アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第四十四話

 第四十四話 マンツーマン・レッスン

 

 

『僕はあの人に試されてたんですか?』

 

 日比谷図書文化館内にある、電子書籍閲覧ブースの一室。

 対戦時間を打ち合わせで使い切り、現実世界に帰還したゴウは開口一番に、隣のリクライニングチェアに座る大悟にそう訊ねた。ただし、静かな周囲に聞かれることのないように念の為、肉声ではなく直結による思考発声での会話である。

 

『より正確には見定めていた、かな。良かったよ。話がお流れになったら、俺の苦労が水の泡になるところだった』

『そう思うなら相手が《紫の王》だって、先に教えてくれればよかったじゃないですか。そうすれば僕も少しは心の準備だって……』

『そうかぁ? どちらにせよ、ガチガチに緊張していた気がするが。あっはっはっは』

『いや、あっはっはっは、じゃなしに……』

 

 ゴウの若干恨みがましい言い分を、大悟は笑って流すだけだった。

 

『まぁ、どうにか奴さんのお眼鏡にかなった部分があったんだろう。やる気とか』

『ああやって頼み込むくらいしか僕にはできなかったんで。あとはほとんど大悟さんのおかげだったし……』

『メモリーもな。今度会う時にでも、礼を言っておけよ』

『それはもちろん。でも大悟さん、どうしてここまでしてくれたんですか?』

『お前さんは頼むくらいしかできないと言うが、その熱意は大事だよ。無論それだけじゃ駄目だが、それがなきゃ何も始まらない。もしもあの場でのお前さんの言葉が、俺に促された上で出たものだったら、ソーンは見込みなしと判断して普通に帰っていたろうし』

 

 そう話す大悟の表情は一瞬だけ真剣味を帯びたが、すぐに朗らかなものに戻っていた。

 

『そもそも俺がいろいろと動いたのは、お前さんの熱意に打たれたからなんだぞ。メディックほどじゃないが、先輩ってのは、それだけであれこれ後輩の世話を焼きたくなるものさ。自分が選んだ《子》となれば尚更な』

 

 一度きりのコピーインストール権をまだ使用していないゴウには、少しピンとこない考えだ。それだけ自分はまだ庇護される側で、幼いのだろうか。

 以前に大悟は、バーストリンカーは自身と似通ったものを感じ取って、《子》となる相手を選ぶことがあると言っていた。実際に、大悟が自分を選んだ時もそうだったとも。

 今のところ、ゴウの周りでそういった人物は見つかっていない。その相手に巡り合った時には、大悟の考えも理解できているのだろうか。

 

『ともあれ、俺の知るバーストリンカーに、ソーン以上の電撃使いはいない。一丁揉まれてこい。王がマンツーマンで修行、ましてや自分のレギオンでもない部外者相手にしてくれるなんて、それこそ何ポイント分の価値になるか分からんぞ。こーの贅沢者め』

『はい。それは──』「あだっ、いてっ、いてて、痛いですよ」

 

 脇腹を小突いてくる大悟の指に、ゴウの漠然とした未来への疑問は、どこかに流れていってしまう。それよりももっと近くに、現在進行形で直面している課題の方が重要だ。

 大悟がニューロリンカーからケーブルを引き抜き、リクライニングチェアから立ち上がった。

 

「さて、帰りがてらラーメンでも食いに行かないか? 夜に備えて、しっかりエネルギーを貯めておかないとな。なに、加速世界(むこう)じゃどんなにハードに動いても、戻す心配はないさ」

 

 

 

 今晩二十二時に、無制限中立フィールドの《江戸川大橋》へ。

 それが紫の王、パープル・ソーンが指定した場所と時間だった。江戸川エリアは千葉県との境である広大な過疎エリアで、領土の隣なのでソーンにはいくらか土地勘がある。バーストリンカーとも、より厳密には、紫のレギオンメンバーと遭遇する可能性が低いなどの理由で選ばれた場所だ。やはり、レギオンメンバーでもない者の指導をするというのは、かなり体裁が悪いらしい。

