アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第十五話

 第十五話 対戦相手は怪物(しょうじょ)A

 

 

 ──速い! 

 アリスに一瞬で間合いへ入り込まれたゴウは、とっさに腕を上げて防御体勢を取る。

 ところが、アリスは何もせずにゴウの横を素通り、背後へ通り過ぎていってしまった。

 その動きもまた途轍もなく速い。これまで対戦してきたデュエルアバターの中でもトップクラスかもしれないと、ゴウはその動きに息を呑む。

 これはレベルが一つ上の分有利などと考えては痛い目を見ると、後ろに回ったアリスへゴウは接近し、右腕で正拳突きを出す。

 

「シッ!」

 

 ところが、アリスは少し体を傾けるだけの必要最低限の動きで、これを簡単に避けてみせた。続けて攻撃を繰り出していくも、アリスは全て回避し、ゴウの手足はスカートの端にすら掠らない。

 ──僕の動きを……『見て』動いているのか? 

 アリスはこちらの繰り出す攻撃を、そのアイレンズでしっかりと見ている。

 これらの動作から、アリスはアバターの性能だけではなく、自身が持つずば抜けた反射速度によって、こちらの攻撃を見切っているのだとゴウは分析する。

 ブレイン・バーストをインストールできる人間には二つの絶対条件がある。

 一つは生後間もなくからニューロリンカーを装着し続けていたこと。

 もう一つは大脳の神経反応速度が高いこと。

 前者は明確な条件だが、後者に関しては具体的な基準や数値というものは設定されておらず、運動が苦手な者やゲームが苦手な者でも、ブレイン・バーストをインストールできたという話は聞いたことがある。ゴウ自身、特別に人より反応速度が高いと自覚したことはない。

 だが、このアリスに関しては動きを見る限り、その適正が明瞭だ。

 天性のものか、後天的に身に付けたものかまでは知らないが、アバターに依らないバーストリンカーとしての『武器』を持っているアリスに、ゴウの警戒度合いがもう一段階上がる。

 その時、ふとゴウはアリスと目が合った。

 ──笑った……? 

 アリスの白いアイレンズが細められた気がしたのだ。降りしきる雪の粒が重なって、見間違えたでもしたかとゴウが思ったのも束の間。

 アリスが一度距離を取り、ぽつりと呟く

 

「きて、《クイーンズ・アストロロジー》」

 

 またすぐに突撃をしてきたアリスの目の前に何かが降ってくる。

 アリスは躊躇なくその飛来物を掴むと、止まることなく掴んだ物体をゴウに叩き付けてきた。

 

「ぐおっ!?」

 

 攻撃をまともに受け、体力ゲージを削られながらゴウは吹き飛ばされる。

 そんな横っ飛びの状態から受け身体勢を取ろうとするゴウの視界の端を、青い何かが通り過ぎた。首を反らせると、その先にはアリスの姿が。

 

「嘘だろ……!?」

 

 攻撃して吹っ飛ばした相手の到達地点に先回りしているアリスの動きに、ゴウは驚きの声を漏らした。

 初撃を繰り出す寸前までとの違いは、両手にハンマー型の強化外装が握られていることだ。

 王冠に星型のアクセントや模様があしらわれた先端部分と、持ち手のあたりに三日月か、大きなクチバシをした鳥の頭に似た鍔。まるでアニメに出てくる魔法少女のステッキを思わせるが、片手で軽々と振るえるようなそれとは異なり、大きさが尋常ではない。

 何より使用用途は魔法を使うのではなく、殴打だ。

 

「がっ!」

 

 ぐるんと一回転をしながらの、たっぷりと遠心力が乗った一撃がゴウの頭部を襲う。

 そのまま錐揉み状に回転しながら、ゴウは氷の壁に激突していった。

 

「出たぁ! 一人ハンマーラリー!」

 

