アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第二話

 第二話 ミステリアス・レディー&ハイテンション・ボーイ

 

 

 ふと、大悟は意識を取り戻した。

 夢という形で甦った、もう一年以上前になる記憶。今は亡き弟とのやり取りに何とも言えない感情が湧き上がり――すぐに収まってその場で体をがばっと起こす。

 大悟は現在、ブレイン・バーストにおける真の戦場と呼ぶ者もいる、《無制限中立フィールド》にフルダイブしていた。

 普段の対戦で訪れている限定的な加速空間、《通常対戦フィールド》。それとは異なる《無制限フィールド》、あるいは《上》とも呼ばれている、永続的な加速空間。オープンワールドと言っても差し支えないだろう。その範囲は、ソーシャルカメラが普及している日本全国と、並のゲームの比ではないが。

 今の大悟の体は、現実のひ弱な少年のそれではない。ブレイン・バースト内で活動する仮想体、《デュエルアバター》の姿となっていた。

 これまた信じがたい理屈で、デュエルアバターはシステムがプレイヤーの心を反映させて創り出すのだという。故に姿は千差万別、似通いこそすれ唯一無二。性能もそれぞれ異なる。

 大悟のデュエルアバター名は《アイオライト・ボンズ》。

 沈んだ青色を基調としたアバターカラーに、上は着物型、下は袴型の装甲。首と両手首足首に青みの強い(すみれ)色の数珠を巻き(胴体にも帯代わりに巻かれている)、頭部は布を巻きつけた頭巾で覆った僧兵にも似た姿。ただし今は、体のあちこちに傷と汚れが付いている。

 

「あら、起きた?」

 

 すぐ近くで声がして、素早く大悟が立ち上がると、淡紅色(たんこうしょく)のイブニングドレスを纏ったF型、つまり女性型のデュエルアバターが肘掛け椅子に腰かけ、ライムグリーンのアイレンズをこちらに向けていた。

 組んだ足先にはハイヒール。首元にはボリュームのあるストール。やや癖がついたセミロングのヘアパーツの右側には、小さな花弁が手毬状に寄り集まった装飾。

『対戦』という言葉からは大分かけ離れた姿だ。一応、花弁に似た小ぶりな装甲が申し訳程度にドレスの各所に着いてはいるが、戦場よりも社交会の方が似合う。

 そんなアバターの細い指には細長い煙管(キセル)が添えられ、先端から白煙が薄く揺蕩(たゆた)っていた。

 先程からほのかに香る甘い匂いはあれが原因か、と鼻を軽く擦る大悟は、意識を失う前のことを思い出す。

 ここ最近の大悟は、無制限中立フィールドへ頻繁にダイブしては、何ヶ月も居続けていた。

 なにせここは現実の千倍の速度で時が流れる空間。仮に一ヶ月をこちらで過ごしたところで、現実では一時間にも満たない。

 ただしダイブするには、ブレイン・バーストにおける生命線でもあるバーストポイントを支払って上昇させる、デュエルアバターのレベルが4以上であることと、一度のダイブに十ポイントを消費してコマンドを唱えることが条件だ。

 だが、そんなことは今の大悟にとって些末なことである。

 ――何日もぶっ通しで《エネミー》を狩り続けて……それでここは……? 

 無制限中立フィールドにはエネミーと呼ばれる、プログラムによって生成される生物型のプログラムAI達が存在している。

 それらを相手取ってフィールドを駆け巡っていたというのに、ここは家屋の中だ。おそらくはこのデュエルアバターの、ないしはその仲間と一緒にポイントで購入した《プレイヤーホーム》なのだろうと、大悟は軽く周りを見回す。

 一軒家とはいえ、内部はそう大きくもないワンルーム型。長方形のウッドテーブルやF型アバターの座る椅子の他、いくつかの家具も揃えられているが、寝具もない。それ故に自分は木目張りの床にそのまま寝転がされていたらしい。

