掛かってしまっているかもしれません!《完結》 作:室賀小史郎
ある日の昼休み。
ナリタタイシンは一人で自分のトレーナーがいるトレーナー室で重箱を広げて待っていた。
近頃はビワハヤヒデも自分のトレーナーと昼食を共にすることが増え、ナリタタイシンもそれならばと自分も自分のトレーナーと過ごそうと今に至る。
(作れそうなのから片っ端から作ってみたら重箱になっちゃったな……)
反省するナリタタイシンだが―――
(ま、でも何が好きか苦手か反応見れるからいいか。アイツ大食いだし)
―――効率的な思惑があるのは確かだ。
そんな彼女のトレーナーはというと、つい先程電話だということでトレーナー室の外に出ていった。
外にいると言ってもそれは形式的なもので、扉の前で電話をしているし元から声も大きいため、ナリタタイシンには彼の声が全て聞こえている。
『分かった。再来月の土曜日な。その日ならタイシンも空いてるから一緒に行けるよ』
どこかに行く約束をしているようで、ナリタタイシンは『何勝手にアタシも行くこと決めてんの……』と思いつつ、
(今度はアタシを置いてかないんだ……感心感心♡)
とても満更ではない様子で鼻歌交じりに尻尾がゆらりふわりと揺れた。
ガラガラ―――
「ごめんな、タイシン。お待たせ」
「別に。それより何の電話だったの?」
トレーナーをソファーに座らせ、今はすっかり定位置となった彼の膝上に腰を下ろし、慣れた手付きでたまごサラダを彼の口に運ぶナリタタイシン。
「もぐもぐ……高校の時の友達からだ。再来月結婚式を挙げるから、出席してほしいって。出来ればタイシンもって。そいつの嫁さんがタイシンのファンなんだってさ」
「ふーん……アタシ、結婚式に着て行くようなドレスとか持ってないけど? 次は唐揚げね。あーん♡」
「あむっ……もぐもぐ……ドレスは気にするな。今日の放課後に仕立て屋を呼んである。そして俺のパートナーである以上、俺が用意するから」
「何それ?♡ アタシまだ行くなんて一言も言ってないんだけど?♡」
「一緒に行ってくれないのか?」
体格の宜しいトレーナーが捨てられた子犬のような目をしてナリタタイシンに言えば、ナリタタイシンは尻尾の付け根がいい意味でゾワゾワする。
ナリタタイシンはトレーナーのこういったギャップが大好物なのだ。
「アタシとそんなに行きたいんだ?♡」
「ああ、行きたい」
「ふーん♡ そっか♡ じゃあ、今日作ってきた料理を残さず食べて、感想言ってくれたら考えてあげる♡」
「ああ、ありがとう、タイシン!」
「うっさ♡ いいから、早く食べてよ、片付かないじゃん♡」
こうしてナリタタイシンはルンルン気分でトレーナーと昼休みを過ごし、放課後まですこぶる絶好調だった。
◇
それから一ヶ月。
ナリタタイシンのオーダーメイドのドレスが無事に届いた。
「おぉ! 綺麗だぞ、タイシン!」
「うっさい、バカ♡ てか、仮縫いの段階でも見てたじゃん♡」
「完成形は初めてだ! 色合いもタイシンに良く似合うし、惚れ直した!」
「あっそ♡」
相変わらずぶっきらぼうな言い草なナリタタイシンだが、耳と尻尾は素直に機嫌良く揺れている。
パーティドレスはシンプルなAラインのワンピースドレスで、袖は七分丈。但し袖から鎖骨部分にかけては薄い桃色のシースルー。胸元からスカートは薄い黄色で、腰に巻いてある黒色のリボンの中央には、ワンポイントとしてラナンキュラスの造花があしらわれていた。スカートの丈はミモレ丈。
因みにラナンキュラスはナリタタイシンの誕生日6月10日の誕生花。
あとはこのドレスに合わせたアクセサリーとヒール。これも全てトレーナーがプレゼントしている。
ネックレスとブレスレットはホワイトパールで、それも彼女の誕生石であることからトレーナーの彼女への愛が伝わってくる。
