アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第十三話

 第十三話 チョコレート・ディスコミュニケーション 後編

 

 

 ショコラ・パペッターが《カカオ・ファウンテン》なる必殺技名を叫ぶと、その右手からキラキラと輝くピンク色の光が放たれた。光はパペッターの数メートル手前の地面に落ちていく。すると──。

 ぽこ、ぽこと続けて音を立て、焦げ茶色の液体が地面から湧き出した。

 液体はどんどん湧き続け、パペッターと距離を取るゴウとの間に直径九メートル程まで広がっていく。

 

「…………泥?」

「チョコですわよ!!」

 

《古城》ステージの地面を覆う焦げ茶色の液体を見て、率直な感想を述べるゴウに、パペッターが食い気味に返してきた。

 

「どうして今の流れで泥になりますの! ファウンテンって言ったでしょ! あなた、チョコレートファウンテン知りませんの!?」

「す、すみません……ファウンテンってアレか、言われてみれば……」

 

 さすがに泥呼ばわりは心外だったらしい。確かに甘い匂いもする、まごうことなきチョコの湧き水だ。

 ただ、フルーツやマシュマロをくぐらせる程度のチョコの噴水とは、規模こそ桁違いだが、見たところゴウの目にはさしたる脅威には映らない。

 もうチョコの湧出は止まっている。どういう効果を持っているのかまでは知らないが、この手の物体を生成する補助技は、それそのものに触れなければ怖くはない。

 

「それで、チョコの池でこっちの動きを制限しようって? でも肝心の僕にまで届いてないじゃないか」

「そんな悠長なこと言えるのも今の内ですわ。《パペット・メイク》!」

 

 パペッターがチョコの池に向けて、びしっと三本の指を立てた。すると、それに呼応するかのように平坦だったチョコの池の三箇所が盛り上がっていく。

 どんどん隆起していくチョコの池は、反比例するように範囲を縮小し、やがてチョコの池が消えた代わりに三体の人形が作り出された。

 身長百五十センチ程のチョコ人形は三体とも全く同じ形で、全身は凹凸がなくのっぺりとしている。他には丸い頭に光る花のようなマークが付いていることぐらいしか、特徴らしきものはない。

 

「さぁ、《チョペット》達! あなた達を泥と間違えた不届き者をコテンパンにしておやりなさい!!」

 

 パペッターの指令を受け、それまで棒立ちだったチョペットなるチョコ人形達は、目も鼻もない顔をゴウに向けると、一斉に走り出した。

 一方、ゴウも迫るチョペット達を迎え撃つべく、両脚に力を込める。

 ──自律人形を作り出す技……。驚きはしたけど、向こうから突っ込んできてくれるなら好都合だ。

 小技でパペッターの体力を削っても、それで必殺技ゲージがチャージされれば、また新たなチョペットを生み出すかもしれない。一体の戦闘力はまだ不明だが、数が増える分だけこちらが不利になることは間違いないだろう。

 となれば繰り出すべき攻撃は、自分が出せる一番威力の高い一撃。

 ──一気に攻めて勝負を決める。

 

「《ランブル・ホーン》!」

 

 レベル5になった際のレベルアップ・ボーナスで選択した必殺技を発動すると、駆け出すゴウの前方に向けた額の角が一気に伸長した。

 このままチョペット達をなぎ倒し、本体であるパペッターを背後の城壁と挟んで押し潰す。これならば、あのチョコレート装甲に打撃への耐性があっても、カバーはしきれないだろう。

 ところが、五十センチ近く伸びた角がチョペットの一体に触れた瞬間、ゴウの算段は崩れた。

 

「えっ?」

 

 ずぶり、と粘土のような柔らかい感触に、ゴウは思わず声を漏らす。走りながら上目遣いで確認すると、必殺技の効果によって脚力も上がった突進により、両の角がチョペットの胸部にほとんど根元まで突き刺さっていた。

 

「そのまま体勢を崩しなさい!」

 

 パペッターが命令をした瞬間、通常のアバターなら急所へのダメージで、ほぼ即死級の傷であるのにもかかわらず、チョペットは全く動きを止めず、両腕と両脚をゴウの体に絡ませて、体重をかけてくる。

 続けて、前の見えない状態のゴウは腰の辺りに二度の衝撃を感じた。残り二体のチョペットがタックルをしてきたらしい。しかもそのまま脚にしがみついてきた。

 

「う、うわあっ!」

 

