アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第三十五話

 第三十五話 無味乾燥な灼熱

 

 

 降り立った足場は煤けた床だった。床だけではない。壁が消え失せた建物から見渡せる街並み全体が、火事に見舞われて全焼したような有様だ。

 火属性下位の《焦土》ステージだと、ゴウがフィールドの種類を認識した直後──。

 

「……っ!? な……」

 

 急な立ち眩みが起きて、思わずその場で片膝を着いてしまう。

 対戦相手の仕業かと一瞬考えるも、十メートル以上離れた相手の方向を示すガイドカーソルは表示されたまま。遠距離から眩惑を引き起こす必殺技を持っていたとしても、対戦開始直後で必殺技ゲージはお互いに空。発動はまず有り得ない。

 にもかかわらず、目眩から視界が回復したゴウは、続けて頭痛と胸やけに似た感覚に襲われていた。ブレイン・バーストに限らず、生身の肉体と切り離された仮想体を操作するフルダイブ中において、このような状態になったのは初めてだ。

 ──体力は減ってないのに……なんなんだ、これ……。

 ゴウが戸惑っていると、今度は耳鳴りまでしてくる。それも一定の高音ではなく、調子の外れた下手くそな縦笛のような不快音だ。

 その場でうずくまることおよそ数十秒。やがてゴウを苛む頭痛も胸やけも耳鳴りも収まっていく。それでも高熱に浮かされたような余韻が完全に消えることはなく、小さな違和感は残り続けていた。

 若干の不調を抱えたまま、ゴウはまず深呼吸をして、体のあちこちを動かしてみた。今度はその場で空に向けて拳を突き出す。

 

「一応、動きに問題はないけど……」

 

 生身ではない、仮想体での体調不良の原因は不明だが、対戦はすでに始まっている。まさか対戦相手に「気分が悪いからこの対戦はなかったことに」とは言えるはずもなく、この場にずっと留まっていてもどうしようもないと、ゴウは頭を無理やり切り替えた。

 まずは外の景色を見るに、そこそこ高めな建物の階層に出現したので、地上に降りて対戦相手を探す必要がある。

 

「着装、《アンブレイカブル》」

 

 ゴウは右手に召喚した、重量のある透明な金棒を掲げてみる。

 ──別にふらつきもしない。よし、これなら……。

 手応えを確かめてから両手で握り締めた金棒を、ゴウは床めがけて振り下ろした。

 破砕音と共に床が抜け、ゴウはそのままワンフロア下に落ちていく。しっかり着地を決めてから瓦礫と少し距離を空けると、同じく大上段から金棒を足下の床へ叩き付ける。

 この建物には階段があるのに、どうしてゴウはわざわざこんな降り方をしているのか。

 理由の一つは、《焦土》ステージはオブジェクトがとても脆い分、必殺技ゲージのチャージ率が非常に悪いので、会敵前に少しでもチャージしておきたいから。

 もう一つは派手な音を出して、対戦相手を呼び寄せる為。今回初めて知ったアバターネームなので、どんなタイプのデュエルアバターなのか全く情報がないが、こちらがこうも目立つ動きをしてゲージまで溜めていれば、少なくとも無視はできないだろう。姿を見せないにしても、こちらの位置が把握できる所まで近付いてくるはずだ。

 相手を指し示すガイドカーソルの矢印は方向が度々動いている。方角しか示さないカーソルは具体的な距離や高低差までは教えてくれないが、対戦相手はこちらに向かって接近しているのだろうか。

 繰り返し足場を崩すこと十数回。ゴウはようやく地上階に辿り着いた。黒ずんだ柱が支える、壁のない建物から素通しの外に出る。

 すると、焼け野原と化している道路の向こうから人影が現れた。こちらの目論見は一応成功したらしい。

 それまで小走りだった人影はゴウを補足すると、数十メートル先の距離で停止する。特に暗がりでもないので、デュエルアバターの視力で充分に相手の姿形が分かる距離だった。

 背丈はダイヤモンド・オーガーとほとんど変わらない。かなり細身なので一瞬、装甲を纏っていないように見えたが、実際には全身が灰色の岩のようなもので覆われているM型アバターだ。英名表記のアバターネームは《コークス・デーモン》と読める。

