アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

25 / 57
奇人同行篇
第二十五話


 第二十五話 ヴァンパイア・リターンズ

 

 

 長かった梅雨もようやく完全に明けて、空もよく晴れた七月十三日、土曜日。これから八月に向かうに連れ、気温は更に上がっていくことだろう。夏休みもすぐそこだ。

 

「おまたせー」

 

 世田谷区は二子玉川駅のホームベンチに座っていた、半袖短パンのゴウが声のした方へ首を向けると、そこには宇美が立っていた。

 半袖の白黒ボーダーシャツにジーンズ。特に珍しくもない夏服の装いだが、金髪の長髪を結ったポニーテールに、クォーターである彼女の四分の三を構成しているはずの、日本人要素がほぼ皆無な顔立ちは、生身ではまだ片手で足りる数しか対面していないこともあり、ゴウは実のところまだ少し慣れない。とは言え、それを表情に出すのも宇美に失礼な話なので、そこはおくびにも顔に出さない。

 

「いえ、僕もいま来たところです」

 

 待ち合わせ相手への定型文的な挨拶でゴウが返していると、丁度いいタイミングで電車到着のアナウンスがホームに響く。ほどなくして到着した電車の扉と線路進入防止用のホームドアが開き、二人は電車に乗り込んだ。

 

「どれくらいかかるんだっけ?」

「これ急行電車ですから、三十分もしないですよ」

 

 空席を二つ見つけて並んで座り、降りる駅の到着時間を訊ねる宇美に、事前に調べていた情報を伝えるゴウ。

 こんなことはニューロリンカーをグローバルネット接続してさえいれば、頼まなくても各路線ごとの到着時間が視界に表示されるのだが、現在二人はグローバルネットとの接続を切っている。

 これからすることに備えて精神的な消耗を極力抑えたいので、通常対戦の乱入をされる可能性も極力避けたかったのだ。こういうときは領土内ではグローバルネットに接続していても、《マッチングリスト遮断特権》が行使できるバーストリンカーが羨ましい。

 ともあれ、ゴウ達の警戒も無理からぬことではある。なにせ、これから会うのがどんな人物達なのか、ゴウも宇美も正確には把握していないのだから。

 どうしてゴウが午後に授業のない土曜日に、私服で電車に揺られているのか。しかも同じく私服姿の宇美と一緒に行動しているのか。

『遊び』に行くという表現では正しくもあり、間違ってもいる。何故ならこれからゴウ達が向かうのは、ある意味で命がけになるかもしれない『冒険』なのだから。

 それに至る経緯の開始地点は、二週間前まで遡らなければならない。

 

 

 

「いた! おぉい、そこの二人──オーガー、フォックス!」

 

 先月二十九日、ゴウが宇美とタッグを組んで新宿に赴いていた日。

 ギャラリー観戦で加速した二人に、弾むような声がかけられた。その声には聞き覚えがあるどころか、ついさっきまで聞いていた。

 ゴウが振り向くと、他のギャラリーの間を通り抜けながら、ぶんぶんと片手を振る一体のデュエルアバターが近付いてくる。

 暗めな紫色にすらっとした体格。菱形状の大きなイヤーパーツ。そして、はためく長いマントは裏地が黄昏時の空模様をしたグラデーションカラー。

 

「いやはや、こうも早く再会できるとは何たる僥倖か。それも二人揃って!」

 

 ついさっきグレープ・アンカーと組んで、ゴウ達とタッグ対戦をしたばかりのバーストリンカー、トワイライト・ヴァンパイアは嬉しそうに頷いていた。

 同じエリア圏内で対戦していたのだから、ギャラリー観戦で鉢合わせるのも何らおかしくはないのだが、さすがに早すぎる再会にゴウの挨拶はぎこちないものになってしまう。

 

「さ、さっきはどうもです」

「うむ、良い対戦だった。ワガハイ、飛行中に撃ち落されるのはこれまでも多々あったが、アバターに直接捕えられるとは思わなんだ」

「ああでもしないと、近接系の私達じゃ勝ち目が薄くてね」

「そうだろうとも。だからこそ二段構えの奇襲とは鮮やかな手前であった」

 

 対するヴァンパイアは、先程の対戦で高所からアスファルトの地面へ一気に叩き付けられたことで頭を潰され、おまけに首もへし折られて敗北しているというのに、その張本人である宇美を前にしても、それをまるで感じさせないからっとした態度を見せる。

 対戦で敗北すると、対戦相手や内容の差はあれ、最低でも数時間は引きずるゴウがその潔さに感心していると、ヴァンパイアがごほんと咳払いをした。

 

