アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない 作:クリアウォーター
第三十二話 鼻っ柱をへし折って
双翼という形態である以上、片方の翼を失った天狗エネミーは飛行不可能になり、地上へ留めることには成功した。
だが、ゴウを始めとする近接型の攻撃も届くようになり、機動力を大幅に奪っても尚、強敵であることに変わりはない。
天狗は一本下駄を履いた両脚で庭園を駆け回り、平気でその巨体の数倍の高さまでジャンプする。しかも繰り出される攻撃はより激しくなった。距離が近付いた分、回避も難しくなっている。
総員の集中攻撃によって天狗の片翼を破壊してから、もう少しで一時間。
エネミーの残り体力は半分近く──ゲージ一段分と六割を切っている。
片やこちらは、マガジンとボーンズが死亡状態、残りは全員半分以下の体力となっていた。
「ガアッ!」
天狗が団扇の面ではなく、縁を向けた状態でゴウへと振り下ろす。
団扇の扇部分には気流が纏わり付いていた。それはそのまま放出する真空刃とは異なる、留めたまま長く伸ばすことで形成された空気の刀身。質量をほぼ持たないからか、振り抜く速度は尋常ではなく、切れ味は恐ろしく鋭い。
「はあっ!」
ゴウは両手で握る金棒《アンブレイカブル》で風の剣を防いだ。
防いだと言っても真っ向から受け止めては、いかに《剛力》アビリティを持つダイヤモンド・オーガーの腕力でも、
その一秒に満たない接触時間でも、硬度が自慢の《アンブレイカブル》の表面に、また新たな傷が刻まれる。今はまだ耐えられているが、傷が芯に向かってある程度まで深く入れば、《アンブレイカブル》は傷に沿って砕けてしまうだろう。鍔迫り合いはできない。
敷かれた砂利を吹き飛ばし、地面に食い込んだ風の剣を、天狗が引き抜くわずかな隙を突き、ゴウは天狗の左側に移動しつつ、握る金棒で腿に一撃を入れた。
わずかながらに減少した敵の体力を確認した直後、天狗が空いている左腕で殴りつけようとしていた。
今まさに拳が繰り出されるという寸前、天狗は何故か攻撃を中断し、腕を上げて頭部をガードする体勢を取る。
その理由は、刃渡り六十センチ近い大鉈が迫っていたからだ。天狗の左の手甲に、回転しながら飛来した鉈が突き立てられる。
「《
その一声で刃がやや内側に反った大鉈は、天狗の手甲から離れ、回転しながらリカオンの右手へと収まった。リカオンの強化外装である大鉈《ハウンド・カッター》は、コマンド一つで離れた場所からでも所有者のリカオンの元へ戻ってくるという効果があるのだ。
天狗の腕や風の剣の間合いから離脱して、ゴウはリカオンに合流して礼を言う。
「ありがとう助かった」
「はいよ。それよか、さすがにもう簡単には攻撃させちゃくれないねぇ」
リカオンは、天狗の頭部──あちこちが焦げたり千切れている白い毛髪や髭から覗く、赤い肌にいくつもの亀裂が走っている頭部を睨んだ。
現在ゴウ達は、天狗の頭部へと集中的に攻撃をし続けている。
というのも、約一時間前に天狗の片翼を破壊した直後、ゴウが投げ飛ばした二つ目の岩が天狗の顔面に激突した時のこと。
岩をぶつけた天狗の肌に、ヒビが確認できたのだ。加えて、一つ目の岩が鳩尾に当たった時に比べて被ダメージが随分と少なく、それなのに天狗の攻撃はしばらくの間、一層激しいものとなった。
振り返ればヴァンパイアが長い鼻へ一撃を入れた時も、見た目も体力ゲージも全くダメージが入らなかったのにもかかわらず、天狗はひどく激昂する様子を見せていた。
