アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない 作:クリアウォーター
第二十一話 きっかけは些細でも
「アボ!?」
「っうう゛……!?」
突如として装甲が内側から弾け飛び、ゲージの半分近くが一気に削れたアボカドの体力減少に、大悟の急な移動に追従が遅れていたマゼンタが足を止め、困惑の声を上げる。今いる位置では倒れ込んだアボカドが陰になって、こちらが何をしたのか見えていないだろう。
攻撃を受けたアボカド本人も何が起きたのか、理解できていない様子で戸惑いと苦悶の入り混じった呻き声を漏らし、大ダメージの衝撃にがくがくと体を震わせていた。
大悟の眼前には、軟質装甲が弾けたことで、その五十センチ近い厚みをした装甲の奥に埋まった、茶色い塊が露出している。《天眼》で確認した通り、装甲とは違う質感。おそらくはこれが、アボカド・アボイダというアバターの素体、本体の部分だ。
普通に打撃を与えてもダメージが無いのも当然だ。アバター本体まで攻撃が届いていなかったのだから。『
それにしても、脂質性を多分に含んだ装甲に、その中心に核に当たる素体があるとは、正にアボカド。これほどまでに『名は体を表す』アバターもそうはいまい。
諸々の考えが頭に浮かびつつ、今の攻撃の有効性を確認した直後、残りの装甲が弱点を覆い隠してしまう前に、大悟はむき出しとなった本体へ左腕で貫き手を放っていた。
掌底での攻撃と同等か、それ以上の速度で残り体力が消し飛ぶ。やはり緩衝性の高かった装甲と引き換えに、アボカド本体の耐久性はほぼ皆無だったらしい。
爆散するアボカドの巨体を突っ切って、大悟はもう一体の対戦相手の元へ突貫する。
迫る大悟を視認したマゼンタが、両手で持っていた大バサミから右手を──一瞬だけ離しかけてから、慌てたように握り直した。開いた鋏をこちらに向け、リボン装甲から露出している唇が動く。
「《ルースレス──」
「遅い!」
大悟の飛び蹴りが、必殺技を発動する寸前だったマゼンタを、金網のフェンスに叩き付けた。
着地した大悟はその拍子にマゼンタの手から離れた、鋏の強化外装を拾い上げてフェンスの向こう側、地上めがけて放り投げた。使用者の手元に戻ってくるような機能がなければ、この対戦中はもう回収不可能のはずだ。それに回収できたところで――。
「ぐ……くっ……」
蹴りを受けた右肩を左手で押さえ、フェンスに背中をうずめたまま、マゼンタは立ち上がってこない。装甲の奥まで砕けた感触があったので、もう右腕は動かせないだろう。
マゼンタは憎々しげな視線をだらんと下がったままの右腕から、《天眼》の発動を止めて正面に立つ大悟へと向けてきた。
「……アボにダメージを与えた一撃目、何をしたの?」
「弱点が装甲の内部にあると分かったから、そこに向けて打撃を
現時点での残り体力差による判定では、今回の対戦は大悟の勝利となる。アボカドが倒れ、マゼンタも強化外装を失い片腕も動かない以上、残り時間で逆転されることはおそらくないだろう。
「お前さん、どうしてISSキットなんぞに手を出した? しかもコピーをそこかしこに派手にばら撒いたりして」
最低限の警戒はしたまま大悟が訊ねると、マゼンタの唇がどこかニヒルな笑みを形作った。
「本当はもう何人か『仲間』を増やしてから、『アナタ達』のプレイヤーホームも襲うつもりだったケド、やらなくて良かった。もうキットは使えないし、どの道返り討ちに遭うダケだったもの。どうせ心意技もお手の物なんでしょ?」
「自己防衛程度にはな」
「ジコボウエイ、ね。そうでなくても二人がかりでこのザマじゃあ……」
大悟の返答に鼻を鳴らしてから、マゼンタは左手で自分の右手を持ち上げてから離す。ぼと、と右腕が床に落ちる鈍い音。
「片方の腕が使えなくなるだけで、アビリティまで使えなくなる。二つ揃わないと役に立たない。……つくづくイヤになるわ」
