アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第十八話

 第十八話 翼、牙、従僕

 

 

 今回の対戦でゴウ達が乱入『された』側として、対戦フィールドに降り立った直後のこと。

 確認した相手チームの一人にグレープ・アンカーの名前が表示されていたので、ゴウは宇美に自分の知るアンカーの戦闘スタイルについて教えていた。

 メインウェポンは対面すれば分かる通り、左腕の肘から先に装備されている錨。これは射出が可能で、錨の尻に繋がっている鎖によって自分の元に回収することもできる。

 重量があるので打撃属性の威力もさることながら、歪曲した左右の先端は釣針状に尖っているので、アンカーの手元に戻る際などにこちらへ向いた先端が掠めると、最悪その部位が抉られてしまう。

 必殺技も錨部分が基点となり、紫カラーの特色通り中・遠距離まで届く強力な攻撃を行ってくる他、たとえ砕かれても必殺技の一つである《リボーン・シンボル》によって、錨部分のみに限るが、修復までできる。

 その他には、ショップで購入したアイテムや強化外装を装備していて、例えば右目に着けた眼帯。あれは実はアンカー側からちゃんと見えているので、死角と思って回り込んで攻撃しようとすれば、こちらが逆に不意を突かれるということもある。実際にゴウも初戦で騙されたものだ。

 そんなトリッキーな戦いをしてくるアンカーもさることながら、彼と組むトワイライト・ヴァンパイアはゴウも宇美も初見なので、いかなる戦法や連携をしてくるのかは全くの未知数。警戒度合はアンカーよりも上だった。

 だが、そんな警戒など嘲笑うかのように、アンカーの掲げた錨を掴み、射出された錨共々上空へ舞い上がるヴァンパイアに、ゴウは改めて度肝を抜かれた。

 ヴァンパイアは十五メートルを優に超える高度まで到達すると、その身に着けたマントの形状が大きく広がり、風に棚引く柔らかそうな材質から、風を掴むまでに張りがある、コウモリの翼のような形状へと変化したのだ。

 そのまま重力に従って落下することもなく、トンビよろしく緩やかに旋回を始める。

 

「やっぱり飛べるのか……?」

 

 信じ難いが、そうであればあのファーストアタック時の奇襲についても納得がいく。

 空を舞うデュエルアバターと言えば、黒のレギオン《ネガ・ネビュラス》に所属する、《シルバー・クロウ》がほとんどのバーストリンカーの頭に真っ先に思い浮かぶだろう。

 彼の登場は、それまで雲隠れしていた彼の《親》である《黒の王》が再び姿を現したことを差し引いても、バーストリンカー達に大きな衝撃を与えた。

 それはクロウが、金属フィンで形成された背中の翼によって空中を自在に移動できる、加速世界において初となる完全飛行型アバターだからだ。

 高い跳躍能力やワイヤーの類による、三次元的な動きをするアバターは数あれど、現在でも未だ《飛行》アビリティはクロウ唯一無二ものとされている。

 今年の四月には、あるデュエルアバターがその翼を手に入れて数日間猛威を振るったらしいが、それはクロウからアビリティを《強奪》したことで得たものであり、結局クロウにアビリティは返還されたという。

 では、今こうして飛行してみせているヴァンパイアは、真の二体目となる完全飛行型アバターなのか。ギャラリー達もにわかに騒然とし出していたが──。

 

「…………ん?」

 

 旋回を続けるヴァンパイアに、ゴウはどこか違和感を覚えた。

 ──何か変な気が……でもどうして……あ、そうか──。

 

「オーガー、左!」

「はっ!?」

 

 宇美からの鋭い声に、ヴァンパイアに意識を割いていたゴウは振り向きもせずに前方へ飛び退き、数度の前転をしてから片膝を着く。

 横を向くと、ゴウのいた地点を通過していく、アンカーが射出した錨が見えた。

 

「すみません助か──」

「キィィィエェイ!」

 

 宇美に礼を言おうとした直後。甲高い気合と共に、ヴァンパイアがゴウへ向かって急降下を仕掛けてきた。

 こちらの頭を狙っているショートソードの切っ先を、ゴウはこの体勢からではもう躱せないと判断し、せめてもの抵抗にと軌道上に左手を突き出して掲げる。

 直後に掌に突き刺さる剣の感触。続いて襲いくる衝撃に、片膝を着いたままでは──たとえしっかりと両の足が着いていても、堪えられたかは難しいところだが、ゴウは耐え切れずにアスファルトの地面を磨り下ろされるようにして滑っていく。

 

