アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第二十二話

 第二十二話 百薬の長、百毒の長

 

 

 一対一の対戦が基本であるブレイン・バーストも様々なゲームの例に漏れず、複数人で構成されるコミュニティが数多く存在している。

 基本操作を説明するマニュアルもチュートリアルも存在しない分、新たにブレイン・バーストを始めた新人(ニュービー)は、《親》を始めとした先輩バーストリンカーから教えを受けるのが自然な形になるからだ。

 特に四人以上の特別なクエストを達成して代表たる一人と、その他のメンバーとで構成されるレギオンは、システムから正式な集団として扱われ、週末には《領土戦争》によってエリアを獲得しようと集団戦を繰り広げている。その他にもエネミー狩りやダンジョン探索を専門分野とするなど、各々のレギオンはそれぞれのスタンスで日夜ブレイン・バーストをプレイしている。

 そんな中、無制限中立フィールドは世田谷エリアの片隅にある、一軒のプレイヤーホームに集まって活動する、レギオン登録をしていない一つのコミュニティがあった。

 名前は《アウトロー》。

 ゴウが半ばなし崩し的に、しかし確実に自分の意思で入ることを決めた、『加速世界を自由に楽しむ』ことを信条とする集団である。

 

 

 

「えー、思わぬ来客があったりなんだりでゴタゴタしたが……」

 

 ほぼ毎週土曜日の十五時がアウトローの定例集会となった経緯は、特に何があったわけでもなく、自然にそう決まっていったとゴウは聞いている。

 もちろんそれぞれの都合があるので、毎回必ずしも全員が出席するとは限らないが、基本的に集まりは良く、本日七月六日は新メンバーを含めた十人全員が集まっていた。

 集団名と同じ名前であるプレイヤーホーム、アウトローはコンビニほどの面積をした木造建築のワンルーム形態の平屋で、内装は備え付けられたバーカウンター、天井には部屋を照らす複数の白熱電球、まばらに設置されたソファーや椅子にテーブルと、どこか西部劇の酒場やイギリスのパブ小屋を思わせる。

 

「改めまして、この度アウトローに新メンバーとしてムーン・フォックスが加入。また、《クリスタル・ジャッジ》が再加入することになりました。はい拍手ー」

 

 僧兵姿のアバター、アイオライト・ボンズこと大悟の、形だけはやや畏まった紹介の後に、暖かな拍手がメンバー達の前に出た二人に贈られた。

 拍手を受けるのは、ムーン・フォックスこと宇美。

 そして、その《親》であるクリスタル・ジャッジこと岩戸晶音である。

 身に着けた法服タイプの装甲は無色のシースルー、頭に被った角柱型の帽子は曇り硝子状。それらで透けて見える華奢な体に着いた装甲も硝子のように透明という、職人の細工が光る芸術品を思わせるF型アバターだ。今は宇美と共に拍手を受け、照れくさそうに頭を下げている。

 拍手が収まると、「さて」と前置きをしながら大悟が手を止め、指を宙に走らせ始めた。

 

「せっかくだ。こいつで乾杯といこう」

 

 自身のストレージを操作した大悟の目の前に用意されたテーブルに、複数のアイテムが出現すると、「おおー!」とゴウも含めたメンバー達の歓声が上がる。

 現れたのは、栓がされた花瓶のような黒塗りの陶器。同じく陶製で同色の小さな容器が二つ。それと木製の長細い柄杓(ひしゃく)が一本。

 液体の入った(かめ)に、杯であるお猪口、そしてカメからお猪口に液体を注ぐ為の柄杓である。

 

「お酒……? ショップで買ったものですか?」

「容器はな。中身は富士山の中腹に湧く、加速世界の世でも珍しい酒の泉から汲んできたものだ。結構貴重なんだぞ」

 

 しげしげと酒カメを眺める晶音に、大悟が少し得意げに説明しながら栓を引き抜くと、独特な香りがほんのりと広がる。

 なんでもその昔、その場所を知り合いのバーストリンカーから聞き、家族旅行で静岡を訪れた際、物のついでにと無制限中立フィールドへダイブして汲んできたものらしい。

 

「お酒が湧く場所なんてあるんだブレイン・バースト……あっ、じゃあ容器をいっぱい用意して汲んだものを東京(こっち)で売ったりしたら儲かるんじゃないの?」

「聞けば、それをしようとした奴らは全損しかけるくらいにひどい目にあったんだと。何があったのかは、口にも出さないとかなんとか。おぉ、くわばらくわばら」

 

 だからこれに入る分だけしか持って帰らなかったんだ、と以前ゴウが質問した内容と全く同じことを訊ねる宇美に、一升分は入りそうな酒カメを大悟は持った柄杓で軽く叩いてみせる。