無傷、ないしはダメージをほとんど与えていないのにヘイト値が上昇する。そして、むき出しの赤い素肌に入るヒビ。
これらのことから、ゴウ達は一つの仮説を立てた。
それは、天狗は《強化外装》を頭部に着装しているのではないかというもの。より厳密には、今のあの頭部は強化外装に似た特性を持っているではないかというものだ。
鱗や甲殻、ましてや防具ではない地肌(少なくともゴウにはそう見える部分)に傷跡ではなく、亀裂が走るというのはおかしな話である。それに戦いながら目を凝らすと、口は開くし両目から威圧感のある眼光が宿ってはいるものの、表情そのものに変化はない。
また、強化外装持ちのバーストリンカーなら分かることだが、強化外装は所有者にしか見えない独自の体力ゲージ、耐久値を持っている。
『強化外装が単体で攻撃を受け切った場合、所有者はその攻撃によるダメージを受けない』という原則が天狗にも適用されているとすれば、いくらか納得がいく。岩が顔面にぶつかっていくらか体力が減少したのは、激突の衝撃が本体に届いたからだろう。
それからは総員で隙を見つけては攻撃を入れていき、今に至る。
「あともう何発か入れれば砕けそうな気がするんだけど……」
そう呟いたゴウの視線の先にいる天狗が、腰を落として両脚にぐっと力を込め、一息で間合いを詰めてきた。
同時に手首のスナップだけで軽く振られた団扇が起こす風によって、巻き上げられた砂埃に視界が悪くなり、ゴウは反射的に風に足を取られまいと力を込めてしまう。
「しまっ──ぐあっ!」
ゴウはとっさに構えるも、天狗の蹴りで何メートルも吹っ飛ばされた。武器越しであったのに、蹴りの衝撃が両腕に痺れを走らせる。
ゴウの隣にはリカオンがいた。エネミーの基本アルゴリズムから、必然的に次の狙いは彼女だ。
ゴウと同様にその場で足を止めてしまっていれば、頑丈な《アンブレイカブル》を盾代わりにしたゴウのように、天狗の至近距離からの攻撃を防げるかは分からない。
そんな地面を擦り、ざりざりと砂利に体を鑢がけされてから体を起こすゴウの耳に、甲高い奇声が届く。
「キェエエエエイィ!」
すでに薄まっている砂埃の中で、一体のデュエルアバターが天狗に飛び蹴りを浴びせ、リカオンへの攻撃をキャンセルしていた。
その隙に砂埃のベールを破り、マントをなびかせたトワイライト・ヴァンパイアがリカオンと共に姿を現す。一時間の待機を経て、死亡状態から復帰したのだ。
「ワガハイ、復活である!」
「待ってたぜ、アニィ!」
誰に向けるでもなく堂々と復帰を示すレギオンマスターに、レンズが歓声を上げる。レンズは戦闘の際に右腕を上腕の半ばから先を失っているが、攻撃スタイルから片腕が無くても問題ないと言い張り、今も頭部の球形バイザーから発射するレーザーで天狗に牽制攻撃を仕掛けていた。
その間にゴウと合流するや否や、ヴァンパイアが口を開く。
「幽霊状態だったが戦況は理解している。オーガー、必殺技ゲージは溜まっているか?」
「あぁ、大技一発分くらいは」
ゴウの返事にヴァンパイアがうむと頷く。
「結構。ワガハイ、皆の戦いを見ている中で一つ名案を思いついたのだ。聞いてくれ」
そう切り出して、ゴウとリカオンに作戦概要を説明していくヴァンパイア。
話を聞き終えると、リカオンが感嘆とも呆れともつかない溜息を吐いた。
「アンタそれ下手したら、またすぐ死んじまうだろうに……よくそんなことを思いつくよ」
「ハッハッハッ。そう褒めるな」
「褒めてない」
