アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない 作:クリアウォーター
第三十六話
通常対戦フィールドから現実世界に帰還したゴウは、腹の上で組まれた両腕が初めに目に映った。
ここはカドタワー内にテナントとして入っている、一軒のダイブカフェ。そのシングルサイズの一部屋。
ブレイン・バーストのデフォルト設定では対戦終了後、自動で加速が解除されて現実世界で意識が戻る。今回のように、ローカルネットへフルダイブした状態で加速してもそれは同様だ。
ぴりっ、と全身のあちこちで、ごくわずかに沁みるような痛みが発生し、すぐに消えた。どこも今回の対戦相手、コークス・デーモンの高熱を帯びた矛によって傷付けられた箇所だ。加速世界での対戦中に、ある程度の時間を継続的に同じ場所へダメージを受け続けると、こうしてログアウト直後に生身にもいくらかフィードバックする場合がある。
「はー……」
座っているリクライニングチェアの背もたれに、より体重をかけてダイブカフェの無機質な天井を見上げながら、ゴウは溜め息を吐いた。
──負けた。しかもほぼ完敗。初見で相性が悪かったにしても、惨敗もいいところだ。
沈んだ気分で対戦後の自己評価と分析をしていくゴウ。
──空気が乾いた《焦土》じゃなかったら、強化外装に熱を持たせてたって、湯気とかが出てすぐに気付けたかな。いや、《アンブレイカブル》越しに熱を感じるのも遅れたし、普通の熱伝導じゃないのかも。大体、素体まで治るってどういうことだよ。それじゃ
はっとしてゴウはぶんぶんと首を振った。いつの間にか反省ではなく、ただの言い訳になっている。
──それでもいけると踏んで挑んだのは、僕自身じゃないか。勝負を焦らなきゃ、まだ勝機だってあって……あって……。
「~~~~~~!!」
声を押し殺し、がしがしと自分の頭を掻く。
なにも対戦での敗北は、ゴウにとってさほど珍しいことではない。劣勢を覆せなかった対戦内容だって、これまで何度もある。だが、連敗が続いたわけでもないのに、ここまで心が落ち着かなくなるのは滅多にあることではなかった。その理由は、すでに自分でも分かってはいるが。
今日はもう再度アキハバラBGで対戦をする気も、ギャラリーとして観戦する気も起きない。まさか気分転換に訪れて、より悪化するとは思っていなかった。とりあえず、今すぐこの暗い気分をどうにか発散させたい。
ゴウは両親、特に父親に、嫌なことがあったからといって、物や人に当たってはいけないと教えられてきた。確かに物を大切に扱うべきだ。周囲に当たり散らす人間など、自分に無関係でもその場に居合わせただけでも気分が悪い。
それでも仮想世界で一人勝手に暴れるくらいはセーフだろうと、ゴウは勝手に納得した。悔しさ全てを大人しく呑み込めるほど、十三歳のゴウは精神が達観していないのだ。
さりとて、年々規制により暴力的表現が抑えられている、全年齢指定のゲームでは物足りないのが正直なところ。そうなると、ゴウの選択肢は自ずと一つに絞られる。
一時的に生成される通常対戦フィールドではなく、永続的な加速空間である無制限中立フィールドへ向かうべく、ゴウはコマンドを唱えた。
「《アンリミテッド・バースト》」
ブレイン・バーストにおける対戦ステージとは、各デュエルアバターの持つ特徴や戦法にマッチしているかそうでないか、そのステージの特色やギミックをいかに理解しているかなどで、勝敗に大きく関与してくる。
時折アップデートで増えるその種類は現在百種類を超えるとされ、プレイ歴一年と三ヶ月のゴウにも、まだ引き当てたことのないステージは存在する。
というのもステージにはいわゆる『レア度』があって、出現確率が低く珍しいステージが中にはある。そういったステージを引き当てたときは、やはり新鮮味がある分、よほど厄介なものでない限りは楽しいものだ。