 ブレイン・バーストにおけるステータス画面、《インストメニュー》を開いてログイン時間を確認し、少し安堵する。どうやら何時間も眠りこけていたわけではなかったようだ。

 

「……何が目的だ」

「ま、ご挨拶だこと。その様子だと倒れる前の記憶ははっきりしているんでしょうけど、だったらお礼の一つくらい言ってもバチは当たらないんじゃない?」

 

 現実では最年長でも十歳のはずなのに、どこか艶っぽい声をしたF型アバターは、言葉の割にさして気分を害した様子もなく、警戒する大悟に構わず会話を続ける。

 

「エネミーの群れと戦っていたのを見ていたら、いきなり倒れるんだもの。びっくりしちゃった。その時のエネミーは何もしてなかったのにどうして?」

 

 デュエルアバターは長時間活動しても、発汗や排泄などの生理的欲求は持たない。よほど無理な動作をしない限りは身体的疲労も蓄積されず、己の意思に反して長時間意識を失うことも基本的にはない。

 だが、一週間以上も不眠不休で活動していた大悟は精神的疲労がピークに達し、とうとう気絶同然に意識を失ってしまっていたのだった。

 とはいえ、それを素性も分からない者にわざわざ説明する義理もない。

 

「どうしてはこっちの台詞だ。見ていたのは別にいい。だが、面識もない俺を助けた意味が分からん。だから何が目的だと聞いている」

 

 エネミーはいくつかの階級がBBプレイヤー――もとい呼び名が変わりつつある、《バーストリンカー》の中で定義されており、最弱の階級であっても単身での撃破は非常に困難だ。その上、倒したところで手に入るポイントは微々たるもので、はっきり言って実入りはほぼない。しかも倒されれば、こちらは相手の種類を問わず十ポイントを失う。

 こうも塩辛い設定なのは、ブレイン・バーストはあくまでも対人の戦闘がメインだと、プレイヤーに対戦を推奨する働きがあるのかもしれない。

 そんなエネミーとの戦闘で発生したダメージがそのままであることから、大悟は自分が無制限中立フィールドにおける《死亡》をしていなかったことも把握している。

 基本的にエネミーを倒すよりも、デュエルアバターを倒した方が得られるポイントは遥かに多い。

 エネミーとの戦闘で弱った自分を標的にするのならまだ分かるが、それさえもせずに自らが標的になる危険を冒してまで自分をここまで運んできたらしい、F型アバターの意図が大悟には読めなかった。警戒を解けと言う方が無理な話だ。

 憮然とした態度を崩さない大悟に、肩をすくめてから煙管に口をつけるF型アバターは、溜め息と同時に煙をフゥと吐き出す。

 

「……別に、私だってわざわざ助ける気なんてなかったの。あの子の『パトロール』に付き合っていたら偶然あなたを見つけて、そしたらあの子が――」

 

 その時、ホーム入り口のドアノブが音を立てて回った。

「噂をすれば」とF型アバターが呟くと、扉が開いて新たなデュエルアバターが姿を見せる。

 

「どう? 起き……てるー!!」

 

 大悟を見て、少年特有の高めな声を出して驚いたのは一体の男性型、M型のデュエルアバターだった。

 明るめな水色のアバターカラーと比較的小柄な体格を、頭頂部がスパイク状をした兜と西洋鎧の形態をした装甲で固めている。一言で表すと少年騎士といったところか。

 

「いや、よかったよー! ここに運んできたはいいけど、軽く小突いてもうんともすんとも言わないからさ、もうどーしたもんかと……。起きるのを待っててもしょうがないから、パトロールの続きをしたのはいいけど、気が気じゃなくて切り上げてきちった。あっ、パトロールってのは俺がここにダイブしたらやってるここら辺の見回りのことでね、そこのダフネは意味ないでしょーって毎回言うんだけど、何だかんだ言って大抵付き合ってくれんだ。あんた運ぶのは手伝ってくんなかったけど。ほら見てよダフネ、こうして一人助けたろ? いやぁ、人助けすると気分が良いもんだなぁ。やっと実感が湧いてきた……あ、人じゃなくてデュエルアバターだ。まっ、どっちでもいっか。それでさっきのさ――」

