アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第三十一話

 第三十一話 八鬼夜行

 

 

「ヴァン……」

 

 ゴウは発生したばかりの死亡マーカーを見つめていた。

 難敵であることは分かっているつもりだった。これまで戦ってきた巨獣(ビースト)級の中でも、天狗エネミーが上位に食い込む強さであることも、戦い始めてすぐに悟った。

 しかし、ゴウが巨獣(ビースト)級以上のエネミーと戦う時は、必ず大悟を始めとした高レベルのバーストリンカー達がいた。このパーティー内での自分は、数字の上では最高のレベル6。同列はいても、それ以上レベルが上の者はいない。

 倒せるのか。

 そんな考えがゴウの頭にはよぎっていた。フリークスや宇美が頼りないというわけではない。むしろここまでの戦闘で天狗に有効打を与えているのは、レベル5のマガジンやレベル4のレンズである。

 では、同じレベル6のバーストリンカー、トワイライト・ヴァンパイアはどうだったのか。自分と同じ考えが浮かんでいただろうか。

 少なくとも恐怖や不安といった、ネガティブな感情をひとかけらも抱かなかったはずがない。仮想の体であっても、本当に死ぬわけではなくとも、自分よりずっと大きな相手が強力な攻撃で自分に襲いかかってくるのだから。おまけに意思の疎通などできようはずもない。

 だが、ヴァンパイアはそれを毛ほども表に出すことなく、倒れる寸前まで笑ってみせた。

 

 ──『ワガハイは……レギオンマスターとしてレギオンはもちろんのこと、メンバー達を導く義務がある。その為に他人である誰かに頭を下げることを厭いはしない』

 

 ゴウと宇美に協力を要請する時に、ヴァンパイアはそう言っていた。あの時の彼の眼差しからは、強い意志と覚悟がゴウには伝わってきた。

 おそらく自分が動揺すれば、それがパーティー全体の士気の低下に繋がることをヴァンパイアは理解していたのだ。

 ゴウが聞いたところによると、ヴァンパイアはレベル6になって、およそ半年になるという。同レベル帯でも、レベル6になって一ヶ月も経っていない自分との年季の違いを見せられた気がする。そうでなくともブレイン・バーストのプレイ歴は彼の方が長い。

 ──これがレギオンマスター……。

 いかに小規模であっても、一つのレギオンを率いて背負う者の強さをゴウは肌で感じた。

 また、ヴァンパイアの意志が伝わったのはゴウだけではないらしい。

 この場の誰も、ヴァンパイアが天狗に剣を弾かれた時に叫んだレンズでさえ、ヴァンパイアの死亡に取り乱してはいない。

 無制限中立フィールド内での死亡が、一時間の待機の後にまた復活することだけが理由ではなかった。ヴァンパイアが単に犬死にしたわけではないと分かっているからだ。

 地上のゴウ達をねめつける天狗が団扇を構えた直後に、その成果は現れた。

 始めに天狗の腕が、不自然な位置で止まる。

 

「ガァ……ガガッ……」

 

 次に苦しそうに呻きながら、がくがくと全身が痙攣を始めた。

 その原因は、ヴァンパイアの《病魔咬(ディシーズ・バイト)》というアビリティによるものだ。

 効果は噛みついた対象に、必殺技ゲージの消費量に応じたステータス低下を引き起こすというもの。状態異常への耐性のないアバターなら、熱に浮かされたように一定時間まともに力も入らなくなるらしい。ヴァンパイア本人が死亡しても、発動したアビリティ自体は問題なく発揮されている。

 ヴァンパイアに噛まれた右側の首筋を左手で押さえる天狗は、苦しみながらも未だに空に留まっているが、それはエネミー故の強靭さが理由だろう。

 ヴァンパイアは天狗との戦闘で一度も必殺技を使っていなかった上に、死亡寸前に「ありったけをぶち込んでおいた」と発言していたことから、相応の必殺技ゲージを使用したのだ。始めから置き土産として、アビリティの効果を遺すつもりだったのかまでは分からないが。

 ──それは後で本人に聞けばいい。今はこのチャンスを逃さない! 