ヴァンパイアは構わず、無言のまま首をゴウへ向ける。『どうだ。やるか?』と問いかけているのは明らかだ。
ヴァンパイアの提案は中々にリスキーな策である。失敗すれば、四割程度残っているゴウの体力は尽きてしまうだろう。
そもそも天狗の頭部の『何か』を破壊できたからといって、必ずしもそれが勝利に繋がるとは限らない。
だが、戦闘が長引くほどに、こちらの動きのパフォーマンスはどうしても落ちていってしまう。人間はそう長く、全身全霊の集中状態は維持できないものだ。
敵の体力を半分近く削ってはいても、状況はどちらかと言えば劣勢。このまま長期戦をしていても、また新たな死亡者が出るか、最悪全滅するだろう。
停滞しかけた戦況に突破口を開く。先程ヴァンパイアがやってみせたことを今度は自分もやらなければならないと、ゴウは腹を括った。
「分かった。僕の命、君に預けるよ」
「よくぞ言ってくれた。その心意気に応えて見せようとも」
ゴウの言葉に、ヴァンパイアは片手を胸に当て、軽く頭を下げる。
「ではリカオン、この作戦を……生き残っている者達に伝えてくれ」
「はいよ」
すぐさまリカオンが動く中、たったいま指示を出したヴァンパイアの視線が、死亡状態であるマガジンとボーンズのマーカーが回転している場所へ向けられていたことに、ゴウは気付いていた。
今回の戦闘でまだ一度目の死亡、また復活するデュエルアバターの身であっても、レギオンマスターとしての責任を感じているのだろうか。
ただ、ゴウはそれを確認しようとは思わなかった。それはあまりに野暮だ。
それから戦闘の合間を縫って、リカオンが仲間達にヴァンパイアの作戦を伝えていく。
順にレンズ。庭園の池の水を吸収と放出することで体積の増減を繰り返し、現在は通常時より若干丸みのある体型になっているラッパー。そして体のあちこちにできた切り傷に加え、右耳のパーツが欠けている宇美。
全員に作戦内容を伝え終えたことを、走るリカオンが手を振ってこちらに示すと、ヴァンパイアが皆の位置を素早く確認してから、声を張り上げた。
「よし、一斉攻撃!」
そう言って駆けだすヴァンパイアの後ろをゴウは追走する。
別の場所から動き出す宇美。
水を含んで厚みを増した、鞭のようにしなるラッパーの包帯。
大きく振りかぶってから投げられ、縦回転で飛んでいくリカオンの大鉈。
数秒の溜めの後に発射された、レンズのレーザー。
ある者は接近し、ある者は距離を取った攻撃をする。その全てが、天狗を大きく取り囲むような位置から行われていた。
対する天狗はその場から動くことなく頭上に団扇を掲げ、ぐるりと一周回した。
直後、天狗の法衣の端々がぶわりと浮き上がり、天狗を中心にした竜巻が発生する。
「よしよし、まずは予想通りだ」
読みが当たったことで満足げに呟く、前方のヴァンパイアの声がゴウの耳に届いた。
複数の方向からほぼ同時に攻撃をされた場合、天狗は防御手段として高確率で竜巻を起こす。この行動をさせるのが、ヴァンパイア考案の作戦の第一段階。問題は次だ。
宇美が急停止し、ラッパーが包帯を素早く巻き取り、リカオンがコマンドで鉈を手元に引き戻す。レンズが発射したレーザーだけは、半径数メートルの砂利を巻き上げる竜巻の中を数十センチばかり進むも、しばらくして直線の軌跡が崩れ、あらぬ方向へ弾かれた。
竜巻との距離五メートルまで進んだところで、ヴァンパイアとゴウの走る速度がぐんと上がる。
「むむ、上昇気流も申し分ない。征くぞオーガー!」
「ああ!」
