アクセル・ワールド・アナザー 曼殊沙華には祈らない   作:クリアウォーター

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第四十五話

 第四十五話 閃き

 

 

 結論から言えば、ゴウのアビリティ獲得は失敗に終わった。

 五時間の睡眠後も必死に修行に打ち込み、二夜目はソーンに頼み込んで夜通し行ったが、ゴウがアビリティを発現することはなかった。

 開始からきっかり四十八時間後。ソーンに終了を告げられたゴウは、やむなく現実世界に帰還する為、一番近くにポータルがある《江戸川区役所》をソーンと目指しているのだが──。

 

「おっかしいわね。もうポータルに着いてもいい頃なのに。さっきの道は曲がらないといけなかったかな。あーもう、これだからこのステージは嫌いよ……」

 

 ソーンが苛立ちながら首を傾げている。

 日の出頃に変遷が発生したことにより、ステージは《原始林》から《下水道》へと変わってしまっていた。

 この《下水道》ステージは地上が灰色の街並みとなり、道路のあちこちが高く厚いコンクリート壁に遮られているせいで、まともに進めない仕様になっている。移動するにはこちらも道のあちこちに設置してあるマンホールから、地下の下水道を通っていかなければならない。

 かび臭い下水道内は、頼りない蛍光灯が周囲を薄暗く照らし、平らな床は足首のあたりまで浅い水が絶えず流れている。この水は触れてもステータスに異常こそ起きないものの、灰色にどんよりと濁っていて、しかも嫌な臭いまでするのだ。戦闘中に飛び散る飛沫が顔にでもかかろうものなら、気分が下がることは必至、水属性のステージでは圧倒的に人気ワースト一位である。

 そんな濁った水とは関係なく、暗い気分でいるゴウは、再び歩き出すソーンに声をかけた。

 

「あの、ソーンさん」

「なに?」

「すみませんでした。せっかくここまで付き合ってくれたのに、結局成果ゼロで終わってしまって……」

 

 そう都合よく物事が進まないとは理解しているつもりだ。それでも、王が付きっきりで指導に当たってくれるのなら、確率が非常に低いアビリティ獲得も不可能ではないかもしれないと、内心では期待せざるを得なかった。

 しかし、結果は修行を始める前と何も変わっていない。何かしらの手応えはあるのではと思ったが、それさえも感じられない。自分の不甲斐なさと、ソーンの指導を徒労に終わらせてしまった申し訳なさから、ゴウは謝らずにはいられなかった。

 

「謝るのは違うんじゃないの?」

 

 ところが、ソーンは後ろを付いて歩くゴウへ、振り返らずにそう言った。地面の汚水に着けたくないので担いでいる錫杖を、肩にトントンと当てている。

 

「別にあたしは、この二日であんたがアビリティに目覚めるなんて、露ほども思ってなかったわよ。だって電撃浴びれば電気系アビリティに目覚めるんだったら、あたしのこれまでの対戦相手達は何人もそうなってるでしょうし」

「それはそうでしょうけど……なら今までの時間は何だったんですか? 全くの無駄だったってことですか?」

「本当にそう思う?」

 

 ゴウの声が下水道に反響するくらいに大きくなっても、ソーンは動じず、振り返らない。

 

「耐電性能のあるあんたが、電撃で死亡したのは初めてのことでしょ。それにあたしは科学者でも理科教師でもないけど、知る限りの電気に関する知識を教えたつもり。そこで新しく知ったことはなかった? 成果はゼロ?」

「それは……」

「しかも対戦フィールドで会った時、アビリティのヒントだのきっかけだの得られる可能性はあるって言ったのはあんたでしょうが」

 

 そう言われ、ゴウは言葉に詰まる。新たに体験したこと、学んだことが確かにあるからだ。

 

「あたしが教えられるのは、良くて下準備、前段階まで。それはボンズも分かった上で頼んだことでしょうし、後は覚えたことを忘れずに活動してれば、少しは望むアビリティの入手できる可能性もあるんじゃない? 逆に漠然と過ごすだけなら、それこそ可能性はゼロよ」

 

 ぴしゃりと強めの語気で放たれたソーンの言葉は、ゴウの心の淀みに一条の落雷を打ったかのような鮮烈さがあった。

 今回の結果から、ゴウはアビリティ獲得を諦め、コークス・デーモン対策を別方向で模索する気でいた。

 自身の失敗を認め、すぐに切り替えられる思いきりの良さは大事なことだろう。しかし、ベストを尽くしていないのにそれをするのは、はたして正しいものなのか。

 大悟にしっかりお膳立てをされたことで、これで成果を得られないのなら無理だろうと、自分で勝手に思い込んでいたが、そもそも一朝一夕で入手できるものでもないと、初めから分かっていたはずだ。

 それに自分は要領のいい人間でもない。勉強も運動もコツコツと時間をかけて成果を上げていくタイプであり、ブレイン・バーストでもそれは同じだった。

 ここ最近、問題が発生したら割とすぐに解決したり、すぐ一区切りついていたことで、結果を性急に求めるようになっていたのかもしれない。

 そして、ソーンに伝えるべきは謝罪の言葉ではなかった。

 