「……時に、観戦中に大変申し訳ないのだが、二人共その時間を割いて向こうで話せるか?」

 

 頼む、と両手を合わせるヴァンパイア。

 今回の対戦フィールド、《魔都》ステージ特有の青光りする尖塔の上でゴウはその行動を訝しげに思いながら、少し前から接触して戦闘を始めた対戦者達に向けて指を差す。

 

「いやでもほら、もう対戦始まりましたよ?」

「うむ。実はワガハイ、あの対戦者を両方よく知らん。リストに載っていたリンカーを片っ端から登録したのでな。貴公らと同じ加速空間に入る為に」

 

 対戦者達にはちと失礼な話だがな、と言うヴァンパイアを前にして、ゴウは宇美と顔を見合わせる。

 どうやらヴァンパイアの目的は対戦の観戦ではなく、最初から自分と宇美を探して話をすることだったらしい。『僥倖』と言う口振りから、対面するまでの段階はうまくいったということなのか。

 

「どうします……?」

「どうするって……。いや、オーガーが良ければ私は別に構わないけどさ」

 

 ゴウと宇美は顔を突き合わせて小声で相談する。

 今日出会ったばかりの相手二人に、対戦を観戦する片手間の世間話では済まない話とは何だろうか。正直気にはなる。

 ヴァンパイアは少々奇特な男だが、その言動に悪意が感じられないのは確かだ。それに表情がどことなく切実そうにも見える。

 

「じゃあ……聞くだけ聞いてみますか」

 

 結論を出したゴウに、宇美が頷き、答えを待っていたヴァンパイアの両耳がぴくりと動いた。

 

「本当か!? ありがたい、ではこちらに」

 

 硬い鋼板の床をかつかつ鳴らしながら、ヴァンパイアが付いてくるように促す。

 他のギャラリーの何人かが、対戦も見ずにその場を後にするゴウ達をちらりと横目に見るが、声をかけてきたり、面白がって付いてくる者はいなかった。

 ギャラリー状態のデュエルアバターは、必殺技はもちろん一切の攻撃力を持たない代わりに、エリアのどこからでも対戦場所へ迅速に向かえるように、アバターを問わず移動能力が最高水準になっている。

 それまでいた場所から百メートルも離れていない尖塔の一つに数秒で辿り着くと、ヴァンパイアは足を止めた。

 

「この辺りで良いか……」

 

 くるりと身を翻したヴァンパイアが、改めてゴウと宇美に向き直る。

 

「では単刀直入に本題に入ろう。対戦がいつ決着して、この空間が閉じるのかも分からんのでな。ムーン・フォックス、そしてダイやモンド・オーガー。このトワイライト・ヴァンパイア、フリークスのレギオンマスターとして、《高尾山》の踏破に貴公らへの協力を要請したい。……お願いします!」

 

 直角九十度に腰を曲げたヴァンパイアの予想外の申し出に、ゴウも宇美もぽかーんとした表情で眺めてしまう。

 

「……第一印象から決めてました!」

 

 無言のゴウ達にヴァンパイアは頭を上げず、もう一押しとばかりに、ばばっ! と両手を差し出してきた。

 

「あの、単刀直入すぎてよく……いや、全然分からないんだけど……」

 

 困惑した様子の宇美が口を開き、同じくらい困惑したゴウが続く。

 

「高尾山って……あの山のですよね? 八王子にある」

 

 高尾山とは、関東地方と中部地方にまたがる秩父山地の山群、その南東に位置する山の一つだ。都心からほど近く、登山道がしっかり整備されていることもあって、毎年登山者が老若男女問わず多く訪れ、日本どころか世界的にもメジャーな観光スポットである。

 去年まで神奈川県在住だったゴウも、幼稚園児時代と小学生時代に一度ずつ家族旅行で登ったことがある。

 直角お辞儀状態だったヴァンパイアが、頭を上げて背筋を伸ばした。

 

「如何にも……と言っても、もちろんリアルで会ってハイキングしよう、という意味ではないぞ。我々バーストリンカーだからな。加速世界の高尾山の話だ」

「それでそのレギオン……フリークス? が高尾山に行くのに僕らに同行してほしいと」

 

 ──そう言えばこの人、さっきの対戦でもレギオンマスターだとか名乗ってたっけ。

 ゴウがそんなことを今更ながらに思い出していると、我が意を得たりとばかりに、ヴァンパイアがパチンと鳴らした指でこちらを差し示した。

 

「まさに! 理解が早くて助かる」

 

 そうは言われても、ゴウは今の時点で何一つ理解できた自信がない。

 

