アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第二十四話

 第二十四話 心からの安息

 

 

 等々力渓谷が見えてきた直後、前方から発生した騒々しい音がゴウの耳に届いた。どうやら大悟やメモリーが懸念した通りの事態になったらしい。

 

「まずは状況確認して行動はそれから。全員、気ぃ引き締めていくぞ」

 

「はい!」「うーす」「よっしゃー」と大悟の指示にそれぞれが返事をして、一行は枯れ木だらけの雑木林に立ち入っていく。

 渓谷と言っても全長一キロ程度の細道は、葉のない木々では視界は思ったよりも悪くはなく、異常事態の原因は川沿いの岸に着いてすぐに見つかった。

 

「うわ、何だアレ……」

 

 一言で表すのは難しい。一定の形を取っていない、蠢く物体がそこにあった。

 歯車や鉄パイプ、鉄板、バネ、ネジ類といった、一部ないしは全体が錆びている、大小様々の金属オブジェクトで構成されたガラクタの集合体。より近付くと、それらに川底の泥がへばりついているのが分かる。

 大量の金属パーツが寄り集まってできた物体の大きさは、と言うよりも規模は、なんと渓谷を流れる川の一角に何十メートルも広がっていた。

 その一部が、川から岸に向かって氾濫したかのように溢れ返っており、中心には不自然に六メートルほど隆起した部分と、それを身構えながら見上げている宇美の姿があった。

 

「フォックスさーん!」

 

 ゴウの呼びかけに宇美はすぐに反応し、急いで一行に合流してきた。

 

「大変なの! ジャッジが川に落ちて、引き上げようと思ったらアレが出てきて、ジャッジ吞み込んじゃって……」

「呑み込まれた? どれ…………うん、確かにあの中だ。ガラクタと一緒に取り込まれたな」

 

 あたふたとした宇美の説明に、《天眼》を発動させた大悟が金属塊の隆起した方を向く。わずかながら透視も可能なアビリティによって、内部に晶音がいることを看破したらしい。

 

「ねえ、何なのこのエネミー。そもそもエネミーで合ってるよね? 体力も表示されてるし」

「そうだ。こいつは《ジャンクネクター》。《工場》ステージ限定で出現するエネミーで──来るぞ!」

 

 大悟が金属塊の正体を宇美へ解説する最中、ガシャガシャと音を立てて川から這い上がってきた金属塊改めジャンクネクターが、ガラクタの体によって形成された何本もの触手(としか形容できないもの)を叩き付けてきた。

 仲間達と同様に、こちらめがけて迫る触手を避ける中、ゴウはこんなエネミーもいるのかと、先程受けた説明を頭の中で反復する。

 ジャンクネクターは《工場》ステージにのみ出現し、しかも個体数の少ない珍しいエネミーで、本来は直径二メートルほどした金属質の球体に何本もの肢が生えた姿という、小獣(レッサー)級程度の大きさらしいのだが、周囲の物体を引き寄せて操ることで、今のように不定形で膨大な質量の形態になるのだという。

 仮にも全長数十メートルという、神獣(レジェンド)級エネミーと同等かそれ以上の大きさになってもそうは呼ばれないのは、神話などから引用された固有名を持たないからである。

 また巨獣(ビースト)級以下のエネミーの名称というのは、先人のバーストリンカー達が呼び始めた通称が浸透していったものなので、ジャンクネクターという名も便宜的に付けられた呼称に過ぎない。

 それでいて体力ゲージは、一般的な野獣(ワイルド)級に多く見られる二段分なので、その存在を知るバーストリンカー達の間ではどの等級に当てはめるか、発見から何年も経つのに見解が分かれ、未だ議論されているエネミーらしい。

 

「とにかくジャッジを回収するぞ。末端だったらそこを切り離せば話は早かったが、視たところ本体周囲のガラクタに埋もれているみたいだから、その周りのガラクタを引っぺがして、露出したところを引き摺り出すしかない」

 

 更なる追撃を繰り出してくるエネミーの攻撃を避けながら、エネミー狩りにおいて司令塔の役割をすることの多い大悟が、メンバー達に指示を飛ばしていく。

 

「メディックとリキュールは、本体部分から少し離れた所に攻撃して牽制と援護を頼む。残りの全員で本体が纏っているガラクタの鎧を壊していくぞ」

 

 先程から丸く隆起したままの部分に向かって、大悟が指を差す。

 

「あちこちから攻めていけば、誰を狙うか迷っていくらか翻弄できるだろうが、それでも反撃には注意して臨機応変に対応をするように。片が付いたら一人ずつジャッジにデコピンしようぜ。それじゃあ始め!」