「……ソーンさん。さっきの言葉、訂正します。修行に付き合ってくれてありがとうございました。今回の教えてもらったことを思い出しながら、他にもいろいろ試してみようと思います」

「正解。それでいいのよ」

 

 ここでようやくソーンがこちらを振り返った。シャープな形状をしたマスクからは表情の変化が窺いにくいが、それでも目つきがやや柔らかくなった気がする。

 

「この二日で経験したことを、生かすも殺すもあんた次第ってこと。ま、せいぜい頑張んなさいな」

「はい。励ましまでしてくれて、最後の最後まで本当にお世話になりました」

「別に……うじうじしてる奴を見るのが嫌いなだけよ。それにあんたをしょげた顔で帰らせて、ボンズに難癖でも付けられでもしたらたまったもんじゃ──」

 

 バシャァァァン! 

 

 突如、前方で水飛沫が発生した。半月状になっている地下通路の、曲線を描いた天井から何かが降ってきたのだ。

 ゴウとソーンの前方にいたのは、二人を阻むように震えている、ぶよぶよとした巨大なゼリー状の物体。ゴウはこれの正体を知っている。

《メルティ・マッド》。この《下水道》の地下トンネルの他、《腐蝕林》の毒沼、《大罪》の血の池といった、汚れた水辺が存在するステージに出現する小獣(レッサー)級エネミーだ。

 ここまで接近されるのに気付かなかったのは、エネミーが水の流れる床ではなく、高い天井にへばり付いて移動していたからだろう。そして二本の通路が交差している、この十字路で鉢合わせてしまったのだ。

 落下の衝撃でやや扁平気味だった軟体エネミーは、本来の縦横三メートルもの大きさまでゆっくり伸び広がると、より近くにいたソーンに前触れなく覆い被さり、腐ったキャベツを煮詰めて溶かし込んだような、どす黒い黄緑色の体に沈み込ませていった。

 

「ソーンさ──ぐっ!?」

 

 叫ぶゴウは、すでに体の左半身が呑み込まれているソーンに向けて手を伸ばした。

 ところが、何故かソーンは右手の錫杖をエネミーではなくゴウに向け、先端から電撃を発射してきた。これを胸に受けたゴウは、困惑しながら電撃の勢いに後ずさりする。

 

「ど、どうして……」

 

 ゴウの問いに答えることなく、ソーンは完全にメルティ・マッドに取り込まれ、姿が見えなくなってしまった。

 メルティ・マッドは、独特の特徴を数多く持つエネミーである。

 フィールドを徘徊中にバーストリンカーを見つけると襲いかかり、こうして体内に取り込んでしまう。その後はその場から動かなくなり、捕らえた対象を腐蝕させていくのだが、体格を問わず一度に一人しか取り込まず、他に攻撃手段も持たない。おまけに頭部やそこに位置する目鼻などのパーツ群も無いことから、バーストリンカー間での扱いは、エネミーというよりステージのトラップギミックに近い。

 問題はその弾力性に富んだ体に、物理攻撃が一切通じないこと。その半面、炎や冷気、レーザーやプラズマ等のエネルギー系攻撃にめっぽう弱く、その手の攻撃手段を持っているのなら、レベル4がソロでも倒すのは難しくない。

 古くからあらゆるゲームに登場する、いわゆるスライム系モンスターの特徴を備えるこのエネミーを、純物理的な攻撃手段しか持たないゴウは一度も倒せたことがない。

 ちなみにゴウのように、多少なり耐腐蝕性能を持つ鉱石系アバターはお気に召さないのか、以前に一度取り込まれた時には数分経ってから吐き出された。

 ノーマルカラーのソーンは、腐蝕に特別強い耐性を持たないはずだ。つまりメルティ・マッドは、死亡するまでソーンを解放しない。

 この腐蝕攻撃は体力を徐々に削っていくので、取り込まれてもすぐに死亡する心配はない。しかし裏を返せば、それだけ長い時間をかけて、身を溶かされる苦しみを味わうということになる。

 

「とにかく助けないと……《黒金剛(カーボナード)》!」

 

 ゴウは右腕にのみ過剰光(オーバーレイ)を発生させ、装甲を心意により強化していく。装甲を厚くしただけでは意味がない。装甲が黒く肉厚になった右腕に意識を集中させ、より強いイマジネーションを発生させる。

 すると右腕の前腕、外側の装甲が更に隆起していく。隆起した装甲は肘側に向かって伸びていき、最終的に曲線を描く黒い刃を形成した。この形態は以前に心意システムを無理やり引き出し、対戦相手の大悟を斬り付けたというゴウにとって苦い思い出があるが、今は気にしてはいられない。

 ──切り裂いてソーンさんの体の一部が出たら、一気に引っ張り出す。ダメージが入るか分からないけど、こいつの足は遅いからそのまま逃げ切れば……。

 心意技に反応したのか、しきりに体を揺らしながらもその場から動かないメルティ・マッドへ、ゴウは一息で接近した。

 