 これによりゴウは自宅からダイブし、世田谷から江戸川まで、二十三区の西端から東端までの道のりを横断することとなった。しかも、生い茂る木々で見通しの悪い《原始林》ステージだったので、エネミーに標的にされないように迂回することも数度あり、時間に余裕を持たせてダイブをしたのにもかかわらず、待ち合わせ場所に着いた頃には時間ぎりぎりだった。

 江戸川の水面から伸びる何本もの大木が、枝を絡ませ合って形成された大橋の入り口に、ソーンはすでに到着していた。日差しに輝く紫の装甲は、緑の背景の中ではよく目立つ。

 こちらに気付き、腰かけていた枝の欄干から軽やかに着地したソーンに、ゴウは声をかけた。

 

「お待たせしてすみません」

「別にそんな待ってないわよ。こうして決めた時間前には間に合ってるし」

「あ、はい……」

 

 別に怒っているわけではないのだろうが、素っ気ない対応にゴウが気後れしていると、ソーンがじっと装甲を観察してきた。

 

「……改めて見てみると単に白っぽい鉱石って感じね。会う前はダイヤモンドなんて名前してるから、もっと宝石みたいなキラキラした装甲だと思ってたけど」

「え? あー……よく言われます。自分でもそう思いますし」

「あんたのこと、前にうちのアンカーから聞いたことがあったわ。《金剛鬼(アダマスキュラ)》だとかなんとか……」

「あー……ええ、まぁ……」

 

 ゴウのライバルの一人、グレープ・アンカーは初対面の時は無所属だったが、現在は紫のレギオン、オーロラ・オーバルに所属し、今や中堅メンバーとなっている。

 海賊チックな見た目から、その役になりきっている彼がレギオンにスカウトされて加入したと聞かされた時は、ゴウは意外に思ったものだ。

 ちなみに理由を聞くと、「昔は国に仕える海賊もいたのだぞ。ならば俺様が王のレギオンに加わるのも、何ら不自然ではあるまい」とのことだった。

 そんなアンカーが考案し、絶賛拡散中だというダイヤモンド・オーガーの二つ名は、レギオンマスターの耳にも届いていたらしい。

 

「けど宝石的な価値はなさそうなのに、あいつはこの装甲のどこにそんな惹かれるのかしらね?」

「ずっと前に本人に聞いたら、『ダイヤはダイヤ、宝は宝だ』って言ってました。意味はよく分からないですけど」

「やっぱり変な奴ね」

「あはは……でも対戦相手としては楽しいですよ?」

 

 アンカーに対するソーンの率直な感想に、ゴウはフォローを入れる。

 ──案外、気軽に話せるもんだなぁ。いや、リアルじゃ同年代のはずなんだから、それが当たり前なのか。

 こちらが勝手に身構えていただけであって、向こうもリアルではどこかの学校に通っている学生(中学生か高校生か、まさか小学生ではないはず)だと思うと、ゴウは緊張が幾分かほぐれていく気がした。というよりも、先に話を振ってくれたあたり、ソーンがそうしてくれたのかもしれない。

 

「はい、じゃあお喋りはこのへんにして、先に約束の物を」

 

 ほら、と差し出されるソーンの左手に、ゴウは大悟から預かっていたメモリー・メモをストレージから実体化させて渡す。報酬が前払いなのも、夕方の対戦時間で話した取り決めの一つだ。

 

「確かに。じゃあ、コレの分の働きはしっかりすると約束するわ」

 

 そう言うや否や、ソーンは受け取ったメモをストレージに収容し、右手に握る錫杖の先端をゴウへと向けた。

 この錫杖の名は《ザ・テンペスト》。加速世界最強の強化外装シリーズ、《七の神器(セブン・アークス)》の一つ。普段目にする強化外装とは明らかに違う凄みがゴウにも感じ取れる。