 両側頭部から生えて先端が正面を向く、ねじくれた角。右肩に担いでいるのは、アバターと同質同色をした三叉の槍、いや矛だ。刃の部分も含めた全長はアバターの身長とほぼ同じで、長物にしては若干短い気もする。

 頭の角といい、強化外装の形状といい、名前に違わない悪魔らしい姿だ。これで翼と尻尾もあれば完璧だったろう。もっとも、向こうも額に角を生やして片手には金棒という、そのまんまな(ゴウ)にそんなことを思われたくもないだろうが。

 デーモンの方もこちらの姿の確認が終わったのか、挨拶の一つもなく一気に距離を詰めてきた。爪先から伸びる四つの爪がスパイク代わりになっていることもあって、かなりの速度だ。ゴウも金棒を構えてこれに応戦する。

 

 ギャギィン! 

 

 三秒もしない内に、互いの武器が衝突した。接触面から火花が散る。

 矛の切っ先を払ったゴウが反撃に金棒を振るうと、デーモンは柄で一瞬だけ金棒を受けてから、滑るように受け流してこれを防いだ。そのまま動きを止めることなく、刃とは反対の石突部分でゴウの横腹に一撃を叩き込む。

 

「ぐっ……」

 

 ゴウの体力がわずかに削れる。ファーストアタックは取られたが、向こうのペースにはさせまいと、続く二撃目は躱してみせた。

 そこからは強化外装での打ち合いが続いた。デーモンの捌き方は巧みで、最初の一合だけでアバターの腕力がゴウの方が勝っていると察したようだ。真正面から受け止めることはまずしてこない。

 ゴウも金棒を振るうだけでなく四肢を駆使して攻撃を加えるが、ほとんど避けられる上に当たってもどれも浅く、一撃あたりデーモンの体力ゲージの二、三パーセントしか削れない。

 戦況は若干向こうが優勢。レベルは6同士でアバターのポテンシャル的には同等のはずなので、これは近接戦における技量の差か。

 ゴウは剣戟の中で、デーモンの多孔質の岩石に似た灰色の装甲が目に入る。全身をびっしりと覆い、ここまで近くで見ると装甲というより、岩石そのものが体を形成しているかのような印象を受けた。

 灰色。カラーサークル上では、かなり彩度の低い青や緑の位置付けになる。

 デュエルアバターのアバターカラーは彩度が高いほど色の属性が明確に現れ、低いほど特殊になっていくとされるので、デーモンにも相応の特殊性があるのか。

 ──コークス……。聞き覚えはあるんだけど、どんなものだったっけ。

 デーモンのカラーネームについて考えるゴウの心の声は、やけに鮮明だった。それは対戦フィールドで発せられている音が、戦闘音くらいしか発生していないからだ。

 この《焦土》ステージでは、可動オブジェクトの類が存在しない。

 また、ここアキハバラBGでの対戦は賭けが絡んでいることもあって、公平を期する為に基本的に外部からの野次飛ばしやアドバイスをしてはいけない、という暗黙の了解が原則としてある。故にフレームと床だけを残した建物の屋上のあちこちに立っている、ギャラリー達の影は静かにこちらを観戦していた。

 対戦相手のデーモンはここまでずっと無言。得物を振るう際にわずかに呼気らしき音が聞こえるものの、戦闘中ではそれも定かではない。

 かの《緑の王》は必要なこと以外は口に出さないほど寡黙で有名らしいが、デーモンも似たようなタイプなのか。それとも昨日出会ったフリークスメンバーの一人、バルサム・マガジンのようにシャイな性格なのか。