なのでナリタタイシンは嬉しくて仕方ない。
そんな彼女の様子を見て、トレーナーも思わず頬が緩んだ。
一方、トレーナーに至ってはグレーのフォーマルスーツに白いシャツと薄い黄色のネクタイで出席する。
あとは一緒に友人の結婚式へ臨むばかり。
だったのだが。
◇
「…………」
「タイシン……」
結婚式が明後日に迫ったこの日、ナリタタイシンは風邪を引いて倒れ、学園の保健室へ担ぎ込まれた。
昨日、迫っている結婚式のことでいても立ってもいられず、雨の中走り込んでしまった結果だ。
保健医が言うにはしっかり休んで栄養を摂れば熱は下がるだろう、とのこと。但し暫くは安静と言われた。
「ん……ここは?」
「目が覚めたようだな。ここは学園の保健室だ。タイシンは授業中に机に突っ伏したままだったそうだぞ。ビワハヤヒデとウイニングチケットの二人がここまで運んで、俺のトレーナー室まで知らせに来てくれたんだ」
「そっか……あとで二人にお礼言わないと……」
「そうだな」
それからトレーナーは保健医から言われたことを彼女に伝え、
「それと、結婚式のことだが……」
明後日に控えた友人の結婚式に欠席する旨を告げようとした。
「……出席する」
「でも―――」
「言わないで」
「……タイシン」
「欠席しよう、なんて言わないで……アンタが初めて、アタシを置いて行かないのに。置いてかれたら、アタシ……」
ナリタタイシンはトレーナーと一緒に出席したくて堪らない。
せっかくトレーナーが自分のことだけを考えて色々と準備して用意してくれた。なのにそれを無駄にさせたくない。
何よりトレーナーの友人やその新婦さんに『これが、俺が育てた愛バのナリタタイシンだ』と紹介されたい。彼の隣に立って。
「明日は授業もトレーニングも休むから。寮で大人しくしてるって約束するから、だから……」
「当日、少しでも熱があったら泣いても欠席するからな?」
「…………」
「返事」
「……や」
「おい」
「や!」
「ガンコタイシン」
「ふんだ。悪かったね、可愛げのないカノジョで」
「そんなこと思ってない。俺はタイシンを愛してる。そんな頑固なとこも」
「……バカじゃないの?」
「ああ、俺はタイシンと出会ってから、ナリタタイシンバカになってるよ」
「……うざ」
「タイシンが自分を追い込むから、俺はうざいくらい心配する側で丁度いいんだよ」
「…………好き」
「ああ、俺も好きだ」
「……大好き」
「おう、俺も大好きだ」
「愛してる」
「愛してるよ、タイシン」
愛の言葉を伝え合い、二人は互いの額を合わせる。
本当はキスしたいが、風邪が移ったらいけないと額で我慢した。
「寮まで送るよ」
「……抱っこがいい」
「ああ、いくらでも」
「横抱きね」
「ああ、俺の首筋に顔埋めたいんだもんな」
「うん」
こうしてちょっと素直になったナリタタイシンをトレーナーはお望み通り抱きかかえ、寮へ贈り届け、その帰りにビワハヤヒデのトレーナー経由でナリタタイシンの持ち物を届けてもらえるようお願いするのだった。
◇
結婚式当日。
無事に体調が戻ったナリタタイシンは、トレーナーにエスコートされて式場へとやってきた。
ナリタタイシンは皐月賞ウマ娘であり、天皇賞春秋、ジャパンカップ、有馬記念を制した有名バ。
なので新郎が新婦へサプライズプレゼントということで招待しているため、式の途中から参加となる。
「タイシン、本当に大丈夫か?」
「大丈夫だって。寧ろこのまま春天走れるくらい絶好調だけど?」
「そっか。良かった」
「アンタこそ大丈夫なわけ?」
「え、何がだ?」
「だってピアノ弾くんでしょ?」
「ああ、大丈夫大丈夫。ガキの頃からやってるし、しっかり練習してきたからな」
「ふーん、ま、信じてるけど♡」
今回の演出はトレーナーが先に式場へ入り、ピアノを演奏する。
