アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない 作:クリアウォーター
第三十話 王を語る人狼
加速時間でおよそ半日前、ゴウ達がまだ高尾山を目指して進行中だった時のこと。
日が落ちたので夜の移動を避け、一行は道中で見つけた建物で一晩を明かすことになった。
「…………ん……」
微睡みの中から意識が浮上したゴウがアイレンズを開くと、暗闇の中で天井の木目がうっすらと見えた。
インストメニューからログイン時間を確認すると、消灯からまだ二時間も経っていない。日が昇るのはまだ数時間先だ。
もう一度寝ようと、板張りの床で寝返りを打つ。
「…………うーん」
鎧を身に着けたデュエルアバターの身であれば、別に寝転がる床が硬かろうが眠れるのだが、今は意識がはっきりしてしまってどうも寝付けない。
──夜風に当たれば眠くなるかな。
割とすぐに夜目が利くようになると、ゴウは雑魚寝している仲間達を起こしたり踏んだりしないよう、そっと大部屋から出ていった。
左右に小さなかがり火が焚いてある入口を通り抜けると、夜風がふわりと体を撫でる。
心地良さを感じながら何とはなしに首を横に向けると、ゴウの穏やかな気分は瞬時に吹っ飛んだ。
玉砂利が敷き詰められている少し離れた空き地に転がった、大きめの石の一つに腰かけている人影。その後ろ姿が見えたのだ。
まさかここで他のバーストリンカーに遭遇するとはと思いつつ、気付かれないよう音を立てずに建物内に身を隠す。一体何者なのかと人影をじっと見据えていると、ゴウの動揺の波が今度は急速に引いていった。
星の光をほとんど反射しない、真夜中の空をそのまま具現化したような紺青の装甲。頭部には獣の耳の形をした二つの突起と、腰から垂れるテイルパーツ。
人影の正体はプルシャン・リカオンだった。全員寝ているとばかり思っていたが、彼女も目が覚めていたらしい。ゴウは部屋を抜ける時に、誰かいないかなどは特に確認していなかったので気付かなかった。
「……ん? あぁ、オーガー」
「眠れないの?」
いきなり背後から声をかけたら驚かせてしまうだろうと、ゴウがわざと足音を立てて近付くと、リカオンはすぐにこちらに気付いて振り返った。
「ちょっと前に目が冴えてね。隣、座りなよ」
「あ、それじゃあ……」
そう促されたゴウはリカオンの隣にあった、小さい椅子程度の大きさをした平坦な石に腰かけた。
「加速世界の夜空ってのは良いもんだ。そう思わないかい?」
「綺麗だよね。天体観測とかが趣味の人なら、こういうのはたまらないんじゃないかな」
見上げると、夜空をスクリーンにして月と星々が燦然と輝いていた。
加速世界では、星の位置は現実の季節とリンクしている。つまり和風かつ秋のテイストであるこの《平安》ステージでも、こうして夜空に散りばめられている星の位置は、現実と同様の七月のものということだ。加速世界のディティールの細やかさには恐れ入る。
「個人的にゃ《月光》ステージが好みでね。あの満月の下で戦っていると、体がよく動くんだ」
満月は先週なので、現実と同様に現在空に浮かんでいる月は、欠けていく途中の若干膨れた半月状になっている。
「身体能力が上がる? 何かのアビリティってこと?」
「アッハ! やだねぇアンタ、そんなんじゃない。心なしか動きがよくなった気がするってだけ。ちょっとしたジンクスみたいなもんさ」
ゴウの質問にリカオンは小さく噴き出すと、低く喉を鳴らすようにして笑いだした。すぐ近くの建物で寝ている皆を気遣っているのか、口吻の長いマスクの口元に手を当てて声のボリュームを押さえているが、笑いは中々収まらない。
──そんな面白いこと言ったかな僕……。
三十秒近く立って、ようやく笑いの止まったリカオンは、「ごめんごめん」と合わせた両手をゴウに向けてきた。
「随分と昔に、ヴァンの奴に同じこと言われたのを思い出しちゃって。こんな見た目だからね、そう思うのも分からなくはないけど」