この竜巻は近付いた対象を吸い寄せる効果も含んでいるので、接近していた宇美や、純物理的な攻撃をしようとしたラッパーとリカオンは攻撃を中止したのだ。
しかしヴァンパイアも、そしてゴウも足を止めようとはしなかった。
「掴まれ!」
竜巻に接触する瞬間、ゴウは叫ぶヴァンパイアの後ろから飛びつき、首に両腕をしっかと回す。すぐさま荒れ狂う風の音が両耳を占領した。
巻き上がる土埃と砂利に視界が悪くなる中で、装甲の一種だというヴァンパイアの黄昏色のマントが形を変えていく感触が、密着するゴウの体の前面に伝わる。若干押しのけられるような圧力を腹に感じると、両足が地面を離れた。それだけではない。
「うお……うぐぐ……!」
浮遊感に口から漏れたゴウの声は、体が自分の意思とは無関係に猛スピードで移動し始め、歯を食いしばった呻きに変わる。数メートルも離れていない地面とほぼ平行の状態で、ヴァンパイアと共に竜巻の周囲をぐるぐると回っているのだ。洗濯機内で遠心力によって脱水される衣服の気分になる。
「ぬおおおおおおおお!」
「ヴァン! 本当にいけるの!?」
「なぁんのこれしきぃ! かの《砂塵》ステージの砂嵐に比べればぁ……」
竜巻の勢いに翻弄されながら叫ぶヴァンパイアの耳元で、ゴウは大声で訊ねる。
返答には諦観の念は込められていなかった。
「あの天狗にも、それにオーガー、貴公にも見せてやろう。羽ばたくこともできない張り子の翼でも……ここまでのことができるのだ!」
乱舞する気流が生み出す轟音の中で、ヴァンパイアの凛とした宣言が、ゴウにはっきりと届いた。
敵が呑まれていることを理解しているからか、天狗は竜巻を発生させ続けている。風にもみくちゃにされ、最後はぼろ雑巾のようになって弾き飛ばされるか、空高く舞い上がってから無様に落下するものだと決めつけているのだ。
自身が発動した技の威力を、プログラムから生み出されたエネミーとして、把握していて当然なのだろう。
だが、今回に限ってはそれが、その高い鼻が示す通りの高慢さからくるもののようにゴウは思えた。
ぐんっ、と体が上に引っ張り上げられる感覚がゴウの全身を包む。
ヴァンパイアが風に翻弄されながらも、体を気流に乗せて上昇しているのだ。
それから一体、何周竜巻を回ったのだろうか。唐突に風の唸りが穏やかなものに変わった。
「ハーハッハッハッ! よぉし! 抜けたぞ!」
勝ち誇るヴァンパイアと、その背中に乗るゴウは、天狗が発生させている竜巻を抜け、更にその上空を旋回していた。正確には滑空している。
以前のタッグ対戦で、ゴウにマントのカラクリを見抜かれたヴァンパイアは、風が強く吹くステージであれば、状況次第で自力で離陸することも可能だと話していた。
今が正にその状態だ。竜巻の天辺は風速が比較的緩やかになって周囲に拡散していき、その上昇気流がゴウという重量物が背中に乗っていても尚、ヴァンパイアの落下を押し留めてくれている。
「わあ……」
晴れ渡る視界の先に広がる景色に、ゴウは戦闘中であることを忘れそうになってしまう。
北西側はこの高尾山を含め、紅葉が彩る山々。その反対側の南東側には順にゴウが暮らす世田谷、他の二十三区と東京湾の先、太平洋が見える。
今の高度は山中にある地上の庭園から、数百メートルほどの高さといったところか。高層建築物が日々増える現代で、高所から眺めた地上というのはさほど珍しい光景でもない。
だが、足は大地と繋がっておらず、飛行機とも異なり、身一つで空を飛んでいるという状況に置かれることはそうあるまい。もちろんゴウにとっても初めてのことだ。
──これが……これが飛行……!
