アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第三十三話

 第三十三話 深淵にて

 

 

 ほんの一分ほど前にはヴァンパイアと共に空を飛び、ごく短時間ながら重力の縛りから解き放たれていたというのに、一転してゴウは地の底で倒れ伏していた。

 

「う……。どうして……地面は破壊不可能のはずなのに……」

 

 呻くゴウは体を起こして立ち上がる。

 これが建物ならいざ知らず、基本的に地形を破壊することは不可能なはずのブレイン・バーストにおいて、地面という足場が崩れるとは夢にも思わなかったが、着地に備えてゴウの頭はすぐに働き、アバターの身体は動いてくれた。

 具体的には必死で足を下に向け、着地した瞬間に頭を腕で守った状態で転がることで落下の衝撃を和らげていた。

 五点接地だか着地だったか。その五点が体のどの部分を指しているのかも、何で見聞きして名前を知ったのかも憶えていない浅い知識ながらも、落下ダメージが五パーセント以下で済んだのはマシな方だろう。共に落ちてきた、砕けた土塊群の下敷きにならなかったのも幸運だった。

 周囲を見渡すと、ここが岩盤に囲まれた薄暗い場所であることが分かる。光源は穴から差す光。すなわちたった今ゴウが落ちてきた場所である。

 

「────ガー、オーガー!」

 

 上から自分を呼ぶ声が聞こえ、ゴウは穴の真下に移動する。少なくとも半径二メートルはあったはずの地上の穴は、見上げるこちらからはだいぶ小さくなっていた。

 

「高いな。何十メートル落ちたんだか……」

 

 天狗の真空刃で切れ込みがいくらか入っていた地点に、重力を加算した《モンストロ・アーム》での一撃がとどめになって、地面が陥没したといったところか。

 本当によくこのくらいのダメージで済んだな、と思いつつ目を凝らすと、誰かが穴の向こうからこちらを覗き込んでいるのが分かる。遠い上に日光を背にしているのでひどく見辛いが、声とおぼろげな頭部の形からしてムーン・フォックス、宇美のようだ。

 

「僕は無事でーす!」

 

 少しでも声がよく通るようにと、両手をメガホン代わりに口元へ当て、ゴウは自身の安否を伝える。

 ところが、宇美の頭は返事をする前に穴から引っ込んでしまう。耳を澄ますと、わずかな振動と音が伝わってきた。おまけに上から砂利がぱらぱらと降ってくる。

 数十秒間をゴウは見上げたまま待っていると、また宇美の頭がひょっこり現れた。

 

「とりあえず無事なのねー!?」

「はい、どうにかー!」

 

 よくよく考えれば弱体化に成功したとはいえ、巨獣(ビースト)級に分類されるであろう鴉天狗エネミーはまだ倒してはいない。戦闘は続いているのだから、こんなマンション十数階建てに相当する距離で悠長に会話している余裕などないのだ。

 

「だから戦いの方に集中してもらって大丈夫です! これだと僕はもう役に立てそうにないんで、悪いんですけど後は頑張ってくださーい!」

「分かったー! 後で助けるからそこで待っててー!」

 

 ゴウの言葉に宇美は了解の返事をすると、再び穴から頭を引っ込め、戦いに戻っていった。

 それにしても、とゴウは今いるここがどういった場所なのか、改めて観察を始める。

 薄暗さに慣れてきた目で地下空洞をぐるりと一周歩いてみると、地上の庭園よりいくらか面積は小さい。およそ直径二十メートルほどの円形をした吹き抜けの空間だ。

 何より気になるのは、壁に空いた横穴が一つあること。

 ──落ちた場所は庭園の中央の辺りだったはず……。ここは通路? ダンジョン……じゃないよな。じゃあ何の為に存在してるんだろ……。

 ああでもないこうでもないとゴウが一人考えていた、その時だった。

 

「あ……まただ」

 

 横穴の奥から、何かを感じる。

 庭園に続く通路の入り口である、柱状をした三つの石で構成された、ゴウが漠然と鳥居を連想したアーチ。一行が霧の中をさまよっている最中に偶然見つけた途端、周囲の霧が晴れていった。あの謎の石鳥居を確認した直後から、ゴウは得体の知れない感覚を抱いていた。