ふー、と大きく息を吐くと、それまで横並びでいた獣人アバターは、首だけでなく体ごとゴウへと向き直った。
ゴウも何故だか同じようにしなくてはならない気がして、体の向きを変えてリカオンと対面する形になる。
「……改めて、今回はありがとね。アンタもフォックスも、こうしてアタシらに同行してくれてさ」
「道の途中にも言ったけど、そんなの気にしなくていいって。僕もフォックスさんも、好きで君らに協力するって決めたんだし」
「そうは言ってもさ。アタシはね、ヴァンに二十三区から山登りの助っ人を連れてくることができた、って聞かされた時にゃ耳を疑ったよ。それまで二十三区内の対戦の盛り場に足を運んで、バーストリンカーに声をかけちゃあ、その都度断られてたみたいだったからね」
確かに、ヴァンパイアはゴウ達との対戦時のタッグパートナー、グレープ・アンカーにも断られたと言っていた。
道中で見つけたり、エネミーからドロップしたアイテム類は譲渡するという協力に対する条件を、他のバーストリンカー達もさしたる魅力には感じなかったらしい。そんな中、対戦の縁もあって、ゴウと宇美にお鉢が回ってくる形になったのだ。
「ヴァンの奴はバカなところもあるけど……いや、実際にバカなんだけどさ。その上、UMAだの妖怪だの、妙ちきりんなものばっかに食いつく変わり者で、いちいち身振り手振りが大げさな気取り屋で……」
「そ、そんなボロクソに言わなくても……」
「でもさ、良い奴なんだよ」
いきなりの手厳しい意見の連続の後に、組んだ指をいじる手に視線を落としたリカオンは、少し間を置いてからそう言った。
「ここに来るまでに、ヴァンがアタシの《親》だって話をしただろ?」
「うん。それでリカオンはレンズの《親》なんでしょ」
リカオンはこくりと頷いた。
つまりヴァンパイアにとっては、レンズはブレイン・バーストにおいて、いわゆる《孫》という存在になる。
もっとも、《親子》の関係とは異なり、それ自体にシステム的な繋がりはない。単にそのバーストリンカーのアプリインストール元の、更にその元だったというだけのことだ。
現実で暮らしている場所によっては、《親子》でさえ所属レギオンが違うというのもまた、特別に珍しいケースではなく、《祖父母(?)》と《孫》の関係なら更に多いとゴウは聞いている。
「で、アタシとレンズは実際の姉弟なのさ。東京に引っ越してきたのが、三年前の春。バーストリンカーになったのはその半年くらい後で、ヴァンとアタシは同じ小学校のクラスメイトだったんだ。中学に上がった今じゃ、もう学校も違うけど──」
「ちょっ、ちょ、ちょっと待った」
ゴウはリカオンの話を慌てて遮った。
「そんな会って一日も経ってない相手に対して、リアルについて話すのはその……あんまりよくないんじゃ……」
「え? ……あぁ、別にいいじゃないのさ。リアル特定に繋がるような固有名詞を出すわけでもなし」
一瞬だけきょとんとしたリカオンは、ゴウの配慮を無用とばかりに一蹴する。
「だから詳しい事情までは話さないけど、当時はアタシもレンズも新しい環境にどうも馴染めなくてね。そんな時にヴァンと授業の課題で同じ班になった。それがきっかけでよく話すようになって、ブレイン・バーストのコピーをして、マガジンとラッパーに出会って、レギオンクエスト受けて、ボーンズが仲間になって、今度はアタシがレンズにコピーして……」
フリークス結成のいきさつを、かいつまんで話していくリカオン。
二年半近くバーストリンカーであるのなら、それなりに精神年齢を重ねているのだろう。その眼差しには、じんわりと懐古の念が滲んでいる。
「レンズにとってはね、ヴァンはヒーローなんだよ」
「ヒーロー?」
「そう。このゲームに限った話じゃない、現実でもね」
頷くリカオンは、視線を自分の体へと落とした。
「……知ってるだろうけど、デュエルアバターはその人間の心が形作る。その心の中には、その人間の負の面もだいぶ混ざってる。それどころか人によっちゃ、アバターの見た目は負の側面の塊なのかもしれない」
