掛かってしまっているかもしれません!《完結》 作:室賀小史郎
『あなた……もういい加減になさい』
『いや!』
『離れなさいっ!』
『やぁぁぁん!』
幼いウマ娘が一向に少年から離れようとしないことにしびれを切らし、娘の母親は無理矢理引き離す。
少年は困りながらも、笑顔でそのウマ娘が泣き止むように首を優しく撫でた。
『ごめんね。こんな急に離れることになって……でも、必ず日本に帰ってくるから』
『……ぜったい?』
『うん。すぐには無理だけど、必ず戻ってくる』
『すぐじゃなきゃや!』
『うーん……すぐには戻れないかなぁ』
『やぁぁぁん! わたしをおいてかないでぇぇぇっ! このへっぽこぉぉぉっ!』
『次に会う時はへっぽこって言われないようにするよ』
少年がそう言うと、背後に立つ両親に肩を叩かれる。
時間だ、と。
『それじゃあ、またね』
『しらないっ!』
こうして少年はウマ娘の少女とその母親に背を向け、両親と共にアメリカ行きの飛行機へと乗り込むのだった。
―――――――――
――――――
―――
『到着便のご案内を致します。ニューヨーク―――』
羽田空港の国際線ターミナルに、小規模だが報道陣が集まる。
理由は本日帰国する日本人を報道するためだ。
その日本人とは―――
「〇〇さん! おかえりなさい!」
「宜しければ是非ともインタビューを!」
―――アメリカで4年間だがアスリートウマ娘のトレーナーをしてきた男。
彼は12歳の頃に父親の転勤でアメリカへ渡った。
父親は日本でも有名な敏腕トレーナーであったため、その腕を見込まれアメリカのアスリートウマ娘専門の名門スクールへ引き抜かれ、それに伴う渡米である。
父の厳しくも熱心な指導により、トレーナー本人も18歳という若さでその才能を開花。
アメリカのレースで既に勝利させたウマ娘の人数は二桁になる。但しGⅠへの挑戦は未だ未経験。
しかし海外で実績を上げてきた期待の新星が帰国してその腕を日本のウマ娘に振るうのだから、メディアや関係者たちからの期待は高くなる。
「もうお目当てのウマ娘はいるんですか!?」
乙名史悦子が興奮気味で質問すると、彼は初めて足を止める。
四方向からマイクを向けられると、
「それは10年前から決まってますんで」
微笑んで返し、颯爽と報道陣らを置き去りに空港をあとにした。
―――――――――
トレーナーがその足で向かったのはトレセン学園。
日本のトレーナーライセンスは既に取得済みで、今日は理事長との顔合わせがある。
「お待ちしていました、〇〇トレーナーさん。私は理事長の秘書を務めます、駿川たづなです。これから宜しくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ宜しくお願いします」
互いに挨拶を済ませ、トレーナーは駿川から道すがらトレセン学園の説明を受けた。
そうしていると、トレセン学園の生徒たちが続々と何処かへ向かう様子が見える。
トレーナーはそれを気になって見ていると、駿川は小さく微笑んで「ご覧になりますか?」と訊ねた。
◇
今日はウマ娘がトレーナー陣へ向けて己の実力をアピールするための大切な模擬レース。
芝中距離2200メートル。
「今日のレースは訳あって担当トレーナーさんとトゥインクルシリーズのシーズン途中に契約解消をしてしまった子たちが出走する模擬レースです」
「……なるほど」
ウマ娘はトレーナーが付いて初めてアスリートウマ娘としてのスタートラインに立てるが、その関係が続かないことも時にはある。
故にそうなった子たちは再びトレーナー陣へアピールしなくてはならない。
「今回の注目はキングヘイローさんに集まってますね。ただ彼女は菊花賞のあとで担当トレーナーさんと意見が合わず、契約解消に至ってしまったので……」
「……そうですか」
そんな話しをしている内に、レースが始まった。
◇
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」
12人中10着という結果に終わったキングヘイロー。
しかし彼女は決して下を向かない。何故なら自分は一流のウマ娘で、その名にある通りキングは下を向かないからだ。