 その感覚も鳥居をくぐるとそれっきり消えてしまい、エネミーとの戦闘もあって今の今まですっかり忘れていたのだが、再びあの謎の感覚を抱き始めている。

 ゴウは首と意識を上部に向けた。落ちてきた穴は遥か上にあり、地下空間のかなり中心に近い地点にある。岸壁をよじ登り、そこから虫のように天井に張り付いて、穴の場所まで進むことが絶対に不可能とは言わないが、一人で辿り着くのは簡単ではない。

 ラッパーに包帯装甲を地上からここまで伸ばしてもらう、死亡しているボーンズの復活後に、遠隔操作された腕に掴まって引き上げてもらうなど、救助が来るまで大人しく待つべきだろう。

 仲間達が戦っている中、意図せずとはいえ戦闘から離脱してしまったのに、そこから一人で勝手に探検に赴くというのは、あまりに身勝手なことだ。現状、仲間達にしてやれることが皆無だとしても。

 だというのに、何も見えない穴の向こうから感じられる気配が、ゴウの心に細波を立たせ続ける。不安とも好奇心とも恐怖とも使命感ともつかず、あるいはそのどれもが混ざり合ったような、うまく言葉で言い表せないモヤモヤが胸中を占めて消えてくれない。

 

「……すみません。すぐ戻ります」

 

 後で助けるから待っていて、と言ってくれた宇美の心遣いを無下にしてしまうことに、ゴウは心苦しさを抱きつつ地上に向かって呟いた。逡巡の末に、とうとう光源となっている天井の穴の下から、暗闇で満たされた横穴に向かって歩き出す。この気分が原因を取り除くまで、まるで消える気がしなかったのだ。

 明かりの全くない洞窟を慎重に進んでいく。片手は壁につけ、一歩ごとに足場がしっかりしているかを、伸ばした足で地面を踏んで確かめる。もしここから更に下に落ちたとなると、さすがに戻ってこられる気がしない。

 意外だったのは、星と月が見えない夜より暗い場所なのに、注視すると極々かすかに地形の輪郭が分かることだった。デュエルアバターの視力は、明暗の感知機能も生身の眼球よりも高性能らしい。

 そんな牛の歩みよりも鈍い速度で、時折緩やかなカーブを描く一本道を進み続けていると、いつしか仲間達の戦闘音も聞こえなくなっていった。謎の感覚は小さくも大きくならず、ゴウの中心に居座り続けている。

 ──……いい加減、引き返した方が良いか。

 文字通りの暗中模索に変化が起きず、後ろ髪を引かれる気分になることを承知でゴウがそう考え始めた、その時だった。

 辿り着いた先は、落下場所とほぼ同面積で天井だけは低い、開けた空間。地面も天井も壁も岩盤に囲まれた、これまで進んできた道と変わらない質感をした場所。

 前方には明かりが灯っている。ここからではロウソクの火よりも小さい、ぼんやりとした青白い光。加速世界から現実へ帰還する為のポータルとは違う。それよりずっと儚げだ。

 その光を頼りにゴウは壁から手を離し、歩く速度を牛歩から普段のペースにまで早めていく。

 まさか何らかのレアアイテムでもあるのかと、ゴウの頭をわずかに過ぎった現金な期待は、発光源の正体が視認できる距離まで進んだところで、跡形もなく吹き飛んでしまった。

 

 女がこちらを見ていた。

 

 地面から一メートル程度隆起した平坦な一枚岩の上で、燐光を放つ一人の女が座り込んでいる。

 厳密には伸び放題の総白髪に目元が隠れているので、こちらから向こうの眼は見えないのだが、間違いなく見られていると分かるほどに、強い視線をゴウは感じていた。同時に並々ならぬ恐怖を抱く。

 真っ暗な場所でぼんやり光る人。無論、そんな絵に描いたような幽霊の姿をしているから、という理由もある。

 ただそれ以上に身の危険を感じるのだ。距離が二十メートル近く離れているというのに、先程まで戦っていた天狗エネミーが、吹けば飛ぶような存在に思えるほどに。

 ──あ、脚が……動かない。声も出ない。何だこれ……。

 見られていると自覚した途端、蛇に睨まれた蛙のように体は硬直していた。

 ゴウがブレイン・バーストにおいて、人の姿をした存在に出遭うのはこれが初めてではなかった。とあるダンジョンで海の女神の名を名乗り、自身を《管理AI》と称した存在に遭遇して、まだ二週間も経っていない。