 

「え? うっ!」

 

 そんな錫杖のクリスタルから、前触れなく放たれた青白い電撃がゴウの胸部を打った。ビリっとした痛みに息が詰まる。

 

「な……いきなりすぎませんか!?」

「どう? 今ので体力は減った?」

「体力? いや、減ってないですけど……」

 

 ソーンにしれっと抗議を流されたゴウの体力ゲージは、不意打ちを受けても全く減少していなかった。

 ダイヤモンドという物質が絶縁体であるからか、ダイヤモンド・オーガーは電撃に高い耐性を持ち、ダメージだけでなく、電気由来のスタンにも簡単には陥らない。それでも何も感じないわけではないので、攻撃が直撃すれば今のようにしっかりと衝撃や痛覚はある。

 そんなゴウの返答に、ソーンは少し感心したような声を出す。

 

「へぇ、威力を絞りはしたけど、それでもノーダメなんだ。なるほどね、それなら……よし。これから電撃を浴びせるけど、威力は段々と上げてくから、体力が減ったら手を挙げて。じゃ、いくわよ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! もうちょっと心の準備を……」

「もう修行は始まってんのよ! 四十八時間なんてあっと言う間なんだからね。詳しい話は後でするから、つべこべ言わずに今は受けなさい!」

 

 話の途中から向けられている錫杖のクリスタル部分は、今度はいかにもエネルギー充填中といった具合で発光を開始しており、懇願を一蹴されたゴウを先程よりも太い電光が襲った。

 息が詰まる痛みは触れた時の一瞬だけ。その後は全身の肌を、熱湯につけて程々に熱を持った、あまり尖っていない針でくまなく突かれているような感覚があった。

 それから十秒間隔で放電量が一回りずつ上がっていった。次第にゴウがイメージしている、仮想の針の温度と鋭さも上がっていく。

 そしてソーンが放電を開始してから一分経つかという頃に、ついにゴウの体力ゲージが減少を開始した。手を挙げてソーンに知らせようとすると、痺れた手は思ったよりも上がらず、肩の少し上くらいで止まった。それでも充分伝わると思ったのだが、ソーンは電撃を止めない。放電量の増加も止まらない。

 

「う、ぐぐ……そ、ソーンさ……あのスト……ス、スストッ、プ……」

 

 電撃がアバターの耐久性の閾値を超えたのか、今や内部まで痺れが浸透し、ゴウは痙攣が止まらなくなっていた。しかも熱い。熱した針どころか、炎の剣が全身を内外から切り裂こうとしているかのようだ。

 体力がレッドゾーンに到達したところで、ゴウはあることに気付いた。

 ──あぁ、そう言えば……別に手を挙げたからって、止めるとは一言も言ってなかったっけ……。

 もうずっと昔、母親に耳掃除をされる時に、「痛かったら言ってね」と言ってくれるのに、いざ痛みを訴えても、「へーき、へーき」と毎回スルーするだけだった理不尽さを思い出しながら、ゴウはブレイン・バーストで初めての感電死を経験した。

 

 

 

 アビリティ。ブレイン・バーストにおいては、『主に自身を対象にして常時、または必殺技ゲージを消費して発動される能力』と定義されている。

 ゴウのダイヤモンド・オーガーが現在所持しているアビリティは二つ。

 一つは《剛力(ヘラクリアン・ストレングス)》。レベル1の時点ですでに取得していたもので、読んで字の如く、同じ体格のデュエルアバターと比較して、身体的な素の力が強い。これは《常時発動型アビリティ》に分類され、ゴウはギャラリー時を除き、このアバターで活動している際には常に発動状態であるので、それが当たり前のものだった。

