アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第三話

 第三話 硬い嘴、軽い羽毛

 

 

 数分後。

 大悟達は建物群に左右を挟まれた、車線が多く幅員が広い通りに移動していた。

《魔都》ステージは比較的エネミーが少ないフィールドだが、ステージに関わらず大きな幹線道路などは大型エネミーが徘徊している傾向が強い。それらの道路と比べたら、まだこの辺りはエネミーの乱入によって対戦が中断される可能性は低い。実際、地面に薄い霧が発生している通りはしんと静まり返っていて、今のところは自分達以外の気配は感じられない。

 

「よし、いつでも来い」

 

 道路の真ん中に移動すると、早速大悟はおよそ三十メートルの距離を空けて立つデューを前に、半身になって構えた。

 

「フー……よし! ダフネ、頼むよ」

「はいはい、それじゃカウントいくわよ。十、九、八……」

 

 一度深呼吸し、やる気に満ち溢れるデューに促され、形だけの審判役であるダフネがカウントダウンを始める。

 

「来い、《ペック・ランス》!」

 

 叫んだデューの五指を広げた右手に水色の光が集まると、光は一本の槍となった。

《強化外装》と呼ばれるエンハンス・アーマメント・アイテム。これらはデュエルアバターが所持する武器や防具の総称で、初期装備やレベルアップ時のボーナス選択肢の一つ、ショップでの購入などの入手手段が存在する。

 デューの手にした槍は東洋のそれではなく、西洋の馬上槍(チャージ・ランス)の形状をしていた。先端は一度先細ってから、更に鋭角になった円錐形。

 ──さて、貫通力に秀でているのは間違いなさそうだが……。

 強化外装の名前や形状から、大悟はその武器の持つ特性や能力を分析し始める。乗り気ではなかったが、こうして始まった以上は負けるつもりは毛頭ない。

 今回、大悟達は無制限中立フィールドで対戦をするにあたって、いくつかのルールを設定した。

 制限時間は通常対戦同様の三十分間。相手の体力ゲージをゼロにした方が勝者なのは当然として、制限時間を過ぎてどちらも生き残っていればデューの勝利とする。

 これは自分以外の体力ゲージが見えない無制限中立フィールドでは、体力差による判定が正確にはできないからだ。

 ただし逃走による明らかな逃げ勝ちを防ぐのに、故意に三分以上相手に姿を見せない場合は反則というルールも設けた。体力が相手より多い状態で逃げに徹することも戦略の一つではあるが、デューの実力を見ることも兼ねた今回の対戦の趣旨からは外れてしまう。

 元よりエネミー狩りをしていた、大悟の体力ゲージは残り五割強。デューはまだ無傷だそうなので、レベル6と4の差を差し引いても大悟が不利ではある。だが、大悟はその程度のハンデは望むところだった。

 ──これもまた修行だ。良い経験になるのなら御の字、負けたら……いや、そんなこと考えるな。俺には──。

 

「三、二、一、ゼロ」

 

 ──あいつの分まで強くなる義務がある。

 

「たああああああああ!」

 

 ダフネによるカウントダウン終了と同時に、槍を構えていたデューが威勢よく突進してくる。

 シャープな形状とはいえ、自身の身の丈よりもやや長いランスを持っていながら、重心の不安定さは皆無。デュエルアバターの色である水色からして、接近戦を得意とする《近接の青》に属しているのは間違いなさそうだ。

 三十メートルの距離をあっという間に縮めて迫る少年騎士に、大悟は半身に構えた状態から最小限の動きで右に躱す。そのまま体の向きを変えて大きく後退。

 デューはすぐに足を止めて大悟に向き直り、再び突進を仕掛けた。

 これを限界まで引き付けてから、大悟はこちらを貫こうとするランスを紙一重で避ける。すると──。

 

 ガガガガガガガガガガギャン!! 

 

 連続で響く耳障りな硬質音。その理由を、音の出どころを見て大悟は納得する。

 

「なるほど、そういう槍か」

 

 大悟の真後ろにある建物の壁に、デューのランスが全体の四分の一近くも突き刺さっていた。

 

「大した貫通力だな、キツツキ(ウッドペッカー)

 

 おぼろげだったウッドペッカーの日本語を思い出した大悟は、素直にその威力を称賛する。

 キツツキは硬い木の幹に、その嘴で穴を空ける。その名を冠したデューは驚くことに、全ステージの中でも相当に硬い部類に入る、《魔都》ステージの建物に簡単に穴を空けたのだ。たった一度の突きであったのに連続して響いた音からして、おそらくは強化外装の持つ特殊効果か。

 

「まだまだ……!」

 

 ──ん……? 

