アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない 作:クリアウォーター
第十七話
二〇四七年、六月三十日。
この日、ゴウと仲間のバーストリンカー達は、加速世界の変革を目論んだバーストリンカー率いるレギオンと、さるダンジョンで全面衝突をする運びとなった。
結果として戦いはゴウ達の勝利に終わり、アウトローにはバーストリンカー二人が加入と再加入をすることで、一連の騒動は人知れず終結した。
今回はその前日の六月二十九日。先週に紆余曲折あって予定外のレベル上げを行ってしまったゴウが、バーストポイント回復の一環で新宿にてタッグ対戦をしていた時の出来事である。
立ち並ぶ廃屋と化した建物群。軒並み割れている窓ガラス。陥没とひび割れだらけのアスファルトの道路。折曲がったガードレールや標識。交差点を塞ぐ瓦礫群。あちこちに点在している燃えるドラム缶。
ありとあらゆるものが蹂躙された空間。『大破壊後』がテーマとされる対戦フィールド、《世紀末》ステージの街並みをダイヤモンド・オーガーとなったゴウは歩いている。
青のレギオン、レオニーズの領土であるここ《新宿第三エリア》は、東京二十三区内でもとりわけ人口密度の高い場所ということもあってか、バーストリンカーの数も休日は平日に輪をかけて多い。
その為タッグチームもそれ自体が中々見られない世田谷とは異なり、ゴウ達以外で一組二組ではなく、様々なチームと対戦することができた。
今回の対戦チームの内一人はゴウの顔なじみのデュエルアバターで、もう一人は名前も知らない相手である。
「結構歩いたのに、まだ会わないね」
そう言ってゴウの隣を歩く、F型アバターが対戦相手を探す道すがら、必殺技ゲージのチャージに道端に転がるドラム缶を蹴り飛ばした。
細身の体型ながら発達した両脚、腰から下に伸びる一房の尻尾、糸目状の赤いアイレンズをした頭部は狐の頭。そして、全体の色合いは夜空を照らす、薄い青を含んだ白い月のよう。
彼女は本日のゴウのタッグパートナー、《ムーン・フォックス》こと
「そうですね。もうそろそろこっちが見つけても、向こうに見つかってもおかしくないんですけど……」
ゴウも周囲に気を配りながら宇美に同意し、視界に表示された対戦時間がすでに三分過ぎたことを確認する。
ブレイン・バーストのジャンルは対戦格闘ゲームなので、とにもかくにも相手を見つけないことには始まらない。
対戦チームもまた自分達を探しているはずなので、もういつ戦闘が始まっても不思議ではないのに──と噂をすれば。ガイドカーソルが消えてからすぐに、真正面から何者かがゴウ達の前に姿を見せた。
やや濃い目な紫色をした、海賊を思わせるデザインのM型アバターだ。最大の特徴は左手に装備されている、創作の海賊よろしく義手代わりの鉤爪――ではなく船錨。ちなみにあれは強化外装ではなく、実際にあのデュエルアバターの体の一部である。
「ふっ」
三角帽子型のヘッドアーマーに、右目へ眼帯を装着した頭部をゴウに向け、デュエルアバターは小さく笑う。
「久しいな、《
ズビシィッ! と効果音でも付きそうな勢いで、ゴウを右手で指差す海賊アバター──《グレープ・アンカー》が嬉しそうに声を張り上げた。
秋葉原のとある雑居ビルには、『バーストリンカーの対戦の聖地』とも呼ばれるローカルネットが密かに存在する。
そこにおけるゴウの初めての対戦相手であるアンカーは、自分の見た目である海賊としての
ゴウも別にアンカーが嫌いなわけではないのだが、面識のあるバーストリンカーの中でもとりわけ強烈なインパクトを持つキャラクター性には、何度会っても未だに圧倒されてしまう。
そんなアンカーが発した聞き慣れない単語に、ゴウは挨拶を返す前に首を傾げた。
「アダ……? 何ですそれ」
「《
そんな二つ名が自分に付けられているとは、ゴウは露とも知らなかった。いよいよ自分も異名が付くまでに有名になったのかと、嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分が胸中を占める。
「は、初耳だ……」
「そうだろうとも。俺様が所属レギオンを始め、方々に広めている最中だからな。今月の頭あたりからだから、広め始めてからそろそろ一月になるか」
「あぁ……そう……」
自信作だ、と胸を張るアンカーをよそに、ゴウは急速に喜びの波が遠ざかっていく。
二つ名とは周囲から自ずとそう呼ばれるようになるものであって、一個人が意図的に広めるのは何か違うのではなかろうか。
「すんごいキャラの濃い人と知り合いなんだね、《
「からかわないでくださいよ」
「良いじゃない。経緯はともかく私はカッコ良いと思うよ」
そう言いながらも、どう見ても面白がっている様子の宇美に続き、「そうだそうだー」「《
この件に関しては圧倒的なアウェー感を抱きながら、ゴウは気を取り直してアンカーに訊ねた。
