アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第十四話

 第十四話 対戦相手は少女A

 

 

 薬を飲まないと目と鼻が大変なことになる、花粉症のピークもようやく過ぎ去った、五月上旬の土曜日。

 日本では週休二日制度から土曜日の半日勤務や通学、いわゆる『半ドン』が再開されて久しい。午前の半日授業を終えたゴウは居残りをするでも、帰宅するのでもなく、自宅や学校のある世田谷区の北方面に位置する、練馬区へと赴いていた。

 電車を乗り換えること数度。《桜台駅》に到着したゴウは、マップビューのホロウインドウを出して、目的地の場所を確認してから歩き出す。

 ほどなくして、小規模な商店街に佇む目的地へと辿り着いた。

 

「ここかな……うん。店の名前も合ってる」

 

 実際の看板と仮想デスクトップに表示されたホロタグの名前が一致していることを確認し、ゴウは一軒の店舗──ケーキショップへと入店する。自動ドアが開き出すと同時に、ドアベルを模した合成音声が鳴り響いた。

 

「いらっしゃいませ」

「あの、予約をしていた御堂ですが……」

 

 ケーキが並ぶショーケースの前まで進み、その向こうに立つ女性店員の一人にゴウは名乗る。

 接客担当らしい女性店員達は何故か、ダークチェリーの上着とロングスカートに、白いエプロンとカチューシャ、胸元にクリムゾンレッドのリボンという、メイドの恰好をしていた。経営者の趣味なのだろうか。

 

「本日《苺の迷宮(ラビリンス)》の六号サイズをご予約されていた、御堂様でお間違いないでしょうか」

 

 宙に指を走らせ、仮想デスクの予約リストを確認した店員は、ゴウが「はい」と頷くと、「少々お待ちください」と言い残して店の奥へと向かっていった。

 何故ゴウが直径十八センチのホールケーキを購入しに、わざわざ練馬のケーキ屋に来ているのかというと、ひとえに母からのお使いである。

 なんでも、今日は母の友人達が午後から家に来るらしく、口コミなどで評価の高いというこの店のケーキをお茶請けに選んだそうだ。

 しかし、今日の午前中は母はパートで父も仕事なので、一番早くに体の空くゴウが引き取りに行くこととなった。ほぼ強制指名ではあるが、一応報酬(小遣いとケーキの一ピース)が貰えるので、ゴウとしては特に不満はない。

 カウンター横で品物を待つゴウは、別の店員と他のお客がやり取りをしている中、様々な種類のケーキの並んだショーケースへと目をやった。彩り豊かな数々のケーキの中に、今回予約したケーキのカットサイズも並べてある。

 ──何とも苺だ。苺まみれだ。一切れだけで上に苺が三つも載ってら。

 上部へ放射状に敷き詰められた苺の量が暴力的なまでに多いケーキをまじまじと見ていると、その下に絞ってある純白のクリームが格子状に見えることがこのケーキの由来と、説明書きのホロウインドウが視界に表示される。当たり前だが、コンビニやスーパーで売っている物とは品質が(もちろん値段も)段違いだ。

 ──でも僕、どっちかと言うとショートケーキ系より、あんまり果物の載ってないのが好きなんだよな。チーズケーキ、ミルクレープ、モンブラン……。

 どれも小洒落た名前がついたケーキをゴウが順繰りに眺めていると、はしゃぐ声が聞こえてきた。

 

「シェアしよシェア! ひとくち交換!」

 

 店内の半分は、椅子とテーブルが設置されたイートインスペースで、注文した商品を店内で食べられるようになっている。ゴウが振り返ると、奥のテーブルに座る暗紅色の制服に菜の花色のスカーフをした女子学生達が、ケーキを食べながら談笑を楽しんでいた。

 

「はいっ。りぃたん、あーん。そんであたしもあーん」

 

 明るい栗色の髪を二つに結った活発そうな女子が、前に座る薄い金髪のふんわりとしたロングヘアーの女子へと、かなり大きめに切り分けられたケーキの一欠片を刺したフォークを差し出し、自分も口を大きく開ける。

 少し戸惑っている様子の小柄な金髪女子の方は、その髪のボリュームと角度の関係で、ゴウの位置からはほとんど後ろ姿しか見えない。

 

「優子、もう少し声のトーン落として。それとそんな大きい塊、リーリャの口に入らないよ」

 

 セミショートの黒髪に、凛々しげで中性的な顔立ちをした女子が、隣に座る栗毛の女子をやんわりと窘める。

 

「じゃ、胡桃ちゃん。あーん」

「いやだから大きいってば」

「そお? これくらい……んあーむ、ンムグムグ…………いやー、ちあちあも来られれば良かったんだけどねえ。あっ! りぃたんありがとね。んーおいひい!」

「家の用事なら仕方がないさ。今日買っておいても明日は日曜だからね、味が悪くなってしまう」

「…………」

「そうだね。次は四人みんなで来よう」

「はいっ、りぃたんお返しー。これくらいのサイズならおっけーでしょ?」

 

