アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第四話

 第四話 面倒事

 

 

「……どうした、俺はまだ生きているぞ。決着を着けようぜ」

 

 残った右手で手招きをする大悟。

 

 

「…………」

 

 いきなり笑い始めたかと思えば、左腕を失っているのに、挑発までしてくる大悟を理解できないのか、デューは無言のまま走り出す。それにしても、対戦前まではあれだけお喋りだったのに、対戦が経過するに連れて口数は少なく、余裕がなくなっているのは何故か。

 ともかく攻撃はやはりランスをこちらに構えた、愚直なまでの突進。それがデュー・ウッドペッカーというデュエルアバターの一番勝率の高い、最適解の戦法なのだろう。

 今回はアビリティを用いた高速移動ではない(それでもデュエルアバターの移動速度としては充分に速い部類だが)。その理由が読めた大悟も《天眼》を発動し続けたまま、デューめがけて走り出す。

 両者が互いの間合いに入る前に、先に仕掛けたのはデューだった。

 

「《スパイラル・チャージ》!」

 

 デューの右腕で握るランスが、うねる水色の光を纏っていく。

 これは《必殺技》だ。時に優勢を確固たるものにし、時に劣勢を覆す、アビリティと同等かそれ以上に戦局を左右する対戦の華。発動には基本的に必要量の必殺技ゲージとモーション、技名の発声が必要である。

 デューが必殺技を発動すると同時に、大悟も声高に叫ぶ。

 

「着装、《インディケイト》!」

「はあああああ!!」

 

 直後、デューが突き出すランスから放たれた、螺旋状のエネルギーが膨れ上がり、《魔都》ステージの硬質の地面さえ抉っていく。だが──。

 

「……っ!? ああああっ!!」

 

 叫んだのは大悟ではなく、デューの方だった。

 デューの左脚が太腿のあたりから両断されていたのだ。大悟の手にしている、青紫色の薙刀によって。

 大悟はデューの必殺技の餌食にはなっていなかった。デューの必殺技が溜めの段階で走りつつも右方向へスライドして、デューとのすれ違いざまに召喚した強化外装の薙刀を振るっていたのである。

 

「派手な必殺技だ、羨ましいな」

 

 振り返った大悟は薙刀を肩に担ぎながら、うつ伏せに倒れているデューの元へと歩いていく。すでに《天眼》の発動を止めたことで、額から漏れる光も消えていた。

 

「ただ、発動するのが丸分かりだった。こっちの体勢を崩すなり、隙を突いた状態で当てるべきだったな」

 

 今回の一合で大悟が一方的にデューへダメージを与えられたのは、ひとえにデューが必殺技を発動してくると、あらかじめ分かっていたからだった。

 高速移動のアビリティを発動せずにそのまま走ってきたのは、必殺技ゲージを温存する為。一気に勝負を決めようと、自身の持つ一番攻撃力の高い一撃を選択するのだろうという推測は容易に立つ。

 しかし、ただ強力な攻撃を出せば勝利できるほどに、ブレイン・バーストの対戦は単純ではない。

 

「すまなかったな。はっきり言ってお前さんのことを舐めていた。ここまでやる奴とは思わなんだ。今度通常対戦をする機会があれば──」

「う……うう……!」

 

 侮っていたことへの謝意を含めつつ、再戦を約束しようとする大悟だったが、当のデューは聞いていないようだった。大悟に背を向けたまま、ランスを杖代わりにしながら片脚で立ち上がると、右足に羽の散るエフェクトがきらめく。

 

「うわっ! くっ……」

 

 高速移動を行い、一気に大悟から離れるデュー。だが、片脚では踏ん張りが効かないのか、数メートル先で再び倒れ、そのまま這いずりながら移動を開始する。

 こちらを振り向くデューと、大悟は目が合う。その兜の奥に光るアイレンズに浮かんでいた感情は、恐怖だった。その見覚えのある眼差しへの対象が、厳密には自分ではないことはすぐに分かった。

 ──こいつ、もしかして……いや、それならどうして無制限フィールドなんかに──。

 

 パァン。

 