 

「何年か前から、年明け一回目の集会で出すようになってな。ただ杯は二つしかないんで……メディック、適当にコップ出してくれ」

「はいはーい」

 

 大悟に呼ばれたのは、薄く赤みの入った黄色のボディカラーに、縁がギザギザなヘルメットとボトムアーマーを装着した、まるで鶏卵を割って中から出てきたような姿のF型アバター、《エッグ・メディック》。

 このプレイヤーホームのマスターキーを所持し、暫定的な『管理人』を務める彼女がホームのストレージを操作すると、テーブルに色も形も違う様々なコップがテーブルに出現した。

 水と変わらない透明度をした液体が柄杓から注がれていき、コップが順々に配られていく。そして最後に宇美と晶音の前にはお猪口が置かれたところで、晶音がはっとして声を上げる。

 

「いやいやいや、待ってください! 我々全員未成年なのに、なにを平然と飲酒なんてしようとしているのですか!」

「言うと思ったよ。別に良いじゃねえか。お前さん、加速世界で過ごした年月足せばとっくにハタチ超えてんだろが」

 

 何を今更、と呆れた様子の大悟。ちなみにその理屈だと、ゴウは加速世界で過ごした累計時間を加算したところで、二十歳にはまるで足りていない。

 

「ジャッジ~、めでたい席に硬いこと言いっこなしだぜ、おい」

「ハードドリンクはショップでも売っている所じゃ売っているわけだしね。それに、日本の法律は加速世界で適用されないもの」

 

 メンバーの中でも特に大柄で、目元部分にバイザーゴーグルを装着した深緑色のM型アバター、コングの愛称を持つ《フォレスト・ゴリラ》と、四角いアイレンズを囲む黒縁が眼鏡のようになっている薄墨色のM型アバター、《インク・メモリー》が大悟に続く。

 

「ていうかさー、銃刀法違反だのー、殺人? 殺アバター? だのしまくりのブレイン・バーストで、法律も何もーあったもんじゃないよねー」

「そりゃあキューブおめえ、ゲームだかんな。まぁセロ指定もねえし、ワシも仮想世界で酒の一杯や二杯、気にするこたあねえと思うが」

 

 立方体の氷に頭部全体が覆われた青緑色のM型アバター、《アイス・キューブ》の言葉の端々が間延びした意見に、赤茶色のレンガのような質感をした装甲を纏う小柄なM型アバター、《クレイ・キルン》がぶっきらぼうな口調で返す中、晶音は考え込んでいるのか、むむと唸っていた。

 

「し、しかしですね……うう、これが同調圧力というものでしょうか……」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねえよ。どこぞの雑な飲み会じゃあるまいし、どうしても嫌だって奴に無理に飲ませやしないわ、勿体ない。もうこの中、残り半分もないんだぞ」

 

 大悟が心外そうに鼻を鳴らしながら、酒カメを揺らしてみせた。

 それで特に空気が険悪になるわけでもなかったが、ワインレッドを基調としたバーテンダーのような姿のF型アバター、《ワイン・リキュール》がフォローを入れるように慌てて晶音に声をかける。

 

「ジャ、ジャッジさん、お正月にお屠蘇(とそ)を飲む感覚だと考えたらどうです? どうしても口に合わなかったら、他にソフトドリンクも沢山ありますし。ね、メディックさん」

「そうよぉ、リキュールちゃんてば良いこと言うわね。お屠蘇よ、お屠蘇。ジャッジちゃん、無理強いしちゃうのは駄目だけど、物は試しにと思って、ね? 口直しもいっぱいあるわよ、ほーら」

 

 リキュールに同意したメディックが、カウンターに他の飲み物の入った様々な容器を出現させていく。

 

「私は貰うけどね。こういうのちょっとワクワクするなぁ、盃で交わす兄弟の契りって感じがして」

「あのフォックスさん、アウトロー(ここ)は別にそういう任侠とか極道じゃないですよ……」

 

 清酒の入ったお猪口をひょいと摘まんだ宇美にゴウがツッコミを入れていると、乗り気な《子》を前にして腹を括ったのか、渋々といった様子で晶音もお猪口を持ち上げた。

 すると、手元のコップを持つ他のメンバー達の視線が晶音に注がれる。無言で音頭を取るように促しているのだ。

 それを察した晶音が咳払いをしてから口を開いた。

 

「では僭越ながら……この度は私、クリスタル・ジャッジとムーン・フォックスの為にこのような席を──いえ、堅苦しいのはよしましょう。気の利いた挨拶はできませんが皆さん、これからよろしくお願いします。乾杯!」