 

 大悟の冗談とも本気ともつかない台詞の後、全員が一斉に動き出した。

 メディックとリキュールは雑木林の傾斜部分まで移動し、残りのメンバーで取り囲むようにジャンクネクターの本体に向かっていく。

 ゴウも遅れを取らないように、陸場にどんどん広がっていくガラクタへと足を踏み入れた。

 

「わ、歩きづら……」

 

 やはり流動するガラクタの積み重なった足場はひどく不安定で、とても全速力で走ることなどできない。

 足首までガラクタに埋まったゴウは、右脚を引き抜きがてら蹴りを放つと、足の周りにあったジャンクパーツ群が散らばった。その中の一部がガラクタの海から離れた林まで吹き飛び、そのまま木々にぶつかって砕けた金属オブジェクトは光の欠片になって散っていく。

 ところが、ガラクタの空白地帯はあっという間に埋まってしまい、四本の触手がゴウの前後左右に形成された。

 

「うわっ! もしかして怒った!?」

 

 ゴウはガラクタの地面を転げながら、襲い来る触手から逃れた。ガラクタの中には尖った部品もあるので、転げた拍子に小さな痛みと共に、微量ながら体力も削られる。

 起き上がって周りを見ると、仲間達も邪魔なガラクタを蹴散らそうとして、ジャンクネクターからの反撃を受けては足止めを食らうという、今のゴウと似たり寄ったりの状況だった。

 その時、爆発音と銃撃音が響き、ゴウ達より少し離れた場所でガラクタの一角が弾ける。メディックの攻撃手段である手榴弾と、リキュールのライフル型強化外装による攻撃だ。

 すると、すぐにその周囲で寄り合わさってできたガラクタの塊が、距離を取って攻撃するメディックとリキュールの元へと飛んでいく。

 反撃を受けた二人は攻撃の手を止めざるを得なかったが、距離もあった分、危なげなく回避してみせていた。

 これら一部始終をゴウは敵の攻撃に気を付けつつも観察して、一つ思うことがあった。

 ──このエネミー、見た目の割にそこまで強くないんじゃないか? 

 間違いなく非常に厄介な相手ではある。アウトロー総出でかかっているのに、未だジャンクネクターの体力ゲージは無傷であった。

 当前だ、金属オブジェクトはエネミーが操作していても、エネミー本来の体の一部ではないのだから。いくら壊そうが吹き飛ばそうがダメージになるわけがない。強化外装のみが損傷しても、その使用者は傷付かないのと同じことだ。

 それでもその操っている部分に危害を及ぼす動きをこちらがすれば、しっかりと反撃してくるあたり、いかなる感覚器官を持っているのかは不明だが、ジャンクネクターは操作部分の損失やこちらの位置の把握ができているらしい。

 それでも繰り出される攻撃は何と言うのか、非常に大雑把だ。

 先程もゴウを囲む形で四方向から攻撃してきたというのに、その全てが掠りもしなかった。しかも足場が悪くて、機動性が常よりも下がっている状態にもかかわらず。

 その上、散開しているゴウ達に対して、全体攻撃を仕掛けてはこない。本体に近付こうとして、操っているガラクタをこちらが踏んでいるのだから、足元から一斉にガラクタを杭状にして貫くなどの動作もできそうなものなのに、そういったことはしてこない。

 これらのことからゴウは、どうもジャンクネクターは自らが操れる膨大な質量に対して、自身の感覚が追い付いていない、又は釣り合っていない印象を受けた。

 ──もしかして、AIの知能レベルはそこまで高くはないのかな。

 そうは考えていても、ゴウは油断まではしていなかった。

 推測はあくまで現状での判断に過ぎず、体力が一定値まで削られたら凶暴化して攻撃パターンが変化するエネミーなど、今までだって山ほど見てきた。そうでなくとも、あのガラクタでできた触手の攻撃をまともに食らえば、大ダメージになりかねない。

 大悟曰く、ジャンクネクター本体の近くにいるという晶音には未だ動きはない。ガラクタに圧迫されて動けないでいるのだろうか。

 状況にもよるが、ブレイン・バースト内で一度や二度死亡したところで、基本的に大きな痛手にはならない。

 だが、今日は晶音がアウトローへ正式に戻ってきた日だ。以前共に活動していた大悟、コング、メディック、それに晶音自身にとっては、ゴウも含めた他のメンバー以上にこの時を待ちわびていたことだろう。そんな日にケチを付けるような事態は、避けたいのが人情である。

 やはり一刻も早く助けなければ。しかし、このエネミーを倒すのは骨が折れる──と、思考が堂々巡りになりかけたところでゴウはあることに気付き、ふと呟いた。

 