 そう思ってすぐに後者は違うだろうと、ゴウは胸中で訂正した。その理由は、デーモンがこちらに向ける視線だ。

 岩石装甲を纏う顔の表面に埋まるようにして存在する青白いアイレンズは、繰り出してくる絶え間ない攻撃に反してゴウからすると何と言うのか、平坦なのだ。

 無関心とはまた厳密には違う気がする、正にも負にも感情のベクトルを見せない眼差し。

 ローカルネットのモニターに対戦が表示されてすぐに対戦を開始したことといい、遊びがまるで感じられず、どうも落ち着かない。

 と、この時ゴウは頭であれこれ考えてはいても、決して油断しているわけではなかった。

 それでもデーモンがこちらの防御をかいくぐり、斬り上げた矛の刃がゴウの胸板へ斜め一線の傷を付けたのは、ひとえに彼の実力だろう。

 

「っあ……!?」

 

 食らった攻撃は装甲のみならず、アバターの素体にまで達していた。ダメージは一割に満たないものだったが、問題はそこではない。

 ダイヤモンド・オーガーは名前通り、天然鉱石の中では最硬度を誇るダイヤモンドの性質を少なからず有している。それ故に切断、貫通属性の攻撃には耐性を持つ。

 では、どうしてそれまで無傷だった胸部装甲が、ただの斬り付けによる通常攻撃で深めの傷を作ったのか。

 その理由も一撃を受けたことでゴウが理解した、その時。

 

「鈍い野郎だ」

 

 どこかやさぐれた、吐き捨てるような口調。それでもはっきりと聞き取れる一言。それが、ゴウが初めて聞くデーモンの声だった。

 矛を頭上で回転させると同時に跳躍するデーモン。

 諸々の驚きから反応が遅れ、もう回避が間に合わない。これまでより明らかに威力の高い一撃を、ゴウは金棒で迎撃することしかできなかった。

 

 バキィィン!! 

 

 この対戦で何十合目かの衝突。高い硬質音を響かせて砕け散ったのは、ゴウの金棒《アンブレイカブル》だけだった。

 

「く……!」

 

 強化外装を犠牲にした代わりに、ゴウはなんとか追撃を受けずに距離を空けることができた。地面に散らばる《アンブレイカブル》の残骸と、右手に残った柄が光の欠片に変じて消えていく。

 対するデーモンには数秒前から変化が一点。

 灰色だった三叉の矛が赤色を帯びている。また、矛を握る両手までもが同じく赤に染まっていた。

 ──アバターのアビリティか、矛に備わった能力か。どっちにしてもまずいな……。

 ゴウは自分の背に、一筋の冷や汗が流れた気がした。

 ダイヤモンド・オーガーには、大きく分類して二つの弱点がある。

 一つは瞬間的な威力の高い打撃。すなわち強力な衝撃による攻撃。

 強固で知られるダイヤモンドは物質としての粘り強さ、靭性(じんせい)が低い。また、特定の面に衝撃を加えられると、その面に沿って一気に割れてしまう。これを劈開面(へきかいめん)といい、金槌を上から振り下ろして当てただけでダイヤモンドが砕けてしまうことがあるのは、この劈開面で衝撃を受けた場合である。

 ゴウはこの弱点をカバーするべく、経験によって感覚的に自身のアバターの劈開面を把握し、防御技術を向上させてきた。

 また強化外装の《アンブレイカブル》は、重量の代償にオブジェクト的優先度が高めなのか、アバター本体よりも遥かに衝撃に対して耐性を持っているので、相手の攻撃への盾代わりとしての役割もある。

 そして、もう一つの弱点が高熱。炎熱属性の攻撃。

 ダイヤモンドとは炭素の一種であり、六百度の高温下で黒鉛化が始まり、八百度からは炭化。発火を経て、最後には燃焼による酸化で跡形もなく燃え尽きてしまう。この時は灰すらも残らない。