──そう言えば噂の《宇宙》ステージは、いつまでも経っても実装されたって話を聞かないな。
そう思いながら、無制限中立フィールドに降り立ったゴウは建物の屋上から景色を見渡した。
道路も建物も四十五度に傾き、規則正しく盛り上がったスクウェア・パターンに覆われている。ゴウの立つ屋上も例外ではなく、弾力のあるクッション材に足が少し沈んでいた。
明るめの落ち着いた色合いで統一された緩衝材に、あらゆる地形オブジェクトが覆われているという、ファンシーチックなこのステージは通称《緩衝》ステージ。木属性のレアなステージの一つだ。
だが、せっかくの珍しいステージも、今のゴウにはあまり嬉しいものではない。というのも、今回ゴウは地形オブジェクトを派手に破壊して回りたかったからだ。悪い言い方をすれば、憂さ晴らしが目的である。
それなのにこの《緩衝》ステージのオブジェクトは、物理手段での破壊が非常に困難なのだ。殴る蹴るはおろか、刃物や銃弾、果てはドリルを持ち出しても壊れないと聞く。木属性ステージ故か、燃えやすいという弱点はあるのだが、発火手段のないゴウには関係ない。
──どうせなら、《霊域》なら最高だったのにな。クリスタルが並んで浮いている場所を一直線にこう、一気にかち割って……そりゃあもう爽快で──。
栓のないことを考えていると、あの頭痛と胸やけが──心なしか先程よりも少し弱まっている気もするが、またもゴウを襲った。痛みよりも、不可解さからくる気持ち悪さが強い。続けて耳鳴りが──。
「……ぅんああああああ!!」
途端にゴウは叫んだ。叫びを止めずに、ぽーん、ぽーん、と数度足で弾んでから、膝を折り曲げて思いきり足を踏み締め、真上ではなく斜め前方に角度を変えて矢のように跳んだ。
前方には、今までいた屋上よりも高い建物の壁。ゴウは受け身も取らず、直立状態で頭からベージュ色をした壁に突っ込んだ。
ぐぐぐ、と胸のあたりまで合成レザーの感触がするクッションの壁に沈む。ぼぅん、と壁に弾かれ、キルティングされた道路へ足から落下する。
「──ああああああああ──」
ゴウは張り上げた声を途切れさせることないまま着地。またも激突の衝撃によるダメージは吸収、反発力に変換されたところで一直線に建物の壁に向かって横っ跳び。
壁に右腕を突っ込み、突きの反動を利用して左斜め前方へ。今度は左腕が壁にめり込み、右腕と同じように殴りつけながら前方へ。
「──ああああああああああ──」
体のどこかで壁や地面にぶつかっては、その際に発生する反発力を利用して移動を繰り返す。その姿はさながら人間ピンボールだ。休みない連続バウンドをしていても、尚も叫ぶことはやめない。
「──ああああうっ!?」
と、唐突な衝撃にゴウはようやく口を閉じた。派手に道路を転がってから起き上がると、何十メートルか先に、まるでぬいぐるみのようなデザインをした、丸っこい車両オブジェクトが横転していた。前方不注意が祟って、曲がり角で出合い頭に衝突してしまったらしい。
さすがにいくらかダメージは受けるも、ゴウは気にせずにすぐさま横転した車両に駆け寄った。そうして地面と車両の間に両手を滑り込ませる。
「ぬぬぬぬ…………だああああああああああ!!」
両腕に力を込め、雄叫びを上げながら、車を高々と持ち上げる。マイクロカーサイズだったこともあり、足がより地面に沈み込むも、ゴウ自身が重量に負けて潰れることもない。そのまま車を掲げた状態で、踏み締める度に沈むクッションの地面をスキップで移動を再開。しばらくしてから乱雑に投げつけた。
「──ああああああああああいいっ!!」
クッションの地面に叩き付けられたクッションの車は、不規則なバウンドを繰り返しながら転げ回り、壁に当たってようやく止まった。
だが、ゴウは止まらない。
「《
叫んだ直後、ゴウの両手が白い光を発しながら、黒に染まってゆく。この《