恐怖や願望、劣等感、脅迫観念などをプログラムが読み取り、デュエルアバターが形成される。それは確かに事実だ。
事実このダイヤモンド・オーガーの構成要素も、無力な自分を嘆き、シンプルに『強い肉体』を渇望したことが多分に含まれていると、今のゴウは自己分析している。
「だからアバターの見た目だけでも、その人間のトラウマみたいなものが、ある程度は察しがついちまうもんさ」
「……そうだね」
その一言だけで、ゴウはリカオンの言わんとしていることに、何となく合点がいった。
体の端々に痛々しい傷跡のようなラインが走っている、バルサム・マガジン。
全身にくまなく巻かれた包帯でアバターの素体が一切見えない、ケルプ・ラッパー。
骨型装甲のみで形作られた四肢を持つ、チョーク・ボーンズ。
半球形のバイザーゴーグルとそこに浮かぶ一つの光点が、まるで巨大な単眼のような、シグナル・レンズ。
彼らの姿は、一体どういった境遇によって生み出されたものなのか。
簡単に聞いていいものではない。デュエルアバターの外見について根掘り葉掘り聞くのは、バーストリンカーにとって最大級のマナー違反である。
「自分の殻に閉じこもりがちの弟に、楽しんでもらおうとブレイン・バーストを渡したのに、生み出されたデュエルアバターの姿は弟を傷付けるものでしかなかった。あの時は自分が姉失格だと思ったよ」
リカオンの自嘲を含ませた声が、夜の闇に響く。
「そんなレンズを立ち上がらせて、前を向かせたのはヴァンだった。初めて会った時にレベル差もお構いなしに、大人げなく直結対戦でぶつかり合ったんだよ。一歩間違えればより状況が悪くなってたろうけど、結果的にあいつはレンズを日陰から日向に引っ張ってくれたんだ。今じゃアタシよりも、ずうっとヴァンの方に懐いてやがんの」
──『一度の対戦に勝っただけで、アニィを全ての面で負かしたとだけは思わないように頼んます』
町田駅で出会ってから名乗ってすぐに、レンズはゴウと宇美にそう言った。あのヴァンパイアへの慕いようも、今の話を聞けば理解もできる。
「レンズだけじゃない。いたずら好きのボーンズも、ほとんど喋らないマガジンも、なに考えてんだかよく分からないラッパーも、なんやかんやでヴァンを信頼した連中が集まってできてるのが、このフリークスってレギオンなんだ」
そこまで話すと、これまで俯き気味だったリカオンが顔を上げた。
「……ま、要するにヴァンは曲がりなりにもうちの大将で、その大将が信用して連れてきたアンタらを、アタシらもまた信じるってことさ」
そう締めくくり、リカオンは大きく息を吐いた。
「悪いね、いきなり長々と。なんだかアンタ話しやすくてさ、ついいろいろと喋っちまったよ」
「……いや、全然構わないよ」
ヴァンパイアとリカオンのバーストリンカーとしての年月が、自分よりも長いということが判明し、言葉遣いをどうしたものかとゴウが少し迷ったが、今更変えた方がかえっておかしいと思い、結局タメ口のまま話すことにした。
「リカオン」
「ん?」
「これは僕の考えでしかないけど……きっとヴァンと同じくらい、君もレギオンを導くのに欠かせない存在になっていると思うよ」
話しを聞くにリカオンは、《子》であるレンズにブレイン・バーストの楽しさを最初に教えたのが《親》である自分ではなく、ヴァンパイアであったことからか、どこかヴァンパイアと比べた自分を卑下している様子だった。
しかしゴウにしてみれば、そんな引け目に感じる必要はないと思える。
ヴァンパイアの行動力がレギオンを引っ張っていき、ヴァンパイアも含めて脇道に脱線しやすいメンバーらを、リカオンが時に尻を叩きつつ、後ろから本筋に戻していく。
レギオンに所属していないゴウには、レギオンの何たるかなど分からないが、傍から見て二人はレギオンマスターとサブマスターとして、上手くかみ合った関係の一つに思えたのだ。メンバーから親しみを込めて、『アネゴ』と呼ばれているのもその証明である。