 これがアビリティなのだと強く実感したのは、戦いの最中に覚醒した二つ目のアビリティ、《限界突破(エクシーズ・リミット)》を初めて発動した時である。

 こちらは《限定発動型アビリティ》に分類され、一時的にアバターのパワーを大きく向上させる代わりに、発動後は発動した時間の分だけ《剛力》アビリティ由来の膂力が発動しなくなるという、ドーピングに近い性能を持つ。

 そして、再戦を考えているコークス・デーモンへの対抗策にとしてゴウはこの二つとは別に、新たなアビリティを求めていた。

 アビリティは必殺技と異なり、レベルアップ時のみならず、通常対戦や無制限中立フィールドでの戦闘、他には度重なる試行により得られる可能性があるという点に、ゴウは注目した。次のレベルに上がるにはポイントがまだまだ足りない、現時点の自分が得られる新しい力になると。

 ただし、それは簡単なものではない。ちょっとした補助、あれば便利程度のものならばともかく、戦闘で主軸になるような実戦的、実用的なアビリティとなると、基本的には途轍もない窮地や逆境に陥った際、それに抗う意思の力で『ごく稀に』発現するとされている。実際にゴウが《限界突破(エクシーズ・リミット)》を得た時も、まさに絶体絶命の状況下だった。

 また、アビリティは心意技のように、自身のイマジネーションによって長期的に形作っていくのではなく、何らかのインスピレーションを発端に、瞬間的に発現するとされている。二日間という比較的短い期間をソーンが設定したのは、時間をかけるよりも短期集中で取り組んだ方が、覚醒する確率が高いと踏んだからだそうだ。

 いずれにしてもアビリティ取得のメカニズムはまだまだ不明確。ブレイン・バーストの黎明期から今日に至るまで、議論され続けている話題の一つである。

 そこでパープル・ソーンが考えたのは、ゴウに耐えられないほどの電撃を浴びせ、追い詰められた状況を作り出し、アビリティの発現を促すという方法──だとゴウがソーンから聞かされたのは、修行開始早々に死亡させられ、幽霊状態となってからのことだった。

 説明がなかったのは、全く先入観を持っていない状態ならばどうなるかを試せるのが、始めの一度だけだったから、らしい。

 それから一時間後に復活したゴウは、ソーンが繰り出す電撃を食らい続けた。単に棒立ちになって受けるのではなく、躱せるものは躱し、威力の強弱や放電時間を変化させる、高所から落雷のように周囲にランダムで落とされる、後ろから追い立てられる、逆に自ら飛び込んでいく、時にはエネミーとの戦闘中に等々、様々なシチュエーションを試していった。

 ゴウが死亡したらしたで、ソーンはただ復活までの時間まで待つだけでなく、マーカーとなっているゴウの前で、オブジェクトを電撃で破壊してみせたり、電気という物質について基礎的なことから説明して、復活後に質問を受けるなど、座学めいたことまで行ってくれた。

 ゴウは正直なところ、もっと冷淡で作業的な対応をされると想定していたので、ここまで熱心に指導に当たってくれるとは思ってもみなかった。

 江戸川エリアを転々とし、すでに修行開始から十五時間以上が経過している。

 全体時間のほぼ三分の一を消費しても、成果は全くと言っていいほど出ていない。いや、兆候があった時には、すでにアビリティに目覚めているはずなのだ。それがゴウの望むものかは別として。

 フィールドにダイブした当初は昇っている途中だった太陽はとっくに沈み、通算六度目の死亡からゴウが復活した時には夜となっていた。《原始林》ステージの小動物(クリッター)オブジェクトが発する物音や鳴き声が、周囲の暗闇から聞こえてくる。

 口で教えられることは全て伝えたそうなので、ソーンは自分で熾した焚火を明かりに、修行前にゴウが渡したメモリー・メモを読みふけっていた。

 苔むした岩を椅子代わりに、足を組んで座るソーンを、ゴウはその場で何とはなしに見つめる。

 以前ゴウが対峙した、とある紫系アバターの透過装甲は、もっと毒々しい質感をしていた。

 対して、ちろちろと揺れる火に反射するソーンの装甲は、幻惑的かつ神秘的な輝きを帯びている。同色でこうも受け取る印象が違うものかとゴウが思いながら眺めていると、ソーンのアメジスト色をしたアイレンズが、メモからこちらに向けられる。