「ぐっっつうううううううう!!」

 

 ようやく地面への滑走が止まると、左手には焼けるような痛み。ヴァンパイアの剣が手の甲を抜けて貫通している。それでも何もしなければ、今頃は頭を貫かれていただろう。

 

「仕損じたか」

 

 残念そうに短く呟いたヴァンパイアは、すぐさま剣を引き抜いて距離を取った。

 ──貫通攻撃には強い方だけど……ここまでの勢いが乗った攻撃だとさすがに防ぎ切れないか。

 ゴウは立ち上がって周囲を確認すると、少し離れた場所で宇美がアンカーと応戦している。カトラス刀と錨、二つの得物を振り回すアンカー相手に、宇美は攻めあぐねているようだ。

 

「先よりも速度を乗せたのだがな。やるではないか」

「それはどうも……ところであなたのそれ、自由に飛べるわけじゃないですよね?」

 

 ゴウの指摘に、ギャラリーの数名がどよめいた。しかし、その声の数もさほど多くはないので、おそらくはギャラリーの何人かもゴウと同じ結論に達しているのだろう。

 ヴァンパイアも興味深げに首を傾げた。

 

「ふむ、どうしてそう思うのかね?」

「あなたはマントを翼みたいに変えられるけど、そこから一度も羽ばたかなかった。多分グライダーみたいに滑空しかできないんだ。そうでないなら、初めから一人でも離陸できたはず」

 

 トワイライト・ヴァンパイアはシルバー・クロウと違い、自力での飛翔や空中でのホバリングはできない。それがゴウの出した結論だった。

 高所で風の流れに乗ることで旋回しながら水平の状態を保つ、パラシュート代わりに落下の減速をする、地面と平行の状態から体を傾けての急降下などはできても、再度上昇することはできないのだろう。

 

「……上昇の工程を短時間で行うのにアンカーの手を借り、貴公らの注意を上方へ向ける為に旋回行動をしていたとは考えないのか?」

「マントの形を変えても、変えていた間にゲージは消費されていなかったし、僕が接近戦主体のアバターであることもアンカーさんから聞かされているはず。だったら、今こうして地に足を着けているよりも、空に戻った方が安全です。それをしないということは……」

 

 指摘にも動じずにゴウが言い返すと、ヴァンパイアはゆっくりと頭を振ってから、ククッと喉を鳴らす。

 

「よく見ている。そうとも、このマントはある程度形を変えられる、一種の装甲なのだ。硬質化後に形態を変えるには、一度マントの状態に戻さねばならない。風が強く吹くステージであれば、気流を利用して自力での上昇も可能なのだが……このステージでは貴公の言う通り、滑空が精々だ。まぁ、アビリティでも何でもない機能だからな。音に聞こえし《超速の翼(スピード・スター)》と張り合えるまでに空を駆けたいなどと、そこまでの贅沢は言うまいよ。では──」

 

 片手で摘まんだマントをひらつかせながら、飛翔のメカニズムに補足を加えるヴァンパイアは、剣尖を上にして正面に構えた。続けてフェンシング選手のように、剣の切っ先を再びゴウへと向ける。

 

「今度はワガハイの剣の腕前を見せてくれよう。いざ!」

 

 そう言うなり、踏み込みからの突きを連撃で繰り出すヴァンパイア。

 

「キキキキキキキキキキェイ!」

 

 ゴウはヴァンパイアがマントについて説明している最中に、すでに召喚していた《アンブレイカブル》で迎撃をしようと試みるが──。

 ──速い! 

 突きという『点』の攻撃でありながら、連続で放たれることで『面』の攻撃に昇華されている──とまでは言わないが、いかんせん速い。

 長いマントを掴もうとしても、先程の説明通りヴァンパイアはマントの形を微妙に変えて、ゴウに触れさせようとはしなかった。

 刺突のほとんどは金棒を構えて防げても、何発かは隙間を縫ってゴウの体に到達し、反撃は横に後ろにとステップ移動によって回避される。

 しかも、ゴウがダメージを受けるのと同時に、先程の空中からの急襲による衝突の反動でヴァンパイアの方もわずかに削れていた体力ゲージが、微量ながら徐々に回復していく。

 

「如何かな? 我が牙にして愛剣《ブラッド・サッカー》は、相手へダメージを与えると同時にワガハイの体力を回復する。このままでは体力に差が開く一方だが、どうするね!?」

 

 わざわざ強化外装の持つ体力吸収(ドレイン)能力の説明までしてくるということは、つまりは明かしたところで問題はないのだろう。むしろ明かすことで、こちらの焦りを誘っているのかもしれない。

