アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

29 / 57
第二十九話

 第二十九話 王を騙るコウモリ

 

 

 石鳥居をくぐり、百メートルそこそこの長さをした石敷きの道の先にあったのは、森の中に七、八十メートル近く縦横に切り拓かれた、正四角形の空間だった。

 高さ三メートルはある木製の柵が敷地の境界線となっている。そこより外は、ゴウ達が通ってきた道の左右と同じように、やけに狭い間隔で並ぶ、紅葉をつけた木々が立っていた。

 入って右奥の隅には、大きめの石で縁を囲った池。左側の中央には、(くら)らしき建物が一棟。そして、敷地内にはゴウの腰元ほどまでの高さをした、白い岩が十個近くまばらに点在し、この場一面に敷き詰められている砂利は、川の流れを思わせる模様を描いている。枯山水(かれさんすい)というやつだろうか。

 見る人が見れば何かしら感じるものがあるのかもしれないが、『侘び寂び』というものが全く分からないゴウは、ひどく殺風景でやけに広い庭園という単純な感想しか抱かなかった。

 

「うむ、どう見てもあの建物が怪しいな。他に目ぼしいものもなし」

 

 ヴァンパイアが指し示した蔵まで皆で歩いていく中、ゴウはこの場所について考えていた。

 現代では観光地である山々にも、あちこちにソーシャルカメラは設置されている。さすがに山全体にくまなく設置することは不可能でも、正規の山道や過去に事故が発生した地点に設置することで、遭難事故を防ぐ一助にもなっているらしい。

 そんなソーシャルカメラの範囲外の場所も、推測補完が為されるので加速世界の地形が虫食い状態になったりはしない。

 ではこの場所は、その推測補完された空間にどういった意図で作られたのか。

 ムカデエネミーの集団から逃れるのに山の傾斜を滑り降りる前は、ゴウ達は高尾山の一号ルート、現実でのリフトやロープウェイ乗り場の手前辺りに当たる場所まで進んでいた。そこから斜面を滑り降りても、ロープウェイやリフトの路線を除いて、山間は手つかずの自然が残るだけのはずだ。

 それでいてこの場所は、たとえいかなるステージであっても、そのステージに合わせたデザインとなって存在し続けるという、理由なき確信がゴウにはあった。現在は《平安》ステージ故の和風的景観なのだろう。

 ──この不自然さからして、何らかの条件を満たすことで入れるようになる隠しエリア。やっぱりそう考えるのが自然か。

 推測補完で作り出された空間に、現実とはリンクしない領域を作成することも不可能ではないだろう。それが比較的小規模のものであるなら、尚のことである。

 ブレイン・バーストにそういった場所があることを、ゴウはすでに知っている。半年に一度の限られた時間内にのみ横浜エリアの海に現れる、幻のダンジョンを脳裏に浮かべながら、ゴウは改めて推測を立てていく。

 ──アレは特殊すぎるにしても、決められた道を辿るとか、一定時間決まった範囲内に留まるとか、そういう条件をクリアして入り口が現れるのかも。いや……ここがどうやったら行けるのかは、もう気にする問題じゃない。問題は……。

 そうこう考えている内に、一行はもう蔵の目の前まで来ていた。

 外から見るに、学校の教室の半分ほどの面積。建物の基礎部に据えられた柱が、瓦屋根の四隅を支えるようにして出っ張った屋根と繋がっている。白塗りの壁には窓も格子もなく、内部は外からは全く見えない作りだ。こうして近くで見ると、(ほこら)のように見えなくもない。

 

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか。ボーンズ、頼む」

「はいよっ」

 

 ボーンズがヴァンパイアに頷き、《骨格標本(スケルトン・パージ)》アビリティによって体から離れた両腕が浮き上がった。

 ボーンズの腕が両扉の持ち手に手をかけると、ゴウも他の皆も、開けた瞬間に中から何かが飛び出してくることも想定し、少しだけ木製の扉と距離を空けて身構える。ところが──。

 

「いくぞ、せーの…………あれ?」

 

 ボーンズが首を捻る。体から離れて扉の持ち手を掴む腕が、押したり引いたりと力を込めているのに、扉はびくともしない。

 奮闘するボーンズに、レンズが首を傾げて訊ねる。

 

「どしたい、ボンさん」

「ふっ! くっ! ふぬぬぬ…………だぁ! はぁはぁ……駄目だ、開かねえ……」

「ちょっと僕にやらせて」

 