「いやその、レギオンだけで行くのは駄目なんですか?」

 

 どうしてわざわざレギオンの行動に部外者を招き入れる必要があるのか。ゴウの疑問はそこに尽きる。

 部外者の手を借りてまで、そうまでして手に入れたいものが、高尾山にはあるのだろうか。しかし他県ならともかく、東京の主立ったランドマークは、ブレイン・バーストの八年の歴史の間に隅々まで攻略されていると聞く。建物とは異なる自然の地形とはいえ、高尾山ほどメジャーな場所なら、とうに攻略されていても何ら不思議ではない。

 ヴァンパイアはこれまでのバーストリンカー達が見つけられなかった、何かしらの存在を把握しているのだろうか。

 ──まさか、目的を果たしたところで協力を頼んだ僕らを切り捨てるつもりじゃ……。

 つい一週間前にアイテムを巡った惨劇について聞いたばかりで、明日にはおそらく知る者がほぼいないはずの『幻のダンジョン』へ赴く予定のゴウは、戦闘など起きようはずもないギャラリーの身でわずかに構えてしまう。

 そんなゴウの態度を見て、ヴァンパイアが右手の手のひらを突き出してかぶりを振った。

 

「そう警戒してくれるな。言っただろう、ワガハイ達の目的は山の踏破。つまり山頂まで登りたいだけなのだ」

「それって結局ハイキングじゃない? リアルか加速世界かの違いってだけで。私達要らないでしょそれ」

「んーむむ……回りくどいのは良くないと思い、結論から話したのがまずかったか」

 

 要領を得ない物言いに、宇美が早々に結論を出そうとすると、ヴァンパイアは少し困った様子で首を傾げつつ腕を組んだ。

 

「やはり順を追って話そう。まずワガハイ達フリークスはな、普段は町田市で活動しているのだ」

「えっ、じゃあ二十三区外のバーストリンカーだったんですか?」

「そうだが町田市も東京だ、驚くことでもなかろう。それとも貴公、二十三区内の土地しか東京都に分類されないと思っているクチかね? 『町田ってお前そこはもうほぼ神奈川県だろうが』とでも?」

「い、いや、そんなつもりじゃ……」

 

 少しだけむっとするヴァンパイアに、ゴウは何か地雷めいたものに触れかけた気がして慌てて否定する。

 

「続けるぞ。そんな町田市にも構成人数は少ないながらもレギオンがちらほら存在し、週末にはこの小規模レギオン同士で領土戦も行われている。我々フリークスも参加しているのだが……領土権維持の条件である毎週勝率五十パーセント以上の維持というのは中々に難しく、未だ領土を持っているわけではない。そんな中、先月にようやっと一番の若手がレベル4に到達してな。そこでだ。このあたりで士気の上昇とメンバー間の連携強化を兼ねて、無制限中立フィールドで何か催しをしたいとワガハイは考えた」

「それが高尾山……」

 

 ゴウの呟きにヴァンパイアが首肯する。

 

「聞けば、高尾山にいるエネミーは一番強くても巨獣(ビースト)級までで、神獣(レジェンド)級は確認されていないらしい。さりとて、わずか六名の我がレギオンには簡単な道のりではあるまい。一番レベルが高いのはレベル6のワガハイ一人で、残りは4と5。エネミーが多数棲息しているであろう場所に行くには少しばかり心許ない。そこでワガハイはここしばらく、ワガハイと同レベルで最低でも一人、欲を言えば二人。同行してくれるバーストリンカーがいないかと探していたのだ」

 

 ここまでの説明で、ヴァンパイアの言わんとすることがようやく分かってきたが、腑に落ちないことはまだある。

 

「メンバー間の連携が目的ってことは、やっぱり部外者が加わっても意味なくない?」

「ダンジョンじゃないのなら、エネミーを避けながら山を登れば、わざわざ戦闘をしなくても頂上まで行けるんじゃないですか?」

 

 宇美とゴウそれぞれの指摘を受けると、ヴァンパイアは数秒だけ黙り込んでから、重々しく口を開いた。

 

「…………もっともな意見であるな。だが、ただ山を登るだけでは、それこそただのハイキングだ。道中で小獣(レッサー)級なり野獣(ワイルド)級なりのエネミーも何体か倒していきたい。あぁ、それなら単純なエネミー狩りでいいだろうと思うのも分かる。だがな、普段よりも少しばかり大きなことを一つ成し遂げれば、それはきっとメンバー達の自信にも繋がるはずなのだ。無駄な行為にはなるまい。たとえ、誰かの手を借りたものだとしても。むしろ他のバーストリンカーと交流を持つのは悪いことではなかろう」