「そう自分を、自分のデュエルアバターを卑下するものじゃない」
「アナタに……『アナタ達』にワタシの行動理由を話したところで、理解なんかできやしないわよ。好き勝手に行動できるダケの力を持ったデュエルアバターで生まれたような連中にはね」
声こそ荒げていないが、マゼンタの言葉には強い負の感情が込められているのが伝わってきた。その左手で動かない右腕の手首を、握り潰さんばかりの力で掴んでいる。
「どうせこう言いたいんでしょ? 時間をかけて努力して、成長して、そうやってバーストリンカーは強くなっていくものなんだって。ケド、そうしても埋められない差があるし、そもそものスタート地点からして、それができない境遇に置かれた人もいる。ワタシは別にいい。でもアボは……あのコは──」
マゼンタはいかにも口惜しいといった様子で、それでもぽつぽつと、大悟に語って聞かせてくれた。
この医療センターで入院や通院をしている、又は経験があるバーストリンカーらで結成した小規模レギオンに所属していたこと。自分以外の仲間達に、その見た目を理由にアボカドが一方的にいたぶられていたこと。その状況を解決し、曲がりなりにも力を与えてくれたのがISSキットであること等々。
そして、デュエルアバター間の能力や外見による格差を是正、均質化することで、加速世界に『真の平等』をもたらす為にキットを広めようとしたこと。時には受け取りを拒否した者に無理やり植え付けてまで。
「──結局、キットはワタシの手に負えるモノじゃなかったケドね。それでも、それでもワタシは……」
何かを言いたそうに、しかしうまく言語化できないといった様子で、マゼンタの声は尻すぼみになっていく。
実のところ大悟は、マゼンタのある程度の素性については仲間から拠点場所と同時に聞いている。
動機についても、数日前の《ISSキット本体破壊作戦》に参加していた一人である旧友から事前に聞いていた。作戦時に起きた詳細な内容については他言無用と口止めされているので、マゼンタにそのことを説明するわけにはいかないが。
それでも所属レギオン内での事情などの知らない部分はあったし、何より本人自身の口から直接話を聞いておきたくて、大悟は敢えて対戦を仕掛けてまでマゼンタに訊ねた。結果としてこうして対面した限りでは、キットを私利私欲の為に扱っていたとは個人的には思わない。
マゼンタの話を聞き終え、大悟は重々しく口を開いた。
「……少なくとも、俺はお前さんもアボカドも、弱かったとは思わない。ただ、俺がアボカドを倒してお前さんに接近した時。お前さん、必殺技の前に右手を上げかけただろ」
「…………」
大悟の追及に、マゼンタは沈黙したまま、左手の尖った指先を胸の中心に当てた。
マゼンタはあのとっさの状況下で、すでに失われたキットの力を無意識の内に使おうとしてしまったのだろう。
闇のレーザー、《ダーク・ショット》で大悟を撃ち抜こうとしたのか。それとも闇の拳、《ダーク・ブロウ》でカウンターを取ろうとしたのか。
「あれでケチがついた。あれがなけりゃ、少なくともこの一合で勝負が決まることはなかったろうよ」
あの動作がなければマゼンタの必殺技は発動され、大悟も最短最速の一直線で彼女の懐に入り込むことはできなかった。ブレイン・バーストに限った話ではなく、勝負事はその一瞬の差が勝敗を分けるのだ。
「生憎と俺にはお前さんの悩みの根本を解消してやることはできない」
「コッチだってしてもらいたくもないわよ」
「だろうな。が、少しばかりの助言くらいならできる」
「何をエラそうに……そんなコト、別に頼んでない」
「なに、ちょっとした老婆心だ。聞くだけならタダ。興味がないなら聞き流せ」
こちらの物言いが癇に障ったようで、突っぱねた態度のマゼンタを大悟は軽くいなし、咳払いをしてから語りかける。