 腕を切り離した肩を上下させているボーンズに代わり、ゴウは扉の前に立った。

 持ち手を握ったまま垂れ下がっていた骨の腕がボーンズの元へ戻っていくと、ゴウは持ち手を掴み、まず引っ張ってみる。

 開かない。次に押してみる。開かない。レールなり溝なりもないので、多分無理だろうと思いつつ、横にスライドさせようとする。やっぱり開かない。

 金属質の持ち手は木の扉に施工されているだけで、鍵がかかっている様子はない。そもそも鍵穴の類は両扉のどちらにも見当たらない。

 加えて《剛力》アビリティの腕力で開くどころか軋みもしないことから、ゴウはひとつの答えを出した。

 

「多分、システム的にロックされた破壊不能オブジェクトだと思う。力で開けるのはまず無理だよ」

 

 無制限中立フィールド内における建物へ進入可能なステージでも、閉め切ってある窓からではその建物に入れないというのは、そこまで珍しい話ではない。

 

「せっかく目の前に金庫があるのに、肝心のパスコードがないから指くわえて見てるだけってのは、もどかしいねぇ」

 

 ゴウの言葉を受けて、リカオンが嘆息する。

 彼女の言う通り、この手の扉を開けるには、やはりプレイヤーが『鍵』となる条件をクリアしていなければならないのだが……。

 

「どうする? それがアイテムタイプでこの山のどこか別の場所にあるとしたら、もう手詰まりじゃ──」

 

 落胆ムードの中、宇美が言い辛そうに口を開いた、その時。

 庭園の中央部から爆発のような轟音が響いた。

 蔵の扉に背を向ける形で立っていたゴウだけが、上空から何かが高速で降ってきた瞬間を目撃していた。

 全員が振り返り、注目する視線の先にあるのは、球状に渦巻く巨大な風の塊。やがて砂利と砂埃を巻き上げる回転は勢いを減衰し、風の塊は霧散した。

 川の模様を描いていた砂利が混ぜ返された地面の中心に、人の形をした何かが立っている。ゴウは最初、それが四メートルを超える巨人に見えたのだが、厳密にはそうではなかった。

 身に纏っているのは山吹色の法衣と袴。法衣の上には、正面から見て六つの丸いひだの付いた袈裟。

 手足にはそれぞれ白い手甲と脚絆(きゃはん)がはめられ、一本歯の下駄を履いている。

 額には小さな帽子らしきものが括り付けられていた。ゴウが頭の中で引っ張り出した知識では、確か頭襟(ときん)とかいう装飾品だ。

 これらは山伏(やまぶし)、修験者の衣装である。

 そんな山伏装束をした巨人の背中には、カラスのように真っ黒な羽でできた、翼が生えていた。

 額の広い頭部は、白い髪の毛とたくわえられた口ひげや顎ひげが一体化して、まるでライオンのタテガミのよう。波打つ白い毛から覗くその肌は、熟れたトマトよりも赤い。

 そして顔面の中心に位置する、存在感の際立つ長い鼻。その長い鼻だけで、大抵の日本人はある存在が容易に思い浮かぶだろう。

 

「天狗……!」

 

 言葉が自然と、ゴウの口を突いて出ていた。数十メートル以上の距離が離れていても、その特徴的な頭部は見間違えるはずもない。

 また出現のタイミングこそ驚いたが、エネミーとして現れることにもさほど不思議ではない。なにせ、この高尾山は天狗の伝説さえある山なのだから。

 

「……頼んでもいないのに向こうの方から来てくれたってことは、あの天狗エネミーを倒せば、この扉が開くって考えていいんだよね」

「あるいはこの場所に近付いた者を、叩き潰す為だけに存在する守護者か」

 

 宇美の問いに答えたのは、どこか神妙な調子のヴァンパイアだった。

 

「天狗、と一口に言っても種類がある。天狗の最高位とされる大天狗は、赤ら顔に高い鼻を持つとされるのだ。……前方にいるアレのようにな」

「それでも神獣(レジェンド)級ってわけじゃないみたいだ。ほら、固有名が表示されてない」

 

 エネミーを見据えると、視界に表示されるのは三段の体力ゲージのみ。システムが定義した名前は持っていないことになる。無論、全く油断はできないが。

 単純な質量だけなら格段に小さいのに、あの天狗からは先程やり過ごしたイノシシエネミー以上の迫力が感じられる。

 ゴウがそう考えていると、出現より棒立ちのまま不動を保っていた天狗エネミーが、すいと右腕を上げた。たちまち天狗の右手に風が渦巻き、風は扇部分が自らの翼に生えたものと同じ黒い羽根で作られた、柄まで含めると百五十センチを超える大団扇(うちわ)へと姿を変える。

 握り締めた団扇を掲げる天狗のその動作に、ゴウは危機感が沸き起こり、大声で叫んだ。

 

「全員、横に散って!」

「ガアッ!」

 

 野太い気合と共に天狗の団扇が振り下ろされると同時に、全員がその場から飛び退いた。

 

 ヒュルルルル────ッパァン!! 

