アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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僧兵追憶篇
第一話


 第一話 ささやかな幸せ

 

 

「大悟は《子》を作らないの?」

 

 ある日の晩。床に就いて間もなく、隣からそんな言葉を投げかけられた大悟(だいご)は閉じていた瞼を開けた。

 首を横に向けると、布団に入った自分とそっくりの顔が、睡眠に支障のない程度まで絞られた部屋のライトの下でこちらを見ていた。

 鏡を見ているのではない。大悟の目に映っているのは、双子の弟である経典(つねのり)だ。部屋の両端に位置する、それぞれのベッドで二人は横になっている。

 一卵性双生児である如月(きさらぎ)大悟と如月経典は、初対面の人間が見ればまず見分けがつかないほどに瓜二つである。しかし、目つき(大悟は吊り目気味、経典は垂れ目気味)や仕草などから、少し観察すれば判別するのはそう難しくはない。

 下手をするとこれまでの人生で、今年に小学校へ上がったばかりの妹はおろか、両親よりも多く見ているかもしれない顔に向かって、大悟は口を開いた。

 

「何だよ藪から棒に」

「もー、そんな嫌そうにしなくたっていいじゃんか。まだ怒ってるの?」

「別に。お前が俺に黙って《子》を作るのに、俺の許可がいるわけじゃないしな」

 

 ぶっきらぼうに返す大悟に対し、経典は場を和ませようとしたのか、にへらと笑みを作った。

 この話題は二人の間で今に始まったことではないが、今回はやや事情が異なる。

 

「彼女、良い子でしょ? アバターも面白いタイプだし」

「……脆すぎるだろ。少し小突いただけであんなにダメージ入るんだぞ。ああいう特殊なのは晩成型なんだろうが、俺の見立てじゃ、レベル4になれるのかも怪しいね」

「そこは手助けしていこうよ、僕らでさ」

「僕『ら』だぁ……?」

 

 大悟は眉を吊り上げ、より不機嫌な態度を経典に示した。

 

「何だって俺まで新米(ニュービー)の世話なんかしなきゃならねえんだ。俺の《子》でもなし」

「可愛い双子の弟の《子》だよ? 大悟にしてみれば《姪》、彼女にしてみれば《伯父》に当たるわけだよ」

「気色悪いから自分で可愛いとか言うな。大体、姪だの伯父だの《ブレイン・バースト》に存在しない単語だろうが」

「それを言っちゃあ《親》も《子》も、いろんなステージの名前も、僕ら《BBプレイヤー》が勝手に付けた名称だろ? そのBBプレイヤーって単語自体もね」

「む……いや、話が逸れてきてるぞ。呼び方なんかどうでもいい。とにかく俺があれの面倒を見る義理はない」

 

 対戦ならいざ知らず、この手の口論で弟を負かせた試しはほとんどない。今も徐々に経典のペースに嵌っていることを察して、もう会話を切り上げようと大悟は寝返りを打った。

 ところが、経典の声は大悟の背中をつついてきて逃がそうとしない。

 

「そんなこと言わないでさぁー。彼女に全く興味がないわけじゃないんでしょ? ……アバター見た時、ちょっと見惚れてたの知ってんだからね」

「…………」

 

 何を言っても肯定になりそうな気がして、振り返らずに大悟はただ押し黙る。

 確かにあの姿に目を引かれたのは間違いない。一点の曇りもない透明な装甲や諸々のパーツ群、それらを身に着けた華奢な素体を芸術的とまでは言わずとも――元より芸術に対する審美眼が自分にあるとは思っていないが、素直に綺麗だと思った。

 それ故に、およそ戦闘向きではないと思ったのもまた事実である。基本戦闘からして中距離タイプとしても遠距離タイプとしても中途半端、近接戦闘など論外だ。

 それ故に「まるでガラス人形だ」と言って、アバターを操作する彼女を怒らせてしまったが、そもそも生身での彼女とのファーストコンタクトからして、失敗してしまったことは否めない。

 