「待った待った――待てっつうに!」

 

 口を開くや否や、とめどなく話し続けるM型アバターに、大悟は面食らいつつ両手を突き出して話を遮った。

 

「よし落ち着け。まず、お前さん――あー……名前は?」

「俺? 《デュー・ウッドペッカー》、レベルは4。無制限フィールドに来れるようになったのは今年の春過ぎで――」

「そうかウッド……長いな、それじゃデュー。とにかくお前さんが善意で助けてくれたことは分かった。ありがとう。それじゃ、このあたりで俺はお(いとま)するから……」

 

 これ以上関わるのは面倒だと、大悟は感謝を述べつつこの場を立ち去ろうとするが、M型アバターことデューが止める。

 

「ちょっ、ちょっ、ちょっ、待ってくれよぅ。まだ本題を話してないんだから。せっかちだなぁ、まだあんたの名前も聞いてないってのに」

「俺? 名前? あぁそうだったな、アイオライト・ボンズだ。それじゃ――」

「アイオライト・ボンズ!?」

 

 大悟がアバター名を名乗ると、これまた唐突にデューは大声を上げてオーバーリアクションをする。

 

「聞いたことある! 確かえっとえっと…………そうだ《荒法師》! あ、法師って坊さんのことか。そういや見た目も……俺、てっきりサービスって(てい)で対戦相手をひっちゃかめっちゃかにする人なのかなって思ってた」

「それじゃあ《荒奉仕》だろうが。いや何だよ荒奉仕って。しかも聞いたことあるって言っといて、俺のこと碌に知らないじゃねえか」

 

 素っ頓狂なことを言い出すデューに、大悟はつい冷淡なツッコミを入れてしまう。二つ名で呼ばれるようになって久しいが、そんな読み方の間違いをされたのは初めてだ。

 

「デュー、そこの彼のこと本当に知ってるの?」

 

 これまで二人のやり取りを黙って見ていた、デューにダフネと呼ばれたF型アバターがクスクスと笑い出す。

 それを受けて、心外だと言わんばかりにデューがすぐに反論を始めた。

 

「し、知ってるよ、ずっと前に兄ちゃんから聞いたんだ。世田谷の方にそう呼ばれてる第一世代の、《オリジネーター》のバーストリンカーがいるんだって……直接見たことはなかったけど。あ、あと最近だとく、くるー? ……そう、《拳鬼(クルーエル)》だとかも呼ばれてるって、前に《ギャラリー》で聞いたな。ところで世田谷の方って、あんま人のいない《過疎エリア》なんでしょ? そういや何でまた今日は港区エリアに――あれ!? ちょっと!」

 

 いい加減付き合いきれなくなり、大悟は黙ってホームから出ていった。

 無制限中立フィールドは通常対戦フィールドと異なり、定期的にフィールドのステージ属性が変化をする。現在は《魔都》ステージ。星を覆う曇天の夜空に、金属質な青い尖塔群が立ち並ぶ光景となっていた。

 ――ったく何なんだ……。

 現実の千倍の速度で時間が経つ無制限中立フィールドにおいて、示し合わせることもなく他のバーストリンカーと遭遇するのは稀である。もっと言えば、つるんでいた仲間達と行動してなくなって以来、大悟が無制限中立フィールドで会話をするのは本当に久し振りだった。

 

「おーい、待ってよー!」

 

 扉を開けたホームから飛び出したデューが、慌てて追いかけてくる。

 

「まだ本題に入ってないんだってば。ちょっとは話を聞いてくれよ」

「充分聞いたろ。ベラベラとお喋りな奴だな」

「いやぁ、へへ……つい癖で。俺ってば、いっぺんにいろんなこと伝えようとしてとっ散らかちゃうんだよね。学校の先生にも『話は落ち着いてしましょう』ってよく言われんだ」