ゴウは二回りほど装甲の厚みが増した両手を重ね合わせ、貫き手を車両に突き立てた。
通常の状態ならば跳ね返されるだけだろうが、心意システムによって
次に両の掌を合わせた状態から、手首を捻って百八十度反転。外側に向かってこじ開けるようにして力を入れていく。
繊維品の特徴もあってか、クッションカーは裂け目に沿って破れが大きくなり、やがて真っ二つに引き裂かれた。
「はー……はー……」
心意技を解除したゴウがようやく足を止め、荒い息遣いで肩を上下にさせていた、その時──。
──嗚呼、耳障りな音だった。珍妙な技を使いよる……。
心底鬱陶しそうな、それでいて目が覚めるように鮮明な、若い女性の声が響いた。
ゴウは素早く戦闘体勢を取って周囲を確認する。周りには誰もいない。
「誰だ!?」
さすがに目立つ真似をしすぎたかと思いながら、姿を見せない何者かに、ゴウは大声で呼びかけた。
物陰から出てくる者はいない。代わりに再び声がした。
『誰だ、とは不敬な。我を何と心得るか』
どこから不意打ちが来てもいいように、全方位を警戒していたゴウはぎょっとした。声はアバターの聴覚にではなく自分の意識、頭の中に直接響いているのだ。例えるなら、直結したニューロリンカー間での思考発声の感覚に近い。
ゴウはブレイン・バースト内でこのような会話手段を行えるとは聞いたこともなく、身を隠した何者かのアビリティだとしても、周囲には何の気配もしない。これらのことから一つの答えが思い浮かび、愕然とする。
「まさかそんな……僕、幻聴が聞こえるくらいヤバくなってただなんて……」
一度だけ今と似たような事態を経験したことはあったが、あれは諸々の条件が重なって起こり得たものだ。今回、ダイブ直後から喚きながら暴れはしても、別に意識は正常だったし、なにも精神を病むほどに思い詰めていたつもりは──。
『あろうことか我が声を妄想扱いするか、この小鬼めが!』
「いっ!?」
憤慨した声の直後、ゴウは全身に痺れるような痛みを感じた。痛みと言っても静電気程度のもので、声が出てしまったのも八割方は驚きからであり、体力ゲージにも変動はない。
「もう……なんなんだ今日は。訳の分からないことばっかり起きる……」
『未だまともに我の言葉を拝聴する気がないか。これでは埒が明かぬ……致し方あるまい』
そんな不機嫌かつ呆れたような声がすると、ゴウの目の前に光が瞬いた。光は点滅しながら徐々に大きな火花となっていく。火花が弾け散ると、そこには高さ三センチほどの扁平な、黒い綿の塊らしきものが浮いていた。
よく見ると、綿の表面は至る所が不規則に渦を巻いている。これは雲、それも雨雲よりも色の濃い、雷雲に近い。
更に黒雲の上部から細い管のようなものが一本伸び、その先端が何本かに分かれていく。そして分かれた先端が膨らみ、一斉に白い花が咲いた。大きく反り返った花弁の中心からは、細い糸のような雄しべ雌しべの部分が上向きに長く伸びている。
「──圧縮音声を解除した。そら、これでもうぬは尚、我を幻の類と思うか」
呆気に取られるゴウの目線の高さに浮かぶ、一輪の白い花を咲かせた黒雲のアイコンから尊大な声がした。これまでの脳内に響く音ではなく、聴覚を通して聞こえてくる。
何故だか覚えがあるような雰囲気を醸し出す、全高十センチほどをした謎のアイコンに、ゴウは何とはなしに指を伸ばしてみた。
人差し指が触れる前に、アイコンの黒雲部分が明滅する。またも全身に静電気が走る感覚がして、ゴウは慌てて指を引っ込めた。
「どこかで会ったことある……わけないか」
「なんと……三年も経たぬ内に起きた物事さえ忘却しているとは、嘆かわしき記憶容量よ」
ゴウの呟きに、アイコンが本当に憐れんでいるような声を発した。
──三年前……? いや、そんな昔にはブレイン・バーストのブの字も知らない。加速世界の三年前? そうなると昨日か。でも昨日は高尾山に──!?