 大悟が何となくデューの行動と表情の理由について見当をつけていると、乾いた破裂音とほぼ同時に、袴型の装甲に守られている右脚の大腿部に何かが当たった。続けて、そこから焼けつくような痛みが走る。

 

「ぐ……!?」

 

 被ダメージはわずかであるにもかかわらず、大悟は持っていた薙刀を取り落としてその場に倒れる。

 痛みの熱が全身へ急速に巡っていく同時に、じわじわと体力ゲージが削れていく。一体何事かと目を向けた右脚には、赤い飛沫痕が付着していた。

 誰の仕業かは考えるまでもない。この場にいるのは大悟とデューの他には、一人しかいない。

 

「……良い銃だな。名前はなんてんだ?」

「あら、ありがと。《メゼレオン》っていうの」

 

 倒れている大悟の元へと歩いてきたのは、今まで大悟とデューの戦いをずっと見守っていた、F型アバターのダフネ。その右手には銃身の短いオートマチック型の拳銃が握られ、大悟の手元にある薙刀が届かないように足で転がしていく。

 

「メゼ……? 聞き覚えがないな……」

「セイヨウオニシバリっていう植物の英名。赤い実が成るんだけど、人間には有毒よ。食べたら死んじゃうくらいの」

「あぁ……やっぱり毒か……」

 

 ゆっくりと減っていく体力ゲージを見ながら、大悟は弱々しい声で納得する。麻痺の効果があるのか、体がうまく動かせない。おまけに舌まで痺れている感覚があって、発声も少したどたどしくなる。

 

「お前さんの名前……まだ聞いてなかったな。ついでに教えてくれよ……」

「んー? 言いそびれてたっけ? 《ダフネ・インセンス》。レベルは5よ」

「なんだか……外国人にいそうな名前だな」

 

 やはり頭部の花飾りといい、植物系のアバターだったらしい。肝心のダフネという花の和名を大悟は知らず、字面の率直な感想を口にする。

 そんな雑談を続ける大悟に、ダフネが不思議そうに首を傾げた。

 

「横入りされたことには何も言わないんだ?」

「そう、焦るない……ちゃんと聞くつもりだった。お前さんが俺を倒したら勝ちなんてルールは……作っていなかったと思うが? ……お前さんの横槍が入った時点で、今回の話は破棄されたと……捉えて良いんだろうな?」

 

 今回の決着の条件は、大悟かデューのどちらかが相手を倒すこと。あるいは制限時間までにどちらも生き残っていれば、デューの勝利となるという二つ。

 この二つの条件以外では勝利を認めないとも、ダフネが参戦してはいけないとも明言していなかったが、この場合は決めていなかったことは認めるべきではないだろう。そうでなければ、初めからルールが意味を為さなくなってしまう。

 

「そうね。でも、あの状態じゃもう、デューが負けるのはほぼ確定だったし、どちらにしても話はお流れだったでしょ? だったら、あの子がポイントまで失うのはちょっと可哀想に思えちゃって」

 

 少し離れた所で、斬られた脚を抑えてうなだれているデューに目をやりながら、ダフネは物憂げそうに溜め息を吐く。

 

「ズルいやり方だけど、今回はそのままやられてちょうだい」

「どうも分からないな……あいつは……お前さんの《子》じゃないだろ?」

「あら、どうしてそう思うの?」

「さっきホームであいつは俺のことを……『兄ちゃん』から聞いたと言っていた。そいつが《親》だと考える方が自然だ……」

 

 ブレイン・バーストプログラムの譲渡は、二つのニューロリンカーを繋げるXSBケーブルを用いた《有線直結通信》、直結と通称される方法でコピーインストールするしか方法はない。

 この直結とは、ニューロリンカーのセキュリティのほとんどを無力化してしまうので、基本的に親密、あるいは信用の足る相手としか行われることはないのだ。例えば、家族のような。

 

「へぇ……」

 

 そんな大悟の推測に、ダフネは少し感心したような声を漏らした。

 

「案外耳(ざと)いんだ。てっきり聞き流してるかと思ってた」

「まぁな。ただ、今回は時間稼ぎとしての話のネタだが」

「え? ──きゃっ!?」

 