 

 乾杯!! と声を揃えて一斉に杯が掲げられ、ゴウも中身をぐいと呷った。

 ほのかな甘みと苦みが舌を撫で、じんわりと喉を通り胃の腑まで到達していく。この感覚がゴウは嫌いではない。むしろ好きだった。

 古来より鬼は酒好きと相場が決まっているが、鬼に似たアバターである自分もその例に含まれているのだろうか。

 

「んー……? 変な味……」

「…………」

 

 一方、宇美は期待したほどの味ではなかったのか首を傾げ、見るからに乾杯前よりテンションが下がっている。対して晶音の方は無言だが、特に機嫌が悪くなったようには見えない。

 

「飲み物だけじゃつまらないからな。大皿料理とまではいかないが……」

 

 大悟が再び指を宙に走らせると酒カメと柄杓が片付けられ、代わりに瓶や蓋付きの鉢、小皿が箸と共に実体化し、コングがテーブルに置かれた品々を興味深げに覗き込んだ。

 

「おっ、ボンズこれどうしたんだよ。どれどれ……塩辛? こっちは……タコワサか?」

「みたいなやつだ。あとは酢の物っぽい何か、つくだ煮モドキ、わさび漬けらしきもの。今朝《豊洲エリア》のショップで見つけてな。何が原材料かは知らんが、店頭でできた味見じゃどれも悪くなかったぞ」

「やぁねぇ、おつまみっぽいのばっかり。居酒屋じゃないんだから」

 

 今度は呆れ気味のメディックが甘いもの、塩気のあるものと様々な菓子類を出していく。

 無制限中立フィールドに点在するショップの通貨はバーストポイントなので、戦闘に全く関係ない嗜好品を買い漁れるのは、それだけポイントを蓄えたハイランカーの証の一つとも言える。

 それからは先週に全員が参加した戦いで、離れ離れになってしまった後にどう行動していたのかという報告会が、ちょっとした宴会の様相を呈した形で始まった。

 ゴウは用意されたハードとソフト両方のドリンクを交互に飲みながら、ちょくちょく食べ物をつまんでいく。

 他のメンバーが別れた後に遭遇した敵との戦いを聞き、同じように自分も話し、時々席を移動してテーブルに置かれたものを食べて飲んで。この時間がゴウは楽しく、何より嬉しかった。

 下手をすれば誰かが、あるいは全員がポイント全損する可能性もあった戦いを乗り越え、またこうしてホームに集まって笑い合えていることが。

 それに大悟やコングやメディックと、アウトローを共に創設した晶音がまたこの場所に戻ってきたこと。これは特に大きい。

 新人(ニュービー)時代からのライバルである宇美の《親》が晶音であったという繋がりから、一度は絶たれてしまった縁が戻ったことは、都合のいいことを承知で言わせてもらえるのならば、《子》同士の繋がりから《親》達の関係が修復されたという、ある種の奇跡のようなものさえゴウは感じてしまう。

 ──経典さん、あなたにもこの場所に居てほしかった……。

 アウトロー創設者の一人である、今は亡き大悟の弟であり晶音の《親》であった、カナリア・コンダクターこと如月経典。

 現実世界でも加速世界でも直接は対面したことのないゴウは、いかに無理な相談であっても、ここに彼もいたのなら完璧であっただろうと思わずにはいられず、しかしすぐに首を横に振った。

 ──いけない……湿っぽくなるのはよそう。こんなおめでたい席で暗くなるなんて、それこそ経典さんは喜ばな──。

 

「ふふ……あっはははははは!」

 

 突然の笑い声にゴウが意識を引き戻されると、晶音が口元を手で隠しながら大笑いしていた。仕草こそ上品で、楽しそうで何よりなのだが、少し様子がおかしい。

 ゴウと同じことを思ったらしく、宇美が近付いて晶音に声をかける。

 

「あの、ジャッジ? 大丈夫?」

「んー? もちろんですよ。万事問題ありません」

 

 そう言って首を傾げる晶音のアイレンズは分かり辛いが、焦点が定まっていない気がした。いよいよ他のメンバー達も何事かと注目し始める中、宇美が片手を晶音に突き出す。

 

「ジャッジ……これ何本に見える?」

「変な質問ですね、見れば分かるでしょう。えーと……六、いえ七本です」

 

 宇美が立てた指は四本。それにムーン・フォックスの指は人間同様に五本までしかないので、どう転んでも七本にはならない。

 

「……………………ひっく」

 

 皆の注目を一身に浴びながら、自分の発言に何の疑問も抱いていなさそうな晶音が盛大にしゃっくりをした。

 

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