現実時間を加速時間に換算、あるいは加速時間を現実時間に換算する、いわゆる《加速算》をしたゴウは、即座に思い当たる記憶がフラッシュバックした。
真っ暗な洞窟。その最奥にいた幽霊のような女。その手に触れた瞬間に抱いた、自分の存在が溶けて消えたかと錯覚するほどに明瞭なイメージ。
「あ、あ、あ、あ、あああのあのあの時の……!」
たったいま触れようとしていたアイコンがひどく恐ろしくなり、ゴウは立っている場所から一気に後退した。
「ふん、ようやく思い出したか」
「き、君は一体……」
「自ら名乗りもせずに他者に名を訊ねるとは無礼であるぞ、小鬼よ」
憮然とした声を出してこちらを『小鬼』と呼んでくるアイコンに、そっちの方が小さいなどと反論しようものなら、またあの静電気を食らわせられるのは想像に難くない。
ゴウは余計なことは言おうとせずに取り乱した心を落ち着かせ、咳払いをしてから名乗った。
「僕はダイヤモンド・オーガー……です」
「長い。やはり小鬼と呼ぶとしよう」
「…………」
名乗らせておいてこの態度である。閉口するゴウに構うことなく、アイコンが言葉を発した。
「我は《イザナミ》。尊崇の念を込めてそう呼ぶがよい」
そんな、という驚き。やはり、という納得。二つの感情がゴウの胸中を占める。
やはり昨日出遭った時に感じた危機感は、彼女(?)の正体がエネミーだからだ。それもおそらくは
アウトローで聞いたことがある。《四大地下迷宮》を始めとしたダンジョンの中には、神話に登場する動物や怪物だけではなく、神や格の高い天使の名前をしたボスエネミーが存在する場合もあると。
イザナミ。日本神話における、国産みにして神産みの女神の一柱。
問題は、何故そんなものが自分の前に現れ、あまつさえ言語を用いているのかということ。しかもアイコンをいくら凝視しても、体力ゲージもテキストも表示されない。
──それにしても、あんな風が吹いただけで飛んでいきそうな見た目だったのに、声はやけにはっきりしてるな……。
「何をまじまじと見ているのか」
「す、すみません。それでその、イザナミさんはあー……エネミー……ですよね?」
「エネミー? ……好かぬ響きだ。然様に我を呼ぶでない」
「えぇー……。あ、じゃあ……《ビーイング》?」
ゴウが最近知り得たばかりの、エネミーのシステム的な正式名称を口にすると、アイコン改めイザナミは、黒雲の内部からごろごろと低く唸る音を出し始めた。明らかに不機嫌そうだ。
「より不快だ。確かに我は『それ』に該当する存在だが、その名称は聞くだけで気分が悪くなる。二度と口にするな。全く不愉快極まる……」
何がそんなに気に入らないのか、ぶつぶつと不満を漏らすイザナミ。とにかく彼女がエネミーであることだけは、これで完全に確定した。
「あのー、ところでイザナミさんは僕に何の用があって、高尾山からここまで来たんですか?」
下手に出たままご立腹のイザナミに訊ねると、イザナミは小首を傾げるように花の部分を揺らした。
「用? 用など無い。第一に我がうぬ如きに直接動くものか。この姿は単なる端末に過ぎぬ」
「端末? そんなことができるの?」
ゴウは『如き』呼ばわりされたことよりも、エネミーにそんな機能が付いていることが驚きで、思わず敬語も止めていた。
「有象無象の獣共ではまず不可能だ。我のような上位の存在が、うぬら小戦士に何らかの形で力の一部を貸し与え、それらを媒介にでもすれば可能やもしれぬがな」
「力の一部……? でも、僕は何も……」
「此度はうぬが我の本体と物理的接触をしたことで、図らずも我とうぬの回路間に繋がりが形成されたのだ。故に斯様な意思疎通が可能となっている」