 天狗が動きを止めた時点で、ゴウはすでに行動に移っていた。庭園に点在する白い小岩の内、その一番近くにあったものの所まで移動する。

 岩に両腕を回すと、ゴウは常時発動されている《剛力》アビリティだけでなく、《限界突破(エクシーズ・リミット)》アビリティも発動した。高尾山に入る前からフルチャージされていた必殺技ゲージが減少を開始する。

 このアビリティを一度発動するとゲージが尽きるまで停止できないし、発動中は必殺技が使えなくなるが、事ここに至って惜しくはない。

 

「お、おおおおおお……」

 

 ブーストされたゴウの膂力によって、岩の埋まっている部分が地面から顔を出していく。

 その間に、他の仲間達も攻撃を開始していた。

 

「アニィの仇だ、長っ鼻! その羽、風穴開けたらぁ! 《トリプル・ブラスト》!」

 

 真っ先に飛び出したレンズの顔面の半球形バイザーと、正面に突き出した両肘の装甲に紅い光が収束していき、通常よりも太い径をしたレーザーが、レンズの顔面と両肘の三ヵ所から放たれた。

 宣言通り、天狗の左翼を三つの光線が貫く。

 

「《サプライズ・ロケット》!」

 

 続けてゴウの聞き覚えのない声による、必殺技コマンドが周囲に響いた。

 声のした方向の先にいたのは、太く長い腕を地面に着けて四つ這いになったマガジンだった。そのバケツと挿げ替えたような下顎がガキョン! と音を立てて外れ、顎の先端が体に付くほどまでに大きく開かれる。更に口の両端が拡張し、マガジンの口から火を噴く何かが発射された。

 それは長さ六十センチを超えるミサイルだった。《火器内蔵(イクイップド・アームズ)》という名称らしい、体のいたる所から武器を展開するマガジンのアビリティ、その内の一つとして先程背中から突き出していた、ミサイルポッドから撃ち出す小型ミサイルの優に三倍は超えている。

 長さからして明らかにマガジンの頭部に収まるものではない、縮尺を無視した弾頭は、レンズの必殺技が当たった翼へと着弾。ここまでの戦闘で一番の大爆発を発生させた。爆発による風圧が地上まで届く。

 ──ていうかマガジン、そんな良い声してたんだ……。

 ヴァンパイア曰く『シャイボーイ』であるマガジンの予想外なバリトンボイスに驚きつつも、ゴウは一気に岩を引き抜きにかかる。

 そうして地上に突き出していた岩の、乾いた白い部分とは対照的に少し湿って薄黒い、埋まっていた部分が露わになった。

 埋まっていた部分も合わせると、自身と同じくらいの大きさをした岩の取っ掛かりを両手で掴み、ゴウはその場で回転していく。

 一、二、三回転。ハンマー投げの見様見真似の回転でたっぷりと遠心力を乗せていき──。

 

「どおおお──りゃああああああああ!!」

 

 天狗めがけてゴウは岩をぶん投げた。

 すでに片翼に攻撃を受けて飛行は不安定、加えてヴァンパイアの《病魔咬(ディシーズ・バイト))》の効果も残っている天狗には、飛来した岩塊を避けることは叶わず鳩尾へと突き刺さる。

 オブジェクトとしての寿命が尽き、砕けた岩の欠片が消えていく。それと共に、立て続けにクリーンヒットした攻撃によって、戦闘開始から空に居座り続けていた天狗がとうとう墜落した。

 ここで手を緩めてはならない。ダメージから立ち直れば、天狗は再び離陸してしまう。

 

「まだだ! 翼を完全に無力化するまで攻撃を続けて!」

 

 ゴウの指示に、仲間たちは疑問も反論も口にしなかった。それどころか、あちこちから同意のかけ声が届く。

 

「任せて」

 

 背後から聞こえた声に振り向くと、ゴウはまたも声の主が誰だか分からなかった。

 後ろに立っていたのは、水滴を垂らす濡れた全身がパンパンに膨れ上がっている、見たことのない一体のデュエルアバターだったからだ。緑褐色をしていなければ、自分達以外のバーストリンカーが現れたと思ったかもしれない。いや、実際に一瞬そう思った。

 

「ラ、ラッパー……だよね? どうなってるの(それ)

 

 全身に包帯型の装甲に覆われて尚も細身だったラッパーは、少し目を離していた内に、横は倍くらい、縦にも少しばかり大きくなっていた。有体に言えば太った。

 

「《吸水帯(リキッド・アブソープション)》ってアビリティ。僕の装甲は水分を蓄えられるんだよ。水はそこから借りた」

 

 目を剥くゴウに、ラッパーは元より若干くぐもっていたのが、どうにか聞き取れる程度まで不明瞭になった声で説明をしながら、フランクフルト並みの太さになった指で庭園の隅にある池を示す。よく見ると池からここまで、ラッパーの濡れた足跡が続いていた。

 つまりは装甲が水を吸って膨張しているのであって、そこに埋もれているラッパーの素体に変化はないとうことか。

 ──水でふえる乾物みたいなアビリティだな……。

 

「まぁ、ドライヌードルとか出汁取りの昆布かよと思うだろうし、基本近くに水場がないと使えないから、使い勝手が悪いんだけどね。だから君にも話してなかったし」

 