「……ありがとさん」
ゴウの言葉を受けたリカオンは少し間を置いてからそう返し、座っていた石から立ち上がって、腕と背筋をぐっとのばした。
「さて、アタシはそろそろ戻るよ。オーガーは?」
「僕はもう少しここにいるよ」
「そう、分かった。あ、ヴァンが聞いたら調子に乗るから、今の話はオフレコで頼むね」
リカオンは皆が眠る建物へと歩いていくと、突然ぴたりと足を止めてこちらを振り返った。
「そうそう、あともう一つ。アンタもフォックスも、アバターのデザイン的にヴァンの好みだからさ。その内レギオンに勧誘されるだろうけど、嫌ならぱぱっと断りなね」
そう言い残し、んじゃ、と手を振ってリカオンはゴウの返事を待たずに行ってしまった。
「好みって……」
椅子代わりにしていた石から降りて寝転がり、夜空の下でゴウは一人呟く。
ダイヤモンド・オーガーとムーン・フォックス。鬼と狐。
確かに吸血鬼を自称する、リカオン曰くUMAや妖怪などに興味津々らしい彼が好みそうではある。
──そういえばギャラリーで再会した時も、「第一印象から決めてました」とか言ってたっけ。……まぁ、なるようになるか。
その内あるかもしれないという勧誘については一旦置いておいて、ゴウは玉砂利の地面に寝転がって夜空を眺めた。
──アウトローの皆はまだダイブしてるのかな。
土曜の十五時は、普段ならアウトローでの集まりの時間だ。その時々によって、加速世界での時間で半日から一日、あるいは数日間と活動することもあり、今回はどうしているのだろうかと少し気になった。
エネミー狩りか、誰かと誰かが手合わせしているのか、それともホームでくつろぎながら、自分と宇美が今どうしているのかと談笑でもしているのか。
もしかすると大悟達は、自分達以外のバーストリンカーとの交流も大事だと考えて、フリークスへの協力を勧めたのだろうか。
そんなことを考えていると、地面に敷かれた玉砂利のひんやりとした心地良さと、星々のやさしい薄明かりによって、ゴウはうつらうつらと微睡み始める。
睡魔に拍車がかかっていき、結局明け方になって宇美に頭をコンコンとノックされるまで、ゴウはその場で眠りこけていた。
一条の光線が宙を走る。
赤い光線は、空を舞う山伏装束をした天狗の翼めがけて直進していくが、四メートルの巨体に見合わぬ敏捷性で簡単に避けられてしまった。
しかし、それで構わない。今の本命はレンズが顔面から発射したレーザーではない。
ズガガガガガガガガガガ! バシュシュシュゥッ! バシュシュシュゥッ!
マガジンの両腕から飛び出した短機関銃、計八丁から弾丸が雨あられとばかりに撃ち出された。続けて背中より展開された二つのミサイルポッドからそれぞれ三本ずつ、計六本のミサイルが発射される。
最初の機関銃の弾丸は何十発かが天狗の上半身に満遍なく当たるも、一発ずつ分の威力がエネミーには低いのか、怯まずに天狗は右手に持つ羽団扇でひと煽ぎ。これによって発生した気流が天狗の周りをぐるりと横巻きに包むと、残りの弾丸を防いでしまう。
遅れてやってきた、後部から白煙を噴いて不規則な軌道を描くミサイルも、天狗の体に到達する前に気流の壁にぶつかって爆発していく。それでも爆風の一部が届いたのか、爆風が変じた煙によって体の一部が隠れ、天狗の体力ゲージがじりりと削れた。
「……来る! マガジン、運ぶよ!」
マガジンの背後に立つゴウは、こちらを射貫くような視線に気付くと、即座にマガジンの腰へとがっしりと両腕を回し、マガジンを持ち上げてその場から急いで離れた。
その直後に煙を切り裂き、ゴウとマガジンがそれまで立っていた場所へ、飛来した真空刃が地面を深々と刻む。
ゴウ達が高尾山の山間をさまよった末に見つけた庭園で、天より降ってきた天狗型エネミーとの戦闘から十五分余りが経ったが、状況は依然として好転していない。