「あの手に触れた時……それだけで? じゃあ要するに、君自身はあそこにいたままで、その繋がりとかいうのを利用してるから、こうして会話ができてるってこと?」
度々何を指しているのか分からない単語が出てくるものの、なんとなくイザナミの言っていることをゴウは自分なりに理解して確認すると、イザナミは「然り」と、花を縦に揺らした。
「我としても想定外の事態であったが故に、繋がりはおそろしいまでにか細きものだった。この接続深度を強化することで、ようやくうぬが我が声を認識するまでに至ったのだ。下層領域にうぬが出現した際も我は呼びかけていたというのに、うぬは焼き石に似た小戦士との戯れに現を抜かしていたな」
「見てたの!? しかも焼き石て……しかも戯れって……。い、いや、それより、僕を呼んでいた? じゃあ、もしかしてあの耳鳴りは……」
「察するに、我との接続が不完全なものであったが故の弊害であろうな」
「あの頭痛だとか、妙な胸やけ感とかも?」
「同じく。うぬが我の存在する位相である、この中層領域に出現したことにより、接続がようやく安定に至った。既にうぬに
言われてみれば、波が収まっても意識すると微妙に感じられていた、あの不調感が完全に消えている。原因が判明してほっとしかけたゴウだったが、はてと首を傾げた。
「でも、昨日は君に遭った後に耳鳴りも何もなかったよ? その接続っていうのは、昨日の時点でもうできてたんじゃないの?」
「……想定外の事態と説明したであろう。接続形成時に不具合が生じ、我は強制待機状態を余儀なくされたのだ。ようやく目覚めた頃には、すでにうぬは中層領域より離脱していた故、我からの介入は不可能となっていた」
あまり触れてほしくない部分だったのか、若干早口にイザナミが話す内容には、ゴウも思い当たる節があった。
イザナミに触れた際に発生したショックから、慌てて洞窟への落下地点に戻ったゴウはその後朦朧としてからしばらく気絶してしまい、気付いた時には仲間達に救出されて地上に戻っていた。ブレイン・バーストではそうそう起こり得ない現象のはずだが、それだけイレギュラーな事態だったと考えれば分からなくもない。
これまでの話の流れからゴウが推測でまとめるに、昨日イザナミの手を取ったことで──原理は不明だが、両者間で何らかの《リンク》が確立されてしまった。この時点でのリンクは不完全なもので、今回無制限中立フィールドへダイブしたことでイザナミに近付いたこともあり、ようやく安定したということになる。察するに下層領域とは通常対戦フィールド、中層領域とは無制限中立フィールドをそれぞれ指しているのだろう。
つまりは今日、加速世界に降り立つ度に起きていた不調は、イザナミによるものだったということ。当の本人は他意がないからか、悪びれる様子がまるでないが、不明な点はまだまだ残っている。
「どうしてその接続を強化したの? 偶然繋がったって言うけど、触っただけなのにそんな簡単に接続なんてものができるものなの? だいたい勝手に繋がったのなら、別にすぐ切ればいいだけじゃないか。そもそもなんだって君はあんな場所に──あだぁっ!?」
ゴウの沢山の問いに返ってきたのは言葉ではなく、びりっとした静電気に似た衝撃だった。激痛とまではいかなくとも、何度受けても衝撃は鮮明で慣れる気がしない。
「嗚呼……嘆かわしい限りよ。斯様な児戯しか扱えぬとは」
ゴウは「今のする必要あった?」とは聞けなかった。イザナミの声がひどく落胆したものだったからだ。だが、そんな気遣いも続けて告げられた内容に吹き飛ばされてしまう。
「まぁ良い。此度の事態も悪い事柄だけではない──従僕が手に入ったのだからな」
「……はい?」