 

「……見世物じゃないんだけど」

「い、いえ、そんなつもりじゃ……不快にさせたのなら謝ります」

「別にそこまでは思わないけど。ま、世田谷のバーストリンカーじゃ、王を見る機会なんてまずないだろうから、物珍しく思うのも当然かしらね」

「あ、そう言えば僕、一度だけ黒の王と会ったことがあり──」

「は?」

 

 ゴウが発言を終える前に、場の空気が一気に冷え込んだ。

 その原因であるソーンが、自身の座る岩に立てかけていた錫杖を手に取り、刺々しいオーラを全身から発散させている。

 

「いまなんて言った? 黒の王と、ブラック・ロータスと会った? どこで?」

「あ、いや……」

「《ヘルメス・コード》のレースにも参加してたらしいから、『見た』とかならまだ分かる。でも『会った』って何? あんた、あの女と知り合いなわけ? どういう接点があるの?」

 

 錫杖のクリスタルから火花が散る。ソーンのアイレンズの奥で、激しい感情が渦巻いているのが見て取れた。

 ソーンがブラック・ロータスの名を聞いて、ここまでの反応を見せるのには理由がある。

 今より約三年前、ほぼ同時期にレベル9になった七人のバーストリンカー達。彼らがレベル10になる為の条件は、莫大なバーストポイントではなく、同じレベル9のバーストリンカー五人を倒すことだった。しかもレベル9同士が戦った場合、敗北した方がポイント数に関係なく永久退場してしまう、サドンデス・ルールが強制的に適用される。

 会議の場にした通常対戦フィールドで、友との凄惨な闘争を否とし、真っ先に不戦協定を唱えた当時の《赤の王》、《レッド・ライダー》を黒の王ことブラック・ロータスは不意打ちで全損させたという。その後、残こった五人の王との戦いの末にロータスは《秩序の破壊者》とも呼ばれるようになり、締結された不可侵条約にも表舞台に戻った現在も加わってはいない。

 特にソーンは倒されたライダーとは取り分け懇意の間柄であり、彼を手にかけたロータスへ怨恨を抱くのは無理からぬことである。

 そんなバーストリンカーの間では有名な話を知りながら、うっかりロータスについて口に出してしまった自分の軽率さをゴウは悔いたが、すでに手遅れ。このままでは最悪、修行自体が中止されかねないので、以前にロータスと出会った経緯を一から説明していった。

 今年の始め頃に五度目の出現を果たした、《災禍の鎧》こと《クロム・ディザスター》に遭遇して、大悟と共に一戦交えたこと。後に逃走したディザスターを追っていた先で、偶然ロータスに鉢合わせたこと。ついでに、彼女と大悟が話をしているその場で、自分がただ突っ立っていただけだったことも。

 

「──というわけです」

「……その頃から二代目のおチビと組んでたわけね。シルバー・クロウに《鎧》が移ったのはそういうことか……。ふん、キットのことといい、あっちこっちに首を突っ込むわね。ほんとに目立ちたがりな女なんだから」

 

 ぶつぶつと独り言を呟くソーンは未だに不機嫌そうだが、振り撒いていた攻撃的なオーラはすでに収まっている。

 ゴウがほっとしたところで、ソーンにじろりと睨まれた。

 

「あんたが紛らわしいこと言うから、てっきりあの女がアウトローに接触して、レギオンに取り込もうとでもしてたかと思ったじゃない」

「いやいや、そんな……。もしそんな状況になったところで師匠も皆も、うんとは言わないですよ」

「……ま、それはそうね。さすがにロータスもそこまで無謀じゃないか。さて……」

 