「別に付きっきりで、手取り足取り教えろって言ってるわけじゃないよ。対戦のノウハウとか、対戦フィールドのギミックとか、それとちょっとした対戦のマナーとか……。軽いアドバイスをしてあげるだけでいいんだ。僕とは少し違う視点でさ。できればタッグパートナーもしてもらいたいけど……まずは通常対戦を自分の力だけで勝っていかなきゃ、先なんてないしね」

 

 少しだけ真剣な調子で経典は言う。

 ――ただただ甘やかす気だけは最初(ハナ)から無いってか。

 一応《親》としての方針は持っているらしい経典に、大悟はわずかに感心してから考える。

 弟以外の初めて現実世界(リアル)で対面したBBプレイヤー。それがあっさりと《加速世界》から消えてしまったとして、寝覚めが悪くならないと言えば嘘になる。

 成長すれば独特な戦闘方法も対戦相手として楽しそうだし、仮にタッグパートナーになれば経典とはまた違うコンビネーションによって、自分の戦略の幅が広がるかもしれないと考えると、それもまた面白そうだ。こちらにメリットが全くないわけでもない。

 更には、あからさまに敵意を見せた初対面のこちらにも臆せずに――厳密には少し声が震えていたが、自分の気持ちを伝えられる度胸もある。そんな人間は嫌いではない。

 少し探すと、肯定理由はどんどん見つかっていく。

 聞けば経典は、一ヶ月程度の会話の中で彼女の人となり知ったらしい。自分よりも人を見る目のある弟が選んだ者ならば、まず悪い人間ではあるまい。

 

「……そこまで言うなら、稽古の相手くらいはしてやるよ。……暇があればな」

「さっすが大悟! 話が分かるぅ」

 

 しばらくの思考の末に渋々返答する大悟に、すぐさま経典が嬉しそうな声を出した。

 

「ただ、向こうが何て言うかね。あんな初対面じゃ、俺の顔なんぞ見たくもないだろ」

「そんなの、これからどうとでもなるさ! 見方を変えればこれ以上悪くはならないってことだろ? 次に会うのが楽しみだなぁ、きっとこの出会いは僕らにも彼女にも良いことになると思うんだ」

「分かった分かった。分かったからあんまり興奮するなよ。今に母さん達が飛び込んでくるぞ」

 

 大悟は再び寝返りを打って、首元に装着している量子接続通信端末、《ニューロリンカー》を指で軽く叩きながら、喜びのあまり声を弾ませる経典を窘めた。

 あまり心拍数が上がると、ニューロリンカーと通信状態にあるホームサーバーを通して、バイタルサインの異常を知らせるアラームが鳴ってしまう。

 そうなれば、居間にいるはずの両親が、真っ先にこの部屋へ駆けつけてくるだろう。

 両親に要らない心配をかけるのが嫌なのは、兄弟二人共も同じなので、経典はすぐに声を抑えた。

 

「ごめん、ついね。それで話は戻るけどさ、大悟は《子》を作らないの? ゆくゆくは《親子》でタッグ対戦なんて、楽しそうだと思わない? それとか《上》に行ってさ――」

「経典。加速世界(むこう)ならともかく、生憎と俺はお前ほど現実(こっち)で社交的にはなれないよ。いつ発作が出るか分からない。学校には通えてない。同年代の奴らと机を並べて、授業もまともに受けられないってのに」

「でも……」

 

 経典をクールダウンさせる意味合いも兼ねて、場を盛り下げることを承知で大悟はそう言うと、三度目の寝返りを打って経典に背を向けた。

 

「そりゃお前は見つけたけどよ。そうそう《子》を選ぶことなんてできる生活じゃないだろ俺達は。分かったらいい加減もう寝ろよな。俺は眠い」

 

 八歳になってまだ三ヶ月も経っていない子供である大悟達が、先程から子を作るだの作らないだの、傍から聞けばとんでもない会話内容だが、対戦がどうと言っているように、これは現実の話ではない。とあるゲームアプリのコピーインストールについてのことである。

 ただし、このゲームは本当の意味で、ただのゲームではなかった。

《ブレイン・バースト2039》。

 今よりおよそ一年前に送信元不明のアドレスから送られてきた、このアプリケーションプログラムは、当時の東京都に在住する百人の小学一年生に、今や日本国民の大多数の人間が所持するデバイスである、ニューロリンカーを経由して配布されたものだ。