「あ、そうか。別に倒さなくてもいいのか」

 

 今回はジャンクネクターから晶音を引き離しさえすれば良いのであって、必ずしもジャンクネクターを倒す必要はない。振り返れば、仲間達は誰も倒すとも狩るとも言っていなかったではないか。

 であれば。それだけならば。自分にはこの事態を早期解決できるアビリティを持っている。

 そうと決まればと、ゴウは足元に広がるガラクタ──その中でも一際大きな歯車のオブジェクトに拳を打ち据えた。ゴウの拳を受けた半ば錆びている歯車はあっさりとひしゃげ、ポリゴン片になって消滅する。

 同時にオブジェクトを破壊したことで、必殺技ゲージがぐっと上昇した。

 まずは必殺技ゲージが必要。幸い周囲はオブジェクトだらけで、ゲージのチャージにはお誂え向きの状況だ。

 以降ゴウはジャンクネクターの攻撃を躱しつつ、とにかく目に付いたオブジェクトを破壊してゲージのチャージに勤しんだ。

 本体には届いてない仮の体であっても、この行動はジャンクネクターから向けられるヘイト値を上げたらしく、結果的にはゴウが重点的に標的にされることにより、他のメンバーがより本体に近付く手助けをする形にもなっていた。

 それから一分も経つと、ゴウの必殺技ゲージがフルチャージ状態となる。いよいよ行動の時だ。

 アビリティは必殺技と異なり、コマンドとして声に出す必要がないので、ゴウはただ念じて発動する。途端に体の中心に熱を感じ、その熱が体中を駆け巡った。

 見た目は何も変化していない。ここが通常対戦フィールドであれば、ゴウの必殺技ゲージが減少を始めたことで、何らかのアクションが発生したことを理解できただろうが、この無制限中立フィールドでは、仲間達さえも何をしたか気付けてはいまい。

 そう言えばこのアビリティについては、今日話す前に今回の事態が発生してしまったので、アウトローメンバーの誰もまだ知らないはずだ。

 ならばここで見せるのは丁度良い機会だったのかもしれないと、正面から迫るガラクタの触手を見据えながらゴウはそう思いつつ──。

 

「はあっ!」

 

 自分よりもずっと大きなガラクタの触手を正面から殴りつけた。

 

 ッパガァン! 

 

 競り負けたのはジャンクネクターの方で、ゴウの拳の接触面とその周囲が音を立てて弾け飛ぶ。一体何事かと、皆も音のした方を振り向いた。

 これこそが先週の戦いにおいて発現したゴウのアビリティ、《限界突破(エクシーズ・リミット)》によるものであった。

 その効果は、発動時に溜まっていた必殺技ゲージを全て消費するまでの間、《剛力》アビリティにより元から備わっていた膂力が更に上がるというもの。

 その上昇率は尋常ではなく、身の丈を超えるオブジェクトを投擲し、離れた相手にぶつけて押し潰すことさえも可能になる。

 ただし強力な分しっかりと欠点も存在し、発動したら必殺技ゲージが空になるまで発動停止ができず、必殺技も使用不可。そして発動終了後は、発動していた時間の分だけ再発動が不可能になる。

 しかもその間は何をしてもゲージは溜まらず、常時発動している《剛力》アビリティさえも働かなくなるので、戦闘力は著しく低下してしまうのだ。

 発動時間が延びる分だけ後のリスクも大きくなるという、そんなある種ドーピングめいたアビリティを発動したゴウは前進を開始する。

 腕の力と同様に脚の力も強化されたことで、ガラクタの海を先程よりも速度を増して進み、妨害する触手群を蹴散らし、まるで流氷浮かぶ北海を進む砕氷船のような勢いでジャンクネクター本体との距離を詰めていった。

 そして本体のいる隆起した金属塊の根元に辿り着くと、おもむろにガラクタの中へ両腕を突っ込んだ。まさぐっていくと、すぐに通常のオブジェクトとは異なる感触をしたうねる物体が手に当たり、それを両手でがっちりと掴む。

 

「んぎぎぎぎぎぎ……」

 

 ガラクタの外に引っ張り出そうとすると、掴んだ物体は案の定暴れ始めた。

 ゴウは歯を食いしばり、それを無理やり引き寄せる。やがて人の腕よりも少し太い金属製のチューブのような物体が、ガラクタの中から顔を出した。

 続けて金属チューブを手に取ったままゴウは大きく息を吸い込んだ。そして──。

 

「せええええやああああっ!!」

 