 前も見えずに走っている時に三体がかりで体勢を崩されれば、どうしたって転倒は必至だ。まとわりついたチョペット共々、地面にスライディングする形でゴウの必殺技は不発に終わる。

 元の長さに戻った角を引き抜き、体を捩りながらチョペット達を振り払って立ち上がると、ゴウは更に驚きの光景を目にすることになった。

 チョペット達がゆっくりと起き上がる。その内の一体、ゴウの《ランブル・ホーン》によって、角が貫通したチョペットの胸部にできた二つの穴が、みるみるうちに修復されていくではないか。

 正確には傷の周辺が融解し、液状になって塞いでしまったのだ。他の二体も地面を擦った時にできたらしい体表面の擦過傷が、すぐにつるりとした滑らかなものへと戻っていく。

 

「そんな、傷が治るなんて……」

「その子達には斬撃も打撃も貫通も、物理的攻撃は一切効きませんわよ」

 

 驚くゴウに、チョペット達を挟んで立つパペッターが付け加えた。

 

「見たところ、あなたは物理攻撃しか持たないようですわね。もし本当にそうでしたら、チョペット達をわたくしに作り出させた時点で勝機はありませんわ」

 

 口では強気なことを言いつつも、パペッターの声には警戒の色があり、油断をしている様子はない。

 ──ど、どどどど、どうしよう……。物理無効? ホントに? 

 対するゴウは内心、大焦りだった。

 パペッターの言う通り、ダイヤモンド・オーガーの攻撃手段は近接での物理攻撃に限られる。こちらの攻撃が通らないチョペットが盾になっている限り、パペッターにダメージを与えるのはほぼ不可能だ。

 

「いきなさい!」

「くっ……」

 

 パペッターの号令の下、チョペット達が再びゴウに襲いかかってきた。

 対抗策も思い浮かばないまま、ゴウは右腕を腰元に構える。

 

「《アダマント・ナックル》!」

 

 正面のチョペットの顔面めがけ、必殺技の正拳突きを打ち込んだ。

 だが、ゴウの光り輝く拳が、腕が頭部を貫通したのに、チョペットは一度仰け反っただけで動きを止めない。花に似たマークのある頭部に核でもあるのではとゴウは睨んだのだが、当ては外れたらしい。

 頭部にも胸部にも攻撃を受けてダメージが無いとなると、いよいよお手上げだ。おそらくは再度《アンブレイカブル》を召喚したところで、状況は変わらないだろう。

 ゴウは慌ててチョペットの頭部に刺さった腕を引き抜き、三体のチョペットに応戦していく。

 チョペットの攻撃手段はそこまで複雑なものではなく、精々がパンチやキックなどの打撃だけだ。しかし、いかんせん手数の、人数の差がある。一人で三体の攻撃全てを逐一防ぐことはできず、じわじわとゴウの体力ゲージは削れていった。

 パペッターはチョペットに混じって攻撃もしなければ、この場を離れもしない。下手にダメージを受けるリスクを避け、司令塔に徹するつもりなのだろう。

 ──どうする! どうする! チョコの性質、弱点。何かないか!?

 一対一の通常対戦で袋叩きにされるという、普通なら有り得ない状況で必死に体を動かしながら、ゴウは考える。

 パペッターは先程、チョペットには斬撃も打撃も貫通も効かないと言っていた。物理攻撃しかできないゴウに勝機はないとも。

 相手はチョコの池から作られたチョコ人形。

 ならば、熱で溶かす、凍らせて粉々に砕くという案が真っ先に思いつく。だが、どちらもゴウ単体ではできないことだ。ステージが《溶岩》や《火山》、あるいは《氷雪》なら良かったのだが、この《古城》ステージの気温は標準的なので、フィールドを利用することはできそうもない。

 ──リキュールさんやキューブさんだったら、こんなに苦労はしてないだろうな……。

 火や氷を扱える仲間達の顔が思い浮かぶも、当然ながらこの場にはいない。

 今は一人で切り抜けばならない時。この場にいない仲間に甘えている状況では──。

 

「甘える……甘い……?」

 

 ふと、ゴウの頭にとある案が浮かんだ。というより魔が差した。何にせよ、他に対抗手段が思いつかないので、半ばやけくそ気味にやるだけやってみようと思い立つ。

 まず、チョペット達の攻撃を受けながらも一体の腰をしっかりと掴む。幸い、掴んだ部分を腕が突き抜けるようなことはなく、そのまま持ち上げて乱雑にぶん投げた。

 続けて二体目も同様に放り投げる。一体目と同じ場所に投げたので、二体のチョペットはもみくちゃになってすぐには立ち上がってこられない。

 残る最後の一体は投げ飛ばさず、パンチを繰り出してきた右手を受け止めると、ゴウはマスクの口元をガパァ、と音を立てて開けた。

 