天狗は機動力が高く、こちらの攻撃のほとんどを躱してしまう上に、牽制を交えた攻撃も扇部分が自らの黒い翼と同質の団扇による、風の防御によってほとんど通らない。
攻撃面においても、まともに食らえば両断されてしまう真空刃を始め、突風で吹き飛ばす、竜巻を発生させる、地面の砂利を巻き上げて弾丸ばりの速度で飛ばす等、風を用いた技の数々で襲ってくる。
団扇を振る動作などから攻撃パターンを読むこともでき始め、致命傷を負った者はまだ一人もいないが、それでも全員が少しずつダメージを重ねてきている状態だった。
一方でこちらは遠隔系のレンズとマガジンを主軸に抗戦するも、天狗に与えたダメージ総量は未だに一段目の体力ゲージの三割にも満たない。
ゴウはというと、射撃や砲撃の反動で一時的に動けなくなるマガジンを運び、天狗の攻撃から逃すくらいしか役に立てていなかった。空を飛ぶ相手には攻撃を当てようないからだ。
必殺技の《モンストロ・アーム》を発動させれば、巨大化した腕による拳圧で距離が離れた対象にも攻撃はできるものの、拳圧はあくまで副次効果で、距離があるだけ威力は落ちる。エネミー相手では決定打には欠けるし、高速で飛び回る天狗に簡単に当てることができない。加えてゲージの消費も激しい必殺技なので、無駄撃ちは避けたかった。
ちなみに宇美もゴウと似たようなもので、時折《シェイプ・チェンジ》を発動し、天狗の攻撃を躱し切れない仲間を乗せて回避している。
──ジリ貧だ。どうする……。
戦況は芳しくない。このままいけば、体力を削り切られて誰かが倒れる。続けざまに消耗している者から順に倒され、全滅も有り得ない話ではない。
かといって撤退を選ぶにしても、この場所は四方を柵とその上に張られた薄光の障壁が張られ、通ってきた一本道以外に出口はない。おそらくはその道を完全に抜けない限り、天狗は攻撃を続けてくるだろう。
さすがに無限EKにまで陥る可能性はごくわずかではあるものの、逃れ切るまでに何度死亡してポイントを消費することになるのだろうか。
この庭園への入り口が出現した時に意見を求められ、せっかくだから進むべきだと最初に言ったのは自分だ。仮にも護衛役として同行を頼まれた身であるのなら、ここは体を張って他の皆が撤退するまでの時間を稼ぐべきなのでは──。
「オーガー」
いきなり呼びかけられた声に、ゴウの思考が中断される。隣に首を向けると、剣を握るヴァンパイアが立っていた。
「貴公も分かっているだろうが、このままでは勝ちは薄い。そこで、ワガハイが突破口を開いてみようと思う」
「突破口……? それって……」
「無論、特攻だ。多分死ぬ」
ヴァンパイアは事もなげにそんなことを言った。
すぐ近くで天狗へ牽制の射撃を行っていたマガジンが手を止める。攻撃中でもこちらの会話が耳に届いていたらしく、ヴァンパイアを見ながら首を横に振った。アイレンズの代わりに目元に設置されている液晶ゴーグルも八の字をした困り眉を描く。
それを見たヴァンパイアも頭を振る。こちらはマガジンの反応を予期していたようで、やれやれといった様子だった。
「マガジン、貴公は貴公ができることをするのだ。ワガハイはワガハイのやるべきことを果たす」
それだけ言うと、ヴァンパイアはゴウに改めて向き直る。
「以前にも話した通り、ワガハイはレギオンマスター。ワガハイに付いてきてくれるメンバー達に道を示してやらなければ──」
そこで一度ヴァンパイアの言葉が途切れる。
天狗が風を起こして巻き上げた砂利を、四方八方に飛ばしてきたからだ。防御姿勢を取って尚も全員に新たな細かい傷が作られると、それに満足したかのように風が収まる。
「……ワガハイは戦闘開始時に言葉は示した。次は行動で示す。では後は頼んだ」
ヴァンパイアはそれだけ言い残し、ゴウが口を開く前に駆け出していってしまった。
「ボーンズ! ワガハイを限界まで上空に運んでくれ!」
肋骨の装甲でできたナイフや両腕を遠隔操作して天狗に攻撃していたボーンズは、一瞬だけ戸惑う素振りを見せるも、すぐに飛ばした両腕でヴァンパイアの両脇を持ち上げた。