 ランスを壁から引き抜くデューの戦意は全く衰えていない──のだが、どこか余裕のなさが大悟には感じられた。

 しかし今の段階では何も結論付けられないので、大悟は気を取り直して右の正拳突きを出す。

 

「ふっ!」

 

 一度休んだ(気絶していた)からか、思う通りの威力で攻撃が出せている。

 これをデューはランスを盾代わりにして防いだ。強化外装は特性として独自の体力ゲージが存在しており、単体で攻撃を受け切った場合はデュエルアバターにまでダメージが通ることはなく、代わりに強化外装には攻撃相応のダメージが溜まる。

 大型の近接武器となれば、そう簡単に破壊はできないだろう。この一撃を防がれることは大悟にとって想定内。一つ確認したいことがあったのだ。

 ──やっぱり多段ヒットの効果があるのは先端だけか。突きにさえ気を付けていれば……。

 側面から触れる分には問題ないと判断し、大悟は両手でランスを掴みにかかる。

 

「あっ! 何すんだこの……!」

 

 デューも自分のランスを奪われまいと両手で強く握り、両者が武器を取り合うような形になる。

 だが、そこは下駄を差し引いても百八十センチを超える、大型アバターの部類に入るアイオライト・ボンズと、スパイクが垂直に突き立った兜の天辺を含め、どうにか百六十センチに届くくらいの、小柄なデュー・ウッドペッカー。体格差、加えてレベル差による基礎能力の違い。

 大悟は力づくにランスの先端を上方に向かせると、ランスに妨げられていないデューの胴体部分へ前蹴りを入れる。

 蹴り飛ばされながらも、デューは己の得物を離しはしなかった。見上げた根性ではあるが、裏を返すと強化外装へアバターのポテンシャルが相当に割かれているので、手放すと一気に不利になるのだとも取れる。

 加えて大悟が蹴りをして分かったのは、小柄なデューが見た目通りの軽量級なのは元より、長いランスも見た目以上に軽い物だということ。

 ──助走を付けた突進さえ受けなけりゃ、そうそう大ダメージは食らわないか。槍持ち相手に距離を取るのは悪手だし、インファイトが無難だな。

 

「さぁ、今度はこっちからいくぞ」

 

 相手のおおよその戦闘方法を理解した大悟は本格的に攻勢に出始めた。デューが再び突撃をする間も与えず、一撃の威力に重きを置くのではなく、隙が少ない連撃を繰り出していく。

 

「ぐぐっ、くぅっ……!」

「そらどうした! 間合いに入られたら何もできないか!?」

 

 防戦一方のデューに対して、攻撃と同時に焚き付けるように言葉を投げかける大悟。

 傍から見れば大悟がデューをいたぶっているようにしか見えないだろうが、攻撃が当たっているのはほとんどが装甲の厚い部分やランスで、度々鎧の上から喉や鳩尾などの急所を狙っても、しっかりと回避や防御をされていた。その上、デュエルアバターのカラーサークル上は《防御の緑》に次いで防御力の高い青系アバター、そう簡単に装甲が砕けたりはしない。

 思った以上の実力は持っていたが、それでもダメージはしっかり与えている手応えはある。このまま向こうの体力ゲージを削り切る勢いで大悟はより苛烈に攻めようとした。ところが──。

 足下に向けて薙ぎ払われたランスを避けるのに大悟が半歩退いた瞬間、デューの姿が水色の残像に変わった。

 何事かと目を見張ると、いつの間にかデューは二十メートル以上も後方に移動しているではないか。いかにスピード型のアバターでも、静止状態からここまでの速度は出せないはずだ。

 デューはこちらに向けてランスを構え──再び水色の残像。

 

「ぐっ!?」

 

 反射的に回避行動をしたが完全には避けられず、大悟の左腕に鋭い痛みが走る。

 ──これは……! 

 続けて後方から悪寒を感じ取り、額に意識を集中させると、頭巾に覆われた大悟の額に黄色い光が発生する。そうして振り返ることなくその場で素早くしゃがみ込むと、背中に何かがぶつかったことで衝撃に襲われた。

 

「うっ」

「うわあっ!?」

 

 ズザザザァッ! と派手な擦過音と共に驚く声。

 大悟が立ち上がると、前方には地面に腹這いになっているデューの姿があった。

 衝撃を受けた背中をさすりながら、傷付いた左腕の状態を確認する。二の腕の一部が袖の短い着物型の装甲と共に抉れてはいるが、傷は比較的浅いので動かす分に支障はない。

 そうしている間にデューも起き上がり、こちらを見るやいきなり指を差した。

 

「痛てて……なんで後ろを向いたまま避けられたんだ……って頭が光ってる!?」

「頭じゃねえ、額だ」

 

 どうにも心外なので、布で形作られた頭巾を捲り上げ、露わになった頭部で薄く発生している黄色い光を消す。これで光の発生源となっていた、枯れ草色のアイレンズに似たパーツがデューからは見えるだろう。

 

「《天眼(サード・アイ)》。発動するとあらゆるものがよく見え、よく感じ取れるようになる、俺の《アビリティ》だ」

 

 この《天眼》も、推測するにデューの異常な移動速度も、デュエルアバターが先天的か、ボーナスなどで後天的に備える能力、アビリティによるものである。このアビリティ一つが対戦の勝敗の要因になることも少なくない。