「ちょっ、あなたまさか……!」

 

 こちらの考えに気付いたらしいパペッターにも構わず、ゴウはチョペットの拳を掴んだまま、その右手首を口元に寄せ──。

 

「おやめなさ──」

「あぐん」

 

 一口でチョペットの手首を齧り取った。同時にゴウの口の中に甘味、それとほんの少しの苦味がじんわりと広がる。紛れもないチョコレートの味だ。それもかなり高品質の。

 

「うまいなコレ……」

 

 ゴウはぽりぽりと音を立ててチョペットの手首を咀嚼し飲み込むと、続けてパンチを受け止めた時から握っていた、手首を齧ることで体から切り離されたチョペットの右手も口に放り込んだ。

 食べながらチョペットを見ると、その右手の先は再生していない。

 ゴウの思いつき通り、普通の攻撃であれば、その部分の周りが押し出される形で広がった後に元へ戻りはするが、食べられて消失しまった部分は再生しないらしい。

 ──そりゃ食べたら無くなるよな。あ、ゲージちょっと増えた。

 チョコを食べた副次効果か、少しだけゴウの必殺技ゲージが充填されていく。

 そんな中、右手を食べられたチョペットも、投げ飛ばされてから立ち上がった二体のチョペットも、目のない顔がこちらへ釘付けになって向いているだけで襲ってこない。自分達を食べる敵に警戒しているのだろうか。

 ゴウはパペッターの方を振り返り、じーっと見つめる。

 

「ひっ!?」

「んぐ……その装甲も食べられる?」

 

 ゴウはチョコを食べ終えた口を再び大きく開けてから、威嚇するようにがちん! と顎を鳴らした。

 

 

 

「うぅ……まだ残ってる気がする……」

 

 対戦終了後、帰宅したゴウは自室で呻きながら胃の辺りをさすっていた。

 対戦中に体のどこかが集中的に攻撃を受け続けた場合、加速を終了してもその部位にしばらく痛みが残ることはある。

 しかし仮想世界でとはいえ、食べ過ぎと胸やけの苦しさまで引き摺ることになるとは考えもしなかったし、対戦でそんな事態になるとは夢にも思わなかった。

 あの後はチョペット達に加わったパペッターを交えた乱打戦の中で、ゴウはひたすらチョペットを食べていくことになったのだが、初めは美味しく食べられたチョコの塊も、五口目あたりからはもう苦行でしかなくなっていた。当たり前だ、チョコレートを一度に何キロも食べられる人間はいないし、できる者は人間ではない。今回のゴウはデュエルアバターの身であったが、それでも苦しい。

 さすがに体全部は食べ切れる気がしなかったので、腕や腿を齧り取り、分離した手足を遠投で捨てていくことで、ゴウはチョペットを無力化していった。

 ところが、戦闘でゲージが溜まったパペッターが再度発動した《カカオ・ファウンテン》の中に入ると、チョペットは欠損部分が回復してしまうので、またゴウは食べなければならないという、ある意味で壮絶なイタチごっこをする羽目になってしまったのだ。

 そんな泥仕合ならぬチョコ仕合を、パペッターに「鬼ー! 悪魔ー! チョペット殺しー!」と散々罵倒されながらも、食べることで少し溜まる必殺技ゲージを駆使したこともあって、何とか勝利することができた。

 ちなみに、対戦の中でパペッターの腰の入った右ストレートを一発腹に食らったのだが、内臓のないデュエルアバターの身だったからか、食べたチョコを吐き戻さずに済んだ。

 

「それにしても……チョコレートのアバターか。よりによって今日遭遇するなんて、タイムリーと言うか、何と言うか……」

 

 ベッドに座ってそんなことを呟くゴウの前には、ベッドの上に置いた包みが一つ。これこそが、帰り道でゴウの頭を悩ませていた『原因』そのものだ。

 今日は二月の十四日。バレンタインデーである。

 日本ではチョコレートを贈る風習として定着した文化。相手が友人だったり、同じ職場の同僚や上司だったりと様々だが、主に女性が男性に贈ることが一般的だろう。

 ゴウも小学生時代にチョコを貰ったこともあるにはあるが、いずれも義理チョコだ。

 その中にはゴウの友達が本命で、ゴウや他の友達にも渡すことでカモフラージュをする者や、徳用のチョコ袋を用意してクラスメイト全員にそれを数個ずつ配ることで、ホワイトデーにお返しを求めてくる猛者もいた。ちなみにゴウはこれまで貰う度に、律儀にお返しを用意してきている。