 女三人揃えば(かしま)しいとはよく言ったもので、何とも楽しげな(主に栗毛の女子の)喧噪が響く。

 そんなやり取りを聞いているのも束の間、ケーキの入った箱を持って店員が戻ってきた。

 

「大変お待たせいたしました」

 

 保冷剤を用意したこと、ケーキの消費期限などを説明しながら、店員はてきぱきと箱を手提げ用の袋に入れると、ショーケース隣のレジカウンターへと移動する。

 表示される会計ウインドウの確認ボタンをゴウが押すと、キャッシュレジスターの動作音を模した小気味よい音が鳴り、事前に母からチャージされていた電子マネーが消費された。

 

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしています」

 

 それまでやや鋭めだった目つきが若干柔らかくなり、口元を小さく微笑ませた女性店員から袋を手渡されたゴウは軽く頭を下げ、ケーキショップ《パティスリー・ラ・プラージュ》を後にした。

 

 

 

 これまで足を向ける機会のなかった場所に来たのだから、ただお使いをこなすだけで帰るのは少し勿体ない。とはいえ、要冷蔵の食品片手に街をぶらつくわけにもいかないし、そんな時間もない。

 そんな中でも一.八秒というごくわずかな時間でワンゲームができるブレイン・バーストは、時間的なコストパフォーマンスにおいて右に出るものはないゲームと言えるだろう。

 桜台駅から電車に乗ったゴウは、空いている座席を見つけて腰を下ろす。

 ケーキの入った手提げ袋は膝の上、鞄の平坦な面を上にして置く。これならば、自分の体温がケーキに伝わることもない。

 ゴウはニューロリンカーのボタンを押し、通信を切っていたグローバルネットに再接続をする。

 駅を降りてからケーキを購入するまでの間は、店の場所の確認や会計に必要なのでグローバルネットへ接続していたが、他のバーストリンカーから乱入されることはなかった。そこでここは一つ、自分の方から対戦相手を探してみることにする。

 

「……《バースト・リンク》」

 

 周囲には聞こえないように電車の扉が閉まる音に合わせ、声のボリュームを最小限にしてゴウはコマンドを唱えた。

 バシイイイッ! という音がゴウの耳だけを叩き、視界が青一色に染まる。ブレイン・バーストプログラムを起動したことによって、ゴウの思考速度が千倍に加速された証拠だ。

 電車内に設置してあるソーシャルカメラの映像によって再現された初期加速空間(ブルー・ワールド)で、肉体から押し出されるようにして出現した、ネットアバター姿のゴウは電車の座席から立ち上がった。

 去年の四月までは簡素な甚平を着ているだけのネットアバターだったが、何度かのカスタマイズを経て、現在は灰色の地をした和服に白の羽織を着けた着流し姿になっている。

 これに鬼のお面でも頭に括りつけようとも考えていたゴウだが、大悟にリアル割れ防止の観点から「あんまりデュエルアバターに寄せすぎないように」と忠告されたので、それは断念した。しかしそれを言うなら、背広姿はともかく頭部が数珠のアバターを使っている大悟も大概ではないかと思っているのは秘密だ。

 そんなネットアバターの姿で、ゴウはサーチングを終えたマッチングリストを確認する。

 現在地である練馬、それに隣接する中野第一エリアはブレイン・バーストのエリア分布では、バーストリンカー最高峰のレベル9、《王》と呼ばれる者達がマスターを務める大レギオンの一角、赤のレギオン《プロミネンス》の領地となっている。

 せっかくだから同レベル帯のプロミネンスメンバーか、名前も知らない未知のデュエルアバターでもいないかとゴウはリストを眺めていく。ただし前者は領土内の《マッチングリスト遮断特権》があるので、乱入を受け入れている者に限るのだが──。

 

「んー……レベル4か5が理想なんだけどなぁ。3……こっちは7か。そうなると……お?」

 

 上下にスクロールさせたリストの、一体のアバターネームに目を留める。レベルは4で、どうもスペルからしてF型のようだが、知らない名前だ。他はレベル3以下や6以上か、対面はしていなくとも知っている者しかいない。

 向こうから選ばれる形の乱入される側ならともかく、自分が乱入する側となると、いくらか打算が働くのはバーストリンカーの間ではよく聞く話であり、それはゴウも例外ではなかった。

 

「まぁ……食わず嫌いも良くないしな。よし!」

 

 どうしたものかとゴウはしばし悩んでから、対戦相手の名前をタップした。

 この選択が吉と出るか凶と出るか。

 半ば運に身を任せ、ゴウは通常対戦フィールドへと続く暗闇に身を委ねた。

 