 レギオン勧誘を『断る』の一言で突っぱねる大悟の姿が、ゴウには目に浮かぶようだった。

 言い出したソーンもあっさり納得してから、ぐっと両腕を伸ばす。

 

「次はどういうやり方を試しますか?」

「いや、一度しっかり休んでおきましょう。あまり根詰めすぎてもパフォーマンスが落ちるだけだわ」

 

 そう言ってソーンは、あくびをかみ殺しながらマスクへ手を当てた。

 修行の再開に頭を切り替えようとしていたゴウは、肩透かしを食らってしまう。

 

「でも時間が……」

「じゃあ寝る時間はノーカウントにしておくから。それでいいでしょ。五時間後に再開ね。はい決まり」

 

 そこまで譲歩されてはゴウにもう文句は言えず、仕方なくソーンの後を付いていく。すると、ソーンが足を止めてこちらを振り返った。

 

「……なんで付いてきてるの?」

「そりゃだって、寝るんですよね?」

「い、一緒になわけないでしょ! バッカじゃないの!?」

 

 何故だかソーンが動揺し、甲高い声を上げる。

 ゴウが無制限中立フィールド内で夜を明かすのに(日の高さが変わらないステージもあるが)睡眠を取る際、アウトローではいつも男女関係なく雑魚寝だった。それは数日前に町田のレギオン、フリークスと共に行動した際も一緒だったので、加速世界ではそれが普通なのだと思っていたが、どうもソーンの反応を見るにそうとは限らないらしい。

 ──よくよく考えればデュエルアバター同士でも、男女二人が同じ場所で寝るのはよろしくない……のか? 

 別に何をするでもないだろうにと、まだピンと来ていないゴウの目と鼻の先に、錫杖が突きつけられた。

 

「とにかく寝床は別の場所を探しなさい。一応言っとくけどあたしの寝込みを襲ってポイント奪おうものなら、その後で地の果てまで追い詰めて、全損するまでいくらでも消し炭にするからね」

「イ、イエッサー……」

 

 これ以上は弁明しようとしても、この場ですぐ炭にされる未来しかなさそうなので、ゴウは大人しく両手を挙げた。

 ずんずんと歩いて巨木の奥に消えるソーンの後ろ姿を見送ったゴウは、彼女を含む純色の王達の過去が頭に浮かんでいた。

 それまで友人同士だったはずの七人の少年少女。過酷なルールを課された末に、一人の裏切り者と一人の犠牲者が出た惨劇、その後の死闘。

 人望の厚い好漢だったというライダーが倒され、ソーンを含めた王達の怒りは相当なものだったろう。彼の親友だった《青の王》に至っては嘘か誠か、原則的に破壊不能な地面を剣で切り裂いたという噂が流布されるくらいだ。

 しかし疑問もある。同レベル同士のバーストリンカー達が五対一の人数差で、しかも五人側は手加減する理由が一切ない戦闘をして、勝負が着かないものだろうか。

 事件当時はまだバーストリンカーですらなく、詳細な状況も知らないゴウだが、五人の王がロータスを倒し切れなかったのは、わずかに情が残っていたからではないかと、そう思いたかった。

 一方でゴウが遭遇した時のロータスは、戦闘で傷を負ってはいたものの、佇まいは凛としていて、とても手段を選ばない非道な性格には見えなかった。

 ロータスがライダーを討ったのには、相応の理由があったのではないか。あるいは誤解が、例えば誰かに唆されて──と、勝手な願望が混じった推測を打ち切り、ゴウはぶんぶんと頭を振った。

 ──さすがに飛躍させすぎか。

 アビリティ獲得に備えてまずひと眠りと、ゴウはソーンがそのまま放置した焚火に、一応地面をほじくった土を被せて消火する。それから適当な広さをした木の洞でもないかと、夜の闇の中で寝床探しを始めた。

 

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