 また、ゴウの母親にバレンタインデーの習慣はなく、代わりにバレンタインデー前後は家の戸棚にストックしてある菓子類に、チョコ系統の品が増えるだけである。

 ともかく、下駄箱に入っていたというのは、ゴウにとって初めてのケースだ。パステルカラーの包みを視認した瞬間、流れるように鞄のジッパーを開けて中に入れて上履きと靴を履き替えるという、自分でも驚くほどに自然な動きで行動していた。

 ──誰かに見られてはいないはず……多分。クラスの誰かがからかって用意したのか、誰かが下駄箱の場所を一つ間違えて入れたのか、それとも本当に…………いやそんなまさか……。

 帰り道と同じことをまた繰り返して考えていることに気付き、とうとうゴウは腹を括って中身を開けることにした。

 中に他の誰か宛のメッセージでもあれば、明日の朝早くに登校してその人物の下駄箱に入れておけば良い。もしも宛名がなければ仕方ない、もう儲けものと思って貰っておこう。そう考えながら、ラッピングされている紐を解く。

 包みの口を開けて逆さにした袋の中身を取り出すと、合成紙製の紙袋と、紙袋にテープで貼り付けてある一枚の小さなプラカードが出てきた。カードに書いてある内容をゴウは読んでいく。

 

【御堂君へ

 大兄ぃと一緒に作りました。よかったらどうぞ。

 ハッピーバレンタイン 如月蓮美】

 

「……………………」

 

 全部でたった三行の短い文章を何度も読み返してから、自分でも何が理由かよく分からない溜め息を吐きつつ、ゴウはベッドに仰向けに倒れ込んだ。

 如月(きさらぎ)蓮美(はすみ)はゴウと同学年で隣のクラスの女子生徒だ。そして、カードに書かれている『大兄(だいに)ぃ』とは、同じ中学校に通う学年が二つ上の蓮美の兄、如月大悟。

 大悟は去年の四月、ゴウにブレイン・バーストプログラムをコピーインストールした《親》にして、師匠でもある人物だ。受験生であったが、すでに中学校と同区内の公立高校への入学が決まっている。

 嬉しいには嬉しいのに、少し拍子抜けしたような複雑な気分だったが、気を取り直してゴウは体を起こし、兄妹の合作だという物が何なのか確認する。

 

「何だこりゃ?」

 

 入っていたのは、やや膨らんだ円盤状をした焦げ茶色の物体が一つ。紙袋の中からする匂いからしてチョコ菓子なのは間違いないが、この厚みと手のひらから少しはみ出るサイズにしては軽い気がする。

 ゴウは袋から半分ほど菓子を取り出すと、意を決し小さめに一口齧った。

 ぼりん、という固い食感。噛む度に口の中一杯に広がるのは、滅茶苦茶な甘さ。

 

「あ、あっっっま……」

 

 齧った断面を確認すると、表面の焦げ茶色とは異なり、たくさんの気泡の跡による空洞が目立つ黄土色。ここでゴウはようやくこの菓子の正体が分かった。

 これは、チョコレートで表面をコーティングしたカルメ焼きだ。

 しかも、熱した砂糖を重曹で膨らまして作るカルメ焼きに塗られているのは、それ単品でも充分に甘いミルクチョコ。チョコのわずかな苦味など、カルメ焼きの甘さが完全にかき消している。

 ──貰っておいて何だけど、塗るならビターチョコ方が良かったんじゃ……。

 決して不味くはないが、加速世界でしこたまチョコを食べた後にこれは厳しく、ゴウはひとまず菓子を袋に戻した。

 

「これ食べたら、しばらくチョコはいいや……」

 

 その後に聞いた話では、カルメ焼きの担当は大悟、チョココーティングとラッピングを担当したのは蓮美という、ひたすらに甘い贈り物をゴウは三日に分けて完食。一月後のホワイトデーには蓮美と大悟、それぞれにお返しを渡すのだった。

 ちなみに今回の対戦によって、対戦相手であるショコラ・パペッター及び、対戦の顛末を聞かされた彼女のレギオン《プチ・パケ》のメンバーから、ゴウとゴウの属するアウトローが一層恐れられることになっているなど、当人であるゴウは知る由もなかった。

 

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