そのままヴァンパイアの足が地面を離れていく。アバターの重量が比較的軽いからこそ可能な芸当だ。長いマントにボーンズの骨の腕が隠れ、ゴウの角度からは空中を浮遊しているように見える。
矢のような速度とはいかないが、そこまで遅くもないスピードでヴァンパイアは高度二十メートルほどを旋回する天狗よりも高い、高度三十メートル近くまで上昇した。
天狗エネミーは自分と同じ目線どころか、上から見下ろされていることが気に入らない様子で、唸りながらヴァンパイアを睨みつけている。
「ラッパー! 少しの間で良い! エネミーの動きを止めてくれ!」
上空からのヴァンパイアの指示を受け、地上のラッパーがその場で腕を交差させる。
「《エンタングル・アラウンド》!」
限界まで背筋を丸めた猫背の体勢になると、一気に腕を広げて体を仰け反らせたラッパーの体の前面から、その身に巻かれている装甲と同じ色合いの、緑褐色をした何十本もの包帯が溢れるように発射された。
ラッパー自身の体積を明らかに超えている包帯の奔流は、団扇を振りかぶろうとしていた右腕を始めとして、天狗の至る所に絡みついていく。
デュエルアバターが相手ならば、全身を無力化させていたであろう強力な拘束技だったが、天狗の翼には触れられずにいた。離陸時から天狗の翼は気流を帯びて飛行の補助をしているらしく、伸ばされた包帯を弾いているのだ。
包帯はぴんと張り詰めながら翼以外の全身を停止させてはいるものの、そう長くは保たないだろう。それを理解していたからこそ、ラッパーもこれまでこの必殺技を使わなかったのだ。
この機を逃すまいと、ヴァンパイアがボーンズの腕から離れた。装甲の一種であり、ある程度形態を変えられるマントを、やや鋭角気味なコウモリの翼に似た形に変じさせ、軌道修正しながら天狗へ向かって急降下していく。
「キエエエエエエイ!!」
独特な甲高い気合と共に、ヴァンパイアの剣の切っ先が、天狗の長く伸びた鼻の中ほどに突き刺さった。
この場の誰もが注目する中での一瞬の静寂。そして──。
「ガ……ガガガアアアアアッ!!」
怒号と共に、天狗が角を突く牛のように頭をかち上げ、その勢いで鼻に刺さった剣ごとヴァンパイアを上に弾いた。同時に全身を縛っていた包帯を一気に引き千切る。
「アニィ!」
レンズが叫ぶ中、《夜の王》はただ落下することをよしとはしなかった。
「シャアッ!」
ヴァンパイアは剣を即座に逆手に持ち替えると、天狗の法衣の左肩に突き刺した。その状態で懸垂の要領で体を腕で引き寄せ、天狗の首筋に顔をぐっと近付ける。
その時、わずかに天狗が仰け反った。地上のゴウからはよく見えないが、どうやらヴァンパイアは吸血鬼よろしく、天狗の首筋に噛みついたらしい。
文字通り食らいつきにかかるヴァンパイアを、すぐさま天狗は引き剥がしにかかり、数秒間の噛みつきはエネミーの体力を数ドット削っただけで終わる。
そうして上半身を天狗の左手にがっちり掴まれたヴァンパイアは、身動きが取れない状態でも焦る様子もなく、仲間達に聞こえるように声を張り上げた。
「皆の衆! ワガハイは『ありったけ』をぶち込んでおいた! 目を凝らし、機を逃すな!」
双眸の照準をヴァンパイアに合わせる天狗が、右腕に握る団扇に風を纏わせていく。
それでもヴァンパイアは脱出する気がまるでないのが明白で、体には全く力が込められていない。
「では一時間後にまた会おう! ワガハイの見せ場もまだ取っておいてくれよ! ハーハッハッハッハ──」
高笑いは途中で遮られた。
天狗が団扇を横に薙ぎ、風を纏わせた団扇の縁でヴァンパイアの首を刎ねたのだ。
ヴァンパイアの頭がくるくる回転しながら、地上へと落ちていく。続けて天狗の手から解放された首なしの体が頭を追うように落下。地面の砂利を撥ね飛ばしてから爆散。
最後は黄昏色の光が屹立し、デュエルアバターの死亡を示す同色のマーカーが発生した。