アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第二十三話

 第二十三話 酒乱Q

 

 

 一同の視線を気にも留めず、晶音は唐突に椅子から立ち上がり、ホームのドアへと歩き出した。その足取りは平時と変わらずしっかりとしている。

 

「待て待てジャッジ、お前さんどこ行く気だ」

 

 すぐに近付いた大悟が手を掴み、晶音を止めた。

 

「ちょっと風にぶつかるだけですよ。少しばかりで戻るます」

「いや日本語変だぞ。風にぶつかるってなんだ」

 

 外の風に当たってくるという意味だろうか。喋り方も普段と変わらず流暢なのに、言葉の端々がおかしい。

 

「もう、なんなんなんですか離してください。一人で万々歳ですから」

「大丈夫って言いたいのか知らんが、全然大丈夫じゃないぞお前さん。とりあえず座って水か何かを──」

「むぅー……やっ!」

 

 とうとう駄々っ子のように大悟の手を振り払い、晶音はドアを開けて外に飛び出してしまった。

 間髪入れず、扉の外から白い物体がホーム内に向かって突き出て、追いかけようとした大悟や他のメンバーの足を止める。

 これはクリスタル・ジャッジに付けられた二つ名でもある、《水晶鉱脈(クォーツ・ヴェイン)》アビリティによって生み出された石英だ。しかもこれは必殺技ゲージを消費して発生させたもので、ゲージを消費しないタイプと異なり一定時間で消えない上に、頑丈なオブジェクトとしてその場に残り続けるものである。

 

「あぁ! 今なら私、風になれる気がする! もはや誰一人にも止まりません!」

 

 そんなことを口走り、遠ざかる晶音の声と足音。

 

「ジ、ジャ……ジャ──────ッジ!!」

 

 数秒間沈黙から我に返った、宇美の叫びがアウトローに響き渡った。

 

「酔ってる! どこをどう見ても酔ってるでしょあれ! あんなになるまで飲んでたっけ!?」

「さ、最初の一杯以外で、アルコール類は飲んでなかったと思いますけど……!」

 

 取り乱す宇美によって、両肩をがくがくと揺さぶられながらゴウは答える。

 

「お猪口一杯でー? そんな漫画じゃーあるまいしー」

「つうかよぉ、あれはそんな強い酒じゃないぜ」

「そこは個人差だろ。そんだけ耐性がなかったってこった」

「あのう……もしかしたらジャッジさん、『場酔い』したんじゃないかと」

 

 キューブとコング、キルンが話していると、リキュールが手を挙げた。アバターのカラーネームにも固有ネームにも酒に関する単語が入った彼女は、酒に一家言あるのだろうか。

 

「人が酩酊……つまり酔っぱらってしまう場合、必ずしも摂取したアルコール量と比例するとは限りません。あまり食べ物を胃に入れていない状態で飲んだ場合の他に、周りの雰囲気でテンションが上がったりして、酔いが一気に回る場合があります。もちろん本人の体質にもよりますけど」

「なるほど。酒が原因であることに変わりはないけど、状況次第で酩酊具合は変化すると。いくら弱いにしても、ああも変わるのはさすがに不自然だし、その説が正しいとしたら納得がいくね」

 

 リキュールの説明にメモリーが補足を加えていくと、大悟が額を手で抑えた。

 

「デュエルアバターじゃ、顔に赤みも差さないからな。いや、そのあたりも人にもよるのか。何にせよしくじった。まさかあんなエキセントリックな大虎になるとは……」

「ちょっとちょっと! 今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ! ジャッジちゃん追いかけなきゃ! いくらなんでも、あんな状態で一人にしてフィールドぶらつかせるわけにはいかないわよ!」

 

 メディックの一喝に、ゴウも他のメンバーもはっとする。その通りだ。理由の議論より優先すべきものがある。

 いかにベテランのバーストリンカーとはいえ、エネミーが徘徊する無制限中立フィールドで、正常な状態ではない今の晶音を歩き回らせるのはあまりに危険だ。

 ただし、追いかけるにしても一つ問題があった。

 このホームの窓は小型アバターでも通れない小さなものなので、唯一の出入り口が扉なのだが、そこが晶音の出した硬い石英で塞がれてしまっている。

「ふん! ……くっそ、砕けるけど硬えな」

 