「これも何かの縁。うぬには我が耳目、我が手足となって、我の望むままに動くことを命ず。どうだ? これほど栄誉なこともあるまい」
「いや全然。普通に嫌だ」
こちらの質問に一切取り合わない、イザナミの申し出という名の命令をすっぱりと、ゴウは半ば反射的に断った。眼前のアイコンが高位のエネミーだろうがなんだろうが、そんな理不尽な命令まで聞く義理はどこにもない。……ないのだが、周囲の温度が一気に冷えた気がした。
「……木っ端の小戦士如きが。自らを僕と称する謙虚さに免じて、馴れ馴れしい口振りを不問にしていたというのに……」
「いや、僕ってその、一人称であって、何も自分は下僕ですって言ってるわけじゃ……」
言葉が通じ、その小さな姿から気を抜きかけていたが、以前相対した時はその気配だけで呑まれかけていたのだ。決して侮っていい存在ではない。
ゴウはしどろもどろに言い訳をしながら、横目で道路を見やる。
「と、とりあえずまた日を改めてってことで──さよならっ!」
そう言うや否や、ゴウは一息で数メートル先まで移動した。ゴウも先程は全くの考えなしに心意技を発動していたのではなく、発動した心意技に引き寄せられたエネミーに遭遇してもすぐに逃げられるよう、あらかじめポータルの近くまで移動していたのだ。それでもまさかエネミーと喋る事態になるとは思ってもみなかったが。
車両オブジェクトを破壊した分の必殺技ゲージをチャージされているので、《
「愚か者めが」
肩越しから冷ややかな声が届く。
振り返ると、アイコンは高速で移動しているゴウをぴったりと追従していた。黒雲と花とを繋げる細い茎は小揺るぎもしていない。まるで視界に貼り付けられたAR映像のようだ。
「相対座標を固定すれば、うぬが光より疾かろうが逃げることなど
──そんなの聞いてない!
内心でゴウは抗議の悲鳴を上げた。
移動を開始した位置から、ポータルのある秋葉原駅までおよそ百五十メートル。ものの数秒で三分の二近く距離を縮めたのに、イザナミとの距離は全く離れていない。それでもこのままポータルまで辿り着いてしまえば──。
その時、悪寒が走った。曲がりなりにもミドルレベルまで到達した、ゴウのバーストリンカーとしての経験と直感が、何か恐ろしいものがくると察知したのだ。あとわずか数秒で到達できるポータルに間に合わない何かを。
その発生源である、十センチ程度のアイコンの行動をどうにか阻止できないかと、ゴウは体のみならず脳も高速稼働させる。
──このまま逃げ切るのは無理。倒すのも多分無理。体力表示されてないし。多分心意でも──いや、それだ!
ゴウは閃いた案を即座に実行へ移した。
「《
「……!」
再びの心意技発動。今度は両手だけでなく、ゴウの全身が黒く染まる。すると、肩越しのアイコンから一瞬硬直する気配が感じられた。
──今だ!
ゴウは一気にスパートをかける。
──『嗚呼、耳障りな音だった。珍妙な技を使いよる……』
それはゴウが聞いたばかりの、イザナミの第一声。
自身を上位の存在と称したイザナミは、自分と会話までできることからして、凄まじく高度なプログラムを搭載したAIなのだろう。そのイザナミが珍妙と言った心意システムは、ブレイン・バーストのシステム外の力。どういったロジックなのか、これの発動時には彼女は不快音が聞こえるというので、いくらか虚を突けるとゴウは踏んだのだ。
揺らめく青色を湛えたポータルへと、弾む地面を踏み締めて一気に飛び込むゴウの頭に声が響く。
『おのれ小癪な真似を……。よかろう、次に中層領域を訪れた時は覚悟せよ。この《
怒り心頭のイザナミの思念を受けながら、ゴウは現実世界へと帰還していった。
この宣言の通り、後にゴウはある種の地獄を見ることとなる。