 大悟の《天眼》アビリティは、ステージ内のオブジェクトを破壊するか、敵へダメージを与えるか、逆にダメージを受けることで溜まる必殺技ゲージを消費して発動することで、自分の一定範囲内の物体の動きを感知することができるというもの。

 この効果により、たった今デューが仕掛けた真後ろからの攻撃も、目視しないで対応できたのだ。

 結果、大悟がいきなりしゃがみ込んだので、上半身を狙っていたデューは大悟に蹴躓いて地面を転げる形となったのである。

 

「お前さんのアビリティ、こうも基本戦術と噛み合うものになるとさすがに厄介だが、あれだけのスピードじゃ複雑な軌道は描けないだろ」

「な、何度か見ただけで、そこまで分かるのか……」

「あぁ、本当にそうなのか」

「分かってなかったのかよ! カマかけるなんてズルいぞ!」

 

 アビリティの欠点を自白してしまって喚くデューに、誘導した大悟は全く悪びれずに鼻を鳴らした。

 

「ズルいもんか、お前さんが勝手に喋ったんだろうが。そうじゃなくても別におおよその見当は付くし」

 

 頭巾を被り直した大悟の額に、再び光が灯る。

 

「さぁ、勝ちたいなら全てを出し尽くせ。さもなきゃ負けるだけだぞ。お前さんのポイントを貰って俺は帰る」

「…………!!」

 

 その時、場の空気がわずかに強張(こわば)った。ランスを構え直すデューから醸し出される雰囲気が変わったのだ。

 決死の覚悟に近い緊張が、フェイスガードの奥に宿るアイレンズからもありありと見て取れる。ただ挑発に乗ったにしても、大悟にはどうにも違和感があった。

 ──決めてくるか。

 よく目を凝らして相手の動きを待っていると、デューの足下に舞い散る羽のようなエフェクトがきらめいた。瞬間、例の高速移動が再開される。

 ──真正面からの突撃。勝負を焦ったか、さすがに芸がなさすぎだ。

 少し残念に思いながら、大悟は迫るデューとの距離を見計らい、その場で上半身を右側に大きく傾けつつ左腕で掌底を放つ。《天眼》を発動しているこの状態ならば、カウンターのタイミングも合わせられる自信があった──のだが。

 大悟の掌底は空を切るだけだった。その直後に迫るのは、嘴のように細く鋭いランスの穂先。

 もう引くことも間に合わない伸ばしきった左腕を、止むを得ず大悟はランスの先端に合わせる。

 

「がっ……あぁっ!?」

 

 左手にランスが触れた瞬間、立て続けに衝撃を感じた。左手どころか左腕、左肩まで一直線にランスで貫かれる過程で、接触箇所が爆発したかのように弾け飛んでいく。その勢いのまま大悟は後ろに倒された。

 転がりながら立ち上がって振り向くと、その先には停止したデューの姿。

 地面には破片になった大悟の左腕が辺りに飛び散り、すぐに光の欠片に変じて消えていく。

 ──こいつ、フェイントかましやがった……! しかも……。

 自分の攻撃が外れた理由を、大悟は理解していた。

 デューは突進中、急停止をして到達のタイミングをズラしたのだ。大悟が驚いたのはその方法。デューは何もない空中を、足で強く踏みつけたことで停止したのである。

 高速移動のアビリティによる足運びが、大気の壁にぶつかることを可能にしたのか、元々宙を蹴ることのできる副次効果があったのか。何であれ、結果的に大悟はまだデューが自分の間合いに入ってもいないのに攻撃を繰り出し、空振りしてしまった。

《天眼》アビリティは身体機能を強化するわけではない。あくまで感知をするだけだ。把握はできても、体が対応できるのかは大悟次第。今回は気付いた時にはもう回避は不可能だった。

 片腕を失っても、すぐに立ち上がってきた大悟を警戒していているのか、デューはすぐには追い打ちをかけようとはせず、しかしいつでも動けるようにランスを構えている。

 

「くっ、くくく……」

 

 そんな状況下で、大悟は思わず笑みを漏らしてしまう。デューのことを侮っていた己の慢心具合に。

 レベル差とその言動から、軽く揉んでやる程度の気持ちでハンデまでつけた結果、こうして片腕を吹き飛ばされている。

 どころか、もしも先の攻撃が左肩までに留まらず、急所である心臓部に届いていれば負けていた。これを慢心と言わず、何と言うのか。

 ただ、同時にこの対戦を楽しくも思い始めていた。エネミーとの戦いとはやはり違う、こうして対戦するまでに試行錯誤を重ねて戦法を考え、今日まで生き残ってきたバーストリンカーとの攻防。

 たとえ現実ではないゲームの中であっても、今をこうして生きている実感が湧いてくる。

 ──勝ちたいなら全てを出し尽くせなんて、我ながら偉そうなことを言ったもんだ。そうしなきゃならないのはこっちも同じだろうに。

 残り体力は三割以下。大悟はこの対戦に勝利する為に腹を括った。

 

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