 石英の壁をコングが何度か殴りつけ、一度に握り拳程度の破片がいくつも散らばるも、中々一気には砕けない。

 威力の高い必殺技はその分必殺技ゲージの消費が激しく、第一に今そこまでゲージが溜まっているメンバーはいなかった。

 時間をかけずに石英を破壊する手段は一つしかない。

 

「……《黒金剛(カーボナード)》」

 

 ゴウは意識を集中させ、静かにそう呟いた。すると、体から白く輝く光が発生し始める。それだけでなく、全身のダイヤモンド装甲がより厚みを増した漆黒に染まり、形も原石に近い粗さが残るものから、カット処理を施された流線型のフォルムへと変化した。

 

「全員下がってください。一気に壊します!」

 

 メンバー達を下がらせ、黒い姿となったゴウが石英へ拳を打ち据えると、石英に大きな亀裂が走る。そのままブルドーザーと削岩機を合体させたような勢いで、殴る蹴るを続けて石英を砕き散らしていき、あっという間に塞がれていた扉が開通した。

 レベル8のコングさえ手間取る石英の破壊を、レベル6のゴウが短時間で行えた理由。それは自らの強いイメージによって、ブレイン・バースト内の法則を《事象の上書き(オーバーライド)》する力、心意システムを発動させたからに他ならない。

 心意システムによって発動した心意技は、必殺技やアビリティなど程度の差はあれ、システムの規定したものを上書きしてしまう。今回の場合は、ゴウに攻撃された晶音の石英が、攻撃に含まれた心意の干渉によって形を維持できずに破壊されたのだ。

 その力はゲームバランスを崩壊するにあまりあり、基本的に秘匿とされている技術である。

 その為アウトロー内でも、万が一心意技を使う相手に遭遇した際の自衛手段以外での使用は半ば禁じられているのだが、緊急事態である今回は心意技を発動させたゴウを責める者は誰一人いなかった。

 心意技を解いて元の姿に戻ったゴウを先頭に、扉から続々と外に出るアウトローの面々がホームの全方位に目を凝らしてジャッジを探す。

 現在のフィールドは《工場》ステージ。周囲はかつての高度経済成長期以上の工業地帯に変わっていた。

 所々が錆びた鉄板の外装に、無秩序に張り巡らされたパイプや太いチューブは、繋ぎ目から時折蒸気が噴き出し、遥か遠くの工場群から突き出た何本もの煙突からは、鍛冶作業時のキルンの窯から発生する煙とは比べ物にならない規模で、薄暗い空に向けて黒煙を吐き出している。

 また、それら建物の内外問わず歯車やコンベア、ピストン等が休みなく稼働し続けており、それら機械群から成るオブジェクトは素手で破壊しようすると、防御力の高いアバターでなければ逆にダメージを受ける場合もある。これが今回、皆が必殺技ゲージをほとんど溜めていない理由の一つでもあった。

 そんなスチームパンクなフィールドに、ジャッジが飛び出してからまだ二分も経っていないというのに、もうその姿は見当たらない。

 

「──捉えた」

 

 その一言に全員が振り返ると、最後にホームから出てきた大悟の額から、眩い枯れ草色の光が発生している。その光こそ、先程のゴウから発せられていた白い光と同質の、心意技を発動している証明となる《過剰光(オーバーレイ)》である。

 

「ここから西に向かって約七百メートル先……千鳥足だが、ほぼ一直線に走っているな」

「分かった、西ね。《シェイプ・チェンジ》」

 

《天眼》アビリティをより強化した形になる大悟の心意技、《天部(デーヴァ)水天(ヴァルナ)》の広範囲探知により得た情報を聞くが早いか、宇美がビースト・モードに変形する。

 

「とりあえず先行くね。皆は後から追いかけてきて」

「あっ、ちょっと待ってフォックスちゃん。《キュアー・カプセル》」

 

 宇美を呼び止めたメディックの手に、サイズもフォルムも鶏卵に似た楕円形のカプセルが出現する。このカプセルは、割れてから発生する光に触れた対象のステータス異常を回復させる、メディックの持つ必殺技だ。