 無論、実物のダイヤモンドが少し火に炙った程度で、すぐに消えてしまうわけではない。熱の逃げ場がない状態で、時間をかけて熱していくことで起こる現象である。

 ところがダイヤモンド・オーガーの場合、アバターに振り分けられた数値の炎熱への耐性が著しく低い。炎を直接浴びれば他のアバターよりもずっと被ダメージは多いし、爆発系統の攻撃は熱と衝撃のダブルパンチで天敵だ。

 高熱が付与された物理攻撃でも、装甲は比較的容易に傷付いてしまう。例えばデーモンが持つ、高熱を発している矛による一撃のような。

 しかも打撃とは異なり、現在のゴウには炎熱攻撃に対する具体的な防御策がないのだ。

 装甲に比べればかなり耐えるが、《アンブレイカブル》も立て続けに受けていれば、今のように破壊されてしまう。おそらくは赤熱しない程度の状態を維持し、剣戟の中で集中的に同じ部位に当て、最後に出力を一気に上げて砕きにかかったのだろう。

 更にまずいことがもう一つ。

 ──体力が……。

 ゴウは先程できたばかりの胸の傷に触れた。熱を帯びたデーモンの攻撃には、数秒単位で一パーセントに満たないながらも、体力ゲージを徐々に減少させるスリップダメージ効果が付与されているようだ。そのダメージ分ではデーモンの必殺技ゲージが溜まっていないのは幸いか。

 矛を中段に構えたデーモンが、容赦なく攻撃を再開した。

 ゴウは迫る刺突を避け、追撃の横薙ぎが届かない距離まで後退する。矛の刃先がわずかに腹を掠め、短い糸のような傷が新たに作られた。

 ──こうなったら攻撃を避けてから、一気に距離を詰めて反撃するしかない。相手は長物。リーチがある分、腕を伸ばせば引き戻しにタイムラグが出るはず……! 

 そうあからさまな隙ではないことは分かっている。長物とは言っても、剣以上槍未満の長さでは、攻撃の合間にわずかにできる、ごく小さなものだ。

 だが、ゴウとてそれを見極められるくらいには成長したつもりだ。そうでなければ、近接系アバターとしての自分が、これから更に上へと登り詰めていくことは到底できない。

 デーモンが繰り出す攻撃を避けて、避けて、避けて。避けきれずともクリーンヒットはさせず、その時を待つ。一つ気付いたのは、矛により受けた攻撃は小さなものでも熱から来る、一定ラインの疼痛がいつまで経っても収まらないこと。それもまた攻撃による副産物の一つなのだろうか。

 間断なきデーモンの連続攻撃が続き、数分経っても変わらない展開にいい加減に業を煮やしたか、強く踏み込んだ刺突が放たれた。

 ──ここ! 

 矛の刺突と同時にゴウも前へ出る。体は正面から見て右向きの半身に。躱しながら更に前へ。左腕は腰元。狙いは相手の顔面。

 

「《アダマント・ナックル》!」

 

 輝く拳による正拳突きの必殺技が、可動域限界までの腰の捻りを加えた捻転エネルギーも付加されて放たれた。

 だが、これに対してデーモンは首と体を右に大きく傾ける。

 ──くそ、浅いか……! 

 一瞬の交差の後、小さく呻いたゴウは腕を引いて体勢を戻す。

 距離を少し取ったデーモンは頬の表面を削り、左角が歪曲部分から砕けただけだった。ダメージも五パーセントを少し上回る程度と、成果は芳しくない。

 ──僕の必殺技の中で一番隙が少ない《アダマント・ナックル》でも、あの状態でまともに当たらないなんて……次はどう──!? 

