掛かってしまっているかもしれません!《完結》 作:室賀小史郎
「すまないな、タイシン。私の買い物に付き合ってもらって」
「別に。アタシも丁度欲しかった本があるから付いてきただけだし」
「ふふっ、感謝する」
「ん」
今日は休日。
オフが重なったビワハヤヒデとナリタタイシンは共に駅ビルの中にある大手の書店で本を購入した。
因みに求めていた物はビワハヤヒデが数学の参考書。ナリタタイシンは料理本。
「タイシンは相変わらずトレーナー君への愛妻弁当の探究か?」
「別にそんなじゃない。ただ、レパートリー増やした方があとあと楽じゃん」
「あとあと?」
「……だから、これから先もずっとアタシがアイツが口に入れる物を料理するのに今作れる料理のローテーションだと飽きられるでしょ」
ナリタタイシンのぶっきらぼうながら早口な返答に、ビワハヤヒデはメガネをクイッと上げながら、内心彼女が自分のトレーナーとの先の先まで見据えていることに舌を巻く。
彼女は今でも料理のレパートリーは多い方だが、彼女の先程の答えはトレーナーとの結婚後のことまで視野に入っているからだ。
ビワハヤヒデは本当に自分は置いてけぼりを食らっている、と思う。
同じくオフであるウイニングチケットは相変わらず今日も今日とて自分のトレーナーとデートしているし、ナリタタイシンは自分のトレーナーと離れていても心は常に傍にいるのだ。因みにナリタタイシンのトレーナーは今また別件で出張中。
そんな二人に対して自分は己の知識の探究心を満たすために数学の参考書を手にしている。
(私は本当に何をしているのだろうな……)
本当ならばトレーナーを誘うべきだった。
しかし今日はトレーナーに先約があったので、それは叶わなかったのである。
(いや、言い訳だな。彼を想うのであれば、彼を想って私なりの行動を取るべきだ)
ビワハヤヒデはそう思ったところで、ピタリと足が止まった。
「ん? ハヤヒデ、どうかした?」
「…………タイシン」
「何?」
声が震え、明らかに動揺する親友を見て、ナリタタイシンは彼女が凝視する方へと視線をやる。
「あれって、ハヤヒデのトレーナーだよね?」
「ああ……紛うことなき、我が愛しのトレーナー君だ」
「隣に女のヒトがいる」
「……そうか。やはり私の見間違いではないのだな」
視線の先にはビワハヤヒデのトレーナーがいた。
しかし彼の隣には、ナリタタイシンまでとはいかないが小柄で可愛らしい女性がいる。しかも遠目から見ても二人はかなり親しげだ。
「はは……彼はやはり、ああいういかにも女の子というタイプが好みらしい」
「え、いや、ち、違うかもよ?」
「フォローはしなくていい。逆に虚しくなるだけだ」
彼は浮気をするような男ではない。
つまりは恋人兼担当バよりもあのヒト娘のことを優先するような間柄だった、というだけ。
しかしビワハヤヒデは自分が普通の女性とは違って可愛げのないのがいけないのだろう、と思ってしまう。
そんなことを考えていると、ビワハヤヒデは知らぬ間にボロボロと涙を零していた。
これにはナリタタイシンも焦る。それと同時にビワハヤヒデのトレーナーへ怒りが込み上げてきた。
ビワハヤヒデは一途に彼のことを想っているのに、当の本人はその自覚がないのだから。
「アタシが一発蹴飛ばして来ようか?」
「……いや、そんなことをしても何も解決しない。そもそもウマ娘が人に怪我を負わせたとなると、大ニュースになるしタイシンの今後に悪影響しか生まない。気持ちだけ受け取っておこう」
「でもこのまま何もしないのって……」
「いいんだ。そもそも私に彼のような男性は勿体無いとすら思っていた。だからこれでいいんだ」
ナリタタイシンはビワハヤヒデの気持ちを聞いてグッと怒りを押さえる。
すると彼女のトレーナーと女性の元へ、壮年の夫婦らしき男女がにこやかにやってきた。
「ハヤヒデ、あれは誰か知ってる?」
「あれは……トレーナー君のご両親だ。URAファイナルズが終わったあと、わざわざ控え室まで挨拶をしに来てくれた」
「そっか……ん? ねぇ、ハヤヒデのトレーナーって兄弟いる?」
「大学受験を控える歳の離れた妹さんがいるとは聞いている」
「じゃあさ、隣にいるのその妹なんじゃないの?」
その時、ビワハヤヒデに電流走る。
「そうか。妹さんがオープンキャンパスか何かでトレーナー君を頼り、ご両親は旅行ついでに付いてきたのかもしれない! いや、そうであれば辻褄が合う!」
息を吹き返したかのように目に光が戻るビワハヤヒデに、ナリタタイシンはホッとしつつも、
(また無実の人を蹴飛ばすとこだった……というか、最近こういうの多い気がする)
自分の足癖の悪さを反省した。
「…………タイシン、私は決めたよ」
「? 何を?」
「今日、今ここで決める」
「…………は?」
素っ頓狂な声を出すナリタタイシンだが、ビワハヤヒデは既に涙を拭いて彼女の元を離れ、自身のトレーナーがいる一団へと歩を進めている。
その気迫はURAファイナルズ長距離決勝をモノにした時と同等の気迫だった。
(…………まあ、一応見届けバになってあげた方がいいのかな)
なのでナリタタイシンはビワハヤヒデの背中を追うことにした。
◇
「トレーナー君。奇遇だな」
「おや、ハヤヒデさん。タイシンさんと買い物ですか?」