重力から解き放たれた感覚の中で、ゴウは真下へ目と意識を向ける。
竜巻が勢いを弱めていく。作り出した張本人である天狗が止め、もうあと数秒で完全に消え去るだろう。
「では健闘を祈るぞ《
「ありがとう、ヴァン。行ってくる」
グレープ・アンカーが広めているらしい、ダイヤモンド・オーガーの二つ名を口にするヴァンパイアへ、ゴウは礼を言った。消えかけている竜巻の目が真下に来たところで、その首元に絡ませていた両腕を解く。
途端に旋回を続けるヴァンパイアとの距離はあっという間に離れていき、揚力を生み出せないゴウは落下を開始した。
高度からの落下を利用した高威力の攻撃によって、一撃で天狗の頭部にある何らかの守りを破る。
これこそがヴァンパイアの考案した作戦だった。作戦は第二段階まで成功。いよいよ本題だ。
「《モンストロ・アーム》」
左手を右肩にあてがうと、ゴウの右腕全体が内部から盛り上がり、肥大化していった。
必殺技の発動で巨大になった右腕をすぐに伸ばす。殴りつけることで副次的に発生する拳圧はこの距離では効果が薄く、重い右腕を持ち上げたままの状態ではバランスを崩してしまうからだ。
右腕の重みに引っ張られる形で、ゴウの落下速度が増した。
四角形の庭園がぐんぐんと拡大していき、豆粒ほどまでになった仲間達と、それらより少し大きめな天狗にみるみる内に接近していく。
そんな中で、竜巻の発生を止めた天狗が真上を、落下してくるゴウへ首を向けた。同時に振りかぶられる、羽団扇を握った右腕。
天狗の団扇は縁側が正面に向いている。これは団扇の面部分を正面に向け、煽ぐことで突風を発生させる動作とは違う。縁をこちらに向けて団扇を振るのは、離れた相手を両断するカマイタチ、真空刃を繰り出すモーションだ。
どうやら天狗は自らの上から降ってくる不届き者を、そのまま切り裂こうと考えたらしい。
巨大になったゴウの右腕は装甲もより肉厚で強固になっているとはいえ、ブレイン・バーストの地面さえ簡単に切り裂き、深い切れ目を入れる真空刃を防げるとは思えない。無論、この状況では回避も不可能。もうゴウには攻撃を当てる以外のことはできない。
だから他にできることは、仲間達を信じることぐらいだった。
「《エンタングル・アラウンド》!」
何十本もの緑褐色の包帯が、振り下ろされる寸前だった天狗の右腕へ集中的に絡み付き、動きを強制的に止めた。
「《ボード・ライン》!」
続けて、腕が掲げられていたことでがら空きになっている天狗の右脇腹に、径の太い一条の光線が撃ち込まれる。
レンズが発動した、シンプルながらも強力なレーザーの必殺技により、後方から包帯の束に引っ張られている天狗が更に仰け反った。
おまけに包帯の束を体中から伸ばしているラッパーが引き摺られないよう、宇美と一緒にラッパーの左右の肩を掴んで押さえるリカオンが、未だ距離があるゴウからは赤い粒にしか見えない物体を天狗の足下へといくつか投げつけた。
赤い粒々は地面にぶつかった瞬間に、小さいながらも赤い炎を伴った爆発を引き起こす。
ゴウも知るその正体は、マガジンが死亡する直前に生成してリカオンに渡していた、一個のサイズが手のひらに収まるグレネードだ。
「いっけぇ、オーガー!」
宇美の声がゴウの耳に届く。
今回のパーティーの誰か一人でも欠けていたら、この状況は作り出せていない。チャンスを無駄にすまいと、ゴウは右腕をその場に留められた天狗、その頭部に狙いを定めた。
「おおおおおおお!!」
雄叫びを上げるゴウはそのまま隕石もかくやという勢いで、仰け反ったままこちらを見上げる天狗の鼻先に拳を着弾させた。