 突っ伏した状態から大悟は突然ダフネの左脚を両脚で挟み込み、その場でぐるんと転がりながら捻り倒した。

 ダフネが驚きながら短い悲鳴を上げる間に薙刀も回収し、毒入り銃を握る右手首を踏みつける。この状態なら下駄底の二つの歯が、がっちりとダフネの手首を挟んでいるので、銃を撃つことはできないだろう。

 

「っ……人が悪いのね、毒が効いている演技なんて。耐毒性能があるアバターには見えないけど?」

「話の途中まではしっかり効いていた。《恒常性(ホメオスタシス)》アビリティだ。俺は耐性があるんじゃなくて、そこからの回復が早いのさ。毒に限った話じゃなく」

 

 大悟はダフネの言葉に首を振る。実際、毒による痛みと体力ゲージの減少はあった。ただし、会話中にそれらはすでに止まっている。

 生物には外部環境の変化にかかわらず、肉体の状態を一定に保とうとする、恒常的な状態を維持しようとする性質を持っている。

 例えば人間は、夏の強い日差しに照らされて体温が上がれば、発汗によって体温を下げようとする。風邪などの感染症の際には、体温を上げて体内の病原菌を殺そうとする。その他にもホルモン物質の分泌など、いくつもの複雑な生理機能によって、人間の健康は保たれているのだ。

 大悟は以前のレベルアップ・ボーナスで、この働きに似たアビリティを取得していた。

 相手が物理攻撃しか攻撃手段を持たない場合は意味を為さないが、物理的拘束を除くほとんどの妨害効果から、他のデュエルアバターよりも遥かに短時間で回復できる。

 また、《天眼》のように必殺技ゲージを消費せず、常時発動型のアビリティであることも強みの一つだ。

 

「要は状態異常(デバフ)からの立ち直りが早いってこと。反対にかけられた支援効果(バフ)もすぐに消えるがな。お前さんにしてみれば俺は天敵。倒したけりゃ、さっさと仕留めるべきだった」

 

 大悟は残った右腕で握る、薙刀の反り返った段平(だんびら)の刃をダフネに突きつける。さも問題ないように振舞ってはいるが、体力はすでに二割も残っていない。実際はかなり綱渡りの状態だ。

 幸い、遠距離攻撃が得意な傾向にある《遠隔の赤》に属する、淡紅色のアバターカラーであるダフネは、この状況ではどうすることもできないのか、抵抗もしてこない。銃を持つ右腕を斬り落とさずに押さえ続けているのは、必殺技ゲージの上昇をさせない目的もあったのだが、元々必殺技ゲージ自体が溜まっていないのかもしれない。

 思い返せばホームからこの場所に来るまで、ダフネはオブジェクトを破壊したりなどのゲージのチャージ行為もしていなかった。

 そんなダフネの首めがけて大悟は薙刀を──。

 

「待って!!」

 

 張り上げられた声に、大悟はすんでのところで腕を止めた。

 声の主はダフネではなく、離れた場所で動かずにずっと黙っていたデューだった。

 一度は逃げた片脚のデューは、ランスを杖代わりにしてこちらに近付いてくると、そのまま跪くように両手両膝を地面に着いて、顔を大悟へと向ける。

 

「ダフネが俺の身代わりみたいになる必要はないよ。俺の負けだ。俺を倒してそれで終わりにして」

「…………」

 

 少し震えてはいても顔は背けず、真っすぐにこちらを向いたまま、少年騎士はそんな懇願をしてきた。

 仲間が倒されても何も言わずに逃げ出すのなら、そのまま追いかけて止めを刺そうと大悟は思っていたのだが、最低限の恥なり矜持なりは持っているらしい。

 しばらくデューをじっと睨んでいた大悟は、持っていた薙刀の着装を解除し、自身のアイテムストレージに戻した。同時に、ダフネを押さえていた足もどかす。

 

「……三十分、経っちまったな」

「え……?」

「確か、制限時間を過ぎてもお互い生きていたら俺の負けだと、俺自身が決めたんだったなぁ」

 

 理解が追いついていない様子のデューに、わざとらしく振舞っていた大悟は溜め息を吐いた。

 