 ラッパーがまさにゴウの考えていることを言い当てて解説を付け加えた。続けて指先を伸ばして揃えた両手を、墜落した体を起こそうと膝立ちになりかけている天狗へ向けて突き出す。

 

「でも今は役に立つ。《放水(スプラッシュ)》!」

 

 その一言が一種のコマンドなのか、ラッパーの十の指から極細に圧縮された水流が発射された。十本のウォータージェットはマガジンの必殺技で未だ燻る天狗の片翼へと一直線に突き当たり、羽根を抉り飛ばしていく。

 

「よーし、俺も続くぜ。《ユニオン・フレームワークス》!」

 

 今度はボーンズが必殺技コマンドを唱えると、いきなりボーンズの両腕のみならず、両脚までもが、ばらりと分解した。それだけで終わらず、胴体の肋骨、背中に沿った脊柱、腰回りの尾骶骨、果ては頭蓋骨と、ボーンズの全身の骨型装甲がばらけて浮き上がり、物凄い速度で組み合わさっていく。

 数秒後には頭と胴体の素体部分のみを残し、そのままホバー状態で静止しているボーンズの前方に、先端が尖った円錐形の物体が作り上げられた。

 骨型装甲の集合体は完成するや否や、高周波を響かせながら高速回転を始め、それまでの遠隔操作とは比べ物にならない速度で飛んでいく。

 骨のドリルは唸りを上げ、ウォータージェットの集中している箇所へと力を貸すようにして突き刺さった。

 未だ完全には立ち上がれていない天狗が、攻撃から逃れようと体を捩るが、高圧水流は天狗の動きに合わせてラッパーが照準を調整し、先端が翼に突き刺さったボーンズのドリルも更に深く食い込んでいく。

 

「《デミ・シェイプ》」

 

 ゴウから少し離れた場所で、紺青の光が発生した。

 発生源は大鉈《ハウンド・カッター》を手にしたリカオンだ。光が消えると、リカオンの体格がいくらか変化していた。

 踵から先が伸びて爪先立ちになり、人間の関節とは逆に折り曲がった膝。口内に収まりきらず、むき出しになった牙。背面を中心に装甲が更に逆立ったエッジを描き、より広範囲へ広がっていく。その姿は人の形を保ちながら、より獣の色が濃い出で立ちだ。

 

「フォックス、アタシに続いて」

「分かった、任せて」

 

 一回りほど体が大きくなったリカオンはすぐ隣にいた宇美と素早くやり取りを交わし、二人は同時に駆け出した。

 

「《パック・リーダー》!」

 

 先程とは別の必殺技を口にすると、走るリカオンの前後に二体ずつ、計四体の大型犬が召喚された。リカオンに並走する犬達は全身がリカオンの装甲と同色、体表面のデティールはのっぺりとしていて頭には眼すら無いが、開いた口から覗く牙は鋭利で、地を駆ける四肢はとても逞しい。

 

「オオ────ン!!」

「「「「オオ──ン!」」」」

 

 リカオンが吼えると四頭の犬は咆哮で応え、リカオンを追い越して天狗へと殺到していく。

 ラッパーとボーンズの攻撃と入れ替わるようにして、まず二頭の犬が天狗の両肩に食らいついた。次にもう二頭が、上がりかけた団扇を握る右腕へと飛びかかり、牙を突き立てて押さえ込もうとする。

 数秒遅れて、突貫の速度を下げないリカオンが逆手持ちにした鉈で、羽根がかなり削り取られた翼に向かって大振りに斬り上げた。

 

「ハッ!」

 

 そして、追従していた宇美が短い気合を上げて前方へ跳躍。空中で体を右に倒し、地面と平行の状態でスピンした。

変幻尾(トランス・テイラー)》アビリティによって、船のスクリューのような回転刃に変じた三本の尾が、間髪入れずにリカオンが斬りつけた箇所に接触した。

 

 ギギギギギギギャザン! 

 

 そんな音を立て、フリークスメンバー達の集中攻撃を受け続けていた天狗の左翼が斬り落とされた。

 

「ガガギャアアアアアアッ!!」

 

 天狗はこれまでで一番の叫び声を上げ、膝を着いた状態から弾かれたように飛び起きた。同時に体へ纏わりつく、リカオンの必殺技による犬達も力任せにはねのける。

 翼の切断面から光の粒子を撒き散らしながら、天狗の両眼が怒りの炎に燃え──。

 

「もう……いっちょおおおおおおっ!」

 

 片翼を奪った侵入者達を睨もうとする天狗の視界に飛び込んできたのは、やや紡錘形をした少し湿った土の付いた何か。

 アビリティ効果終了の寸前にゴウが投げつけた、二つ目の岩が天狗の顔面に直撃した。

 

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