 しかし、その時だってこんな状態に陥りはしなかった。この沸き起こる危機感からして、前方の女はこの場の管理AIなどではなく十中八九エネミー。あるいはそれに属する、バーストリンカーの敵となる存在だろう。

 不可解なことに、エネミーなら注視すれば体力ゲージが表示されるのに、代わりにノイズがかった塊しか表示されない。

 だが、今のゴウはそんなことはどうでもよかった。

 ──逃げないと……逃げないと死ぬ。動け、動け、動け……! 

 ゴウは必死に脚を動かそうとするも、目を逸らすことさえできずに全身は硬直し続けている。普段は生身の自分を動かすのと何ら変わらないデュエルアバターの体への、脳から発している命令が遮断されているかのようだ。

 女の方もゴウ同様にまるで微動だにしない。ぺたりと座り込んだ岩と一体化しているのかとさえ思える。ただゴウへ視線を向けたまま、尋常ではない威圧感だけを放ち続けていた。

 ──このままじゃ駄目だ。ここに居たらその内、誰かが穴の下からいなくなった僕を探しにここまで来るかもしれない。それだけは絶対に駄目だ。

 その気になれば、おそらく一撃で自分を殺せるであろう女が、どうして何もしてこないのかゴウには分からなかったが、この場の人数が増えた途端に攻性化するかもしれない。

 独断専行をした挙句に、仲間を危険に巻き込むことなどあってはならない。

 その考えに思い至ると、ゴウは少しだけ冷静になった。

 ──落ち着け。きっと向こうは何もしているつもりはない。僕が勝手に呑まれているだけなんだ。《災禍の鎧》の時だって、大悟さんにビビりすぎだって言われたじゃないか。

 ゴウは無理に体を動かそうとするのを一度止めた。

 長めの深呼吸を繰り返すこと数回。実際にはデュエルアバターに存在しない呼吸器系の活動は、ゴウに幾ばくか心を平静にする効果をもたらしてくれた。

 そこから改めて右脚だけに意識を集中させると、後ろに一歩分だけ岩の地面を擦って動かすことに成功する。

 続いて左脚。ゆっくりと右脚に倣って後退。当然ながら上半身もついてくる。

 と、ゴウが体一つ分後退したところで、これまで不動を保っていた女が、ぴくりと体を震わせた。続けてゆるゆると片腕が持ち上がっていく。

 ──やっぱり逃がす気はないか……! 

 とうとう事態が戦闘に移るのかと、ゴウは半ば諦めかけながらも、後ずさりを止めない。情けないことに、それぐらいしかできることがないからだ。

 女は腕を前に伸ばしたまま体を前傾姿勢に。左手と両膝を岩に着き、その身を限界まで前のめりにして──。

 

 ずしゃっ。

 

 女は岩の上からずり落ちた。体が硬い岩盤の地面を強かに打つ音がゴウの耳に届く。

 と、ここでゴウは体が完全に金縛りから解かれた。女の視線から外れたからか。

 千載一遇のチャンスに、ゴウはすぐさま踵を返そうとした。のだが。

 

「…………」

 

 突っ伏したまま起き上がらない女を、ゴウは無言で眺める。まさか気絶しているわけではあるまい。

 

「……………………」

 

 視線はそのままに、体だけを翻してみる。やはり動かない。

 

「………………………………」

 

 数歩歩いてみても、追いかけてくるどころか反応すらしない。考えはまるで読めないが、向こうが見逃してくれるのなら願ったり叶ったりだ。このまま落下地点に戻って、何も見なかったことに──。

 

「あー……もう……」

 

 大きく溜め息を吐いてから、ゴウは再度体を翻し、女がいる方へと歩き出した。嘆息の理由は、現在進行形である自分の馬鹿な行動についてだ。

 ──我ながら何を紳士ぶってるんだか……でも仕方ないじゃんか。だって……。

 誰に向けて胸中で言い訳をしているのかも分からず、右手を伸ばした状態で倒れ込んだままの女の前でゴウは足を止める。

 女を間近で改めて見ると、その姿は異様なものだった。

 日本神話に登場しそうな、和服とはまた異なる独特な衣服はくすんだ鼠色で、裾はどこも千切れてボロボロだ。

 髪留め一つ着けていない直毛で白髪の長髪は、色素どころか潤いもまるでなく、枯れた植物の茎を思わせる質感。同様に肌は皺もシミも見られないのに、老人の肌よりも瑞々しさが感じられない。美白ではなく土気色、死体の肌に近しい。

