういうムードも何もない、唐突なファーストキスなのに、一番の男性にされるこの荒々しくも自分へ対する愛情が注がれているという実感が、とても心地良く、嬉しかったのだ。

 

「んっ、んんぅ……っはぁっ……はぁ〜っ、はぁ〜っ……♡」

 

 トレーナーの唇が離れ、肺一杯に空気を取り込む。

 走ってもいないのに、ダイワスカーレットは有馬記念を全力疾走した時のように肩で息をしていた。

 

「ちょれぇにゃあ……?♡」

 

 呂律が回らないダイワスカーレットは、一生懸命一番の男性のことを呼ぶ。

 すると彼は微笑んでから、もう一度キスをした。今度は優しく。

 

「んむぅ……にゃ、にゃに、すゆのよぉ♡」

「……見事なまでにフニャフニャになってるな」

「う、うるしゃいわにぇ……♡」

「スカーレットが卒業するまではって思ってたけど、あんなこと言われたら無理だった」

「うしょ……♡」

「嘘じゃない。今までは鈍感なフリをしてたんだ。というか、中等部の女子学生に手を出す社会人ってやべぇだろ、普通に考えて」

「……うゆぅ♡」

 

 それでもキスまでしてしまったトレーナーはダイワスカーレットを離そうとはせず、何度も何度も彼女の頭や髪を優しく撫でていた。

 

 ◇

 

 辺りが暗くなってきた頃―――

 

「へぇ、トレーナーってアタシのことが一番好きなんだぁ?♡ ふーん♡ へぇー♡」

「……もうこのやり取り何度目だよ……」

 

 ―――ダイワスカーレットはその瞳の奥にハートマークを浮かべながら、トレーナーの膝上に横抱きさせるように居座り、何度も何度も『ねぇ、トレーナーの一番の女のコって誰?♡』と訊ねている。

 その度にトレーナーはダイワスカーレットだと答え、その度に彼女は破顔し、彼の首筋に頭をグイグイと寄せては胸元に人差し指でクリクリとのの字を書いていた。

 

 幸せの絶頂にいるダイワスカーレット。

 まさかトレーナーが今まで我慢して、鈍感を演じていたなんて思ってもいなかった。

 一度メーターが振り切れてしまえば、あとは簡単。

 今までしたかったことを存分にするのみ。

 

「いいでしょ、今まで散々な目に遭わされてきたんだもの♡」

「あのな……」

「な、何よ……こんなアタシは嫌なの? もうアンタの一番じゃないの……?」

 

 世間体の話をしようとしたトレーナーだったが、すぐに掛かってネガティブな妄想に走る彼女にトレーナーはてんやわんやだ。

 

「違ーう! だから、俺は、普通に考えて社会人と学生が付き合うのはやばいって言ってんの!」

「え、なんでよ?」

「なんでよって、スカーレットの選手生命とか世間体とか色々あるだろ」

「え、アンタ、トレーナーのくせに知らないの?」

「……何を?」

「ウマ娘って普通の人と成長過程が違うから、アタシの年齢なら付き合っても合法なのよ? 流石に飛び級してるニシノフラワーさんとはそうもいかないけど」

「ゑ?」

「呆れた……それだけのことでアタシはこんなにお預け食らってたの?」

 

 ダイワスカーレットが言うように、ウマ娘の成長過程は人間とは違う。

 個人差は勿論あるが、殆どのウマ娘は中等部に上がる頃には人間でいうと大学生辺りの成熟度扱いになるのだ。

 故にウマ娘は早くに結婚して次世代のウマ娘を産み、人間と共に繁栄してきた。

 

「……でもまだまだレース出たいだろ?」

「エアグルーヴ先輩のお母さんは先輩を産んだあとでも走ってたじゃない」

「それはまあ……」

「世間じゃ人とウマ娘の結婚なんて年の差婚が普通なんだから、気にしないでいいと思うんだけど?」

「…………」

「やっぱり、アタシはアンタの一番じゃないのね……」

「だぁ〜っ、もう! 分かった! 分かったからすぐに自信失うの止めろ!」

「ホントに? アタシが一番?」

「スカーレットが一番だよ!」

「えへへ、やったぁ♡」

 

 トレーナーは『もうなんかどうでもいいや』という境地に至る。

 彼女がこんなに自分とのことを求めてくれているのだから、あとはもう自分が彼女を幸せにすればいいだけなのだから。

 トレーナーは観念したように気持ちの整理をつけ、恋人となったダイワスカーレットが満足するまで頭や首を撫でてやった。

 ただ寮の門限には間に合うように送ったという。

 当然、送って行った時にピッタリとくっついて離れない二人を見た寮のウマ娘たちは、

 

『スカーレットがトレーナーと付き合ったぞー!』

 

 とお祭り騒ぎになったが、みんなが祝福し、次の日には理事長直々に、

 

『祝福ッ!! 君たちの歩む先に幸あれッ!!!!』

 

 と祝福され、

 

『ダイワスカーレット☆ついに担当トレーナーの一番を手にする!』

『ダスカトレーナーは名男優!? これまでの鈍感発言はすべて演技だった!』

『ビッグカップルの誕生!』

『トレーナーは世間をやきもきさせた責任を取ってダイワスカーレットを一生幸せにせよ!』

 

 等とマスメディアに取り沙汰され、周りからも世間からも祝福されるのだった。

 

「ねぇ、アンタの一番は誰?♡」

「……スカーレットだよ」

「ふふん、当然よね!♡ アタシが一番!♡」




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