 

 

 今回の対戦ステージは、しんしんと雪が降る《氷雪》ステージ。

 建物進入禁止の特性があるので、リアルでは電車内にいたゴウは、ダイヤモンド・オーガーとなって駅のホームだった氷のトンネル内に出現した。

 対戦ステージによっては動いていることもあるが、今はただの氷塊でしかない電車の上から降り、対戦相手を探し始める。

 今回は相手のアバターカラーさえ名前を見ても分からないので、遠距離からの攻撃が来ないか警戒をしながら進んでいると、対峙の時はすぐに訪れた。

 向こうも自分を探していたらしく、駅から少しだけ離れた場所で、正面から姿を現した対戦相手の姿を捉える。

 今回ゴウが対戦を申し込んだデュエルアバター──《アイリス・アリス》はゴウがマッチングリストに表示された名前から予想した通り、F型アバターだった。

 後ろの先端が少し外にはねたロングヘアーパーツに、水色と白の生地で織られた、ボンネットタイプの帽子とノースリーブのドレス。まるで西洋人形を思わせる出で立ちである。

 身に着けているのは、数ヶ月前に対戦したショコラ・パペッターとは異なり、服を模したタイプの装甲ではなく本物の繊維品のようだ。おそらくは無制限中立フィールドに点在する、どこかの《ショップ》で購入したファッションアイテムだろう。

 アバターカラーはやや紫寄りの青。小柄で華奢な体型は接近戦が得意なようには見えないが──。

 

「よっしゃあ、いったれアリスちゃーん!」

「今日も可愛いよ頑張ってー!」

「キャー! ほら見て、こっち向いたよ!」

 

 ゴウがアリスの性能を推測していると、氷の崖の上からギャラリー達の声援が降り注いだ。しかも全てアリスに向けて。当のアリス本人はギャラリーの応援に困惑した様子で、キョロキョロと首を動かしている。

 どうやら彼女は、この辺りでは結構な人気者のようだ。確かにリアクション一つとっても、かなり愛らしい。応援したくなる気持ちは分からなくもない。

 

「アリス、ファイトー!! ママがついてるかんねー!! ほらダンサーも!」

 

 赤いマフラーを巻いたオレンジ色の竜人型アバターが、ギャラリーの中でも一際目立つその体格に見合う大きな声を上げた。その隣に立つフェイスベールを着けた紫色のF型アバターは、アリスに向けて異様に指が長い手を小さく振っている。

『ママ』と言うからには、彼女ら(若干のエフェクトがかかってはいるが、竜人アバターも声からしてF型らしい)がアリスの《親》か《親》代わり、あるいは同じレギオンのメンバーなのだろう。

 そんなことをゴウが考えていると、正面のアリスが更に近付いてきて、数メートル前で止まった。ほとんどのアバターが即座に攻撃へ移れる距離だが、攻撃をするでもなく、興味深げにこちらを見つめているアリスに、ゴウの方が先に声をかけた。

 

「あのー……何か?」

「……!」

 

 何も言わず、アイレンズを見開いてあたふたとしだすアリス。その動きは知らない場所に連れてこられた小動物を思わせる。

 レベル4にもなって未だ対戦に慣れていないとは考えにくいが、どうしたのだろうかとゴウは訝しんでいると、ようやくアリスは口を開いた。

 

「……つの」

「え?」

「つの、かっこいい。そうこうも、きれい」

 

 鈴の音のように澄んだ高い声だ。言葉が若干たどたどしく片言気味なのは、日本人ではないのか。それとも海外育ちなのか。はたまた単に話すのが苦手なのか。

 

「あ、ありがとうございます。えっと……そちらの服もよく似合っています……よ?」

 

 ダイヤモンドとは言っても、輝く宝石としてカット処理されたものではなく、曇りガラスのような色合いに、粗めに削り出された原石に似た装甲を『きれい』とまで褒められたのは初めてのことだったので、ゴウは思わず敬語で返答してしまう。

 すると、ギャラリーから「お見合いじゃないぞー」と囃し立てられ、はっと我に返った。正にその通りだ。ゴウが申し込んだのは対戦である。

 ──いかん、どうもペースが崩れるな……。

 仕切り直すように頬を両手で軽く叩いてから、ゴウは体をアリスに向けて半身で構える。

 それを受け、アリスも棒立ちから足を開いてすぐに動ける体勢になると、両手をぐっと握って意気込んだ。

 

「わたし、あなたをかんぷなきまで、たたきつぶし、ます……!」

「…………え?」

 

 悪意をまるで感じさせないあどけなさとは裏腹な、そこそこ過激な発言内容にゴウは呆気に取られ──。

 

「え?」

 

 その一瞬の間に、アリスが目と鼻の先まで接近していた。

 

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