 たとえ出遭ったのがこんな暗い場所ではなく、体が青白く発光していなかったとしても、やはり第一印象は幽霊だろう。

 

「あの……その…………大丈夫、ですか?」

 

 腰を折って屈み、女に向かって手を差し伸べるゴウが声をかけると、ぴくりと女が反応する。

 体はそのままに、女は髪が御簾(みす)のようになってほとんど見えない顔だけを前に向けた。こちらを見ていても、目線が合わなければ問題はないのか、先程のようにゴウの体は硬直しなかった。あるいは倒れ伏している女に、畏怖以外の感情が湧き始めているからか。

 ゆっくりと、女の右手が動いた。白蛇のような腕が持ち上がり、差し出したままのゴウの右手にそっと降ろされる。

 ──あ、意外に温かい。

 てっきり氷のように冷たいものと思っていたので、人肌同様の温もりが感じられた女の手にゴウは少し驚いたが、それもほとんど一瞬のことだった。

 

「……っ!? ~~~~っっ!!? !!?!!!!??」

 

 落雷にでも当たったのかと思えるほどの衝撃が、ゴウの全身を光の速さで駆け巡った。

 同時に、自分の体が一滴の水に変わり、大海原に落ちて跡形もなく溶けていく。そんなイメージが頭の中に浮かぶ。

 落雷めいた衝撃も、頭に浮かんだ謎のイメージもすぐに消えたが、刻まれた余韻はすぐに消えてはくれなかった。

 何も考えられず、声も出せないまま、ゴウは女の手を振り払って立ち上がると、そのまま全速力で来た道を走った。

 暗闇の道を何度も転びながら、それでも一度として振り返ることはなく、地下へ落ちてきた穴の下に滑り込むようにして倒れたゴウは、そのまま起き上がれずに意識が遠のいていった。

 

 

 

「あっ、ラッパー、あれ富士山じゃねえかな!」

「んー、どれどれ…………違うよボーンズ、富士山はあっちの奥のやつだよ。多分」

「アネゴ、肩車してくれよ。俺っちの背じゃ、あっちのが見えねえんだ」

「えぇ? 今は勘弁しとくれよ、あちこち痛いんだからさ。マガジン、悪いんだけど頼めるかい?」

 

 フリークスメンバー達が、わいのわいのと高尾山の山頂で景色を眺めながら感想を言い合っている。空気の澄んだ《平安》ステージの秋空は、満足のいく絶景を見せてくれていた。

 

「うむうむ。激戦の後となれば、眺める景色ひとつとっても感慨がひとしおよ。なぁ、オーガー」

「そうだね。これだけでも苦労した甲斐はあったと思うよ」

 

 山頂にふわりと吹き抜ける風で、一部が破れたマントが揺れているヴァンパイアに訊ねられ、ゴウは首肯する。

 ゴウの離脱後、宇美とフリークスは見事にエネミーを倒したそうだ。聞くところによると、大天狗の被り物を破壊されて正体を現した鴉天狗エネミーは、やはりそれ以前と比較して、ぐっと戦いやすくなったらしい。それでもヴァンパイアを始め、他の仲間にも新たな傷ができていたが。

 その後、庭園を後にした一行はエネミーに気を付けながら山登りを再開した。再びさまようこともなく、山頂まで登り切って現在に至る。

 日の出から登山を開始したので、およそ六、七時間の道のりだった。太陽の位置は頂点を超えてはいるが、まだまだ高い。

 

「ところで……本当に良いのか? ワガハイがコレを受け取っても」

 

 遠慮がちにそう言うヴァンパイアが、ストレージから一枚のアイテムカードを召喚してみせる。あの庭園の天狗エネミーを倒したことで、システム的に閉ざされていた、扉が開いた蔵の中にあったものだ。

 

「カード状態の今なら、直結を介さずともすぐに渡せるのだぞ?」

「さっきも言ったけど、別に良いんだってば」

 