 恒例の技なのか、ギャラリー達がわっと盛り上がる。

 実際、洒落にならない威力だ。防御姿勢も取れなかったとはいえ、ハンマーでの二撃と壁への激突によるコンボによって、ゴウの体力ゲージはほぼ三割も削られていた。

 ダイヤモンド装甲の性質上、あの打撃を何度も食らっては装甲にヒビが入り、そこへ追加の衝撃を与えられたのなら、一気に装甲は砕けてしまうだろう。そうなれば、防御力が下がった分だけ体力ゲージが更に削られていくことになる。

 ──でも、これではっきりした。まずはあの強化外装からどうにかしないと。

 これまでの動きから、アイリス・アリスというデュエルアバターの特徴について、推測を立てたゴウは立ち上がる。

 

「うおおおおっ!」

 

 今度は先に動いたのはゴウ。

 一方アリスは、威勢よく声を上げて突貫するゴウを見て、先端を地面に着けていたハンマーを振りかぶった状態のまま走り出す。

 アリスは正面からゴウと衝突することはせず、ゴウの間合いの外から背後へと抜けた。

 ゴウが振り返ると、ハンマーを振った慣性を利用して、速度を落とさずに方向転換をしたアリスが背後から迫る。

 やはり速い。だが、素手の時とは異なり強化外装を手にしていることで、複雑な軌道で移動できなくなった分読み易い。

 

「着装、《アンブレイカブル》!」

 

 アリスのハンマーがぶつかる寸前、ゴウの右手に召喚された金棒がこれを阻んだ。

 

「……ッ!?」

 

 アリスのアイレンズが驚きに見開かれ、ガァン! と二つの武器の衝突音が響き渡る。その瞬間をゴウは逃さなかった。

《アンブレイカブル》にぶつかったことでアリスの動きが止まり、ゴウは左手で彼女の持つハンマーの柄を引っ掴む。

 

「捕まえ……たああぁっ!」

「……ッッ!?」

 

 そのままハンマーを握った左腕を、ゴウは逆袈裟斬りの要領で下から上に大きく振るった。

 小柄で軽量なアリスは、《剛力》アビリティにとってはさしたる負荷にもならず、腕を振るった勢いで強化外装を手放してしまい、地面を転がりながら氷の壁にぶつかっていった。

 ──うわ、一気に削れたな。ここまで脆いのか。

 図らずも先程の意趣返しをした形となるが、アリスの体力ゲージの減少具合はゴウとは比較にならず、一気に七割も減少していた。

 ゴウの推測した通り、アイリス・アリスは機動力に特化している、しすぎているデュエルアバターなのだ。装甲らしきものは見当たらず、予想していたよりも遥かに打たれ弱い。

 最初に接近された時も、こちらのガードは間に合っていなかったにもかかわらず、アリスは何もしなかった。連撃を全て回避した時も、あの反射速度なら一撃くらい入れられるはずなのにそれもしなかった。

 つまり素手での攻撃力も、レベルに対して非常に低いのだろう。

 ──それを補うのが、この強化外装なわけだ。

 ゴウは左手で持っている、奪う形になったアリスのハンマーへと目を落とす。

 最初はこちらの攻撃を避けながら推し量り、対応可能だと判断すれば強化外装で連続攻撃を繰り出していく。それが彼女の基本スタイルなのだろう。

 まさか殴られてから先回りされ、更に殴られるとは思わなかったが、きちんと自分の弱点をカバーしつつ長所を生かしていることに、ゴウは素直に感心した。ここまでピーキーな特性なら、レベルを上げるのには相当な苦労をしたはずだ。

 

「でも勝負は勝負。悪いけど……」

 

 ゴウは雪が浅く積もる地面にアリスのハンマーを落とした。それから《アンブレイカブル》を両手で持って振り上げ──。

 

 ガァン! ガァン! ガァン! ガキン! 