演奏する曲は『Make Debut!』で、トレーナーの友人である新郎はヴァイオリン演奏で参加するのだ。
ファンファーレの部分をトレーナーがゆったりと弾いたら、スタッフがゲート(扉)をオープンしてナリタタイシンが歌いながら入場するという流れ。
「さて、そろそろスタンバイだな!」
「はいはい♡」
「ダンスがない分、タイシンの美声をプレゼントしよう!」
「分かったって、うっさいな♡」
そして二人は新婦へ最高のサプライズプレゼントをするのだった。
◇
ナリタタイシンの登場と歌。そして新郎とその友人の生演奏に新婦はもちろんのこと、招待されていた人々も大いに盛り上がった。
中でも新婦は感涙でメイクが崩れる程で、お化粧直しをしてからナリタタイシンと何枚もツーショット写真を撮ってもらい、また泣いていた。
結婚式での恒例行事ブーケトスは何故か周りが空気を読み、新婦がまたまた泣きながら『タイシンさんに幸せになってほしいです!』とブーケを手渡され、これには流石のナリタタイシンも面を食らいつつも、断るのもアレなので受け取った。
「凄く喜んでもらえたな」
「そうだね……チケット並に泣き虫な新婦さんだったけど、あれくらいなら可愛いってレベルかな」
「そりゃあ、憧れの存在が自分の結婚式に来てくれれば誰だって泣くだろ」
「その憧れってのがアタシだと照れ臭いが先にくるんだよ……」
結婚式場からの帰り道、ナリタタイシンはトレーナーの運転する車の助手席で、先程の結婚式の話に花を咲かせる。その手にはちゃんと新婦から受け取ったブーケがあり、大切に持っていた。
「でも、本当にタイシンの大ファンなんだぞ?」
「本人からも聞いたって……」
「あの子、生まれつき体が小さくて、入退院を繰り返してたらしいんだ」
「……へぇ」
「そんで、アスリートウマ娘にはかなり憧れてたそうだ」
「…………」
「そこに彼女と同じように体が小さいのに、圧倒的な走りをするナリタタイシンを見て、一気に世界が変わったんだと」
新婦はウマ娘。しかしトレーナーが言うように、彼女は元々が体が弱くてウマ娘でありながら普通のヒトと変わらぬ生活を送っていた。
ヒトと比べれば確かに力強く、足も早い。しかしそれだけ。周りのウマ娘と比べれば何も秀でていない。
なので勉強に励み、普通の生活をし、普通の恋をした。
当然、相手は今日結婚したトレーナーの友人。
ただ、彼女はネガティブな性格から相手に嫌われたくない思いが強く出て、積極的になれずにいた。
そんな時に恋人から『俺のダチが担当してるウマ娘が皐月賞で走るんだってよ。応援しにいかね?』とナリタタイシンのレースを観戦することに。
そこで観たナリタタイシンの走りに、彼女は勇気を貰った。
「やっぱりタイシンの走る姿は色んな人にいい影響を与えるんだな」
「……バカ」
そうは言うものの、内心では『アタシの走りでも誰かの力になれるだなんて……』と心が温かくなるのを感じているナリタタイシン。
しかし彼女はだからこそ思う―――
(アンタがいなかったら、今のアタシはなかった)
―――と。
ヒトである同級生たちにバカにされ、見返したくてがむしゃらになっていた。
足掻けば足掻くだけ、藻掻けば藻掻くだけ、足は言うことを聞かなくなっていく。
そこに手を差し伸べてくれたトレーナー。
彼の存在が自分にとってどれほど大きいのか、彼は分かっていない。
しかしナリタタイシンはそれを直接伝えるつもりはないし、気づいてほしいとも思わない。
何故なら―――
「今度は俺とタイシンの結婚式にあの二人を呼ぼうな」
「まだ先じゃん……バーカ♡」
―――彼は一生、自分の隣にいてくれるのだから、自分だけが分かっていればそれでいいのだ。
ナリタタイシンは可愛い。
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