ごぎん、という鈍い音。
やや上方に反った長い鼻が砕けても、ゴウの勢いは止まらず、巨大化した拳はそのまま顔面を真芯に捉え、天狗を後頭部から地面へと叩き付ける。
高々度からの一撃によるエネルギーは、天狗越しに地面へ蜘蛛の巣状のクラックを全方位に走らせ、庭園全体を局地的な地震のように揺らした。
拡散していく衝撃の一部が反動として右腕から立ち昇り、体を駆け巡ってゴウの体力ゲージも削れていく。
「……うわっ!?」
必殺技のシーケンスが終了して右腕が元の大きさに戻り始めていると、天狗が何の前触れもなく起き上がり、ゴウを跳ねのけた。どうやら背中の片翼を利用して、強引に飛び起きたらしい。
数メートルほど突き飛ばされ、すぐに起き上がったゴウの前方には、ラッパーの拘束をいつの間にか振りほどき、こちらも距離を取った天狗エネミー。特徴的だった赤く長い鼻は砕かれ、髪の毛や髭などの白毛が映える赤い肌には、今の攻撃を受ける前よりも亀裂が格段に増えている。
ゴウも、数メートル離れた所にいる仲間達も、その場を動かずにエネミーに注視すること数秒。
「ガ、ガガ……」
腰を折る天狗からそんな苦しげな呻き声が聞こえた途端、天狗の頭部全体が崩れた。毛髪が房となって纏めて抜け落ち、額に括り付けられていた頭襟も外れ、赤い肌がばらばらの破片に変じて地面に散らばる。
そんな天狗の首から上には、新しい頭が生えていた。いや、これこそがこの天狗エネミー本来の頭部なのだと、ゴウはすぐさま理解した。
突き出た嘴。体毛──ではなく羽毛。それに両の瞳も、全てが真っ黒な鳥の頭。
「カッ……カアアアアアアアアァァ!!」
仲間達が目を見開く中で、エネミーはそれまでの低く潰れた声から一転、耳を劈く甲高い鳴き声を上げる。
つまりこのエネミーの正体は、精巧な大天狗の被り物をした小天狗。別名、鴉天狗のエネミーだったのだ。
強化外装に似た被り物を破壊されたからか、正体を見破られたからか。我を忘れたかのように喚き散らすエネミーは、空中から降下してくるもう一つの存在に気付いてもいなかった。
「──《ブラッディ・スクラッチ》ィィィ!!」
指の先一本一本からナイフのような厚みと長さに伸びたヴァンパイアの爪により、エネミーの体に十本もの深紅の縦線が刻まれた。そこから血飛沫に似たダメージエフェクトが飛び散る。
更に注目するべき点は、必殺技であることを差し引いても、被ダメージ量が先程までより多いということだ。
「ははぁん、さては大天狗の加護が消えたのだな。ステータスの向上が失われたわけだ」
鮮血色をした十爪がボディカラー同様のダークパープルに戻りながら縮んでいく中で、着地を決めたヴァンパイアが興味深げに分析する。
「さぁ、ラストスパートである! 立ち回りはこれまでよりも幾分か楽になるだろうが、油断は禁物。決着を着けるぞ!」
そう言ってからエネミーへ攻撃を仕掛けるヴァンパイアに、仲間達が応えて動き出す。
ゴウも痛む体に鞭を打ってエネミーに向かって駆けだした。その先にある、たったいま自分が作り出した蜘蛛の巣状の亀裂と、ちょっとしたクレーターになった中心部を踏み締め──。
「え?」
いきなり低くなった自分の目線に、ゴウはそんな呆けた声しか出せなかった。
前に進むのに出した、右足が踏み締めるはずの地面が無くなった。踏んだ瞬間に陥没したのだ。
体が前のめりに倒れ込む間も、陥没から崩壊が連鎖的に発生し、砂利が吹き飛んで地肌がむき出しになっているクレーター部分全体が陥没する。
反射的に前へ伸ばした手は空を切るだけに終わり、ゴウはそのまま砕けた地面の一部と共に、下へ下へと落ちていった。