 次の手を考え出そうと頭を巡らせていたゴウは、目の前の事態にぎょっとした。

 たったいま破壊したデーモンの左角、その折れた部分から先がみるみる内に修復されていくではないか。やがてねじれた角は元の通りに伸びていて、おまけに顔の亀裂も跡形もなくなっている。

 

「装甲を修復するアビリティ? しかも……」

 

 ゴウはこれまで体の一部を再生させるアバターを目にしたことは何度かあるが、それらは有機的な生物系のパーツであったり、機械系なら必殺技や限定発動型アビリティによってその部分を修復していた。

 しかし驚くことにデーモンの岩石じみた装甲は、傷の修復をしても必殺技ゲージに変動はない。

 よく見れば、これまでの攻防でゴウがわずかながらに攻撃を当てた他の部分にも、跡さえ残っていなかった。全身に装甲を纏い、その装甲がたちどころに修復されてしまうとなると、装甲を破壊した箇所の強度が低下しないのだ。物理攻撃しか持たないアタッカーにとって、これほど厄介なアビリティもそうはあるまい。

 ──やりづらい相手だ。熱に再生……いや、それ以上にやっぱりこう…………人として? 

 アバターの持つ能力だけではない。コークス・デーモンというデュエルアバターを自分の分身として生み出し、操っているバーストリンカーの何某(なにがし)かがの人格が、ゴウにはつくづく苦手に感じられた。

 確かにこれまで対戦してきたバーストリンカーの中にも、あまり愛想が良くない者、会話をほとんどしない者はいた。それでも、対戦の中で何らかの感情を窺い知ることができた。

 今回の一合にしてもそう。眼前に拳が迫っていれば、たとえ躱せる自信があったとしても、大なり小なりのリアクションが出るはずだ。

 しかしデーモンにはそれがない。目つきは対戦当初から変わらず、高温を発するアバターに反して温度がまるで感じられない。対戦の聖地と呼ばれるアキハバラBGにまで来て、対戦を楽しむこともないとはどういうことか。

 それに未だに一言しか発していないし、それもお世辞にも友好的とは言えないものだった。

 こちらの呟きにもまるで反応がないし、改めて自動修復のからくりを訊ねても無視されるか、ぞんざいな返答しかされないだろうと容易に想像がつく。

 ゴウがどうにも気持ちが落ち着かないでいたその時、再びこの対戦ステージに降り立った当初に聞こえていた、あの耳鳴りがした。

 

「うっ……また……」

 

 同時に対戦に集中していて忘れかけていた、頭痛と胸やけに似た感覚まで思い出してしまう。

 そんなゴウの状態を知ってか知らずか、デーモンが動き出した。

 アバターの身を苛む、訳の分からない体調不良。体力を削りながら、じりじりと体を焦がし続ける火傷のダメージ。そしてこちらの姿を捉えてはいても、興味なさげな青白いアイレンズ。

 それらが合わさり、ざわりとゴウの心はささくれ立つ。この対戦を一刻も早く終わらせたいと、そう思った。

 迫るデーモンを前に、ゴウは右脚を高く上げ、思いきり地面を踏み付ける。直後、《焦土》ステージの乾いた地面の全方位に亀裂を走らせながら、衝撃の波動が駆け巡った。《限界突破(エクシーズ・リミット)》アビリティを発動し、踏み付けを行ったのだ。