 

「ゲージが足りないから、一個しか用意できなくてごめんね。普通の状態異常じゃないから効くかは微妙だけど、ジャッジちゃんに追いついたらぶつけてみて。上手くいけば酔いが覚めるかもしれない」

「ありがと。じゃあ……持てないから口に入れて。んあー」

 

 割らないようにね、とメディックに言われながら、宇美は大きく開けた口の中にカプセルを詰められると、急いで晶音が進んでいるという西の方角へ走っていった。

 すぐに見えなくなってしまった宇美の後に続くように、残りのメンバーと共に晶音を追いかけ始めたゴウは、隣を走る心意技を解除した大悟に一つ疑問を訊ねる。

 

「ところで僕、ジャッジさんってそんなに身体能力の高いタイプじゃないと思っていたんですけど、この短時間で何百メートルも先に移動できるくらい動けるアバターだったんですか?」

「うん、ジャッジは確かにデュエルアバターとしては非力で脆いが、それでも人並みの敏捷性は持っている。しかも今はハイになっているから、疲れも警戒心も忘れて突っ走っているんだろうな。あの分だと向かう方角にも理由なんてなくて、適当に決めただけだぞ、多分」

 

 頭は碌に回っていないのに、体は正常に動いているということか。へべれけになってその場で動けなくなられるより、ある意味で遥かに(たち)が悪い。

 

「でもまぁ、今は外を走り回っているだけみたいだし、どこかの建物に入り込んでロボエネミーにちょっかい出されるよりはよっぽどマシな──」

「ねえ、ボンズ」

 

 一応は晶音の所在を確認し、宇美が追いかけている現状からか、特に慌てている様子もない大悟に、メモリーが声をかけてきた。何故かやや強張った調子で。

 

「どうしたメモリー」

「ジャッジはこのまま真っすぐに進んでいるんだよね? この先ってさ……」

「この先? そりゃ目黒方面に向かって──そうか、その前に《等々力渓谷》にぶつかるな……あぁーあ……」

 

 大悟はメモリーの問いに、何かを思い出したかのようにはっとして、すぐに呻き出した。

 

「よりによってこのステージで……面倒なのがいる方角に向かいやがったなぁ」

「師匠?」

「オーガー、それに他の皆も。少しペースアップだ。さすがに今日は予定外だったが……まぁ、やることはいつもと同じだ」

 

 大悟のその発言から、ゴウはこの先で何らかの戦闘が発生することを理解し、足を動かすペースを早めた。

 

 

 

 一人先行して晶音を追いかけていた宇美は、すでに大悟達の間で話題に出た東京二十三区で唯一の渓谷とされる場所、等々力渓谷まで到達していた。

 現実世界では湧き水が流れ、木々の生い茂る『都会の中にある自然のオアシス』であるスポットなのだが、この《工場》ステージでは土の質が良くないのか、黒い枯れ木が立ち並び、流れる川は濁っている上に川底は不法投棄でもされたかのように、ガラクタでびっしりと埋め尽くされている。言うまでもなく景観はよろしくない。

 元々ほとんどチャージされていなかった必殺技ゲージが底を尽き、宇美はすでにノーマル・モードへと戻っていた。右手にはメディックから渡されたカプセルを握っている。

 未だ姿が見えない晶音がこの場所に来ていることは、宇美には分かっていた。

 何故ならビースト・モードで走っていた途中から、道のあちこちに石英が点在していたからだ。それらはホームの入り口を塞いでいたものとは異なり、必殺技ゲージを消費しないで発生させられる代わりに質は劣り、一定時間経てば消えてしまうタイプである。

 石英は大きさも形状もまるで統一性がなかったことから、おそらく晶音は何も考えずに適当に発生させているのだろう。

 ──来た道にパンくず撒く童話じゃないんだから……しかもその内消えるし。

 点々と続く晶音への目印を辿り続けた末、ようやく宇美は晶音を見つけた。

 

「ジャッジ!」

 