 

 いつの間にかヴァンパイアからは、凛と真剣味を帯びた雰囲気が醸し出されている。

 

「ワガハイは……レギオンマスターとしてレギオンはもちろんのこと、メンバー達を導く義務がある。その為に他人である誰かに頭を下げることを厭いはしない」

 

 こちらをしっかりと見据えるオレンジ色をしたアイレンズには、強い意志と何かを背負っている覚悟が見て取れる。それはたとえ小規模であっても、一つの集団の長としての強さなのかもしれないと、ゴウに思わせるには充分なもので──。

 

「それで見返りは?  」

 

 身も蓋もない宇美の一言にヴァンパイアは体を強張らせ、強い意志と覚悟を秘めた瞳はどこへやら、視線はどこを向くでもなく泳ぎ出した。

 

「み、みみ見返り?」

「縁もゆかりもほぼない相手に力を貸せ、ボディーガードになれ、って言うからにはそれに応じた報酬は用意するものだよね? そこはギブアンドテイクでしょ」

「う、うむ、そうだな、至極……その通りだ……」

 

 ヴァンパイアは明らかに痛いところ突かれたという表情をしてから、やがておずおずと口を開いた。

 

「……道中で見つけた、またはエネミーからドロップした場合のアイテム類。貴公らが欲した場合、それら全てを譲るというのはどうか?」

 

 文面だけなら太っ腹な話であるそれは、実質限りなく無料(ロハ)に近い内容であった。ダンジョンでもない場所でそうそうアイテムが転がってはいないだろうし、強力なエネミーでなければ、これまたポイント以外で目ぼしいものが手に入る確率はかなり低い。

 

「……ちょっと話し合うから、耳塞いでて」

 

 ヴァンパイアにそう言うと宇美はゴウの手を引き、数歩後ろに下がってから再び顔を突き合わせる。

 

「で、どうする?」

「あれ、今の流れからして断るんじゃないんですか?」

 

 ゴウはてっきり、宇美が第一声で「断ろう」と言うものとばかり思っていたが、予想に反して出た言葉は相談だった。

 

「あんな真剣に頼まれたら、見返りが報酬とも言えないしょっぱいものだからって、『今回はなかったことで』とは言えないじゃない。大体、見返りなんてのはあくまで約束事の担保にする方便。タダで請け負うなんて言い出しでもたら、それこそ変に不審がられるでしょ」

 

 提示されたこの内容では、ほとんどのバーストリンカーは旨みを感じずに断るだろうに、対戦での交流によって情が湧いたのだろうか。すでに一人でも請け負おうと決めかけているゴウも人のことは言えないが、宇美も大概人が良い。

 

「……優しいんですね」

「え? なんて?」

「いえ、なんでも。それじゃあ受けるにしても……明日の件がどう決着するか次第ですから、ひとまず──」

 

 そのまま耳を塞いでこちらの審議をヴァンパイアが待つ中、短時間の話し合いの末、ゴウと宇美は顔を合わせた状態から互いに離れ、ゴウが口を開いた。

 

「えっとですね。その話、受けたいと思いますけど、今の段階では確実な約束はできません」

「……と言うと?」

「詳しくは言えませんが、僕とフォックスさん、それと僕らの仲間は明日、加速世界でやらないといけないことがあるんです。それに関する諸々が決着しない限り、そちらに協力する余裕がない。少なくとも一週間、場合によってはそれ以上の間、返事を保留することはできますか?」

 

 ゴウの申し出に、ヴァンパイアは少しだけ考え込んだ後に、ゆっくりと頷いた。

 

「……何やら訳ありのようだから、その『やらないといけないこと』について詳しくは聞くまい。こちらも無理を言っているのでな──承知した。色よい返事を期待させてもらおう」

 

 

 

 そんなやり取りの最後にゴウ達へアドレスを教えると、ヴァンパイアは行われている対戦を見届けることもなく、すぐさま通常対戦フィールドからログアウトしていったのが二週間前。

 一応アウトローにこの件を相談したところ、案の定「良いんじゃない?」「土産話、期待してるよ」といった肯定的な意見をメンバー達から貰った後、宇美とやり取りをしながらヴァンパイアから教えられた匿名メールアドレスで返事を送ったのが先週。

 ヴァンパイアからの返信は待ち構えていたかのように迅速で、あっという間にスケジュールを調整し合って決定した日取りが今日である。

 ゴウと宇美を乗せた電車は二十三区を離れ、町田方面へと向かっていく。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。