 再度訊ねるヴァンパイアに答えたのは、ゴウではなく他の仲間と一緒に山頂からの景色を眺めていた宇美だった。こちらの話が聞こえていたようだ。

 

「し、しかしだな……」

 

 ヴァンパイアも食い下がる。こちらが譲ると言っているのに、初めに約束したことを律義に守ろうとするあたり中々に義理堅い。

 

「貴公らが我らへの同行を許諾した条件は『道中で獲得したアイテムの類は貴公らに渡す』というものだったではないか」

「厳密には『アイテム類を私達が欲しいと思った場合、それらを無条件で貰う』だよ」

 

 ゴウの隣に並んだ宇美が肩をすくめた。

 

「それを私達が要らないって言ってるんだから、気にせずそっちが受け取って。そうでしょ、オーガー」

「はい、フォックスさん。ねぇヴァン、あの天狗エネミー攻略はヴァンが天狗の顔に一撃入れてくれたのがきっかけだったんだよ? それに与えたダメージ総量も──まぁ、人数的に当たり前だけど、僕ら二人より君らフリークスの方が多いわけだしさ。充分に受け取る資格はあるんじゃないかな」

 

 宇美に同意したゴウは、続けて自嘲気味な補足を加える。

 

「それに僕なんか最後の方、役立たずだったしね」

 

 庭園の地下空洞で意識が途切れたゴウは、あれから気付くと穴から救出され、庭園の地面に寝転がされていた。

 ゴウは地下で遭遇した謎の女について、皆には話さなかった。下手なことを言って、では行ってみよう、という流れになるのを恐れたからだ。

 故に気絶の理由は、落ちた時よりも微妙に穴が拡がっていたことに目をつけ、エネミーの攻撃の余波で瓦礫が頭に降ってきて、その当たり所が悪かったのではないかと説明した。

 内心でボロが出ないかと焦ったが、仲間達は納得してくれたようだった。ゴウを地上へ回収する時も、気絶していたゴウに意識を向けるあまり、どうやら地下の横穴には気付かなかったらしい。

 本音を言ってしまえば今のゴウの恐れとは、仲間を危険に晒すこと以上に、洞窟の奥で出遭ったあの女に再び近付くことであった。振り返れば、あんな得体の知れないものにあっさり接近したのは、返す返すも浅はかな行為だったと思う。

 意識が戻ってからは天狗との戦闘での負傷を除き、身体的にも精神的にも特に異常はないのだが、あれだけのショックを受けた手前、それがかえって不気味でもあった。

 結局あの地下道は、そしてあの女は何だったのか。気にはなるが、ゴウはひとまず今は詮索しないことに決めた。

 

「……そんなことはないと思うが、分かった。そこまで言うのなら、コレは今後のレギオン発展の為にありがたく使わせてもらうとしよう。使うか売るか、今後の為に保管しておくか、用途は話し合って皆で決める」

 

 ゴウが地下での顛末が思考の端にちらついている中、ヴァンパイアはカードをアイテムストレージに収容した。もうすでに似たようなやり取りをアイテム発見時にしているのだが、念を押されて今度こそ納得したらしい。

 

「ではそろそろ締めといこう。おーい、全員集合してくれ!」

 

 呼びかけたレギオンメンバー達がぞろぞろと集まると、うぉっほん! と大仰な咳払いをしてからヴァンパイアが切り出した。

 

「えー、我らはこうして高尾山の踏破に成功した。これもひとえに、ひとりひとりの健闘によるものである。はい拍手!」

 

 そう言って自ら拍手するヴァンパイアに続き、レンズを筆頭に男衆が盛り上がる。レギオンの紅一点であるリカオンも特に口を挟むことなく、ゴウと宇美もつられて拍手した。

 拍手が収まると、ヴァンパイアが口を開く。

 

「……予想外の事態も多々あったし、ワガハイ含めて死亡する者も出たが、そんなことは予想の範疇。されど我らは乗り越えた。この経験は全員にとって、今後の領土戦を含めた対戦でも無駄にならないものだとワガハイは確信している。特に──」

 

 ここでヴァンパイアが、ゴウと宇美に視線をフォーカスした。他のフリークスメンバーもこちらに向き直る。

 