「その先生の教えはあんまり身に付いてなさそうだな」

 

 硬質なタイル貼りの地面を早足に歩く大悟が顔も向けていないのに、横に並んで付いてくるデューはまるでめげない。いつまで経っても本題とやらは出てこないし、そろそろ走り出して撒いてやろうか、と大悟は思い始めていた。

 

「なぁ頼むよ、アイオライト・ボンズ。その腕を見込んで頼む、じゃなくて……お願いします! 俺を鍛えてください!」

「あぁ……?」

 

 デューからの予想外の懇願に、大悟はとうとう動かし続けていた足を止めた。

 それは困惑からだったのだが、デューは大悟が話を聞く気になったと勘違いしたのか、やや興奮気味に話し始める。

 

「さっきあんたがエネミーと戦ってるとこ見て、すっげー! って思ったんだ! 俺なんか《小獣(レッサー)級》一体だって倒せたことないのに……。さっきだっていきなり倒れなかったら、あんたはあの群れも蹴散らせてたと思うぜ」

「だから強くなる為に、そんな俺に鍛えてもらいたいと」

「そういうこと! な、な、良いだろ? 助けると思ってさ」

「断る」

 

 すぐに自分の意図を察してくれたことで、嬉しそうにこちらを見るデューを、大悟は一蹴した。

 

「そ、そんなこと言わずに……」

「やなこった。無茶苦茶なこと言ってる自覚あるか? どうして俺が会って数分の、それも縁もゆかりもないお前さんをいきなり鍛えにゃならねえんだ」

「こうして縁ならできたわけだし……お願いします! 俺、強くなりたいんだ!」

「そうかい、奇遇だな。俺ももっと強くなりたいんだ。だからお前さんに構っている暇はない」

 

 しつこく食い下がってくるデューに、取り付く島もなく応じる大悟は、これなら一度エネミーに殺されていた方が、まだマシだったかもしれないとさえ考え始めていた。

 無制限中立フィールドで死亡したデュエルアバターは、加速世界での一時間の待機状態の後にその座標で復活する。その場から動けないことやポイントの減少、ダメージを受けた際の痛覚が通常対戦フィールドの二倍になるというデメリットも、こうも面倒ごとになるなら甘んじて受け入れられそうだった。

 

「強くなりたきゃレベルを上げろ。それだけ対戦をこなせ。以上だ」

「そんなこと言わずに、少しくらい付き合ってあげてちょうだいよ」

 

 つかつかとヒールを鳴らして近付いてくるダフネが助け舟を出した。てっきりホームに残っているものと思っていたが、ちゃんと後から追ってきていたらしい。

 

「一応、私達に借りがあるわけでしょう?」

「頼んでもいなかったけどな」

「それでも危ないところを救われたのには変わりはないじゃない。だったらせめて、一度戦って実力を見てあげるのはどう? それで見込みがあったら期限を設けて……とか。ねえ?」

 

 どこか挑発気味な、ダフネの妥協案めいた交渉に大悟は顔をしかめた。

 突っぱねることは簡単だが、変に遺恨を作り、知らないところで陰口を叩かれるのは面白くない。そう考えるのは、他でもない大悟自身が借りを作ったという、わずかな負い目を持っているからでもあった。

 ――いっそ、その方が後腐れもなくていいか……。

 

「…………なら、一度相手しよう。少し開けた場所か、障害物のある入り組んだ場所か、どっちが良い?」

「えっ、いいの!? やった……って今? でもフェアじゃないんじゃ……」

 

 ダフネの提案を大悟が仕方なく了承すると、デューは喜んでからすぐに動きを止め、無傷ではない大悟の体を上から下へと見回してくる。

 

「構わない。戦闘には支障ないし、そっちはレベル4でこっちはレベル6。そのハンデだと思っておけばいい。ただし負けたら、鍛えるって話はこれですっぱり諦めろよ」

 

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