 

 同じ部分に打ち付けること四度。音が変わったところで柄の先端側を持ち上げ、打ち付けた場所めがけて、相撲の四股のような形で一気に踏み付ける。

 集中的に同じ箇所へダメージを受けたことで、《クイーンズ・アストロロジー》なるハンマーの柄は折れ、耐久値が尽きた強化外装は光の欠片になって消滅していった。

 これで相手の攻撃の手を潰した──が、まだ対戦は終わっていない。

 よろよろと起き上がったアリスは鍔付き帽子が取れ、服もあちこちが破けている。しかし、アイレンズの奥に諦観の念が見えない。対戦を投げていない証拠だ。

 ──まだ何か手があるのか。…………? 

 ふと違和感を抱き、ゴウは周囲を見渡す。やけに静かだ。

 少女型アバターを武器から引っぺがす形で投げ飛ばして壁に叩き付け、その武器を容赦なく(当たり前だが)破壊したのにもかかわらず。

 このシチュエーションなら大抵は、冗談半分でもゴウに向けて野次を飛ばしてもおかしくないのに、ギャラリーの面々の中にははらはらと見守っている者こそいるものの、大半は何かを期待しているように見える。

 ──なら、下手には動かない。受け止めてからカウンターで一気に勝負をつける。

 おそらくはあともう一撃でも入れられれば、こちらの勝利は確定するとゴウは判断し、握る金棒を真正面のアリスに向けて構える。

 始めから接近戦を仕掛けてきた以上、何をするにしてもアリスはこちらに近付かざるを得ないはずだ。

 やがて作戦の算段が付いたのか、アリスが動き出す。見たところ脚にダメージは負っていないようで、先程までの移動速度と遜色はない。

 アリスの迫るタイミングを見計らい、ゴウは金棒を縦に振り下ろした。衝撃で舞い上がった雪が視界を遮らない程度に白く染める。手応えはない。

 ──後ろか。でも問題は──!? 

 背後からアリスが回り込んでくることは、ゴウにも予測できていた。だから油断はしていなかったし、ダメージを多少受けたとしても、アリスを捉えられるなら問題はないと思っていた。

 ところが、ゴウの一撃を躱して背後に回り込んだアリスが繰り出したのは、およそ攻撃と呼べるものではなかった。

 

「わ」

 

 ゴウの口から漏れたのは、その一言だけ。体力ゲージは一ドットたりとも減っていない。

 しかし、右脚に感じた軽い衝撃は、ゴウのバランスを崩して両手両膝を着かせてみせた。

 ──ひ、膝カックン……? 

 背後から相手の膝裏へ、曲げた膝なり足なりを軽く当てる。誰もがやったこと、やられたこと、見たことのいずれかがあるだろう、いつ誰が考案したのかも分からない子供のイタズラを対戦の場で行う意味。それは──。

 

「《イート・ミー》……」

 

 聞こえた声に、そのままの体勢でゴウが首だけを向けると、アリスの右手にいつの間にか握られている、リボンのついた透明なビンが割れるのが見えた。同時に先程の大ダメージでフルチャージ状態だった、アリスの必殺技ゲージが一気に空になる。

 瞬間、悪寒が体に走ったとゴウは思った。だが、厳密には違った。

 これは本物の冷気だ。低温下にある《氷雪》ステージの気温が更に一段階下がっている。

 その冷気の発生源であるアリスの体が氷に包まれていき、成長していく氷塊は段々とアリスの姿を不透明にしていく。

 

「こ、これは──……!?」

 

 ゴウが慌てて四つん這いの姿勢から立ち上がろうとすると、引っ張られる感覚があった。見ると、地面との接地部分に氷が張り付き、凍結しかかっているではないか。

 幸いなことに更に力を入れると剥がれたので、急いで立ち上がってからアリスへ向き直る。彼女を包んだ氷はすでに、ゴウの背丈の倍以上もの高さにまで大きくなっていた。

 どこまで大きくなるのかとゴウが思ったその矢先、氷の小山の上半分が砕け散り、割れた下半分も外側に傾いた。

 自然に砕けたのではない。内部からの押し出す力で氷が弾け飛んだのだ。

 その証拠に、氷塊から這い出てきたのは可憐な少女ではなく、ゴウの眼前に巨大な怪物が顕現していた。

 

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