 すでに六割ほどまで溜まっていた必殺技ゲージが減少をし始めている。しばらくは必殺技が使えなくなるが、どうせどれも今回の相手に当てるのは困難なので気にしない。

 跳ね上がった膂力は、地震さながらに周囲の焼けた残骸のような建物までも大きく揺らした。屋上に立つギャラリー達が小さくざわめく声が聞こえてくる。

 そんな大型アバターが繰り出すものさえも上回るゴウのストンプの衝撃は、一番近くにいた対戦相手の両足をその場に縫い留めた。

 ゴウはその隙を逃さず、足元を爆発させる勢いで直進する。正面のデーモンが矛を振るうよりも早く、衝突事故ばりの勢いのままタックルを決めて吹き飛ばした。

 地面を背中で滑りながらも離さない矛を突き立て、減速を図るデーモンに追従し、ゴウはそのまま肉食動物さながらに飛びかかる。

 まずは左手で、今や全体が真っ赤に染まった矛の柄を握り締めた。手のひらが焼ける痛みを無視しつつ、右手に拳を作って腕を引き絞る。

 デーモンは装甲の復元はできても、これまで与えたダメージまでは回復していない。ならば連続攻撃でダメージを蓄積させるのではなく、高威力の一撃を与えるのが吉。そう判断してのアビリティの発動だった。

 未だ八割を少し下回る程度しか減っていないデーモンの体力ゲージだが、一気にゼロまで減らせる手段がゴウにはある。狙いは左胸に位置する心臓にあたる部分。デュエルアバターにおけるクリティカルポイント、すなわち急所。

 ──集中。攻撃のエネルギーを一点に。その為の動き。無駄を削ぎ落とした動作の最適化。

 デーモンに覆い被さる形で立つゴウはイメージを思い浮かべた。心意とは少し異なり、少し似通った、自らのポテンシャルを最大限に引き出した状態で繰り出す一撃を。

 

「はあっ!!」

 

 体当たりし、追いかけて、飛びかかり、矛を抑え、気合と共に拳を放つ。

 これらを硬直することなく、流れるような一連の動作でデーモンの左胸を打ち抜いた。背部まで貫通した拳が地面まで到達し、再度地響きを引き起こす。

 

「っがぁっ……!」

 

 胸を穿たれたのはさすがに効いたか、それとも仮想の肺から空気が押し出される感覚があったのか、デーモンが苦しげな呻き声を上げた。体力ゲージが減少を開始する。一割、二割──止まった。停止した。

 

「え?」

「……《クリメイション・フィスト》」

 

 呆けた声を出すゴウに応えたのは、矛を手放し、肩まで一気に赤熱したデーモンの右腕だった。肘のあたりから噴射された炎が推進剤となって、ゴウの胸部に刻まれていた刀傷を割り砕き、左胸を撃ち抜く。

 瞬間、ゴウの内側を熱が襲った。

 

「な、なんで……」

 

 痛みよりも驚きが勝り、自然と呟きがゴウの口から漏れる。急所を貫かれたことで六割近く残されていた体力が一気に削れていく。一割、二割、三割。ゲージの減少は止まらない。

 人間の肉体より遥かに頑丈なデュエルアバターも、首や頭部、心臓部を完全に破壊されれば体力に関係なく死亡するか、そうでなくとも瀕死状態になるはずなのだ。異形系のボディならばともかく、大まかには人型のデーモンもそこにカテゴライズされるはずで──。

 

「ハズレだ。俺に急所は存在しねえ」

 

 手に持っている物を離せば地面に落ちるのと同じくらいに、当然といった口振りでデーモンはゴウにそう言った。

 互いの右腕が互いの左胸を貫いているという状況は、何秒か後に体力がゼロになったゴウが爆散したことで終わりを迎えた。

【You Lose!!】と表示されたゴウの視界の向こうで、体を起こして立ち上がるデーモンの胸にできた穴が自然に塞がっていく。

 ここでゴウは一つの勘違いをしていたことにようやく気付いた。

 デーモンの名も知らないアビリティの効果は、『装甲の自動修復』ではない。アバターの素体を含めた、『全身の自動修復』なのだ。本人曰く『急所がない』のは、また別のアビリティの効力なのか。

 ゴウが衝撃から完全には立ち直っていない中で、周囲が暗転をしていく。本人しか見えないリザルト画面の確認を済ませ、デーモンが速やかに対戦を終了させたのだ。

 結局勝負が着いてから対戦フィールドが消え去るその瞬間まで、不滅の身体を持つ悪魔は、倒したゴウに一瞥さえくれることはなかった。

 

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