「まぁいいや……ところでアンカーさん、パートナーはどこですか?」
「ん? 貴様らの後ろだが」
「「え?」」
ゴウは驚き、宇美と声を重ねて後ろを振り向いた。
驚いた理由の一つは、聞いておいてなんだが、アンカーがあっさりと自分のパートナーの居所を喋るとは思っていなかったから。姿を見せなかったのは、作戦の一環で身を隠しているからではなかったのか。
もう一つは、自分と宇美の後ろから何者かが飛びかかってきたこと。厳密には、一体のデュエルアバターが『空中』からの急降下による強襲をしてきたことだ。
「くっ!」
右手に握られた細身なショートソードを突き出してきたアバターの一撃を、ゴウは交差させた腕で防御した。
「オーガー!」
「大丈夫です!」
どうにか特に装甲の厚い前腕部分で防御できたので、不意打ちによるダメージはほぼ無傷で済んだ。
宇美が謎のアバターへ反撃しようとするも、相手はすぐさま剣を引き戻してこちらの攻撃範囲から離脱し、アンカーの隣へと並んだ。
ここで両陣営が真正面から対峙する形となり、ゴウは改めてアンカーのタッグパートナーの姿を確認する。
背丈はダイヤモンド・オーガーよりやや高いアンカーと同程度だが、がっしりとした体格のアンカーとは対照的にすらりとしたフォルム。
側頭部には耳のような大きめな菱形のパーツが左右に付いており、アイレンズは切れ長のオレンジ色。
最も目を引くのは、足首まで届こうかという丈の長さをした黒いマントを羽織っていること。その裏地はダークパープル基調のボディカラーとは異なり、上部から下部にかけて順に、暗い群青、紺碧、茜色と、まるで日没寸前の空模様を切り取ったかのようなグラデーションカラーという、非常に珍しいものだった。
しかし、その姿と色は対戦開始時からゴウの視界に表示されている、アバターネームとがっちり当てはまる。
「……初対面故な、ここは一応名乗らせてもらおうか」
象牙色の刀身に紅色の柄と、牙と歯肉を思わせるショートソードを腰元に提げている鞘へと納め、芝居がかった調子でデュエルアバターは口を開いた。
「ワガハイは《トワイライト・ヴァンパイア》。《フリークス》のレギオンマスターを務める吸血鬼にして──いずれは加速世界において知らぬ者なき存在となる、《夜の王》である!」
「「……………………」」
ゴウも宇美も即座にリアクションができなかった。
──あぁ……。匂いが……同じ匂いがする……。
漫画であれば背景に集中線が描かれそうな勢いでマントを翻し、名乗りを上げたヴァンパイアの姿に、ゴウはその隣に立つアンカーの同類だと一瞬で理解する。
派手な自己紹介はギャラリー達のほとんどに受けたようで、声援と拍手、指笛まで送られていた。
「うむ……うむうむ。片やワガハイの奇襲をものともせずに防ぎ、片や間髪入れず攻撃に動いた。アンカー、貴公が褒めるだけはある」
「そうだろうよ、俺様の心の友だからな。片割れの方は初見だが。むぅん……珍しい代物だが、あいにく毛皮にはいまいち食指が動かんな……」
──し、知らん内に、心の友にされてる……。
これまでもアンカーからのゴウへの呼び名は『ライバル』、『友人』とちょくちょく変化していったが、とうとう『心の友』にまでなってしまった。これでは『兄弟』と呼ばれる日が秒読み段階になって(しまって)いるのかもしれない。
「ベタ褒めじゃん。良かったね、こ、心の友……」
宇美はいよいよこちらを見ずに肩を震わせている。というかもう声を出さずに笑っている。
当事者のゴウとしては、訳も分からぬうちに好感度がバンバン上がっていることに、極々わずかながら恐怖さえ覚えているのだが。
「他人事だと思って……それより毛皮は興味ないって言ってますよ。良いんですか?」
「変な気に入り方されるよりはね。その方が良いよ。……でも眼中にないって話なら、それは面白くないね。ここにいる全員、レベルは同じなわけだし」
宇美は仕切り直すように一度咳払いをしてから、加速世界では希少な毛皮装甲の尻尾を一回、ぶんと振る。そろそろお喋りの時間は終わりという意思表示だ。
ゴウも相手のペースに呑まれるまいと、一度深呼吸をしてから構えを取る。
「……良い闘気だ。やはりここまで活気ある場所での対戦は、常とは違う緊張感に胸が躍るわ」
「さぁ、略奪の時間だ。勝てば成果はポイントに、おまけはダイヤに毛皮と来た。貴様じゃないが確かにわくわくするぜ、ヴァン」
ゴウと宇美の意思表示を受け、ヴァンパイアはショートソードを抜き直し、アンカーは腰に提げている幅が広く刀身が短めな舶刀──カトラスを右手で抜き放ち、左手の錨も構えるという、各々の臨戦態勢を取った。
両チーム、四人全員がレベル6。数値の上ではイーブン。
あらゆるものが破壊された《世紀末》ステージで、ギャラリーを除いて命あるものは四人のみ。
路肩に転がり燃えている、一個のドラム缶。中身が不明な何かを燃やす炎が大きくパチン! と弾けると、それを皮切りに四人全員が一斉に動いた。