「はあああっ!」

 

 心意の刃がエネミーの体に食い込む。初めは水風船ほどの感触だったものが、刃を押し込むほど抵抗を増し、硬質ゴムばりになった頃には先に進まなくなる。そして、およそ一メートル程度まで刃が沈んだところで、それ以上進めなくなってしまい、反動でゴウは逆方向に吹っ飛ばされた。

 コンクリート製の壁面に、背中からぶつかったゴウは右腕の心意技が解け、息が詰まりながら悪態を吐く。

 

「くっそ……ゼラチンみたいな体して、切れ目もできないなんてアリかよ……」

 

 心意技はエネミーが高位になるほど効果が薄くなるものだが、小獣(レッサー)級でありながら無傷とは信じがたい防御力だ。いや、これは相性の問題か。

 ──《限界突破(エクシーズ・リミット)》を発動してもう一度……でも通じるか分からないし、これ以上は勢い余って中のソーンさんまで巻き込むかもしれない。

 すでにソーンが取り込まれてから、一分が経とうとしている。レベル9ともなれば基礎能力も高いだろうが、あの細身では体積が少ない分、腐蝕の進行速度も早いかもしれない。

 ゴウの中で焦りが募る。

 仮にソーンが死亡したとして、エネミーは種類を問わず、一度殺されても十ポイントの減少で済む。ましてや王の保有ポイントにしてみれば、一度殺されたところで碌な痛手にはなるまい。

 だが、ゴウは何故だか、今回のダイブでは一度たりともソーンに死亡してほしくはなかった。

 元を正せば自分の指導役になったことで、このような目に遭わせたことに責任を感じているからか。彼女に恩義を感じているからか。それとも、このまま何もできなければ、自分が無力だと証明された気がするからか。

 

「どうする……どうしたら──うっ!?」

 

 手詰まりになりかけていたその時、ゴウの体に電流が走った。正確には走った感覚があった。この強めの静電気を全身に当てられたような衝撃を、ゴウは以前に受けてまだ新しい。

 

「イザナミ……?」

 

 ゴウは自身とリンクを形成している、謎のエネミーに呼びかける。

 一昨日のハイエスト・レベルでのやり取り以来、イザナミからは一切反応がなかった。そして今、いきなりアクションがあったかと思えば、呼びかけても返事はない。

 ただ、ゴウは今の電気ショックで焦燥が頭の隅に押し退けられ、少し頭の中が晴れた気がした。

 考えてみれば、ネームドでもないエネミー一匹に特別な理由もなく、王であるソーンがいいようにされるわけがない。その気になれば、すぐにでも脱出できるはずだ。彼女はその手段も持っている。

 では、ソーンがそうしないのは何故か。助けようとしたゴウを、わざわざ電撃を当ててまで止めたのは何故か。

 ──きっと、これは試験なんだ。この状況でソーンさんは僕を試している。

 攻撃手段として、電気を発生させるアビリティを獲得したい。突拍子もない考えから始まったこの状況は、二日間の修行ではそれが成し得なかったゴウに、降って湧いたボーナスステージ、あるいは泣きの一回なのだ。

 ゴウは受けて間もない、イザナミの電気ショックとソーンの電撃、二つの感覚を思い起こしながら考えていく。

 ──電気。熱いけど、火とはまた少し違うエネルギー。触れた瞬間に、体の芯まで駆け抜けていくような、そんなイメージ。

 続けて、修行中にソーンが余談程度に話していたことを一つ思い出す。

 ──人も細胞が微弱な電気を発生させている。神経を通じて刺激を伝達する電気信号……そうだ、電気は全身を巡っている……。

 思考に埋没していくゴウの脳裏に、稲妻が迸る。

 それはまだ小学校にも通っていない頃、今は亡き祖母の家で見た、夏の夕立。

 空で轟音を立てながら駆ける光は、恐怖と被害だけでなく恵ももたらすと、祖母は幼い自分に教えてくれた。

 思い出に残る、稲光と雷鳴。この二日間、アバターの身で何度も受けた電撃と教わった知識。そして、たったいまリンクを介して全身に伝わった衝撃。

 それ以外にもこれまで経験してきた、いろいろなものが頭の中で一斉に思い浮かび、収束していくように感じた瞬間──。

 ──あぁ、僕は恵まれている。

 新しいものが自分の中に宿ったと、ゴウは直感した。

 周囲の人達の多くの助けと教えを得て、今ここにいることを自覚しながら、ゴウはメルティ・マッドに向かって歩いていき、両手でそっと触れる。

 力を発揮するためのエネルギー、必殺技ゲージはしっかりチャージされている。後はもう、スイッチを入れるだけ。

 

「……はっ!」

 

 短い呼気と共に、ゴウは手のひらをメルティ・マッドへ押し当てる。そして一瞬だけ全身に熱を感じると、自分の手とエネミーとの間に、けたたましい音を伴った閃光が炸裂した。

 

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