 金属チューブを肩に掛け、一本背負いの要領で金属チューブの根幹──ジャンクネクター本体をガラクタの中から引き摺り出した。そのままガラクタが広がる地面へと叩き付ける。

 

「うおおおぅ!?」

「何とまぁ……」

「オーガー、すっげー!」

 

 驚愕、唖然、称賛と、周りの仲間達がゴウの行動に各々の感想を口にする中、とうとうジャンクネクターの全貌が明らかになった。

 話に聞いていた通りの球体である胴体部分は、何もないつるりとした金属質で表面は銀色。その一ヵ所から体と比較するとかなり細い金属チューブの肢が、ゴウが掴んだもの以外にも何本も伸びている。その姿は例えるなら、傘をすぼめた状態のクラゲをモチーフにしたロボットといったところか。

 そんなジャンクネクターを引き摺り出しても、隆起したガラクタの塊は崩れることなく形を保持し続けていた。

 よく見るとエネミーの肢の何本かは、先端部分が未だにガラクタの中に埋もれている。どうも体の一部でもオブジェクト群に触れている限りは、本体が露出しても制御下に置けるらしい。

 そんなジャンクネクターは自らの体で一番大きな部位である、胴体部分を隠そうとするかのようにガラクタを体に纏わせながら、肢をばたつかせてゴウから逃れようとしていた。その様子は必死そのもので、自分の身の安全を確保しないことには、反撃するどころではないのか。だとすると、性質はかなり臆病だ。

 

「今の内にジャッジさんを……」

 

 ゴウが振り返ると、すでに大悟と宇美が救助に動いていた。そして、ガラクタの中から二人に引っ張り上げられ、ぐったりとした様子の晶音が姿を現す。

 

「ジャッジは回収した! 全員撤退、渓谷から離脱だ!」

 

 晶音を肩に担ぐ大悟の指示に、アビリティの持続時間が残りわずかなゴウもジャンクネクターの肢を手放し、その場から逃走を開始するのだった。

 

 

 

 等々力渓谷での戦闘より数十分後。

 

「じゃあ、後はよろしくな」

「うん任せて。オーガーもありがとね」

「いえそんな、どういたしまして」

 

《二子玉川駅》のポータルの前でゴウは大悟と共に手を振り、宇美のログアウトを見送った。

 

「よし、戻るか」

「はい」

 

 ゴウと大悟はホームに向かって歩き出す。

 

「ジャッジさん、大丈夫ですかね?」

「フォックスと同じ場所からダイブしたらしいから、後は任せておけば問題ないだろ。ログアウトすれば勝手に覚醒するだろうし」

 

 あれから等々力渓谷を脱出したゴウ達は、ジャンクネクターが追跡してこない縄張り圏外まで移動して、ようやく晶音の容態を確認した。

 晶音の全身は、大量のガラクタに埋もれていたことで細かい傷だらけだった。問題はその程度では致命傷にはならないはずなのに意識を失っていたことで、そこを皆で心配していたのだが、結局は杞憂であった。

 

「全員で一回ずつデコピンしたのに、ちぃっとも起きないでやんの。信じられるか?」

「あ、あはは……」

 

 呆れ返る大悟に、ゴウも返す言葉がなく笑うことしかできない。

 助けた晶音はぐっすりと眠りこけていた。それはもう、海よりも深い熟睡ぶりだった。

 宇美の話では、晶音は頭から川に落ちてすぐにジャンクネクターにガラクタと一緒に取り込まれたらしいので、その際にガラクタにぶつけた所の当たり所が悪かったのかもしれない。

 それにしてもその後に、いくら呼びかけようが揺さぶろうが何をしようが寝息を立てるばかりだったのは、豪胆を通り越して鈍すぎではなかろうかと心配になるところだ。

 話し合いの結果、宇美が今日のところは晶音を連れて帰ると申し出たので、ゴウと大悟がその護衛役にポータルまで付き添い、残りのメンバーは先にホームへ戻るという運びになったのである。

 ちなみに爆睡状態の晶音は、大悟によって肩に担がれた状態でポータルまで運ばれ、そのままポータルに向かって放り投げられてログアウトしていった。

 

「……ところで、あんなエネミーもいるんですね。もしもあのまま倒したとしたら、何かレアアイテムがドロップとかするんですか?」

「いや何も」

「そうですか何も……へ?」

 

 ゴウが始めて目にしたエネミー、ジャンクネクターについて質問すると、返ってきた大悟の答えはあっさりとした一言だった。

 

「何もって、あんなに倒すのが大変なのにですか?」

「そうだ。確かにポイントは手に入るが、あの人数で倒すと一人頭で三から四ポイントが精々だろうな。俺が知る限り、ジャンクネクターを倒して何かレアアイテムをゲットしたなんて話は一度も聞いたことがない。渓谷に向かっている途中で言っただろ? 『面倒なのがいる』って」