「ムーン・フォックス、それにダイヤモンド・オーガー。貴公らがいなければ、我々フリークスはこの山頂に来ることは叶わなかったであろう。誠に、まっことに感謝している。はい拍手!!」

 

 先程よりも大きな拍手がゴウと宇美に送られ、ゴウはどうもどうもと謙遜気味に頭を下げる。宇美も似たようなもので、褒められたことに嬉し恥ずかしといった様子だ。

 

「──で、物は相談だが……」

「ぅえ!?」

 

 素早く背後に回り込んだヴァンパイアに、ゴウは両肩をがっしりと掴まれた。

 

「貴公ら二人、フリークスに加入するつもりはないかね? 酒吞童子を筆頭に鬼、玉藻の前に空狐や天狐を始めとした狐。どちらもザ・日本妖怪のポピュラー&フェイマスではないか。ワガハイ、実に気に入った! 是非ともどうだね? ん?」

「えぇー……がっつり私情入ってますけども……」

 

 ぐいぐいと推してくるヴァンパイアへ率直な感想を漏らすゴウは、昨晩のリカオンとの会話をゴウは思い出した。

 

 ──『アンタもフォックスも、アバターのデザイン的にヴァンの好みだからさ。その内レギオンに勧誘されるだろうけど、嫌ならぱぱっと断りなね』

 

「アウトローだったか。その集まりはレギオンではないのだろー? こう、部活のかけ持ち的な感覚でひとつどうだー? んー?」

 

 ゆーらゆーらと、ヴァンパイアに肩を揺らされる。ゴウと目が合ったリカオンは『ほら、だから言ったろ?』といった様子でウインクしてみせた。

 

「俺っち達も歓迎しやすぜ!」

「……!」

「連携もできてたしなぁ。即戦力だ」

「レベル6が二人も入ってくれたら心強いよね」

 

 レンズがヴァンパイアに続き、マガジンがガシャガシャと音を立てて頷いた。ボーンズとラッパーもそれぞれ肯定の意見を口にする。

 確かにそれも楽しそうではあるのだが、残念ながらゴウにはもうとっくに居場所があるのだ。

 

「気持ちは嬉しいんだけどね。レギオンじゃなくても、それでも僕はアウトローのメンバー。だからフリークスには入れないや」

 

 両肩に置かれた手を外し、自分なりに丁重にゴウは断る。

 

「うーむむ、ウチはアットホームなレギオンだぞぅ? 領土戦未経験でも大歓迎! まずは町田エリアの頂点を目指すという夢に向かって──あだだだだだだ!?」

 

 どこぞのブラック企業めいた謳い文句を言い出したヴァンパイアを、リカオンがイヤーパーツを引っ張って制した。

 

「はいはい、そこまでにしときな。町田(こっち)までわざわざ来るのだって手間になるんだから。アイテムまで譲って貰っておいて、困らせるんじゃないの。……アンタらもだよ、いいね?」

「へい、アネゴ!」

 

 少し圧の込められたリカオンの一言に、即答するレンズ達が背筋を伸ばした。

 ──おぉ、さすがサブマスター。

 感心するゴウをよそに、リカオンから逃れたヴァンパイアが引っ張られていた方の耳をさする。

 

「……ちなみにフォックス、貴公は──」

「私もオーガーと同じく。ごめんねー」

 

 フォックスに即答され、心底残念そうに肩を落とすヴァンパイアだったが、すぐに顔を上げた。

 

「……仕方あるまい。ブレイン・バーストでの過ごし方は人それぞれ。だが、これっきりというのは寂しい。もしも我らの力が必要になったら、その時は遠慮なく連絡をくれ。我らは協力を惜しまんぞ」

 

 差し出されたヴァンパイアの右手を、ゴウは迷うことなく取った。

 

「うん、その時はよろしく。《夜の王》」

 

 その後ゴウと宇美は、他のメンバー達とも握手をしながら別れの言葉を言い合い、現実での標高標識と同じ地点にあるポータルから、現実世界の長津田駅の最寄りにあるダイブカフェへと帰還した。

 今回の一件で、フリークスという新たなバーストリンカーの友人達ができたゴウ。

 彼ら以外にも『繋がりを持った存在』がいることに、この日はまだ気付くことはできなかった。

 

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