 宇美の声に晶音は振り返り、水路に架けられた金属板の橋の上で立ち止まった。その手には先端に磨き上げられた拳大の水晶がはめ込まれた、杖型強化外装《クリスタル・ルーラー》が握られ──ぶらぶらと腕を揺らしている。

 

「おや、フォックス。奇遇ですね、貴女も散歩ですか?」

「いや、奇遇でもないし散歩って……ほら、ホームに戻るよ。いい加減酔いも覚めたでしょ」

「そうですね。あともう少ししたら一捻りですよ」

「うん、まだ酔っぱらってるね」

 

 訳の分からないことを抜かす《親》に、空いている左手で頭を抱える宇美。未だにまともな精神状態ではないようだが、それでもこちらをリアルネームで呼ばないあたり、最低限の理性や分別は残っているのだろうか。

 

「ところで……その手に持っているものは何ですか?」

「え? あ、これ?」

 

 宇美の右手に握られたカプセルに気付き、不思議そうに晶音が指を差したところで、宇美の頭に名案が浮かんだ。

 

「……じゃあ渡すからキャッチしてね。OK?」

「あら、キャッチボールですか? ふふ、昔を思い出しますね。よく二人で甲子園を目指そうと野球に明け暮れたものです。覚えているでしょう?」

「うんうんそうだね」

 

 その場で杖をぽいと捨てて両手で構えを取る晶音が、いよいよ記憶の捏造まで始めてしまっていることにはスルーする。

 これ以上近付くと、どんなアクションをしてくるのかまるで予想が付かないので、いっそのこと晶音本人から受け入れる状態を作ることにしたのだ。結果、晶音はあっさり乗ってくれた。

 晶音までの距離は直線でおよそ八メートル。この距離なら外さないし、どこに当たってもカプセルは割れてくれるだろう。

 

「よーし、じゃあいくよー……シッ!」

 

 穏やかな声から一転、晶音めがけて状態異常を治すという卵型カプセルを、宇美は勢いよく投げた。

 カプセルの軽さ故に軌道がやや上向きになってしまった、しかしキレのあるストレートボールは、晶音に直撃──する寸前に腰を落として上体を反らす晶音に避けられ、その延長線上にあった木にぶつかって砕け散った。割れた卵はキラキラとしたエフェクトを発生させた後、残骸の殻も光の欠片になって消滅する。

 

「……ふっ、あっはははは! ストライクでバッターアウトです!」

 

 リンボーダンスで棒をくぐるような体勢のキープしたまま、してやったりとばかりに大笑いする晶音。

 ──ここに来てなに茶目っ気出してくれてんだよ。もうぶん殴っちゃおうかな……。

 絶句する宇美は、いっそのこと一度死亡させるべきかと考え始める。そうなれば復活後にはまず正気に戻っているだろう。

 そんな宇美の胸中など知るわけもなく、晶音が上半身を反らしたままの背筋で体を起こせずに、よたよたと二の足を踏んでいる中で事件は起きた。

 

「ととっ……あらっ?」

「あっ」

 

 晶音に遅れて宇美も声を出す。自ら手放して足元に落ちていた杖を晶音が踏ん付けたのだ。

 

 チャプン。

 

 まずは踏まれた拍子に転がった杖が川に落ちた。

 

 ドボォン! 

 

 それから少し遅れて、杖を踏んだ拍子に足を滑らせてバランスを崩した晶音が、手すりもない金属板の橋から川に落ちていった。水面まで人ひとり分程度しかない高さでも、派手な着水音が響く。

 

「ジャッジ!?」

 

 慌てて宇美が橋に駆け寄ると、頭から落ちた晶音は川底の泥とガラクタに上半身が埋まり、水面から突き出した両脚をばたつかせてもがいていた。

 

「ジャーッジ! 何かもう今日の私、叫んでばっかなんだけど!!」

 

 宇美は我慢できずに怒鳴り散らしてから深呼吸で自分を落ち着かせ、仕方なく晶音を引き上げてやろうとした、その時。

 水面が揺れた。晶音が水飛沫を飛ばしている場所だけではない。宇美の視界に入る川の一帯全てが震えている。

 

「な、なに……?」

 

 突然の事態に宇美が身構えた次の瞬間、疑問に答えるように震動の正体が川底から姿を現した。

 

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