「確かにそう言ってましたけど……」

 

 ひどく厄介な相手ではあったが、攻撃精度の低さなどの諸々の点から、倒す光明が全く見えないわけでもなかったことを考えると、妥当だと言われてしまえば反論は難しい……気はする。

 去年初めて無制限中立フィールドで遭遇した小獣(レッサー)級エネミーを倒した際に、やっとの思いで倒して戦果リザルトを見た瞬間の、あの理不尽具合がゴウの脳裏に甦った。

 

「だからジャンクネクターを知る奴は、積極的に倒そうとしない。倒す手間に対して、成果が釣り合わなくてやってられないからだ。扱いとしては、フィールドに点在する厄介なトラップの一種に近い。それに縄張りにバーストリンカーが入ったからって、いきなり攻撃してくるわけでもないしな」

「え? いや、でも今回はジャッジさんとフォックスさんを襲ったじゃないですか」

「そりゃ、あの二人が縄張りでギャアギャア騒いでいたからだろ多分。まぁ、縄張りに入ったエネミーがこっちを攻撃してくるのも、それをこっちが迎え撃つのも当然だが、エネミーにしては穏やかな気性で、倒す利益がほぼないとくれば、わざわざ躍起になって倒す必要もない」

 

 状況にもよるし、そんなのはエネミー全体で一握りだけだが、と大悟は付け加える。

 確かにゴウとしても、ガラクタから引き摺り出されて、こちらへの攻撃は二の次で身の安全を確保しようとしていたジャンクネクターの行動を振り返ると、わずかながらに罪悪感が湧かないでもない。そういう点でも今回は珍しい経験だった。

 

「変わったエネミーもいるんですね」

「まったくだ。変わったエネミーと言えば、俺は《太陽神インティ》がまず頭に浮かぶな。昔、この馬鹿でかい玉ころを池に落として、その表面の炎を消火してから倒そうとしたアホが知り合いにいてな。聞いたその話のオチがまぁ傑作で──」

 

 ゴウは大悟と話しながら、せわしなく稼働し続ける工場が立ち並ぶ道を歩いていく。

 やがて、先程発動した《限界突破(エクシーズ・リミット)》アビリティについてゴウが説明していると、皆の待つプレイヤーホームが目の前に見えてきた。

 

「着いた着いた。じゃあ飲み直すか。んあーあ……復帰早々、手間取らせてくれたもんだ」

 

 大きく伸びをしながら、欠伸までする大悟。

 その『手間を取らせた』相手を、本当に疎んでいるわけではないことは、ゴウにはよく分かっていた。

 

「まぁまぁ、きっとジャッジさんも楽しかったんですよ」

「楽しかった? そりゃ大層笑っていたけどよ。酒の力だろうに」

「それもあるかもしれませんけど、それまでいろいろと抱えていたものが解消されたわけじゃないですか。それで正式に……別に手続きも何もありませんけど、ジャッジさんにとっては何のわだかまりもなくなって、アウトローに戻ってこられたことが嬉しかったんじゃないですか?」

 

 それこそお猪口一杯分の酒で──リキュールの言葉を借りるなら場酔いするくらい、晶音には楽しい時間だったのだろう。それだけ彼女にとってホームは心休まる場所で、自分達は信頼されている存在なのだと、少なくともゴウはそう思う。

 

「嬉しい、ね。……そう思うか?」

「はい」

「そうか。なら……そうであったなら、うん、何よりだ」

 

 ゴウの意見を確認しながら、大悟は反芻するように呟き、最後に満更でもなさそうに頷いた。

 

「──にしても、ああ何度もはっちゃけられたら、フォローするこっちがたまったもんじゃないがな」

 

 けらけらと笑う大悟に、そうですねと同意しながら苦笑しつつ、ゴウはホームの扉を開けた。いつの日か現実で本物の酒が飲める年になっても、皆と交流を保ち続けていられるようにと願いながら。

 

 

 

 この日、ゴウが無制限中立フィールドからログアウトしてしばらくすると、晶音からメールが届いた。

 アウトローメンバーに一斉送信されたそれは、何行にも連なった謝罪文である。

 メールの内容によると、晶音は渓谷でエネミーに取り込まれるまでは自身の言動についての記憶があったらしく、悔恨と慚愧の念が滲み出る、を通り越して溢れんばかりなその文面により、メンバー達は今日のことを触れないようにしようと、誰に相談するでもなく全員の心が一つとなるのであった。

 

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