「まずは自分のアバターを受け入れてやれ。欠点を認めるなり、自分の中で折り合いをつけるなり、どういう形であれな」
マゼンタが「それができれば苦労しない」と言わんばかりに睨んでくるが、大悟は構わずに続ける。
「結局、強くなるには自分の持っているものを総動員していくしかない。その研鑽と発展の先で新しい力が手に入る……こともある。キットみたいな付け焼き刃じゃないものがな。お前さんもアボカドも、経緯はどうあれ、まだバーストリンカーとして生き残っている。だったら、
もうすぐ対戦時間が終了し、このフィールドも消滅する。その前に言うだけ言っておこうと、大悟は更に付け加えた。
「もし手合わせがしたいなら、無制限フィールドのうちのホームに来な。相手は俺以外でもいい。カチコミする予定があったなら、居場所も活動時間も知ってんだろ。いつでも歓迎するぞ。それか普通に世田谷第三に来れば、俺か俺の《子》とも対戦できる。アボカドも一緒にでもいいぞ」
「どうして……ワザワザそんなコトを……?」
主語のないマゼンタの問いが、「どうしてそんなことを自分がしなくてはならないのか」なのか、「どうしてそんな言葉を今日が初対面の自分にかけるのか」なのか、あるいは他の何かなのかも確認せず、大悟はあっけらかんとした調子で答えた。
「そりゃあ、
エントランスの自動ドアを抜けて屋外に出ると、雲は多くても、夏に片足を突っ込んでいる強めの日差しがしっかりと地上を照らしていた。
無制限中立フィールドへ向かう為のダイブスペースをどこにしようかと考えつつ、大悟は先程までの対戦相手達のことも同時に考える。
あれからマゼンタは一切口を開くことなく、そのまま制限時間が過ぎて対戦は判定で大悟の勝利となった。
キットを失った今、今後マゼンタがどういった行動に出るのかは分からない。尚も加速世界の均一化による平等を目指し、別の手段を模索するのか。諦めてブレイン・バースト自体を捨てるのか。それとも他の目標を掲げるのか。
──あれこれ言ったが、どこまで届いたのやら……。
言葉とは誰に言われたのかも重要な事柄だ。初対面の相手と少し会話したところで、そうそう相手の心の奥深くまで響きはしないだろう。ましてや、実質一撃で自分を無力化した相手に「お前は強い」と言われたところで、嫌味としか取られなくても不思議はない。
──そう考えると、あいつはよくあんな出会い方で俺と話をする気になったもんだな。
大悟の頭に、ブレイン・バーストにおける《子》として選んだ少年の姿が浮かぶ。
少年は去年の春、公園のトイレで不良の集団からカツアゲされていた。
そこに遭遇してその現場を録画しつつ、外見と仕草による虚仮脅しで不良達を追い払った大悟は、怯えながらも不良達の要求には応じなかった少年に、直感的にブレイン・バーストを受け取れる素質を感じ取ったのだ。コピー可能な条件云々ではなく、内に宿る秘められた闘志を。
だが、大悟がそれを見出したところで、少年がコピーに応じなければ話が始まらない。かなり印象の悪いファーストコンタクトになってしまった大悟から、その場を適当にやり過ごして逃げることもできただろう。
それでも少年は後日会う約束を承諾し、その時点では正体不明なプログラムのコピーインストールを受け入れてくれた。その時の本人の心境はどうあれ、大悟を信じてくれたのだ。
──まぁ、人間きっかけひとつでどうとでも転ぶもんだわな。
少年を意識の端に移動させた大悟は一度足を止め、自分が出てきた病院を振り返る。
マゼンタ達が自らを動かす『きっかけ』を自分で見つけるのか、それとも『きっかけ』の方から訪れるのか。そこはもう大悟のあずかり知らぬところである。
不意に視線を感じ、大悟はその先にあるベージュ色をした病棟の方を向いた。ところが、入院室の窓からこちらを見下ろす顔は見つからない。
しばらく振り返ったままでいた大悟はやがて前を向き、ダイブスペースをどこにするか決めるべく病院を後にした。