ただ、彼女へ声を掛けようとするトレーナーは誰一人としていなかった。
そこへ―――
「相変わらず負けず嫌いだな、グーちゃん」
―――トレセン学園へやってきたばかりのトレーナーが愉快そうに彼女へ声を掛ける。
グーちゃん……それはキングヘイローにとって特別な、たった一人の大切な人にしか呼ばせない愛称。
「…………え」
「久しぶり。遅くなったけど、帰ってきた。一流になって」
「にぃに……?」
思い出の中の彼とは声も背格好もかなり変わってしまったが、確かに雰囲気と匂いは思い出の中の彼だった。
「俺以外のヤツと担当契約なんかしたから解消になっちまうんだ……ってことで、今日から俺が担当になってもいいよな?」
「あ……」
あの頃と同じ、かたえくぼの笑顔。
そんな彼にキングヘイローは―――
「……帰ってくるのが遅過ぎるのよ、このへっぽこぉぉぉっ!」
―――泣きながら叫び、大好きな男の胸に飛び込んだ。
◇
そんな運命的な再会から月日が経ち、キングヘイローは今や超が付く一流ウマ娘となった。
高松宮記念、安田記念、天皇賞秋、有馬記念とGⅠを制し、その名を轟かせた。
中距離路線から急な短距離マイル路線への変更。それだけでも無謀だというのに、そのまま中長距離も制したことで誰もが彼女とそのトレーナーを一流だと認める他なかったし、彼女の元トレーナーも彼女たちの成功にとても喜んだ。
そんな順風満帆のキングヘイローだが、
「………………」
今にも泣きそうな顔をして噴水近くのベンチに腰を下ろし、空を見上げている。
理由は自分が不甲斐ないから。
「……はぁ」
重たいため息を吐き、彼女は先程のことを思い浮かべる。
◆
それはキングヘイローがスペシャルウィークやセイウンスカイといった、いつもの仲良しメンバーでカフェテリアにて食事をしていた時のこと。
みんなでそれぞれ食事をしていると、各々の担当トレーナーたちも食事をしにカフェテリアへとやってきた。
キングヘイローは勿論、他のメンバーもお昼休みに自分のトレーナーに会えたことを喜び、同じテーブルに誘う。
皆が皆カフェテリアで食べたい物を頼んで座る中、キングヘイローのトレーナーだけはお弁当を持参してきた。
作ったのは当然、キングヘイロー。
彼女は自分が愛して止まない、自分をオンナとして一生愛する権利を与えたトレーナーにこうして毎日お弁当を作り、毎朝渡している。それは学園が休みである休日でも。
「キングとそのトレーナーさんは本当に仲良しデース!」
「一流のウマ娘は愛も一流ですなぁ♪」
「キングちゃん凄い!」
「微笑ましいですね」
エルコンドルパサーを始め、友達らに生温かい視線と言葉をぶつけられるキングヘイロー。
当然、トレーナー陣も彼女のトレーナーにやじを飛ばす。
キングヘイローのトレーナーが照れ笑いしながらそのお弁当箱の蓋を開けると―――
『………………』
―――まるで時が止まったかのように誰もが沈黙し、その場の空気が凍りついた。
何故ならお弁当の中身が控えめに言って凄惨な状況だからだ。
先ず目に飛び込んで来るのは白飯。それはいい。しかしおかずが問題で、
「……あの、丸焦げの黒い棒は何なんデスか?」
「ソーセージよ? ちょっと焦げちゃったけど、カリカリベーコンがあるんだもの、あれだって平気よ」
「あの真っ黒なボール状のは?」
「鶏の唐揚げね。黒い唐揚げのレシピを見つけたから作ってみたの」
「ご飯の上に乗ってる黒いのは……海苔の粉末、とか?」
「いいえ、あれはたらこを炒ったやつ。どれくらい炒ればいいかレシピに載ってなかったから、色が変わるまでやったわ」
「スクランブルエッグだけは完璧ですね……」
「玉子焼きは得意なの♪」
スクランブルエッグ以外がほぼ黒いからだ。
これには流石のセイウンスカイも茶化せず、ただただ口をあんぐりと開ける。
そして最も皆が驚いたのは、
「いやぁ、今日も美味そうだ!」
トレーナーのこの発言であった。
他のトレーナーたちやエルコンドルパサーたちは、どう見てもそれが食べていい物体に見えない。
あの食欲旺盛なスペシャルウィークですら、箸が止まっている。
なのにキングヘイローのトレーナーは満面の笑みでソレを食べ始めた。
ガリガリ、ボリボリ、バキバキ……と、豪快な咀嚼音が皆の耳にこだまする。