 

 直後に鋭い風切り音と破裂音、それに衝撃がゴウの耳と肌を震わせる。振り返ると、団扇が振るわれた延長線上の地面に深い切れ込みが走っていた。

 

「ぐ……風で作った真空の刃、カマイタチってとこだね」

「こいつぁ、食らったらシャレにならねえぜ……」

 

 焦りが含まれた声を出すリカオンとレンズを始め、皆が裂けた地面を凝視する。

 ちなみに真空刃の直撃を受けた蔵は、傷一つ付いていない。やはりゴウの見立て通り、破壊不能オブジェクトらしい。聞こえた破裂音は真空刃が弾けた音だろう。

 

「ガアアアァァ……」

 

 攻撃を避けられたからか、天狗エネミーはひどく不愉快そうに低く唸ると、背中の翼を大きく広げた。その翼開長は、エネミー自身の背丈の優に倍は超えている。

 ──飛行型な上に、スピードのある遠距離技……厄介だな。

 飛翔して十五メートルほどの高度を維持する天狗エネミーを見上げながら、ゴウは歯噛みする。飛ばれてしまっては、ダイヤモンド・オーガーを始めとする近接型アバターは、おそろしく不利を強いられるからだ。

 アウトローでのエネミー狩りでも、空飛ぶエネミーが相手の場合、向こうが地上へ降下してこない限りはゴウにできることはほぼなかった。おまけに今回の相手は、こちらと距離を取って一方的に攻撃できる手段を持っているのだから、正直やっていられない。

 ふと嫌な予感が頭によぎり、ゴウは足下の砂利を一掴みして、蔵の奥、柵の方へ向けて投げつけた。柵よりも高く放られた砂利は、柵を超えて向こう側に落ちる──ことはなく、何もない空中で弾かれ、庭園の地面に散らばる。

 

「やっぱり……柵を超えて逃げられないようになってる」

 

 よく目を凝らすと庭園の外周を囲う柵の上には、油膜のような虹色の薄い光が発生している。

 わざわざ囲いで仕切られているのは、入って来た者を簡単に逃がさないという意味合いも持つということ。エネミーが現れるより前に気付くべきだった。

 つまりこの場所は、石の鳥居の入り口で予想していた通り、広義的にはエネミーの巣だ。

 出現条件はこの庭園に足を踏み入れことか、蔵を開けようとしたことか。どちらにしても直後ではなく、タイムラグがあったので定かではないが、今となっては過ぎた話である。

 唯一の出口はここに来た時に通った一本道のみ。そこだけは光の障壁が形成されていない。ただし背を向けて直線の道を走っている内に、真空刃で真っ二つという事態は想像に難くない。

 

「……どうやら今回は撤退できる相手ではなさそうだ」

 

 ゴウと同じ推測に至ったのか、ヴァンパイアが腹を括るように、翼を羽ばたかせる天狗を見上げたまま大きく息を吸う。

 

「予定外の事態、予想外の強敵ではある。されど恐れることはない! 貴公らは各々が屈強な戦士であり、今回は助っ人まで付いている。そして何より、未来の《王》たる、このトワイライト・ヴァンパイアがいるのだからな!」

 

 声を張り上げるヴァンパイアの演説めいた激励により、天狗エネミーの攻撃力を目の当たりにし、やや及び腰だったフリークスメンバー達から、萎縮の念が消えていくのが見て取れる。

 

 ──『ワガハイはトワイライト・ヴァンパイア。フリークスのレギオンマスターを務める吸血鬼にして──いずれは加速世界において知らぬ者なき存在となる、《夜の王》である!』

 

 二週間前の対戦中に、ゴウと宇美の前で彼はそう名乗った。

 あの時に口にした《夜の王》とは、てっきり二つ名か何かだと思っていたのだが、どうも加速世界に君臨する《純色の王》を目指すという意味だったらしい。今回町田駅で再会した時にも、似たような文言を口にしていた。

 確かにあの対戦の最中、ギャラリーのほとんどは真に受けていなかっただろうし、事実レベル6ではレベル9へ至る道は遥かに遠い。

 だが、《純色の七王》と同列になると公言できる者が、今のバーストリンカーの中に何人いるだろうか。それもギャラリーが大勢いる中での対戦で。

 もしかするとこの男は、本当にとんでもない大物になのではないかと、ゴウは隣に立つヴァンパイアを見やる。

 

「遠距離攻撃の手段がある者は翼を重点的に狙え! ただし、しばらくは戦闘パターンの把握に集中。決して深追いはするな! 征くぞ!」

 

 オオ──────!! 

 

 ヴァンパイアが腰からショートソード《ブラッド・サッカー》を抜き放つと、メンバー達もまた奮い立ち、勇ましく声を張り上げる。

 その光景は、ゴウに昨晩の出来事を思い出させた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。