「ああ、数学の参考書を買ってきたところだ」
「……どうも」
「おお! 〇〇の担当バの! 元気そうで何よりだ!」
「あらあらまあまあ! 会えるだなんて嬉しいわ!」
「え、ホントにビワハヤヒデさん!? うわぁっ! しかもナリタタイシンさんまで! 本物だ!」
二人の登場にトレーナーの家族は大興奮。
特に妹はビワハヤヒデの大ファンであり、BNWの三人が大好きなのもあって人一倍感動している。
「そういえば、〇〇はハヤヒデさんに会うのは初めてだったね」
「うんっ! 決勝戦の時は模擬試験でレース場まで行ってられなかったから……」
「それで私たちだけレース場まで観光に行ったもんだから、帰ってから〇〇に散々嫌味を言われたのよねぇ」
「だってお母さんたちがビワハヤヒデさんと撮った写真を見せびらかしたりするからでしょ!? 私は試験でレース場旅行我慢したのにさ!」
当時の悔しさが蘇ってきた妹が両親を睨めば、両親は揃って苦笑いした。
ナリタタイシンは『仲いいな、この家族』と微笑ましく感じている中、
「写真くらい、今後いくらでも一緒に撮れますよ」
ビワハヤヒデは既にトレーナーの生涯の隣をロックオンしている。
「本当ですか!?」
「ええ。それより、私に敬語は不要ですよ。私の方が年下ですし、何より私の愛するトレーナー君の妹さんですから、気安く接して頂きたい」
「…………へ?」
「は、ハヤヒデさん?」
困惑するトレーナーと面を食らった家族。
しかしビワハヤヒデは構うことなく、トレーナーの左腕に両手を絡め、彼の肩にしなだれる。
「トレーナー君もそのつもりで私と交際してくれているだろう?♡ ならばご家族には早めに伝えておいた方がいいと判断した♡」
「あ、ああ、なるほど……?」
「む、そうなると私は妹さんの義姉になるのか。なんだか不思議な感覚だな。義姉であり、実年齢は妹的立場というのは……ふふっ」
ナリタタイシンは『うわぁ、完全に掛かってるわぁ』と思いつつ、『まあハヤヒデが幸せそうならいいや』と成り行きを見守る。
「お付き合いしていたのはこの前知ったけど……」
「そうか。お前ももう嫁さんを貰う歳だもんな。そうなるよな」
「え、え? えっ? お兄ちゃんがビワハヤヒデさんと付き合ってて、結婚するの? え、推しが兄嫁に?」
「ということですので、今後とも良きお付き合いを。不束か者ではありますが、彼を一生支えられる伴侶になれますよう誠心誠意努力します」
ビワハヤヒデがそう言ってトレーナーの家族に頭を下げると、トレーナーも決意したのか目の色が変わり、家族に―――
「式の予定とかはまだ未定だけれど、彼女と結婚するよ。彼女共々、これからよろしく」
―――頭を下げた。
ナリタタイシンは『おお、やるじゃん』と感心しつつ、『アタシのトレーナーだったら……』と今の状況を自分とそのトレーナーに置き換えて妄想が捗る。
「ということで、タイシン。悪いが、ここで君と別れてもいいだろうか?」
「っ……あ、うん。いいよ。なんだったら参考書、寮まで持って行こうか?」
「それは悪い……いや、参考書を持ったままというのも変だな。よろしく頼む」
「ん。ニンジン一本ね」
「任せろ。国産の三ツ星を用意する」
「ん」
こうしてナリタタイシンはその場を離れ、ビワハヤヒデはまさに新妻といった態度でトレーナーに侍り、その家族と賑やかで幸せな休日を過ごした。
◇
ビワハヤヒデと別れたあと。
「あ、もしもし、トレーナー? 今いい?」
『おお、タイシンか。どうかしたのか?』
「別に。アタシがいないのをいいことに浮気してるかなって思って」
『してる訳ないだろ。俺は一生タイシンだけだ』
「うっさい、バカ♡ 真っ昼間から何恥ずいこと口走ってんの♡」
『言われたくて振ってきたようなもんだろ……』
「はあ?♡ 自意識過剰じゃない?♡ てか浮気してるから、そう言えばアタシが誤魔化されるって思って言ったとかさ♡」
『んな訳ないだろ! 俺はタイシン一筋だ! ナリタタイシンは俺の一生の愛バなんだ!』
『はいはい、だからうっさいって♡ あーあ、恥ずかし♡ 大の大人が電話でカノジョに愛を叫ぶとかさ……♡』
『ったく……相変わらず、天邪鬼だな』
「面倒くさい女でごめんね♡」
『全然悪びれてねぇだろ?』
「だって口ではなんとでも言えるしー?♡ 休日にカノジョをほっといて不安にさせるのが悪いしー?♡」
『だから今日はタイシンの親父さんと一緒に花の新しい仕入れ先を開拓しに行ってるだけだ! 浮気目的で同行してるんじゃない!』
「必死過ぎ♡ そんなにアタシに浮気を疑われるのイヤなんだ?♡」
『当たり前だろ! こんなにこんなに愛してるのに! 浮気を疑われるとか冗談じゃない!』
「っ……うん、そうだよね♡ アンタはアタシのだもんね♡」
『ああ。分かってくれたか?』
「分かんないから早く帰ってきて分からせて♡」
『…………夕方に帰るから、外泊届出して俺の部屋にいろ』
「はーい♡ 晩御飯作って待ってる♡ 期待してるね……ちゅっ♡」
愛するトレーナーとの電話を終えたナリタタイシンは、
「アタシバカじゃないのっ!!!!!!!!」
街中で、しかもデレデレになって受話器越しにキスまでし、冷静さを取り戻してその羞恥に堪えかね、鬼の末脚で寮まで爆走するのだった。
読んで頂き本当にありがとうございました!