 ちなみに大悟と経典は当時、小学二年生に該当していたのだが、ブレイン・バーストプログラムは届いた。

 入学から今に至るまで、《特殊学級》と呼ばれる特別な制度で小学校に籍を置いているからなのか。実際の理由は二人でいくら推測しても分からなかったので、以前に経典は「早生まれで年齢が合ってるから、ギリギリOKだったんじゃない?」と、一周回って適当な結論を出していた。

 それよりも重要なのは、このブレイン・バーストはアプリを起動するコマンドを唱えることで、脳の思考速度を現実の千倍の速さに《加速》するということだ。

 そうして思考を千倍に加速させた状況の下、日本全国に配備された治安維持監視装置、《ソーシャルカメラ》の映像を基に再構成された、加速世界と呼ばれる仮想世界で、加速を行う為に必要な《バーストポイント》を取り合う対戦格闘ゲームを行うのである。

 どうしてそんな世間に出回っていない、驚異的な技術を年端もいかない子供達に、それも無料のゲームという形で配布したのか(ついでに今では前時代的な格闘ゲームというジャンルで)。理由はおそらく、プレイヤーの誰も知らないだろう。

 このブレイン・バーストは誰にでもコピーインストールできる代物ではなく、生後間もなくからニューロリンカーを装着していて、かつ大脳の反応速度が一定以上であることが条件とされている。

 二つ目の条件は別にしても、幼児用のニューロリンカーが一般に販売されたのが約七年半前の二〇三一年の九月なので、必然的にそれ以上の年齢にはコピーは不可能。対象は自ずと大悟達を含めたそれ以下の子供に絞られる。

 そして、生まれた頃から体の弱い大悟達は、小学校に籍こそあるものの通学をしていない。もっと言えばできない。

 いくら体調が良い日が続いても、気管支拡張を始めとした諸々の薬を手放せない。病院への入院がなかった月など、生まれてこの方一度もない。

 就寝中の今だって、バイタルチェックの役割を果たしているニューロリンカーは外せず、わざわざ外装シェルの保護に、極薄のパッドを取り付けているのだ。もっとも、大悟達にとってこれは物心つく前から続いている日常なので、煩わしささえ感じていないのだが。

 そんな生活で、どうやってコピーインストール先の人間を見つけろというのだろうか。

 確かに同じ境遇の経典が《子》となる人間を選び、すでにプログラムのコピーインストールまで行っていたのは、大悟にとって寝耳に水ではあったが、これはごく稀のケースであって、自分にはとても参考にはできそうにない。

 

「大悟……」

 

 先程までに比べると、ずいぶんと小さくなった経典の声が、大悟の背中に当たる。

 

「その、さっきの……約束だよ?」

 

 遠慮がちに念押しする経典に、大悟は何も言わず、ただ布団から出した手をひらひらと振った。

 それだけで経典は大悟の意を汲んだようで、安堵したような溜め息と、布団を被り直す衣擦れの音がする。それから数分もしない内に規則的な寝息が聞こえてきた。

 ――寝つきのいいこと……。

 別にずっと《子》を持たずとも、それで良いと大悟は思っている。

 ブレイン・バーストの開始から約一年。あの世界で、もう現実の人生とほとんど同じくらいの時間を過ごしてきた。

 いくら跳ぼうが走ろうが、呼吸が苦しくなることはなく、飽きることなく数々の光景と発見を見せてくれる場所。弟と幾人かのライバル達がいて、レベルを上げてより強くなりたいというモチベーションも持っている。

 それで充分だ。多くは求めない。ささやかで良いのだ。

 たとえ不自由な現実が変わらなくても、あの自由な世界があれば。

 改めてそう思いながら、大悟も経典の後を追うようにして、ゆっくりと眠りに落ちていく。

 部屋の住人の睡眠を検知したホームサーバーのAIにより、わずかに灯っていた部屋の明かりが完全に消え、如月兄弟の部屋は穏やかな寝息とやさしい闇に包まれた。

 

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