 このヴァンパイアというバーストリンカー、奇特な言動や行動で分かり辛いが、ミドルランカーと呼ばれるレベル6に上り詰めるだけの場数を踏んでいることを感じさせる強敵である。

 ──相手は速いし身軽だ。でも、その代わりに攻撃は一発の威力はそれほどでもないし、体型からして多分打たれ弱いはず。まともに必殺技が当たれば一気に逆転もできる。……問題はどう当てるかなんだけど。

 ダメージを受けている分、ゴウの必殺技ゲージもじりじりと充填されていく。

 だが、不意を突くなり体勢を崩すなりしなければ、スピードタイプのヴァンパイアに必殺技はまず当たらないだろう。それは向こうも分かっているのか、深入りはせずに地道に削るような攻撃しかしてこない。

 宇美やアンカーのゲージを確認すると、向こうも拮抗しているようで、互いの体力は大きな変動はなく徐々に減少しており、相応に必殺技ゲージも溜まりつつある。

 どちらも目の前の相手にかかりきりで、パートナーの助けに行く余裕はない。

 そんなゴウにとって嫌な膠着状態を突如として崩したのは、数分後に響いたアンカーの声だった。

 

「ヴァン、いいぞぉ!」

「来たな、任せよ!」

 

 ヴァンパイアは今までより大きく後退すると、左手でマントの裾を掴んでから大きく持ち上げる。

 

「《アサルト・バッツ》!」

 

 必殺技のコマンドの後、黄昏色をしたヴァンパイアのマントの裏地に黒点が現れる。黒点は次々に増えたかと思えば、マントの中から黒い物体が大量に飛び出してきた。それは――

 

「コウモリ!? うわっ!」

 

 一体一体は翼を広げても二十センチ程度をしかない、しかし何十何百ものコウモリの群れが甲高い鳴き声を上げながら、ゴウをあっという間に取り囲んで牙を突き立ててくる。

 しかもその標的は、ゴウだけではなかった。

 

「きゃっ! なにこれ!?」

「フォックスさん!? この……!」

 

 離れた場所から聞こえてくる、慌てふためく宇美の声。

 ゴウはコウモリ達を払い落とそうと、金棒を大きく振り回す。

 十数匹のコウモリが金棒を打ち据えられて地面に落下すると、ハエのように叩き落とされては敵わないとばかりに、ゴウの前方にいた残りのコウモリが距離を取っていった。

 視界がいくらか晴れ、声のした方に首を向けると、やはり群れ全体の半分ほどのコウモリが宇美にも纏わり付いている。

 

「フォックス──」

 

 背中にへばりついたコウモリを引き剥がしながら、ゴウは宇美のフォローに駆け寄ろうとしたが、それは無用だった。

 黒い塊の中から白い物体が突き出ると、縦横無尽に動いてコウモリを弾き飛ばしていき、白い毛並みをした尻尾を膨張させた宇美の姿が露わになる。

 テイルパーツを巨大化、分裂、硬質化などができるムーン・フォックスの《変幻尾(トランス・テイラー)》アビリティによるものだ。

 ひとまずはほっとして──いる場合ではない。

 

「二人共どこ行った?」

 

 ゴウがコウモリの群れに襲われ、払い除けながら宇美の状態を確認するまでの時間は、さほど長いものではない。にもかかわらず、相手チームの二人の姿が見当たらなくなっていた。

 コウモリ達が未だこちらを囲むようにして飛び回る、この《アサルト・バッツ》なる必殺技は非常に厄介ではあるが、それは撹乱用の技としてであって、決め手とするには明らかに火力に欠ける。つまりは次の攻撃への布石となるのが役割のはずだ。

 ではヴァンパイアとアンカー、どちらがその攻撃を行うのか。どこから行うのか。

 ──……しまった! 

 その答えにゴウが至るのと、答えである声が上から降ってきたのはほぼ同時のことだった。

 

「《ギャンブル・キャニスター》!」

 

 一軒の廃ビルの屋上。錨から大砲に変化したアンカーの左腕から、一発の砲弾が発射される。

 ゴウはそれを視認していない。砲弾の正体を知っていて、全力疾走で宇美の元へ駆け出していたからだ。

 黒光りする砲弾が地面へと着弾した瞬間、《世紀末》ステージの道路の一角を大爆発が揺らす。

 爆音に混じって、声高に叫ぶアンカーの声がゴウの耳に微かに届いた。

 

「こいつは大当たり(ジャックポット)だ! ハーッハッハッハァ!!」

 

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