「ね、ねぇ、味はどう?」
不安そうに訊ねるキングヘイロー。
「? めっちゃ美味いよ! 中でもやっぱグーちゃんの玉子焼きが一番好きだな! このぺちゃっとしてる中にまたに卵の殻のカリカリがある食感は誰にも真似出来ないだろ!」
「そ、そう……まあ当然よね! このキングのお弁当なんだもの! 有り難く完食する権利をあげるわ!」
トレーナーの返答にキングヘイローはいつもの自信たっぷりスマイルを浮かべる。
しかし、
「試しに俺も貰っていい?」
「おう、いいぞ。いいよな、グーちゃん?」
「ええ、構わないわ!」
スペシャルウィークのトレーナーが興味本位に黒い唐揚げを食べた途端、顔を青くしてトイレへ駆け込み、キングヘイローはそれを見て初めて自分の料理の下手さを自覚したのだった。
◇
そういう訳で、キングヘイローは絶不調。
あれだけ美味しい美味しいと愛するトレーナーが食べていたモノは、とても人に食べさせていい代物ではなかった。
自分は料理が上手くなったと錯覚していただけだったのだ。
「探したぞ、グーちゃん」
「……なんで来たのよ……」
そこへトレーナーがやってくる。
「なんでって……別れ際のグーちゃんが泣きそうな顔をしてたから」
「別にそんなことないわよ!」
「嘘だね。グーちゃんは泣きそうになるといつも上を向く癖がある。俺にはお見通しだぞ?」
「……知らないわよ、ふんっ」
プイッとそっぽを向くキングヘイロー。
しかしそこまで自分のことを分かってくれていることは嬉しいので、耳は控えめにくるんくるんと回っている。
「俺は本当に美味しいと思ってる」
「……あんなことがあったのに?」
「それはアイツが一流じゃないから」
「スペシャルウィークさんはダービーも取ったし、ジャパンカップも取った。それはあのトレーナーが付いてたからじゃない?」
「グーちゃんには勝てないね! なんたって俺の愛バだし!」
「……ねぇ、にぃには本当にお腹とか壊したりしてない?」
「え? めっちゃ健康だぞ? この前も健康診断は何も見つからなかったからな」
「…………じゃあ、舌がバカなの?」
「んなことあるか」
だってそれ以外に有り得ない。とキングヘイローは言った。
するとトレーナーは彼女を優しく抱きしめる。
「ちょ、今はこんなことするような感じじゃ―――」
「俺にとって、グーちゃんがくれる物は全部宝物なんだ。それが例え毒であっても」
「今毒って言ったわね」
「例えばって言ったろ。俺はグーちゃんが俺への愛をこれでもかと詰め込んでくれた料理が大好物なんだ」
背中をポンポンされ、鼓膜を彼の声で優しく撫でられると、キングヘイローはトロ顔になりながらも「……おバカ」と反論する。
「なんとでも言え。そもそも小さい頃のグーちゃんの料理に比べたら格段に美味くなったのは事実だぞ。小さい頃、茹でてない乾燥麺に生クリームとクリームチーズと切ってないベーコンで生パスタのカルボナーラって言われたあの衝撃は今でも覚えてるぞ」
「あ、あれは……幼かったし、料理の知識もなかったからで」
「あれを食って以来、何を食っても平気になった」
「……ごめんなさい」
「別に責めてるんじゃない。あの頃から俺は、グーちゃんの為ならなんだってやるって誓った。一生懸命俺のためを思って作ってくれたし、俺が完食したらとっても可愛い笑顔を見せてくれたのを今でも覚えてる」
そう、あの時に彼が自分のお世辞にもヒトが食べていい物とは言えない料理を食べてくれたから、キングヘイローは料理を頑張ろうと思った。
結局のところ人に振る舞えるのはたまに殻が入ってしまう玉子焼きくらいであるが、着実に進歩はしてきている。
だからこそ、トレーナーは彼女の手料理を残さず食べるのだ。
「……このキングに料理を教える権利をあげるわ」
「お、いいね。お揃いのエプロンして、キッチンにグーちゃんと立つの」
「にぃにだから、特別なんだからね?」
「俺にとって、グーちゃんはずっと特別なんだが?」
「…………知ってるわよ、ふんだ♡」
それから一週間後、キングヘイローがトレーナーと共にホットケーキを作ってスペシャルウィークのトレーナーにお詫びをしたし、そのホットケーキはくそ甘かったという。
読んで頂き本当にありがとうございましたー!