「俺の負けだ。少しの間だけ、面倒見てやる」

 

 

 

 加速世界から帰還した大悟が目を開くと、自分の部屋の天井が映った。

 ──我ながら、面倒な約束をしたもんだ。

 大悟はデューを鍛えるにあたって、いくつかの条件を出した。

 まず、会うのは無制限中立フィールドのみに限る。

 通常対戦は現実の土地の、システムにより区分けされている同じ《戦域(エリア)》にお互いが存在していないとできない。

 大悟の身では、そう簡単にデューが住んでいるらしい港区近辺まで行けないということもあるが、逆にデューを自分の住んでいる世田谷まで呼び出すのもまた(はばか)られた。

 それはバーストリンカーにとって自分の素性、リアルを知らせるのは非常にリスクがある行為だからだ。

 加速世界ではどんな強力なデュエルアバターも、現実では小学四年生以下の無力な子供でしかない。

 話でしか聞いたことはないが、プレイヤーの中にはリアル情報を売買し、その標的となった者のポイントを現実で奪おうと暴力で迫る、《物理攻撃者(フィジカル・ノッカー)》と呼ばれる存在までいると聞く。

 それだけ思考を千倍にさせる加速という能力は、現実でスポーツや勉強、果てはケンカにまで利用でき、子供達にとっては人生そのものに多大な影響を及ぼすツールでもあるのだ。もっとも、大悟も含めて大多数はブレイン・バーストを純粋にゲームとして楽しんでいるのだが。

 次に、会う日はお互いの予定などを考慮したものであることは前提として、週に一度までとした。これはどちらかというと大悟よりもデューの為でもある。

 無制限中立フィールドにダイブするには、毎回十ポイントを消費する上に、内部で死亡した場合は更に消費するポイントが増えることになる。

 聞けば、最近勝率があまり芳しくないらしいデューにとって、ポイントの消耗は特に避けたいだろう。

 最後に、これらリアル割れとポイント消費のリスクを最低限にする為の二つの条件の他、デューを鍛える期限を最低一ヶ月は確約した。ただし、その後はどうするかは決めていない。

 大悟もさすがに、ずっとデューに付き合うつもりはない。最大で四度会っていろいろと教える時間を作るというのなら、充分に義理は果たしたと言えるだろう。

 ──どうせ気まぐれだしな。

 大悟はベッドに寝転がったまま首だけを横に向ける。約半年前まで自分の使っているものと同じ規格のベッドがあったその場所には、使い出してから間もない真新しいルームランナーが設置してある。

 ここ数ヶ月の大悟は小学校から送られてくる教育カリキュラムをこなす(かたわ)ら、虚弱体質と喘息の克服に打ち込んでいた。医学的治療はもちろんのこと、食事や日常生活の行動など、とにかく効果がありそうなものを片っ端から試している。

 ルームランナーも体力づくりと心肺機能向上の一環だ。ただし一日の稼働時間は限られ、最大でも徒歩程度の速度にしかならないように設定されている。おまけに万が一大悟の脈拍が規定した数値を超えれば、アラートがホームサーバーを通して通知され、即座に救急車が手配されるようになっていた。

 大悟のこうした一連の行動は今から半年前、経典が亡くなってから熱を入れ出したものだ。

 それは、弟の分まで生きなければならないという気持ちがあったからに他ならない。

 家族が立ち直るまで相当の時間がかかった。毎日のように泣いていた妹も、ようやく放課後には友達と遊びに出かける程度には元気になった。それでも、家族の誰の中にも悲しみは消えてはいないだろう。もしかすると、生涯消えないのかもしれない。

 自分まで経典の後を追ってしまうことは、絶対にあってはならない。さもなければまた家族が悲しみに暮れることになるのだから。

 丁度その時、玄関の扉が開く音がした。この時間帯では共働きの両親はまだ帰ってこないから妹、それか様子を見に来た伯母や祖母だろう。

 大悟はベッドから起き上がり、部屋を出て居間へと向かった。

 時は二〇四一年七月下旬。今の大悟にはほとんど関係のない、夏休みがもうすぐ始まる。

 

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